37 / 80
第5章
冬の放課後 4
しおりを挟む
*
「伊藤がオレに話してくれたみたいな感じでオレのことも話していいかな?」
僕が尋ねると、伊藤は「もちろん」と言って体育館の床に座った。自然と僕の口元も綻ぶ。ちゃんと話を聞いてくれようとするこいつはやっぱりいい奴だなぁと。
「伊藤が小学校の頃からバスケをやってたみたいに、オレは昔から陸上競技をやってた」
「陸上……まぁ意外ではないね」
「ランニングスクールにも通ってて、地元じゃ負け知らず、って感じで。よーいどんで一斉に走って負けることなんて学校の中で経験したことなかった」
「相当だな、やっぱり」
「中学に入ったとき、迷わず陸上部に入った。自分がどこまで走ることができるのか知りたかったし、どこまででも行けるんじゃないかって思ってた。中学1年で県大会優勝、なのに北信越大会はフライングで失格」
フライングという言葉に伊藤は「マジか、そんなのあるんだ」と苦笑した。
「それでも県内の中学1年記録は更新して、県内の中学記録の歴代何位だっけかな、一桁入りはしたんだ」
「すごいなぁ、歴代の一桁って」
「で、中2で県の中学記録を更新した」
「え……」
伊藤が口を開けて驚いた顔をした。
「北信越大会も優勝して、全国に出て100mで優勝した」
「え、ちょっと待っ……」
「日本の歴代中学記録の第5位だかになった」
「え、なんか予想したレベルより遥かに高すぎるんだけど……? 相沢って全国で優勝したことあるの……?」
「まぁ、一回だけど」
「一回でもすごいことだよ!」
珍しく伊藤が興奮気味なのがちょっと面白かった。
「そんな奴がなんでいまは帰宅部に……? 陸上推薦とかじゃなくて東谷に来てるんだよね? ウチの陸上部は強いなんて聞いたことないし」
たしかにこの高校の陸上部で市大会を突破した選手がいるとは聞いたことはなかった。
「バスケ部も市大会で負けてるから人のことは言えないけどさ」
自虐的に言うと伊藤は苦笑した。
「それでもこうやって練習しているのはエライと思うよ」
「これだけで勝てるほど甘くはないけどね……ってオレのことはいいんだ。いまは相沢の話だよ。中学で全国制覇してなんでいまココなわけ?」
「うーん…………中3のときも全中には出たんだ」
「だろうね。中2で全国制覇なんだから」
「その頃ってさ、オレはタイムが全然伸びなくなってて中2のベストを超えられずにいた。壁にぶつかってた。これ以上、先に進む方法が見つかりにくくなってた。それでも去年に近いレベルにまでは持ってきてたから、全中でまた勝てると思ってた。でも……」
「でも?」
胸の奥に渦巻くような何かが蘇る。
言いたくないが、ここを話さずに伊藤は納得してくれないだろう。
「全中の100m予選で、すごい奴と走ったんだ。なんていうのかな、オーラみたいのが違う。スタートにつくときに左横から寒気がするぐらい。それこそ『あ、こいつやばい』って思ったんだ。それでスタートした瞬間、横から風が突き抜けていった。完璧だった。オレが辿り着けないレベルに辿り着く、それどころかあっさり超えていったんだ。そいつはオレの記録どころか、中学の歴代記録1位を更新しちゃったよ」
「そんな奴がいたのか……」
「オレはレース中に立ち止まっちゃったんだ。100で怪我もしていないのに途中棄権なんてまず存在しない、とてつもなく恥ずかしい終わり方でさ、それまでオレに期待してた奴らも、見下しか憐れみのどっちかになっちゃった」
全中の後、何度か再起を図るべく、グラウンドに行った。
しかし、アップはできても、流しで走ることはできても、スタートブロックに足をかけると足がすくみ、吐き気がしてくる。膝から下に力が入らなくなった。
「周りの目が全部嫌になっちゃってさ……、もう環境自体を変えたくなった。それで……ばあちゃん家のある愛知に引っ越して、そこから高校に通うことにしたんだ。これがオレの東谷にいる理由。面白くもなんともないだろ?」
「いや、話してくれてありがとう」
伊藤は座ったまま軽く頭だけを下げた。
「そんな相沢は……本当にもう走らないの?」
伊藤の言葉に僕はどんな表情をすべきか考えた。考えている時点で僕はこの場を取り繕おうとしているんだと気づき、自分を情けなく思った。
「伊藤がオレに話してくれたみたいな感じでオレのことも話していいかな?」
僕が尋ねると、伊藤は「もちろん」と言って体育館の床に座った。自然と僕の口元も綻ぶ。ちゃんと話を聞いてくれようとするこいつはやっぱりいい奴だなぁと。
「伊藤が小学校の頃からバスケをやってたみたいに、オレは昔から陸上競技をやってた」
「陸上……まぁ意外ではないね」
「ランニングスクールにも通ってて、地元じゃ負け知らず、って感じで。よーいどんで一斉に走って負けることなんて学校の中で経験したことなかった」
「相当だな、やっぱり」
「中学に入ったとき、迷わず陸上部に入った。自分がどこまで走ることができるのか知りたかったし、どこまででも行けるんじゃないかって思ってた。中学1年で県大会優勝、なのに北信越大会はフライングで失格」
フライングという言葉に伊藤は「マジか、そんなのあるんだ」と苦笑した。
「それでも県内の中学1年記録は更新して、県内の中学記録の歴代何位だっけかな、一桁入りはしたんだ」
「すごいなぁ、歴代の一桁って」
「で、中2で県の中学記録を更新した」
「え……」
伊藤が口を開けて驚いた顔をした。
「北信越大会も優勝して、全国に出て100mで優勝した」
「え、ちょっと待っ……」
「日本の歴代中学記録の第5位だかになった」
「え、なんか予想したレベルより遥かに高すぎるんだけど……? 相沢って全国で優勝したことあるの……?」
「まぁ、一回だけど」
「一回でもすごいことだよ!」
珍しく伊藤が興奮気味なのがちょっと面白かった。
「そんな奴がなんでいまは帰宅部に……? 陸上推薦とかじゃなくて東谷に来てるんだよね? ウチの陸上部は強いなんて聞いたことないし」
たしかにこの高校の陸上部で市大会を突破した選手がいるとは聞いたことはなかった。
「バスケ部も市大会で負けてるから人のことは言えないけどさ」
自虐的に言うと伊藤は苦笑した。
「それでもこうやって練習しているのはエライと思うよ」
「これだけで勝てるほど甘くはないけどね……ってオレのことはいいんだ。いまは相沢の話だよ。中学で全国制覇してなんでいまココなわけ?」
「うーん…………中3のときも全中には出たんだ」
「だろうね。中2で全国制覇なんだから」
「その頃ってさ、オレはタイムが全然伸びなくなってて中2のベストを超えられずにいた。壁にぶつかってた。これ以上、先に進む方法が見つかりにくくなってた。それでも去年に近いレベルにまでは持ってきてたから、全中でまた勝てると思ってた。でも……」
「でも?」
胸の奥に渦巻くような何かが蘇る。
言いたくないが、ここを話さずに伊藤は納得してくれないだろう。
「全中の100m予選で、すごい奴と走ったんだ。なんていうのかな、オーラみたいのが違う。スタートにつくときに左横から寒気がするぐらい。それこそ『あ、こいつやばい』って思ったんだ。それでスタートした瞬間、横から風が突き抜けていった。完璧だった。オレが辿り着けないレベルに辿り着く、それどころかあっさり超えていったんだ。そいつはオレの記録どころか、中学の歴代記録1位を更新しちゃったよ」
「そんな奴がいたのか……」
「オレはレース中に立ち止まっちゃったんだ。100で怪我もしていないのに途中棄権なんてまず存在しない、とてつもなく恥ずかしい終わり方でさ、それまでオレに期待してた奴らも、見下しか憐れみのどっちかになっちゃった」
全中の後、何度か再起を図るべく、グラウンドに行った。
しかし、アップはできても、流しで走ることはできても、スタートブロックに足をかけると足がすくみ、吐き気がしてくる。膝から下に力が入らなくなった。
「周りの目が全部嫌になっちゃってさ……、もう環境自体を変えたくなった。それで……ばあちゃん家のある愛知に引っ越して、そこから高校に通うことにしたんだ。これがオレの東谷にいる理由。面白くもなんともないだろ?」
「いや、話してくれてありがとう」
伊藤は座ったまま軽く頭だけを下げた。
「そんな相沢は……本当にもう走らないの?」
伊藤の言葉に僕はどんな表情をすべきか考えた。考えている時点で僕はこの場を取り繕おうとしているんだと気づき、自分を情けなく思った。
23
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
切り札の男
古野ジョン
青春
野球への未練から、毎日のようにバッティングセンターに通う高校一年生の久保雄大。
