68 / 80
第10章
風の向こうへ 2
しおりを挟む
予選で僕は10秒91を記録し、1位でゴールした。
赤いジャージの奴は、何位だったのかはわからなかった。
「あいつら、『やっぱあれ本物じゃねーの?』ってへこんでましたよ」
と別の組で1位通過した水上が言っていた。僕は愛想笑いを貸した。
彼らがなんて言っていようと僕はほとんど気にしていなかった。
いままで大会に出てきていなかったことも真実で、ずっと消えていた存在には違いない。中学時代の『相沢碧斗』を本物とするならば、ある意味、いまの僕は偽者だ。
僕は新しい自分として結果を残していくのみだった。
準決勝も僕は10秒94で予選よりタイムが僅かによくなかったが1位で通過することができた。僕は県大会の決勝に挑戦することになった。
残念ながら水上は準決勝でプラスの候補に入るぐらいまでの記録は出したが、拾われることはなかった。
決勝に進んだメンバーの準決勝までのリストをみると、僕の記録10秒91より速い選手は4人いた。
「え、4人もまだ上にいるの? それって厳しいってこと?」
応援に来てくれた濱田さんが決勝のスタートリストを見ながら言った。
「そうだね。さすがに決勝は楽じゃないかな」
「それで3位以内入れなかったら高校の部活終わっちゃうってことでしょう?」
「……いや、県大会を通過できるのは3位以内じゃなくて、6位以内だから」
「え……そうなんだ?」
濱田さんがちょっと驚いた顔をした。
記録を調べるのが得意な濱田さんだが、大会のルールとかそういうものにはちょっと疎いらしい。
「バスケとかで6位で県大会通過ってないからさ、へぇ陸上は6位以内でいいんだね」
「そうだね。他の種目は3位以内に入らないと厳しいってイメージあるね」
「楽にも思えるけど、他のメンバーのおかげで勝つっていうこともないから個人は個人できついよね。勉強になった。ありがとう」
「どーいたしまして」
僕は立ち上がり、伸びをする。そろそろ決勝のアップに行かなかければならなかった。
「今更だけどさ……なんか身体が横に少し大きくなってる?」
「そりゃあオレは|単語《短距離走者》だからね」
短距離走者、いまならそう応えられる。
二年前は自分が何者なのか、自分でもわからなくて、正直悩んでいた頃もあった。
負けるのが怖いことには変わりないし、中学時代の自分を超えるタイムを出せていないのも変わりはない。でも、自分がどこへ向かうかだけは見えてきたような気がする。
今からでも走れるなら走ればいいし、まだ無理ならもう少し休んだっていい。どっちの道を選んでもいい。たしかなことは僕はまだ限界なんかじゃなくて走ることができるってことだ。
「相沢くんが帰る場所は、やっぱりそこだったんだね」
濱田さんの言葉に僕は頷く。
僕は僕であるために、いま決勝の舞台に立つ。
赤いジャージの奴は、何位だったのかはわからなかった。
「あいつら、『やっぱあれ本物じゃねーの?』ってへこんでましたよ」
と別の組で1位通過した水上が言っていた。僕は愛想笑いを貸した。
彼らがなんて言っていようと僕はほとんど気にしていなかった。
いままで大会に出てきていなかったことも真実で、ずっと消えていた存在には違いない。中学時代の『相沢碧斗』を本物とするならば、ある意味、いまの僕は偽者だ。
僕は新しい自分として結果を残していくのみだった。
準決勝も僕は10秒94で予選よりタイムが僅かによくなかったが1位で通過することができた。僕は県大会の決勝に挑戦することになった。
残念ながら水上は準決勝でプラスの候補に入るぐらいまでの記録は出したが、拾われることはなかった。
決勝に進んだメンバーの準決勝までのリストをみると、僕の記録10秒91より速い選手は4人いた。
「え、4人もまだ上にいるの? それって厳しいってこと?」
応援に来てくれた濱田さんが決勝のスタートリストを見ながら言った。
「そうだね。さすがに決勝は楽じゃないかな」
「それで3位以内入れなかったら高校の部活終わっちゃうってことでしょう?」
「……いや、県大会を通過できるのは3位以内じゃなくて、6位以内だから」
「え……そうなんだ?」
濱田さんがちょっと驚いた顔をした。
記録を調べるのが得意な濱田さんだが、大会のルールとかそういうものにはちょっと疎いらしい。
「バスケとかで6位で県大会通過ってないからさ、へぇ陸上は6位以内でいいんだね」
「そうだね。他の種目は3位以内に入らないと厳しいってイメージあるね」
「楽にも思えるけど、他のメンバーのおかげで勝つっていうこともないから個人は個人できついよね。勉強になった。ありがとう」
「どーいたしまして」
僕は立ち上がり、伸びをする。そろそろ決勝のアップに行かなかければならなかった。
「今更だけどさ……なんか身体が横に少し大きくなってる?」
「そりゃあオレは|単語《短距離走者》だからね」
短距離走者、いまならそう応えられる。
二年前は自分が何者なのか、自分でもわからなくて、正直悩んでいた頃もあった。
負けるのが怖いことには変わりないし、中学時代の自分を超えるタイムを出せていないのも変わりはない。でも、自分がどこへ向かうかだけは見えてきたような気がする。
今からでも走れるなら走ればいいし、まだ無理ならもう少し休んだっていい。どっちの道を選んでもいい。たしかなことは僕はまだ限界なんかじゃなくて走ることができるってことだ。
「相沢くんが帰る場所は、やっぱりそこだったんだね」
濱田さんの言葉に僕は頷く。
僕は僕であるために、いま決勝の舞台に立つ。
22
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
タカラジェンヌへの軌跡
赤井ちひろ
青春
私立桜城下高校に通う高校一年生、南條さくら
夢はでっかく宝塚!
中学時代は演劇コンクールで助演女優賞もとるほどの力を持っている。
でも彼女には決定的な欠陥が
受験期間高校三年までの残ります三年。必死にレッスンに励むさくらに運命の女神は微笑むのか。
限られた時間の中で夢を追う少女たちを書いた青春小説。
脇を囲む教師たちと高校生の物語。
「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~
kitamitio
青春
合格するはずのなかった札幌の超難関高に入学してしまった野球少年の野田賢治は、野球部員たちの執拗な勧誘を逃れ陸上部に入部する。北海道の海沿いの田舎町で育った彼は仲間たちの優秀さに引け目を感じる生活を送っていたが、長年続けて来た野球との違いに戸惑いながらも陸上競技にのめりこんでいく。「自主自律」を校訓とする私服の学校に敢えて詰襟の学生服を着ていくことで自分自身の存在を主張しようとしていた野田賢治。それでも新しい仲間が広がっていく中で少しずつ変わっていくものがあった。そして、隠していた野田賢治自身の過去について少しずつ知らされていく……。
フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件
遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。
一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた!
宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!?
※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。
猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~
橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。
記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。
これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語
※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

切り札の男
古野ジョン
青春
野球への未練から、毎日のようにバッティングセンターに通う高校一年生の久保雄大。
ある日、野球部のマネージャーだという滝川まなに野球部に入るよう頼まれる。
理由を聞くと、「三年の兄をプロ野球選手にするため、少しでも大会で勝ち上がりたい」のだという。
そんな簡単にプロ野球に入れるわけがない。そう思った久保は、つい彼女と口論してしまう。
その結果、「兄の球を打ってみろ」とけしかけられてしまった。
彼はその挑発に乗ってしまうが……
小説家になろう・カクヨム・ハーメルンにも掲載しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる