【完結】碧よりも蒼く

多田莉都

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第5章

冬の放課後 2

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「こんな時間に学校にいるなんて珍しいね。なんかやってたの?」

 伊藤が僕に声をかける。僕は帰宅部なので17時を過ぎて学校にいることはまずない。

「あー、合唱コンの準備手伝い」
「あー、もう来週だもんね」
「で、さっき終わって三吉が女バスやってるか見に行くっていうからつきあったんだけどさ、細谷たちと帰るっていう雰囲気になって、なんか巻き込まれそうだったからさ、さすがに男一人じゃ女子集団と帰れねーって思ってここにきた」

「女バスと男子一人はたしかにきまずいね」

 伊藤が笑った。

「てなわけで、『伊藤と話す』とか言ってきたから体育館ここに来ただけ。練習邪魔してわりぃな」

「別に大丈夫だよ。ただ、悪いけど、僕は黙ってシュート練したいからさ、その……」
「あー、オレのことは気にしなくていいよ。練習どうぞ」

 黙ってシュート練してたいから、会話はできないよ、ということだろう。
 言葉の続きを言わせずに止めた僕に伊藤は微笑む。

 それから伊藤は3ポイントラインのいろんな位置からシュートを打ち始めた。
 僕はバスケットは体育でやったことがあるだけで、部活やクラブでの経験はないが、「あ、こいつ経験者だな」というのはわかる。
 伊藤の場合は、経験者というだけでなく練習で磨き上げたものがあるなと感じた。
 シュートモーションに入る、という表現が合っているのかわからないが、グッと膝を曲げた瞬間からもう伝わってくるものがある。
 何本かシュートを打った頃に伊藤が僕を見た。

「何かジロジロみられると、それはそれで嫌だなぁ」

 伊藤が苦笑しながら言った。

「オレはバスケわかんないけどさ、伊藤は相当、反復練習やってんだな」

「え?」

「なんていうかさ、ボールを持った時点でサマになってるよな。それで膝から肘まで全く無駄なく力が通ってる感じ」


 何度かシュートを見ているうちに、膝から腰を通って上半身に力が伝わっていく流れがキレイだと僕は思った。
 膝から肘まで無駄なロスがないように思えた。
 陸上の短距離も球は使わないが、たぶん近いことを考えていると思う。全身の力を『無駄にしない』ことだ。

 短距離の場合、下半身から上半身への力の連動がうまくできない奴は遅い。自分の持つエネルギーを無駄なく前進に使うことが出来る奴が速い(たまに力の使い方が滅茶苦茶なのに速い奴もいるにはいる)。

 相沢の場合、フォームだけではなかった。ボールを放った後に空中で描く弧のラインがいつも同じような角度で描かれる。フォロースルーとかいう言葉を聞いたことはあるが、手首を振って放たれてからの軌道が安定している。つまり、力の伝わり方がほとんど一定だっていうことだろう。

 あれは一朝一夕のものじゃない。
 いつも同じ練習を繰り返し、繰り返し、とんでもない数を繰り返してきたからだろう。


 陸上競技でもランニングフォームが固めていくという練習はある。動きづくりを毎日のように繰り返し、自分の身体の使い方を無意識レベルまで高めていく。

 伊藤はバスケットという他競技であるけど、洗練されたフォームを持っているということが伝わってきた。あそこまでのレベルに達するには相当な練習を繰り返してきたんだと思う。


「すっげー数のシュートを打ってきたフォームだってわかるよ。安定してる。シュートを打ったときの空中でのボールの弧の描き方もゴールに入るときは同じ軌道ってわかる。無駄が全くない感じ……すごいよ」
「それはどうも……。あのさ、相沢」
「うん?」

 なにか変なことを言ったかなと思ったときだった。


「相沢は絶対、何かの競技をやってきた人だよね?」
「え?」

 心臓がドクンと高鳴ったような気がした。


「しかも、相当高いレベルでやってきた人……、それがなぜか今は何もやっていない……相沢って何者?」

 伊藤が僕を見た。
 僕はその視線をずらすことができない。

 冬の寒い体育館なのに、僕は背中にじんわりと汗のようなものを感じた。
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