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第7章
高校生活で一番楽しい時期 5
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藤枝が夏のインターハイで男子100mで優勝した。
高校歴代3位のタイムだとかを2年生にして記録したらしい(高校2年の歴代に区切れば、歴代1位らしい)。
一方、100mどころか全力疾走も許可されていなかった僕は、夏休みの後半にしてようやくハムストリングスの肉離れは完治のお墨付きをもらった。
完治という言葉をもらえるとやっぱり嬉しく、安堵していたところ、
「ただ、今まで控えておいた分の筋力が落ちているはずだから、運動を再開する際は、『今までと同じ』動きでやらないように。しっかり筋肉をつけなおさないと、またやっちゃうからね」
木根先生は微笑みながら言った。
今までと同じ動きでやらないように、その言葉をあの50mを走る前に聞きたかった、と僕は思ったが、怪我をしなければここには来ていないので、事前に聞くことは元々無理だった。
「相沢さんの場合、頭は、速く走るための筋肉の使い方自体を知っていたんでしょう。つまり、かつての走りを再現しようとしたんです。しかし、身体は筋肉のバランスなどが変わり、脳の司令にはついていけなかった……がため今回のようなことが起きたんです」
「なるほど……帰宅部のくせに、昔みたいなことをやろうとしたからってことですね」
「そうですね。調子がいいと思っているときほど、筋肉はこんなことを起こしやすいです」
「はい……素直に衰えを受け入れて、次は気をつけます」
「いえいえいえ、相沢さんは、とても柔軟な筋肉をしているようなので、しっかりとリハビリをして筋肉をつけなおせば、すぐに力を取り戻せると思いますよ」
「力を取り戻せる……ですか」
力を取り戻せる、僕はもう一度、頭の中で繰り返し呟いた。
「まぁ、だからといっていきなり戻すとかは考えず、地道にゆっくりと。いきなり体育で全力疾走なんてさせないよう横山にも言っておきますね」
穏やかな微笑みを浮かべたまま、木根先生は横山先生を呼び捨てで言った。木根先生と横山先生は中学からの同級生らしく、いまでもいろいろ交流しているらしい。
リハビリや筋肉をつけなおしていくための簡単なプログラムを紹介してもらって、僕は病院を出た。
*
夏も終わるというのに、暑さに終わりは来ないらしく、アスファルトの上を歩いているだけで汗が流れてくる。
コンビニにでも寄ろうと駅の近くを歩いていると、ウチの高校のサッカー部のジャージを着た集団を見つけた。見たことのある奴らが数人いて、去年一緒のクラスだった梶本もいるようだった。
梶本が僕に気づき「相沢」と手を挙げてこちらに駆け寄ってきた。相変わらずニコニコとした笑顔を浮かべて。
「や、久しぶり」
「夏休みになってから全然見かけないからなー。なに、サッカー部は試合?」
「小さな大会だけどね。リーグ戦みたいのがあって、いま帰ってきたとこ」
「へぇー、勝ったの?」
僕が尋ねると、梶本は苦笑した。
「うーん……同点の時間もあったんだけどね……」
その言葉の続きを聞かずとも、サッカー部は試合に負けたのだとわかった。
「あー、そっか……。とりあえずお疲れ」
僕は結果の続きを聞かずに言った。
「ありがとう。リーグ戦通過できなかったから、夏の大会はこれで終わり。で、あんな状態」
サッカー部のメンバーはワイワイとはしゃぎながらコンビニ前でお菓子を食べたり、飲み物を飲んだりしていた。
「でも、あれだな。負けた割にみんな結構明るい感じなのな」
あの様子を見ている限りでは、落ち込んでいるような奴はいなそうだった。
負けを引きずっていればいいわけではないけど、試合直後にしては明るい。
「ウチの部は強くはないからねー。ダメではあるんだけど、負けることが多いからさ。慣れてるっていうか、いちいちショックは受けないかな。でも、楽しんではやってるんだよ」
負けることに慣れる、という感覚が正直、僕にはわからなかった。
ただサッカー部の奴らは卑屈になっているわけではなくて、それでも楽しんでやってるからこそ、梶本も笑顔を浮かべて説明しているんだろう。勝たなければ楽しくない、とは決まっているわけではない。
「ふーん……そういうのもあるんだな……」
僕のなんとなくの呟きをどう捉えたのか、梶本は「そういうのもあるんだよ」と笑顔で言った。
勝者がいれば、当然敗者もいる。
本当に当たり前のことなのだが、僕はよくわかっていない部分も多いのかなと思った。
