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第8章
再び、かつて住んでいた町へ 6
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*
結局、あっちの相沢碧斗はプラスで拾われ、準決勝進出を決めた。
「準決勝は午後だよ」
紗季は立ち上がった。自分たちの学校の集団に戻るらしい。部活を続けている紗季は居場所があるから当然だ。
「うん。そこまでは見ていくよ」
「……決勝まで行くかもしれない」
「それはさすがに厳しいだろ」
3位以下のメンバーの中であいつは6番目だった。つまり、準決勝進出者の中で下から3番目の記録ということになる。
正直、準決勝通過は厳しいだろう。
「あいつ以外に7人しかゴールできなくて、あとは棄権かフライングで失格とかあればありえるけど、フツ―は無理だろ」
「フツ―はね。いつから頭の中で『結果』を考えて走るようになったの? まだ走っていない以上、何が起きるかはわからないよ」
「そんなこと言ったって、できることと、できないことってあるだろ」
「走ってれば出来る可能性はあるし、走らなければ可能性はないんだよ」
「そりゃあ可能性だけなら誰だってあるだろ」
「そうね、可能性だけなら相沢碧斗にだってあるよね」
紗季は含みのあるような微笑みを浮かべて、階段を登っていった。
その後ろ姿を見ながら、いま言った「相沢碧斗」はどっちの意味で言ったんだろうと僕はトラックを見ながらぼんやりと考えていた。
*
準決勝のスタートリストが発表された。
あいつは第7レーンだった。
「きついな。第6レーンが窪田じゃん」
紗季にスタートリストをもらって僕は言った。
「あ、碧斗でも知ってるね、さすがに」
「そりゃあな。中学んとき、一緒に全中のホテル泊まったし、話したことある」
第3レーンを走る窪田は、中学時代から全国大会に出ている400mランナーだ。全国では結果が出せなかったが、怪我でもしていない限り、いまでも県内ならば、上位なんじゃないだろうか。
そんな奴が後ろのレーンから追い上げてくる。自分のペースで走ることが大切な400m走で、いきなり抜かれると自分がどのくらいのペースで走っていけばよいかわからなくなってします。嫌な奴が後ろから追い上げてくるものだ。
「窪田くんは、今年のインハイ予選で県2位、北信越大会で準決勝まで進んでる」
「それはどう考えても無理じゃないか?」
「窪田くんに勝てなくても、2着プラス3なら決勝でしょ?」
「ほかはそんな遅いわけないだろ」
そんなことを話しているうちに、400mの準決勝が始まった。
あいつと窪田が出場するのは3組め、最後の組だ。
1組めも2組めも2着までのタイムは51秒台後半だった。それぞれの3着も52秒台。予選を通過したタイムが53秒台のあいつに勝ち目があるようには見えなかった。
3組めが始まる。
準決勝からはレーンごとに選手の名前と学校名が読み上げられる。
名前を呼ばれるたびに選手が一礼して、各校の応援や関係者から拍手を受けたりする。
「第7レーン、相沢くん、青城南高校」
彼の名前が呼ばれ、青城南高校の関係者が拍手する。隣の紗季も拍手していた。僕も一応、拍手をしておいた。自分の名前を呼ばれて拍手をするのは不思議な感じだ。
「位置について」
選手たちがスタートブロックに向かっていく。
メインスタンド側から見える限り、オドオドしている雰囲気はない。むしろ落ち着いているようにも見える。後ろから追いかけてくるのが窪田だということは知っているんだろうか。知っていたところで球技のように対策ができるわけではない。すべて受け入れているからこそ落ち着けるのかもしれない。
「用意」
ピストルの音が鳴り、フライングがなく、一発でのスタートだった。あいつのスタートは悪くなく、むしろキレイに決まったと思う。
しかし、後ろから追いかけてくる窪田は速かった。肩についた筋肉の量の多さがここからでもわかる。身体の大きさが違う。バックストレートへ入る頃にはもうあいつは捕らえられてしまった。
バックストレートに入ると窪田はどんどん加速し、他の走者を引き離していく。
強い。
あれは決勝、いやもう一つ上のステージに進むレベルの走りだ。
勝てるはずがない。
コーナーを抜けてあっと言う間にホームストレートへと入って来る。窪田は周りを見る余裕がある。決勝もあり、おそらくはマイルリレーも出るだろう。2着までに入れば決勝に行けるのだから、窪田が体力温存に走ったのは理解できる。
2着以下は混戦していた。
あいつは頑張ってはいるが、6着前後だ。さすがにこれ以上の順位を望むのは無理か。
「碧斗、頑張れー! ラストー!」
隣の紗季が叫ぶ。
ホームストレートの後半、あいつが見えてきた。腕も大きく振り、ストライドを大きくしようと必死に走っている。表情も見えてきた。
その表情を見たとき、いやその目を見たとき、僕は背筋に寒気のようなものが走った。あの獣のような目はなんだ。どこかで、どこかで感じたような殺気のような寒気――。
「いけー!」
紗季が叫ぶ。
碧斗が少しずつ盛り返してきていた。予選のときよりフォームが乱れていない。足を前に出そうとストライドを広げている分、腰の上下が少なくて、前への加速を得られているのかもしれない。
5位、4位と順位をジワジワと上げていく。
1位の窪田が後ろを振り返った。
既に余裕で流し始めている奴もまた背後から感じたのかもしれない。僕と同じく殺気のような寒気を。
しかし、もう窪田を捕らえられる距離もなければ、さすがにあいつの走りもそこまでだった。