ある日、野球部のマネージャーだという滝川まなに野球部に入るよう頼まれる。
理由を聞くと、「三年の兄をプロ野球選手にするため、少しでも大会で勝ち上がりたい」のだという。
そんな簡単にプロ野球に入れるわけがない。そう思った久保は、つい彼女と口論してしまう。
その結果、「兄の球を打ってみろ」とけしかけられてしまった。
彼はその挑発に乗ってしまうが……
小説家になろう・カクヨム・ハーメルンにも掲載しています。
プレッシャァー 〜農高校球児の成り上がり〜
三日月コウヤ
青春
父親の異常な教育によって一人野球同然でマウンドに登り続けた主人公赤坂輝明(あかさかてるあき)。
父の他界後母親と暮らすようになり一年。母親の母校である農業高校で個性の強いチームメイトと生活を共にしながらありきたりでありながらかけがえのないモノを取り戻しながら一緒に苦難を乗り越えて甲子園目指す。そんなお話です
*進行速度遅めですがご了承ください
*この作品はカクヨムでも投稿しております
全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―
入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。
遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。
本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。
優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。
義姉妹百合恋愛
沢谷 暖日
青春
姫川瑞樹はある日、母親を交通事故でなくした。
「再婚するから」
そう言った父親が1ヶ月後連れてきたのは、新しい母親と、美人で可愛らしい義理の妹、楓だった。
次の日から、唐突に楓が急に積極的になる。
それもそのはず、楓にとっての瑞樹は幼稚園の頃の初恋相手だったのだ。
※他サイトにも掲載しております
魔法少女の敵なんだが魔法少女に好意を寄せられて困ってる
ブロッコリークイーン
青春
この世界では人間とデスゴーンという人間を苦しめることが快楽の悪の怪人が存在している。
そのデスゴーンを倒すために魔法少女が誕生した。
主人公は人間とデスゴーンのハーフである。
そのため主人公は人間のフリをして魔法少女がいる学校に行き、同じクラスになり、学校生活から追い詰めていく。
はずがなぜか魔法少女たちの好感度が上がってしまって、そしていつしか好意を寄せられ……
みたいな物語です。
光属性陽キャ美少女の朝日さんが何故か俺の部屋に入り浸るようになった件について
新人
青春
朝日 光(あさひ ひかる)は才色兼備で天真爛漫な学内一の人気を誇る光属性完璧美少女。
学外でもテニス界期待の若手選手でモデルとしても活躍中と、まさに天から二物も三物も与えられた存在。
一方、同じクラスの影山 黎也(かげやま れいや)は平凡な学業成績に、平凡未満の運動神経。
学校では居ても居なくても誰も気にしないゲーム好きの闇属性陰キャオタク。
陽と陰、あるいは光と闇。
二人は本来なら決して交わることのない対極の存在のはずだった。
しかし高校二年の春に、同じバスに偶然乗り合わせた黎也は光が同じゲーマーだと知る。
それをきっかけに、光は週末に黎也の部屋へと入り浸るようになった。
他の何も気にせずに、ただゲームに興じるだけの不健康で不健全な……でも最高に楽しい時間を過ごす内に、二人の心の距離は近づいていく。
『サボリたくなったら、またいつでもうちに来てくれていいから』
『じゃあ、今度はゲーミングクッションの座り心地を確かめに行こうかな』
これは誰にも言えない疵を抱えていた光属性の少女が、闇属性の少年の呪いによって立ち直り……虹色に輝く初恋をする物語。
※この作品は『カクヨム』『小説家になろう』でも公開しています。
https://kakuyomu.jp/works/16817330667865915671
https://ncode.syosetu.com/n1708ip/
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる