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第7章
高校生活で一番楽しい時期 3
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*
「立ち止まれない、ってどういうこと?」
僕が質問すると、濱田さんはチラッと僕を見た。
「立夏の家はね、勉強に厳しいおウチなんだ。イイ大学に進学してほしいってね。だから、成績がちょっとでも悪くなったら部活を辞めさせられてちゃう」
「え、それはキツいな」
「バスケを続けるなら、高校での成績もトップクラスを維持しなきゃいけない。だから立夏は休んでいる暇がない。真面目とは違うよ」
濱田さんの視線が少し冷たく思えて僕は苦笑し、「ごめん」と言った。
「立夏の家は、もうバスケ辞めさせたいぐらいの気持ちみたいでね、頑張る必要がないって言ってるんだ」
「頑張る必要がない……そんなのあるんだ」
頑張る必要がない、そんなことを僕は言われたことがなかった。
「立夏はバスケ上手だよ。ミニバスの頃から頑張ってきて、中学もレギュラーだった。でも……そうだな、全国とかそういうレベルにいけるチームじゃなかった。立夏個人でもオリンピックとかプロを目指すほどの選手ではない、かな……さすがにね」
たしかに、もし細谷が個人でそんなレベルならばもっと騒がれているだろう。男子バスケではあるが伊藤は県選抜だった経歴があるだけあって、大会に出るとちょっとした注目を浴びるらしい。
「そのレベルなら、そこまでやらなくてもいいって立夏の親は思ってる」
「それってひどくないかな。頑張ること自体に意味はあるって思うけどな」
自分で発した言葉に、とんでもない大きさの空虚を感じ、僕は深海に潜っていくような息苦しさを感じた。
どの口が「頑張ること自体に意味はある」って言っているんだろう。
「立夏自身だってわかってはいるんだ。全国だとかそういうレベルじゃないってことぐらいは。でも、バスケは続けてるんだ」
「それぐらいバスケが好きだからってことかな」
「それもあるんだろうけど……私に対する……贖罪みたいな意味もあるんだろうね。もういいのにね」
「贖罪……」
「立夏は何も罪なんかないのに、立夏は背負っちゃってるんだ」
贖罪、と濱田さんは言った。
細谷もまたその言葉を使ったことがある。あれは一年の冬の帰り道、駅で細谷と会ったときのことだった。
「細谷は、濱田さんの分までバスケを続けようとしてるってことだね」
僕がそう言うと、濱田さんはその大きな目を少しだけ見開いた。しかし、すぐに元の大きさに戻った。
「……立夏から聞いてるってこと?」
「うん……。聞き出すとかそんなつもりはなかったんだけど、細谷だって言い広めるつもりは持ってないよ。でも、オレは教えてもらった」
*
細谷と濱田さんは小学校時代、同じミニバスのクラブに通っていた。
二人ともレギュラーで県内の大会でも上位に進むこともあったらしい。
中学に入り、二人は迷うことなくバスケ部に入った(三吉も入った)。経験者の中でも抜群にうまかった細谷と濱田さんは一年生のうちから試合に出場することができた。その中学のチームを二人が支えていくのだと誰もが思っていた。
しかし、それは叶うことはなかった。
何があったかを冬の電車の中で、細谷は教えてくれた。
中学二年のある大会で、上位での試合に二人は出場していた。
「接戦でね、気を抜いたら負けちゃうっていう試合だった。私は点を取るのが役目だから、ガンガン突っ込んでたんだよ。外したってすぐにリバウンド取って、シュート決めてやるってね」
ドアの側にもたれながら細谷は話しはじめた。
「シュートが外れて、リングにゴンってなった。リバウンドを取るためにちょっと、いやかなり強引に私は突っ込んだ。ポジション取りがちゃんとできていたかもわからない。自分がやらなきゃってだけ思ってた」
そこまで話したときに細谷は俯いた。
「私が周りを見えてなかった。ゴール下には汐里も入ってたんだ。私と相手の選手がリバウンドを競ったときに強引に行き過ぎちゃったから二人でバランスを崩した。そしたら、その下にいたのが汐里だった。汐里の背中に私と相手の選手が落ちる形になって、その重さが汐里の左膝に全部乗っちゃったんだ……」
僕はその場面を想像しただけで背筋に寒気が走った。
「汐里が顔を歪めてコートに倒れてる姿を見て、私オロオロするしかできなかった。その試合はその後、どうしてたのか、試合後はどう過ごしてたのか、全く覚えてない。わかってるのは、何日かして、汐里の左膝はもう治らない、バスケを続けることはできないって言われたことだけ」
中学二年の細谷にそれはどれほど重い言葉だっただろう。
ミニバス時代から一緒にやってきた仲間のバスケ生命を奪ったのが、自分の強引なプレイのせいだったなんて。
当然、細谷はすぐに受け入れることができず、練習に向かうこともできなくなったという。
「でも、汐里はリハビリを頑張ってた。普通に歩けるレベルまで戻ろうって頑張ってるって知った。私はまだバスケを続けられる足が残ってた。じゃあ、私が走るしかないじゃない。私が汐里の分までバスケやるって決めたんだ」
それから細谷は濱田さんの分までと練習に戻り、それまで以上に練習に励み、いつも市大会に出場できるかどうかだったチームを細谷が引っ張り、ワンマンチームではあったが市大会での優勝を果たし、県大会の中位まで進出することができた。
「だから、高校生活最後までバスケ部を絶対続ける」
そう言ったときの細谷の表情は『凛とした』という表現がふさわしいものだった。
「立ち止まれない、ってどういうこと?」
僕が質問すると、濱田さんはチラッと僕を見た。
「立夏の家はね、勉強に厳しいおウチなんだ。イイ大学に進学してほしいってね。だから、成績がちょっとでも悪くなったら部活を辞めさせられてちゃう」
「え、それはキツいな」
「バスケを続けるなら、高校での成績もトップクラスを維持しなきゃいけない。だから立夏は休んでいる暇がない。真面目とは違うよ」
濱田さんの視線が少し冷たく思えて僕は苦笑し、「ごめん」と言った。
「立夏の家は、もうバスケ辞めさせたいぐらいの気持ちみたいでね、頑張る必要がないって言ってるんだ」
「頑張る必要がない……そんなのあるんだ」
頑張る必要がない、そんなことを僕は言われたことがなかった。
「立夏はバスケ上手だよ。ミニバスの頃から頑張ってきて、中学もレギュラーだった。でも……そうだな、全国とかそういうレベルにいけるチームじゃなかった。立夏個人でもオリンピックとかプロを目指すほどの選手ではない、かな……さすがにね」
たしかに、もし細谷が個人でそんなレベルならばもっと騒がれているだろう。男子バスケではあるが伊藤は県選抜だった経歴があるだけあって、大会に出るとちょっとした注目を浴びるらしい。
「そのレベルなら、そこまでやらなくてもいいって立夏の親は思ってる」
「それってひどくないかな。頑張ること自体に意味はあるって思うけどな」
自分で発した言葉に、とんでもない大きさの空虚を感じ、僕は深海に潜っていくような息苦しさを感じた。
どの口が「頑張ること自体に意味はある」って言っているんだろう。
「立夏自身だってわかってはいるんだ。全国だとかそういうレベルじゃないってことぐらいは。でも、バスケは続けてるんだ」
「それぐらいバスケが好きだからってことかな」
「それもあるんだろうけど……私に対する……贖罪みたいな意味もあるんだろうね。もういいのにね」
「贖罪……」
「立夏は何も罪なんかないのに、立夏は背負っちゃってるんだ」
贖罪、と濱田さんは言った。
細谷もまたその言葉を使ったことがある。あれは一年の冬の帰り道、駅で細谷と会ったときのことだった。
「細谷は、濱田さんの分までバスケを続けようとしてるってことだね」
僕がそう言うと、濱田さんはその大きな目を少しだけ見開いた。しかし、すぐに元の大きさに戻った。
「……立夏から聞いてるってこと?」
「うん……。聞き出すとかそんなつもりはなかったんだけど、細谷だって言い広めるつもりは持ってないよ。でも、オレは教えてもらった」
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細谷と濱田さんは小学校時代、同じミニバスのクラブに通っていた。
二人ともレギュラーで県内の大会でも上位に進むこともあったらしい。
中学に入り、二人は迷うことなくバスケ部に入った(三吉も入った)。経験者の中でも抜群にうまかった細谷と濱田さんは一年生のうちから試合に出場することができた。その中学のチームを二人が支えていくのだと誰もが思っていた。
しかし、それは叶うことはなかった。
何があったかを冬の電車の中で、細谷は教えてくれた。
中学二年のある大会で、上位での試合に二人は出場していた。
「接戦でね、気を抜いたら負けちゃうっていう試合だった。私は点を取るのが役目だから、ガンガン突っ込んでたんだよ。外したってすぐにリバウンド取って、シュート決めてやるってね」
ドアの側にもたれながら細谷は話しはじめた。
「シュートが外れて、リングにゴンってなった。リバウンドを取るためにちょっと、いやかなり強引に私は突っ込んだ。ポジション取りがちゃんとできていたかもわからない。自分がやらなきゃってだけ思ってた」
そこまで話したときに細谷は俯いた。
「私が周りを見えてなかった。ゴール下には汐里も入ってたんだ。私と相手の選手がリバウンドを競ったときに強引に行き過ぎちゃったから二人でバランスを崩した。そしたら、その下にいたのが汐里だった。汐里の背中に私と相手の選手が落ちる形になって、その重さが汐里の左膝に全部乗っちゃったんだ……」
僕はその場面を想像しただけで背筋に寒気が走った。
「汐里が顔を歪めてコートに倒れてる姿を見て、私オロオロするしかできなかった。その試合はその後、どうしてたのか、試合後はどう過ごしてたのか、全く覚えてない。わかってるのは、何日かして、汐里の左膝はもう治らない、バスケを続けることはできないって言われたことだけ」
中学二年の細谷にそれはどれほど重い言葉だっただろう。
ミニバス時代から一緒にやってきた仲間のバスケ生命を奪ったのが、自分の強引なプレイのせいだったなんて。
当然、細谷はすぐに受け入れることができず、練習に向かうこともできなくなったという。
「でも、汐里はリハビリを頑張ってた。普通に歩けるレベルまで戻ろうって頑張ってるって知った。私はまだバスケを続けられる足が残ってた。じゃあ、私が走るしかないじゃない。私が汐里の分までバスケやるって決めたんだ」
それから細谷は濱田さんの分までと練習に戻り、それまで以上に練習に励み、いつも市大会に出場できるかどうかだったチームを細谷が引っ張り、ワンマンチームではあったが市大会での優勝を果たし、県大会の中位まで進出することができた。
「だから、高校生活最後までバスケ部を絶対続ける」
そう言ったときの細谷の表情は『凛とした』という表現がふさわしいものだった。
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