最後までギアを上げなおすことなく余裕のまま窪田はゴールし、2位、3位と選手がゴールをしていく。
あいつは4位だった。
結局、あっちの相沢碧斗はプラスで拾われ、準決勝進出を決めた。
「準決勝は午後だよ」
紗季は立ち上がった。自分たちの学校の集団に戻るらしい。部活を続けている紗季は居場所があるから当然だ。
「うん。そこまでは見ていくよ」
「……決勝まで行くかもしれない」
「それはさすがに厳しいだろ」
3位以下のメンバーの中であいつは6番目だった。つまり、準決勝進出者の中で下から3番目の記録ということになる。
正直、準決勝通過は厳しいだろう。
「あいつ以外に7人しかゴールできなくて、あとは棄権かフライングで失格とかあればありえるけど、フツ―は無理だろ」
「フツ―はね。いつから頭の中で『結果』を考えて走るようになったの? まだ走っていない以上、何が起きるかはわからないよ」
「そんなこと言ったって、できることと、できないことってあるだろ」
「走ってれば出来る可能性はあるし、走らなければ可能性はないんだよ」
「そりゃあ可能性だけなら誰だってあるだろ」
「そうね、可能性だけなら相沢碧斗にだってあるよね」
紗季は含みのあるような微笑みを浮かべて、階段を登っていった。
その後ろ姿を見ながら、いま言った「相沢碧斗」はどっちの意味で言ったんだろうと僕はトラックを見ながらぼんやりと考えていた。
*
準決勝のスタートリストが発表された。
あいつは第7レーンだった。
「きついな。第6レーンが窪田じゃん」
紗季にスタートリストをもらって僕は言った。
「あ、碧斗でも知ってるね、さすがに」
「そりゃあな。中学んとき、一緒に全中のホテル泊まったし、話したことある」
第3レーンを走る窪田は、中学時代から全国大会に出ている400mランナーだ。全国では結果が出せなかったが、怪我でもしていない限り、いまでも県内ならば、上位なんじゃないだろうか。
そんな奴が後ろのレーンから追い上げてくる。自分のペースで走ることが大切な400m走で、いきなり抜かれると自分がどのくらいのペースで走っていけばよいかわからなくなってします。嫌な奴が後ろから追い上げてくるものだ。
「窪田くんは、今年のインハイ予選で県2位、北信越大会で準決勝まで進んでる」
「それはどう考えても無理じゃないか?」
「窪田くんに勝てなくても、2着プラス3なら決勝でしょ?」
「ほかはそんな遅いわけないだろ」
そんなことを話しているうちに、400mの準決勝が始まった。
あいつと窪田が出場するのは3組め、最後の組だ。
1組めも2組めも2着までのタイムは51秒台後半だった。それぞれの3着も52秒台。予選を通過したタイムが53秒台のあいつに勝ち目があるようには見えなかった。
3組めが始まる。
準決勝からはレーンごとに選手の名前と学校名が読み上げられる。
名前を呼ばれるたびに選手が一礼して、各校の応援や関係者から拍手を受けたりする。
「第7レーン、相沢くん、青城南高校」
彼の名前が呼ばれ、青城南高校の関係者が拍手する。隣の紗季も拍手していた。僕も一応、拍手をしておいた。自分の名前を呼ばれて拍手をするのは不思議な感じだ。
「位置について」
選手たちがスタートブロックに向かっていく。
メインスタンド側から見える限り、オドオドしている雰囲気はない。むしろ落ち着いているようにも見える。後ろから追いかけてくるのが窪田だということは知っているんだろうか。知っていたところで球技のように対策ができるわけではない。すべて受け入れているからこそ落ち着けるのかもしれない。
「用意」
ピストルの音が鳴り、フライングがなく、一発でのスタートだった。あいつのスタートは悪くなく、むしろキレイに決まったと思う。
しかし、後ろから追いかけてくる窪田は速かった。肩についた筋肉の量の多さがここからでもわかる。身体の大きさが違う。バックストレートへ入る頃にはもうあいつは捕らえられてしまった。
バックストレートに入ると窪田はどんどん加速し、他の走者を引き離していく。
強い。
あれは決勝、いやもう一つ上のステージに進むレベルの走りだ。
勝てるはずがない。
コーナーを抜けてあっと言う間にホームストレートへと入って来る。窪田は周りを見る余裕がある。決勝もあり、おそらくはマイルリレーも出るだろう。2着までに入れば決勝に行けるのだから、窪田が体力温存に走ったのは理解できる。
2着以下は混戦していた。
あいつは頑張ってはいるが、6着前後だ。さすがにこれ以上の順位を望むのは無理か。
「碧斗、頑張れー! ラストー!」
隣の紗季が叫ぶ。
ホームストレートの後半、あいつが見えてきた。腕も大きく振り、ストライドを大きくしようと必死に走っている。表情も見えてきた。
その表情を見たとき、いやその目を見たとき、僕は背筋に寒気のようなものが走った。あの獣のような目はなんだ。どこかで、どこかで感じたような殺気のような寒気――。
「いけー!」
紗季が叫ぶ。
碧斗が少しずつ盛り返してきていた。予選のときよりフォームが乱れていない。足を前に出そうとストライドを広げている分、腰の上下が少なくて、前への加速を得られているのかもしれない。
5位、4位と順位をジワジワと上げていく。
1位の窪田が後ろを振り返った。
既に余裕で流し始めている奴もまた背後から感じたのかもしれない。僕と同じく殺気のような寒気を。
しかし、もう窪田を捕らえられる距離もなければ、さすがにあいつの走りもそこまでだった。
最後までギアを上げなおすことなく余裕のまま窪田はゴールし、2位、3位と選手がゴールをしていく。
あいつは4位だった。
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