夏も終わるというのに、暑さに終わりは来ないらしく、アスファルトの上に立っているだけで汗が流れてきた。蝉の鳴き声が遠くに聞こえた。
藤枝が夏のインターハイで男子100mで優勝した。
高校歴代3位のタイムだとかを2年生にして記録したらしい(高校2年の歴代に区切れば、歴代1位らしい)。
一方、100mどころか全力疾走も許可されていなかった僕は、夏休みの後半にしてようやくハムストリングスの肉離れは完治のお墨付きをもらった。
完治という言葉をもらえるとやっぱり嬉しく、安堵していたところ、
「ただ、今まで控えておいた分の筋力が落ちているはずだから、運動を再開する際は、『今までと同じ』動きでやらないように。しっかり筋肉をつけなおさないと、またやっちゃうからね」
木根先生は微笑みながら言った。
今までと同じ動きでやらないように、その言葉をあの50mを走る前に聞きたかった、と僕は思ったが、怪我をしなければここには来ていないので、事前に聞くことは元々無理だった。
「相沢さんの場合、頭は、速く走るための筋肉の使い方自体を知っていたんでしょう。つまり、かつての走りを再現しようとしたんです。しかし、身体は筋肉のバランスなどが変わり、脳の司令にはついていけなかった……がため今回のようなことが起きたんです」
「なるほど……帰宅部のくせに、昔みたいなことをやろうとしたからってことですね」
「そうですね。調子がいいと思っているときほど、筋肉はこんなことを起こしやすいです」
「はい……素直に衰えを受け入れて、次は気をつけます」
「いえいえいえ、相沢さんは、とても柔軟な筋肉をしているようなので、しっかりとリハビリをして筋肉をつけなおせば、すぐに力を取り戻せると思いますよ」
「力を取り戻せる……ですか」
力を取り戻せる、僕はもう一度、頭の中で繰り返し呟いた。
「まぁ、だからといっていきなり戻すとかは考えず、地道にゆっくりと。いきなり体育で全力疾走なんてさせないよう横山にも言っておきますね」
穏やかな微笑みを浮かべたまま、木根先生は横山先生を呼び捨てで言った。木根先生と横山先生は中学からの同級生らしく、いまでもいろいろ交流しているらしい。
リハビリや筋肉をつけなおしていくための簡単なプログラムを紹介してもらって、僕は病院を出た。
*
夏も終わるというのに、暑さに終わりは来ないらしく、アスファルトの上を歩いているだけで汗が流れてくる。
コンビニにでも寄ろうと駅の近くを歩いていると、ウチの高校のサッカー部のジャージを着た集団を見つけた。見たことのある奴らが数人いて、去年一緒のクラスだった梶本もいるようだった。
梶本が僕に気づき「相沢」と手を挙げてこちらに駆け寄ってきた。相変わらずニコニコとした笑顔を浮かべて。
「や、久しぶり」
「夏休みになってから全然見かけないからなー。なに、サッカー部は試合?」
「小さな大会だけどね。リーグ戦みたいのがあって、いま帰ってきたとこ」
「へぇー、勝ったの?」
僕が尋ねると、梶本は苦笑した。
「うーん……同点の時間もあったんだけどね……」
その言葉の続きを聞かずとも、サッカー部は試合に負けたのだとわかった。
「あー、そっか……。とりあえずお疲れ」
僕は結果の続きを聞かずに言った。
「ありがとう。リーグ戦通過できなかったから、夏の大会はこれで終わり。で、あんな状態」
サッカー部のメンバーはワイワイとはしゃぎながらコンビニ前でお菓子を食べたり、飲み物を飲んだりしていた。
「でも、あれだな。負けた割にみんな結構明るい感じなのな」
あの様子を見ている限りでは、落ち込んでいるような奴はいなそうだった。
負けを引きずっていればいいわけではないけど、試合直後にしては明るい。
「ウチの部は強くはないからねー。ダメではあるんだけど、負けることが多いからさ。慣れてるっていうか、いちいちショックは受けないかな。でも、楽しんではやってるんだよ」
負けることに慣れる、という感覚が正直、僕にはわからなかった。
ただサッカー部の奴らは卑屈になっているわけではなくて、それでも楽しんでやってるからこそ、梶本も笑顔を浮かべて説明しているんだろう。勝たなければ楽しくない、とは決まっているわけではない。
「ふーん……そういうのもあるんだな……」
僕のなんとなくの呟きをどう捉えたのか、梶本は「そういうのもあるんだよ」と笑顔で言った。
勝者がいれば、当然敗者もいる。
本当に当たり前のことなのだが、僕はよくわかっていない部分も多いのかなと思った。
夏も終わるというのに、暑さに終わりは来ないらしく、アスファルトの上に立っているだけで汗が流れてきた。蝉の鳴き声が遠くに聞こえた。
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