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第6章
僕ではない僕が存在する 4
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*
集中の深みに入ろうとした瞬間、右隣に気配を感じたような気がした。
左隣には伊藤がいるが、右隣は誰もいないはずだった。
でも誰かがいるような気がした。
なんだ? 誰だ? いやなんだっていい。いまはこの一戦に集中だ。
その刹那、ピストルが鳴った。
前脚である左足で思い切り地面を蹴る。右隣に感じていた気配もまた地面を蹴ったような気がした。
それは影のような存在で、一瞬にして僕の前へと飛び出す。
二歩目、三歩目で更に差がつけられる。
そんなバカな。速すぎる。いくら何でも速すぎる。
僕は右足、左足を高く上げて、その影のような存在を追いかけるようとした。僕はこんなよくわからないものに負けたくなんかない。負けてたまるか。僕は、相沢碧斗だ。絶対に負けたりしない。
次の瞬間、バチッとゴムが切れたような音がした。
そして、僕の右足に鋭い電撃のような痛みが走った。急に右足に力が入らなくなっていく感覚があった。
加速して進もうとする上半身に対し、下半身がついていくことができない。左足は僕を支えることはできず、僕は地面に叩きつけるようにして転んでしまった。
*
砂の匂いと血の味がした。
右足が痛くて立ち上がることができない。視界の向こうでは伊藤がこちらに戻って来る姿が見えた。横山先生もこちらへ向かってきているようだった。
僕の右隣に感じた影のような存在は、見えなかった。
「相沢、大丈夫か!」
伊藤が駆け寄ってきてくれて、僕に手を差し伸べてくれた。
「悪ぃ、こけちまった」
その手につかまって立ち上がろうとしたが、右足に刺すような痛みが走る。痛むのは太腿の裏か。
「痛っ……!」
右足に力が入らず、左足だけで僕はなんとか立ち上がる。右の太腿の裏を抑えている僕を見ながら、
「ハムストリングスを痛めたのかもしれんな。おい、伊藤、肩を貸してやれ」
と横山先生は言った。
僕は伊藤の肩を借りながら、グラウンド脇のコンクリートの階段へと移動し、座った。座るときにもハムストリングスには激痛が走った。
「大丈夫か?」
伊藤の声に僕はとりあえず頷いてみた。
「悪いな。今年もオマエのモヤモヤを晴らすことできなかった」
「気にしなくていいよ。大したことないといいんだけどな」
「大丈夫だよ、いまちょっと痛いけど。少し休んでるから、あっち戻って大丈夫」
「うん、あとで教室まではつきあうから」
「あー、本当に悪い」
「気にしなくっていいって」
軽く微笑むと伊藤はグラウンドの真ん中へと小走りで戻っていった。
その後ろ姿を見ながら、痛む右太腿の裏側を抑えながら、僕は考えていた。あの影のような存在は何だったのかと。
並んでいたのは最初の一歩目だけで、あとはどんどん加速していく影に引き離されるだけだった。足を痛めなかったとしても追いつけたとは思えなかった。
あれは、もしかしたら中学時代の僕だったのだろうか。
あれこそが僕の幻影だったんだろうか。
もし、そうだったとしたら、僕なのに、もはや僕ではない存在にしか思えなかった。違う誰かのようだった。
たしかめることができないことを考えながら僕は目を閉じた。なぜだか涙がひとすじ流れた。誰にも見られなくてよかった。
集中の深みに入ろうとした瞬間、右隣に気配を感じたような気がした。
左隣には伊藤がいるが、右隣は誰もいないはずだった。
でも誰かがいるような気がした。
なんだ? 誰だ? いやなんだっていい。いまはこの一戦に集中だ。
その刹那、ピストルが鳴った。
前脚である左足で思い切り地面を蹴る。右隣に感じていた気配もまた地面を蹴ったような気がした。
それは影のような存在で、一瞬にして僕の前へと飛び出す。
二歩目、三歩目で更に差がつけられる。
そんなバカな。速すぎる。いくら何でも速すぎる。
僕は右足、左足を高く上げて、その影のような存在を追いかけるようとした。僕はこんなよくわからないものに負けたくなんかない。負けてたまるか。僕は、相沢碧斗だ。絶対に負けたりしない。
次の瞬間、バチッとゴムが切れたような音がした。
そして、僕の右足に鋭い電撃のような痛みが走った。急に右足に力が入らなくなっていく感覚があった。
加速して進もうとする上半身に対し、下半身がついていくことができない。左足は僕を支えることはできず、僕は地面に叩きつけるようにして転んでしまった。
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砂の匂いと血の味がした。
右足が痛くて立ち上がることができない。視界の向こうでは伊藤がこちらに戻って来る姿が見えた。横山先生もこちらへ向かってきているようだった。
僕の右隣に感じた影のような存在は、見えなかった。
「相沢、大丈夫か!」
伊藤が駆け寄ってきてくれて、僕に手を差し伸べてくれた。
「悪ぃ、こけちまった」
その手につかまって立ち上がろうとしたが、右足に刺すような痛みが走る。痛むのは太腿の裏か。
「痛っ……!」
右足に力が入らず、左足だけで僕はなんとか立ち上がる。右の太腿の裏を抑えている僕を見ながら、
「ハムストリングスを痛めたのかもしれんな。おい、伊藤、肩を貸してやれ」
と横山先生は言った。
僕は伊藤の肩を借りながら、グラウンド脇のコンクリートの階段へと移動し、座った。座るときにもハムストリングスには激痛が走った。
「大丈夫か?」
伊藤の声に僕はとりあえず頷いてみた。
「悪いな。今年もオマエのモヤモヤを晴らすことできなかった」
「気にしなくていいよ。大したことないといいんだけどな」
「大丈夫だよ、いまちょっと痛いけど。少し休んでるから、あっち戻って大丈夫」
「うん、あとで教室まではつきあうから」
「あー、本当に悪い」
「気にしなくっていいって」
軽く微笑むと伊藤はグラウンドの真ん中へと小走りで戻っていった。
その後ろ姿を見ながら、痛む右太腿の裏側を抑えながら、僕は考えていた。あの影のような存在は何だったのかと。
並んでいたのは最初の一歩目だけで、あとはどんどん加速していく影に引き離されるだけだった。足を痛めなかったとしても追いつけたとは思えなかった。
あれは、もしかしたら中学時代の僕だったのだろうか。
あれこそが僕の幻影だったんだろうか。
もし、そうだったとしたら、僕なのに、もはや僕ではない存在にしか思えなかった。違う誰かのようだった。
たしかめることができないことを考えながら僕は目を閉じた。なぜだか涙がひとすじ流れた。誰にも見られなくてよかった。
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