【完結】碧よりも蒼く

多田莉都

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第10章

風の向こうへ 2

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 予選で僕は10秒91を記録し、1位でゴールした。
 赤いジャージの奴は、何位だったのかはわからなかった。

「あいつら、『やっぱあれ本物じゃねーの?』ってへこんでましたよ」

 と別の組で1位通過した水上が言っていた。僕は愛想笑いを貸した。
 彼らがなんて言っていようと僕はほとんど気にしていなかった。

 いままで大会に出てきていなかったことも真実で、ずっと消えていた存在には違いない。中学時代の『相沢碧斗』を本物とするならば、ある意味、いまの僕は偽者だ。

 僕は新しい自分として結果を残していくのみだった。

 準決勝も僕は10秒94で予選よりタイムが僅かによくなかったが1位で通過することができた。僕は県大会の決勝に挑戦することになった。
 残念ながら水上は準決勝でプラスの候補に入るぐらいまでの記録は出したが、拾われることはなかった。

 決勝に進んだメンバーの準決勝までのリストをみると、僕の記録10秒91より速い選手は4人いた。

「え、4人もまだ上にいるの? それって厳しいってこと?」

 応援に来てくれた濱田さんが決勝のスタートリストを見ながら言った。

「そうだね。さすがに決勝は楽じゃないかな」
「それで3位以内入れなかったら高校の部活終わっちゃうってことでしょう?」
「……いや、県大会を通過できるのは3位以内じゃなくて、6位以内だから」
「え……そうなんだ?」

 濱田さんがちょっと驚いた顔をした。
 記録を調べるのが得意な濱田さんだが、大会のルールとかそういうものにはちょっと疎いらしい。

「バスケとかで6位で県大会通過ってないからさ、へぇ陸上は6位以内でいいんだね」
「そうだね。他の種目は3位以内に入らないと厳しいってイメージあるね」
「楽にも思えるけど、他のメンバーのおかげで勝つっていうこともないから個人は個人できついよね。勉強になった。ありがとう」
「どーいたしまして」

 僕は立ち上がり、伸びをする。そろそろ決勝のアップに行かなかければならなかった。

「今更だけどさ……なんか身体が横に少し大きくなってる?」
「そりゃあオレは|単語《短距離走者スプリンター》だからね」


 短距離走者、いまならそう応えられる。
 二年前は自分が何者なのか、自分でもわからなくて、正直悩んでいた頃もあった。

 負けるのが怖いことには変わりないし、中学時代の自分を超えるタイムを出せていないのも変わりはない。でも、自分がどこへ向かうかだけは見えてきたような気がする。

 今からでも走れるなら走ればいいし、まだ無理ならもう少し休んだっていい。どっちの道を選んでもいい。たしかなことは僕はまだ限界なんかじゃなくて走ることができるってことだ。


「相沢くんが帰る場所は、やっぱりそこだったんだね」

 濱田さんの言葉に僕は頷く。

 僕は僕であるために、いま決勝の舞台に立つ。


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