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第8章
再び、かつて住んでいた町へ
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*
駅前のロータリー少し古めのバスが並んでいた。10月にしては暖かい気がした。僕の感覚がおかしいわけではなく、半袖で歩いている人もいた。
昔は、富山に住んでいたあの頃は、10月はどんな服装をしていたんだっけかなと考えてみたが、うまく思い出すことができなかった。
10月の富山を歩くのは、中学三年のとき以来だ。
僕はいま富山に来ていた。
*
美容院で髪を切った後、すぐにでも富山に行きたかったが、さすがに急すぎだった。バイトなどもあったし、いろいろとそわそわしながら調整しているうちに10月になってしまった。
ちょうど土日の二日間に陸上の大会があることもわかっていたので、その時期に合わせて僕は富山に向かった。
あっちの碧斗はやっぱり出ていないかもしれないが、青城南高校の誰も出ていないということはないと思ったので、誰かを捕まえれば話が聞けるかなと思っていた。
「総合運動公園」行きのバスは、駅から繋がる国道を抜けていく。窓から見える富山城はそのままのように見えたが、そもそも昔からしっかり遠目から「こんな城だ」と確かめたことはなかった気もした。
道沿いには知らない建物がいくつか増えたような気もした。あんなとこにコンビニあったかなぁとかそんな景色がちらほら見えた。
バスには同じ大会に向かうのか、ジャージの高校生が何人か乗っていた。
見渡した限りでは青城南の前に見た紺色のジャージの高校生は誰も乗っていないようだった。朝早くのうちに競技場に集合する高校もあるだろうし、競技に合わせてバラバラと集まって来る高校もあるだろう。青城南は前者で、朝早くに集合する高校なのかもしれない。
競技場に到着してバスを降りると、少しだけ涼しい風が吹いている気がした。
競技場までは少し距離があるから、ここからは競技場の全体を見渡すことができる。
ここは中学2年のときに、それまでの男子100mの県中学生記録を更新した競技場だ。ちょっとした懐かしさみたいなものもあった。
あのときは、秋じゃなくて、10月じゃなくて、5月だっただろうか。
優勝したあとにクールダウンを市にサブトラックに来たところで、紗季とハイタッチを交わしたような記憶がある。
当時を思い出しながら、空中で誰もいない前方にハイタッチを交わそうとしたときだった。
ザザザと葉が擦れる音がして、風が吹き始めた。
僕は少し目を細めて、風の向こう側を見た。
そこに何かがあると思って見たわけではなかった。ただの偶然だったが、向こうから歩いてくる女子を僕は知っていた。いや、知っているとかそういうものではなかった。
長い髪を後ろで縛った紺色の上下のジャージを着た女子はまっすぐにこちらへ歩いてくる。
僕の後ろにあるサブトラックに向かっているのかもしれない。
少なくとも僕の姿に気づいている様子はなかった。
しかし、僕にはわかっていた。
彼女は、紗季だ。
幼稚園の頃から小学校、中学校まで一緒だった紗季だった。
一年振りに見る紗季は、少し痩せたような感じで、そのせいか目の周りが昔より大きく見えるような気もした。早い話が大人びたように見えた。
僕の左隣を紗季が通り過ぎていく。
紗季はここまで来ても僕に気づかない。
「あ、あの……」
僕は振り返り、紗季に声をかけた。
後ろ姿のまま紗季がぴたりと止まった。ゆっくりと紗季が振り返る。僕と目が合う。
「オレ、あの、急なんだけどさ、相沢碧斗がどうしてるか、いや、あっちの碧斗がどうしているか、知りたくって」
なんで僕がしどろもどろなんだ。何を紗季と話せばいいのかわからない。
紗季は表情を変えず、僕を上から下まで見る。
「どちらさま?」
予想もしない言葉で紗季は淡々と言った。
「ええ!?」
「知らない人に、青城南の相沢碧斗の個人情報なんて教えたくないんですけど?」
「し、知らない人じゃねーし! オレだよ」
「新手の対面式オレオレ詐欺ですかぁ?」
「違うって。オレだって相沢碧斗、オマエと幼稚園の頃から同じ学校で、中学校は陸上部でも一緒だっただろ! なんだよ、知らない人って!」
そこまで一気に言ったとき、紗季は少し呆れたような感じでため息をついた。
「で、いまは何もしてない、元・短距離走者の相沢碧斗、ってことね」
紗季は微笑んだ。
僕のよく知っている微笑み方だった。
