【完結】碧よりも蒼く

多田莉都

文字の大きさ
上 下
40 / 80
第6章

僕ではない僕が存在する

しおりを挟む
 あっと言う間に春が来て、僕の学年は一つ進み、二年生となった。
 文理選択でクラスが決まるのだが、僕は理系を選んだので理系クラスだった。

 みんなが大学進学について考えて文理選択をしているが、僕は進む方向性すら決まっておらず。あとから選ぶなら理系にいたほうが幅広く選べるらしい、という理由程度だった。

 理系では物理と化学があるのだが、僕はどうにも化学が苦手で、二年最初の中間テストでいきなり赤点とる40点以下の点数を取ってしまった。
 かといって数学や英語の成績も決して芳しいものではなく、これで難関大を目指すと言ったら担任には笑われるか呆れられてしまうかだろう。


 そんな中間テストも終わり、夏が迫ってきた。中屋上の日陰が射し込む部分ではちょうど涼しい風が吹き込んできてまったりするにはちょうどよかった。もう少し経てば暑くていられなくなるだろう。
 僕が手すりに両肘を載せてグラウンドの方を見ているときだった。

「そこは私がまったりする席なんだけどなぁ」

 と声をかけられた。声の方向をみると濱田さんが近づいてきていた。


「え、いつからそんな決まりが」
「私が決めたの」

 と、濱田さんは僕の隣に並んだ。


「ここからだとさ、グラウンドが見下ろせて、ずっと向こうまで市街が見えていい景色でしょ? ここでまったりするのが私は好きなんだよ」
「それはすげーわかる」

 三階の高さの中屋上ではあるが、この高校自体が小高い丘の上に立っているせいで眼下に広がる景色はグラウンドを通して市街まで見おろすことができて気持ちいい。

「また同じクラスだね」

 理系を選んだ濱田さんとは今年も同じクラスだった。


「そうだね」
「伊藤くんも同じ」

 伊藤も理系なので、今年も同じクラスだった。

「ということは」
「え?」
「今年もスポーツテストで二人が走るところを見られるんだね」


 にっこりと濱田さんは微笑んだ。僕は顔が引きつるのがわかった。今年も出席番号は僕が一番で、伊藤が二番だ。必然的に一緒に50m走を走ることになる。


「同じクラスの特権だね。楽しみだよ」
「……楽しみじゃなくて、面白がってるだけでは」
「そうかもね」

 濱田さんは僕の顔を見て微笑む。綺麗だが怖い。

「今年の相沢くんは本気で走るのかな、また手を抜くのかな、それで伊藤くんとうまくやってけるのかなとか考えてるのは面白い」
「ひどいなぁ……」
「仕方ないじゃない。私は走れないんだから。速く走ることを見ているのが楽しい」

 その微笑みの前に僕は何を言えばいいのかわからなかった。

「ちゃんと走りなよ」
「あー……うん」
「体育大会んときみたいにさ」
「あのときはたまたまだって言ったじゃん。前の奴を追いかけたら、西田だっけ? バスケ部の。追いかけたら実力以上のものがでちゃった感じ」
「実力以上ねぇ……、そんな簡単にすごいスピードがでるモンじゃないでしょ。いくら前を追いかけようとしたって」

 彼女が何を言い出そうとしているのかわからず、僕の頭の中でノイズみたいなものが走る。

 陸上競技ハ実力以上ノ結果ガ出ナインダヨ。


「陸上競技って実力以上のものは出ないでしょ。走るの速くない人が勝つことはない。残酷なまでに実力の世界なんだって私は思ってるよ。貴方もわかるでしょう?」
「え……」
「だって貴方は短距離走者スプリンターなんだから」


 春の陽気に浮かれてる余裕すらなく、背筋が冷えていく。
 彼女の言葉が僕の脳内をかき乱す。僕の中で出したくない答えばかりがはじき出される。

 いや、そんなはずはない。僕は彼女に何も話したことはない。
 頭の中がはじき出した答えを僕は否定し続けた。しかし――、


「中学二年で全国制覇した相沢碧斗くんならわかるのかなって」

 答えは確かだった。彼女は知っている。僕の素性を。僕が話していないはずなのに。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~

kitamitio
青春
合格するはずのなかった札幌の超難関高に入学してしまった野球少年の野田賢治は、野球部員たちの執拗な勧誘を逃れ陸上部に入部する。北海道の海沿いの田舎町で育った彼は仲間たちの優秀さに引け目を感じる生活を送っていたが、長年続けて来た野球との違いに戸惑いながらも陸上競技にのめりこんでいく。「自主自律」を校訓とする私服の学校に敢えて詰襟の学生服を着ていくことで自分自身の存在を主張しようとしていた野田賢治。それでも新しい仲間が広がっていく中で少しずつ変わっていくものがあった。そして、隠していた野田賢治自身の過去について少しずつ知らされていく……。

タカラジェンヌへの軌跡

赤井ちひろ
青春
私立桜城下高校に通う高校一年生、南條さくら 夢はでっかく宝塚! 中学時代は演劇コンクールで助演女優賞もとるほどの力を持っている。 でも彼女には決定的な欠陥が 受験期間高校三年までの残ります三年。必死にレッスンに励むさくらに運命の女神は微笑むのか。 限られた時間の中で夢を追う少女たちを書いた青春小説。 脇を囲む教師たちと高校生の物語。

フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件

遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。 一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた! 宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!? ※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。

たかなしポン太
青春
   僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。  助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。  でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。 「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」 「ちょっと、確認しなくていいですから!」 「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」 「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」    天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。  異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー! ※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。 ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

切り札の男

古野ジョン
青春
野球への未練から、毎日のようにバッティングセンターに通う高校一年生の久保雄大。 ある日、野球部のマネージャーだという滝川まなに野球部に入るよう頼まれる。 理由を聞くと、「三年の兄をプロ野球選手にするため、少しでも大会で勝ち上がりたい」のだという。 そんな簡単にプロ野球に入れるわけがない。そう思った久保は、つい彼女と口論してしまう。 その結果、「兄の球を打ってみろ」とけしかけられてしまった。 彼はその挑発に乗ってしまうが…… 小説家になろう・カクヨム・ハーメルンにも掲載しています。

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...