【完結】碧よりも蒼く

多田莉都

文字の大きさ
上 下
49 / 80
第7章

高校生活で一番楽しい時期 5

しおりを挟む
*
 藤枝が夏のインターハイで男子100mで優勝した。
 高校歴代3位のタイムだとかを2年生にして記録したらしい(高校2年の歴代に区切れば、歴代1位らしい)。

 一方、100mどころか全力疾走も許可されていなかった僕は、夏休みの後半にしてようやくハムストリングスの肉離れは完治のお墨付きをもらった。

 完治という言葉をもらえるとやっぱり嬉しく、安堵していたところ、

「ただ、今まで控えておいた分の筋力が落ちているはずだから、運動を再開する際は、『今までと同じ』動きでやらないように。しっかり筋肉をつけなおさないと、またやっちゃうからね」

 木根先生は微笑みながら言った。

 今までと同じ動きでやらないように、その言葉をあの50mを走る前に聞きたかった、と僕は思ったが、怪我をしなければここには来ていないので、事前に聞くことは元々無理だった。

「相沢さんの場合、頭は、速く走るための筋肉の使い方自体を知っていたんでしょう。つまり、かつての走りを再現しようとしたんです。しかし、身体は筋肉のバランスなどが変わり、脳の司令にはついていけなかった……がため今回のようなことが起きたんです」

「なるほど……帰宅部のくせに、昔みたいなことをやろうとしたからってことですね」

「そうですね。調子がいいと思っているときほど、筋肉はこんなことを起こしやすいです」

「はい……素直に衰えを受け入れて、次は気をつけます」

「いえいえいえ、相沢さんは、とても柔軟な筋肉をしているようなので、しっかりとリハビリをして筋肉をつけなおせば、すぐに力を取り戻せると思いますよ」

「力を取り戻せる……ですか」

 力を取り戻せる、僕はもう一度、頭の中で繰り返し呟いた。


「まぁ、だからといっていきなり戻すとかは考えず、地道にゆっくりと。いきなり体育で全力疾走なんてさせないよう横山にも言っておきますね」

 穏やかな微笑みを浮かべたまま、木根先生は横山先生を呼び捨てで言った。木根先生と横山先生は中学からの同級生らしく、いまでもいろいろ交流しているらしい。

 リハビリや筋肉をつけなおしていくための簡単なプログラムを紹介してもらって、僕は病院を出た。


 夏も終わるというのに、暑さに終わりは来ないらしく、アスファルトの上を歩いているだけで汗が流れてくる。

 コンビニにでも寄ろうと駅の近くを歩いていると、ウチの高校のサッカー部のジャージを着た集団を見つけた。見たことのある奴らが数人いて、去年一緒のクラスだった梶本もいるようだった。

 梶本が僕に気づき「相沢」と手を挙げてこちらに駆け寄ってきた。相変わらずニコニコとした笑顔を浮かべて。

「や、久しぶり」
「夏休みになってから全然見かけないからなー。なに、サッカー部は試合?」
「小さな大会だけどね。リーグ戦みたいのがあって、いま帰ってきたとこ」
「へぇー、勝ったの?」

 僕が尋ねると、梶本は苦笑した。

「うーん……同点の時間もあったんだけどね……」

 その言葉の続きを聞かずとも、サッカー部は試合に負けたのだとわかった。


「あー、そっか……。とりあえずお疲れ」

 僕は結果の続きを聞かずに言った。

「ありがとう。リーグ戦通過できなかったから、夏の大会はこれで終わり。で、あんな状態」

 サッカー部のメンバーはワイワイとはしゃぎながらコンビニ前でお菓子を食べたり、飲み物を飲んだりしていた。

「でも、あれだな。負けた割にみんな結構明るい感じなのな」

 あの様子を見ている限りでは、落ち込んでいるような奴はいなそうだった。
 負けを引きずっていればいいわけではないけど、試合直後にしては明るい。

「ウチの部は強くはないからねー。ダメではあるんだけど、負けることが多いからさ。慣れてるっていうか、いちいちショックは受けないかな。でも、楽しんではやってるんだよ」

 負けることに慣れる、という感覚が正直、僕にはわからなかった。
 ただサッカー部の奴らは卑屈になっているわけではなくて、それでも楽しんでやってるからこそ、梶本も笑顔を浮かべて説明しているんだろう。勝たなければ楽しくない、とは決まっているわけではない。


「ふーん……そういうのもあるんだな……」

 僕のなんとなくの呟きをどう捉えたのか、梶本は「そういうのもあるんだよ」と笑顔で言った。
 勝者がいれば、当然敗者もいる。
 本当に当たり前のことなのだが、僕はよくわかっていない部分も多いのかなと思った。


 夏も終わるというのに、暑さに終わりは来ないらしく、アスファルトの上に立っているだけで汗が流れてきた。蝉の鳴き声が遠くに聞こえた。
 

しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

タカラジェンヌへの軌跡

赤井ちひろ
青春
私立桜城下高校に通う高校一年生、南條さくら 夢はでっかく宝塚! 中学時代は演劇コンクールで助演女優賞もとるほどの力を持っている。 でも彼女には決定的な欠陥が 受験期間高校三年までの残ります三年。必死にレッスンに励むさくらに運命の女神は微笑むのか。 限られた時間の中で夢を追う少女たちを書いた青春小説。 脇を囲む教師たちと高校生の物語。

フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件

遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。 一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた! 宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!? ※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。

たかなしポン太
青春
   僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。  助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。  でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。 「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」 「ちょっと、確認しなくていいですから!」 「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」 「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」    天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。  異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー! ※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。 ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

切り札の男

古野ジョン
青春
野球への未練から、毎日のようにバッティングセンターに通う高校一年生の久保雄大。 ある日、野球部のマネージャーだという滝川まなに野球部に入るよう頼まれる。 理由を聞くと、「三年の兄をプロ野球選手にするため、少しでも大会で勝ち上がりたい」のだという。 そんな簡単にプロ野球に入れるわけがない。そう思った久保は、つい彼女と口論してしまう。 その結果、「兄の球を打ってみろ」とけしかけられてしまった。 彼はその挑発に乗ってしまうが…… 小説家になろう・カクヨム・ハーメルンにも掲載しています。

坊主女子:学園青春短編集【短編集】

S.H.L
青春
坊主女子の学園もの青春ストーリーを集めた短編集です。

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...