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第6章
僕ではない僕が存在する
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あっと言う間に春が来て、僕の学年は一つ進み、二年生となった。
文理選択でクラスが決まるのだが、僕は理系を選んだので理系クラスだった。
みんなが大学進学について考えて文理選択をしているが、僕は進む方向性すら決まっておらず。あとから選ぶなら理系にいたほうが幅広く選べるらしい、という理由程度だった。
理系では物理と化学があるのだが、僕はどうにも化学が苦手で、二年最初の中間テストでいきなり赤点とる40点以下の点数を取ってしまった。
かといって数学や英語の成績も決して芳しいものではなく、これで難関大を目指すと言ったら担任には笑われるか呆れられてしまうかだろう。
そんな中間テストも終わり、夏が迫ってきた。中屋上の日陰が射し込む部分ではちょうど涼しい風が吹き込んできてまったりするにはちょうどよかった。もう少し経てば暑くていられなくなるだろう。
僕が手すりに両肘を載せてグラウンドの方を見ているときだった。
「そこは私がまったりする席なんだけどなぁ」
と声をかけられた。声の方向をみると濱田さんが近づいてきていた。
「え、いつからそんな決まりが」
「私が決めたの」
と、濱田さんは僕の隣に並んだ。
「ここからだとさ、グラウンドが見下ろせて、ずっと向こうまで市街が見えていい景色でしょ? ここでまったりするのが私は好きなんだよ」
「それはすげーわかる」
三階の高さの中屋上ではあるが、この高校自体が小高い丘の上に立っているせいで眼下に広がる景色はグラウンドを通して市街まで見おろすことができて気持ちいい。
「また同じクラスだね」
理系を選んだ濱田さんとは今年も同じクラスだった。
「そうだね」
「伊藤くんも同じ」
伊藤も理系なので、今年も同じクラスだった。
「ということは」
「え?」
「今年もスポーツテストで二人が走るところを見られるんだね」
にっこりと濱田さんは微笑んだ。僕は顔が引きつるのがわかった。今年も出席番号は僕が一番で、伊藤が二番だ。必然的に一緒に50m走を走ることになる。
「同じクラスの特権だね。楽しみだよ」
「……楽しみじゃなくて、面白がってるだけでは」
「そうかもね」
濱田さんは僕の顔を見て微笑む。綺麗だが怖い。
「今年の相沢くんは本気で走るのかな、また手を抜くのかな、それで伊藤くんとうまくやってけるのかなとか考えてるのは面白い」
「ひどいなぁ……」
「仕方ないじゃない。私は走れないんだから。速く走ることを見ているのが楽しい」
その微笑みの前に僕は何を言えばいいのかわからなかった。
「ちゃんと走りなよ」
「あー……うん」
「体育大会んときみたいにさ」
「あのときはたまたまだって言ったじゃん。前の奴を追いかけたら、西田だっけ? バスケ部の。追いかけたら実力以上のものがでちゃった感じ」
「実力以上ねぇ……、そんな簡単にすごいスピードがでるモンじゃないでしょ。いくら前を追いかけようとしたって」
彼女が何を言い出そうとしているのかわからず、僕の頭の中でノイズみたいなものが走る。
陸上競技ハ実力以上ノ結果ガ出ナインダヨ。
「陸上競技って実力以上のものは出ないでしょ。走るの速くない人が勝つことはない。残酷なまでに実力の世界なんだって私は思ってるよ。貴方もわかるでしょう?」
「え……」
「だって貴方は短距離走者なんだから」
春の陽気に浮かれてる余裕すらなく、背筋が冷えていく。
彼女の言葉が僕の脳内をかき乱す。僕の中で出したくない答えばかりがはじき出される。彼女は僕の素性を知っている?
いや、そんなはずはない。僕は彼女に何も話したことはない。
頭の中がはじき出した答えを僕は否定し続けた。しかし――、
「中学二年で全国制覇した相沢碧斗くんならわかるのかなって」
答えは確かだった。彼女は知っている。僕の素性を。僕が話していないはずなのに。
文理選択でクラスが決まるのだが、僕は理系を選んだので理系クラスだった。
みんなが大学進学について考えて文理選択をしているが、僕は進む方向性すら決まっておらず。あとから選ぶなら理系にいたほうが幅広く選べるらしい、という理由程度だった。
理系では物理と化学があるのだが、僕はどうにも化学が苦手で、二年最初の中間テストでいきなり赤点とる40点以下の点数を取ってしまった。
かといって数学や英語の成績も決して芳しいものではなく、これで難関大を目指すと言ったら担任には笑われるか呆れられてしまうかだろう。
そんな中間テストも終わり、夏が迫ってきた。中屋上の日陰が射し込む部分ではちょうど涼しい風が吹き込んできてまったりするにはちょうどよかった。もう少し経てば暑くていられなくなるだろう。
僕が手すりに両肘を載せてグラウンドの方を見ているときだった。
「そこは私がまったりする席なんだけどなぁ」
と声をかけられた。声の方向をみると濱田さんが近づいてきていた。
「え、いつからそんな決まりが」
「私が決めたの」
と、濱田さんは僕の隣に並んだ。
「ここからだとさ、グラウンドが見下ろせて、ずっと向こうまで市街が見えていい景色でしょ? ここでまったりするのが私は好きなんだよ」
「それはすげーわかる」
三階の高さの中屋上ではあるが、この高校自体が小高い丘の上に立っているせいで眼下に広がる景色はグラウンドを通して市街まで見おろすことができて気持ちいい。
「また同じクラスだね」
理系を選んだ濱田さんとは今年も同じクラスだった。
「そうだね」
「伊藤くんも同じ」
伊藤も理系なので、今年も同じクラスだった。
「ということは」
「え?」
「今年もスポーツテストで二人が走るところを見られるんだね」
にっこりと濱田さんは微笑んだ。僕は顔が引きつるのがわかった。今年も出席番号は僕が一番で、伊藤が二番だ。必然的に一緒に50m走を走ることになる。
「同じクラスの特権だね。楽しみだよ」
「……楽しみじゃなくて、面白がってるだけでは」
「そうかもね」
濱田さんは僕の顔を見て微笑む。綺麗だが怖い。
「今年の相沢くんは本気で走るのかな、また手を抜くのかな、それで伊藤くんとうまくやってけるのかなとか考えてるのは面白い」
「ひどいなぁ……」
「仕方ないじゃない。私は走れないんだから。速く走ることを見ているのが楽しい」
その微笑みの前に僕は何を言えばいいのかわからなかった。
「ちゃんと走りなよ」
「あー……うん」
「体育大会んときみたいにさ」
「あのときはたまたまだって言ったじゃん。前の奴を追いかけたら、西田だっけ? バスケ部の。追いかけたら実力以上のものがでちゃった感じ」
「実力以上ねぇ……、そんな簡単にすごいスピードがでるモンじゃないでしょ。いくら前を追いかけようとしたって」
彼女が何を言い出そうとしているのかわからず、僕の頭の中でノイズみたいなものが走る。
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「陸上競技って実力以上のものは出ないでしょ。走るの速くない人が勝つことはない。残酷なまでに実力の世界なんだって私は思ってるよ。貴方もわかるでしょう?」
「え……」
「だって貴方は短距離走者なんだから」
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いや、そんなはずはない。僕は彼女に何も話したことはない。
頭の中がはじき出した答えを僕は否定し続けた。しかし――、
「中学二年で全国制覇した相沢碧斗くんならわかるのかなって」
答えは確かだった。彼女は知っている。僕の素性を。僕が話していないはずなのに。
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