駅前のロータリー少し古めのバスが並んでいた。10月にしては暖かい気がした。僕の感覚がおかしいわけではなく、半袖で歩いている人もいた。
昔は、富山に住んでいたあの頃は、10月はどんな服装をしていたんだっけかなと考えてみたが、うまく思い出すことができなかった。
10月の富山を歩くのは、中学三年のとき以来だ。
僕はいま富山に来ていた。
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美容院で髪を切った後、すぐにでも富山に行きたかったが、さすがに急すぎだった。バイトなどもあったし、いろいろとそわそわしながら調整しているうちに10月になってしまった。
ちょうど土日の二日間に陸上の大会があることもわかっていたので、その時期に合わせて僕は富山に向かった。
あっちの碧斗はやっぱり出ていないかもしれないが、青城南高校の誰も出ていないということはないと思ったので、誰かを捕まえれば話が聞けるかなと思っていた。
「総合運動公園」行きのバスは、駅から繋がる国道を抜けていく。窓から見える富山城はそのままのように見えたが、そもそも昔からしっかり遠目から「こんな城だ」と確かめたことはなかった気もした。
道沿いには知らない建物がいくつか増えたような気もした。あんなとこにコンビニあったかなぁとかそんな景色がちらほら見えた。
バスには同じ大会に向かうのか、ジャージの高校生が何人か乗っていた。
見渡した限りでは青城南の前に見た紺色のジャージの高校生は誰も乗っていないようだった。朝早くのうちに競技場に集合する高校もあるだろうし、競技に合わせてバラバラと集まって来る高校もあるだろう。青城南は前者で、朝早くに集合する高校なのかもしれない。
競技場に到着してバスを降りると、少しだけ涼しい風が吹いている気がした。
競技場までは少し距離があるから、ここからは競技場の全体を見渡すことができる。
ここは中学2年のときに、それまでの男子100mの県中学生記録を更新した競技場だ。ちょっとした懐かしさみたいなものもあった。
あのときは、秋じゃなくて、10月じゃなくて、5月だっただろうか。
優勝したあとにクールダウンを市にサブトラックに来たところで、紗季とハイタッチを交わしたような記憶がある。
当時を思い出しながら、空中で誰もいない前方にハイタッチを交わそうとしたときだった。
ザザザと葉が擦れる音がして、風が吹き始めた。
僕は少し目を細めて、風の向こう側を見た。
そこに何かがあると思って見たわけではなかった。ただの偶然だったが、向こうから歩いてくる女子を僕は知っていた。いや、知っているとかそういうものではなかった。
長い髪を後ろで縛った紺色の上下のジャージを着た女子はまっすぐにこちらへ歩いてくる。
僕の後ろにあるサブトラックに向かっているのかもしれない。
少なくとも僕の姿に気づいている様子はなかった。
しかし、僕にはわかっていた。
彼女は、紗季だ。
幼稚園の頃から小学校、中学校まで一緒だった紗季だった。
一年振りに見る紗季は、少し痩せたような感じで、そのせいか目の周りが昔より大きく見えるような気もした。早い話が大人びたように見えた。
僕の左隣を紗季が通り過ぎていく。
紗季はここまで来ても僕に気づかない。
「あ、あの……」
僕は振り返り、紗季に声をかけた。
後ろ姿のまま紗季がぴたりと止まった。ゆっくりと紗季が振り返る。僕と目が合う。
「オレ、あの、急なんだけどさ、相沢碧斗がどうしてるか、いや、あっちの碧斗がどうしているか、知りたくって」
なんで僕がしどろもどろなんだ。何を紗季と話せばいいのかわからない。
紗季は表情を変えず、僕を上から下まで見る。
「どちらさま?」
予想もしない言葉で紗季は淡々と言った。
「ええ!?」
「知らない人に、青城南の相沢碧斗の個人情報なんて教えたくないんですけど?」
「し、知らない人じゃねーし! オレだよ」
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「違うって。オレだって相沢碧斗、オマエと幼稚園の頃から同じ学校で、中学校は陸上部でも一緒だっただろ! なんだよ、知らない人って!」
そこまで一気に言ったとき、紗季は少し呆れたような感じでため息をついた。
「で、いまは何もしてない、元・短距離走者の相沢碧斗、ってことね」
紗季は微笑んだ。
僕のよく知っている微笑み方だった。
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