【完結】碧よりも蒼く

多田莉都

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第4章

体育大会 6

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 僕の前の順番である三吉がバトンを受け取り走り出すのが見えた。次の走者である僕がテイクオーバーゾーンに入る。

 歓声が聞こえる。みんなが自分のクラスを応援する声だ。
 その声が少し遠くなっていく感覚があった。
 
「はい!」
「お願い!」

 僕の横を4つのクラスが次々と通り抜けていく。次々と風が吹き抜けていくみたいだった。
 走り出した男子たちを僕は見ない。僕が見るべきはバトンを繋ぐために走ってくれている三吉だ。
 
 コーナーを少し膨らみ気味に、でもピッチ走法で小刻みに三吉は走って来る。

 大丈夫。そのままこっちへ。

 リードはなるべくしない。それが三吉との約束だし、そんなに助走なんて取らなくても大丈夫だと思った。そんなのがなくても僕は追いついてみせる。

 三吉がもう数メートル手前まで近づいてきた。

「三吉、ラスト!」

 僕は三吉に声をかけた。
 バトンを受け取るために、僕は左手を差し出す。

 近づいてくるにつれて、三吉の息が切れる音がはっきりと聞こえてくる。

「はい!」
 
 三吉は手を伸ばした。
 その手に握られたバトンを僕は受け取った。
 
「お疲れ」
 
 一言だけ声をかける。三吉に届いたかはわからない。でも、僕自身が落ち着いている感覚がつかめた。
 大丈夫。
 大丈夫、あとは走るだけ。

 走り出した先に見えるコーナーにはもう誰も見えなかった。4人の男子はとっくにコーナーを抜けてしまったのだろう。まずは最短最速でこのコーナーを抜けることだ。

 前に誰もいないことを利用して、大外からコーナーの内側を目指してスピードを上げる。敢えて身体を傾けさすぎないように、ストライドを広げすぎないようにして走る。

 この学校のグラウンドは渇きすぎていて、中途半端に身体を傾けると砂で足が滑ってしまう。さっきから何人も転んでいる。スピードに乗り過ぎたら曲がり切れなくなる。でも、コーナーを抜けたときに最速になれるようにしないとだ。
 加速していく感覚を受けながらコーナーを抜けようとしたとき、赤いビブスを来た男子が見えた。
 
 まずこいつだ。
 
 大丈夫、捕らえられる。
 
 赤いビブス……赤は何組だっけ? そんなことを考えているうちは集中できていない。
 本当に何も考えずに走るあの感覚、今の僕にはないものかもしれない。でも、僕の身体は動く。あの頃と同じ走りはできなくても。
 
 で、こいつは何組だっけ?
 
 まぁ、赤いビブスが何組とか関係ないか。

 全部、そう、全部抜いちゃえばいいんだから。

*
 バックストレートに入った。腕を大きく振り、ストライドを広げる。地面に足が接したときに、つま先に力を入れる。砂に滑って力が逃げてしまわぬように気をつけながら、いまの僕ができる最速のスピードで。

 目の前の赤いビブスはそんなに速くない。僕は彼が誰かを確かめること外側から追い抜いた。
 更に少し前に、今度は紫のビブスが見えた。


 次はあいつだ。

 目標を見定めたことで、身体を更に加速するような感覚があった。

 見えてくる、紫のビブスがだんだんとはっきりと見えてくる。

 紫のビブスがコーナーへ入る。絶対にスピードは落ちるはず。僕も腕を強く振り追いつめる。
 
 息が切れてきた。
 
 情けない。抑えめに走っているのに身体がついてきていない。100mにも達していないのに肺は苦しく、身体が重くなってきた。でも、そんなことを言っている場合じゃない。
 僕もコーナーに入る。紫のビブスもバテているのか、もう目の前に迫ってきた。
 
 ふと相手の身体から違和感を覚える。

 こいつ、ナナメに身体を傾けすぎじゃないか?
 

 そう思っていたときだった。紫のビブスの身体が沈みはじめた。

 え?


 違う。沈んだんじゃない、足を滑らせて転ぶんだ。
 このままだと彼にぶつかる、そう考えた瞬間に僕の身体は飛んでいた。転んで外側へ滑っていく彼の身体を飛び越えて僕は砂の上に着地する。こっちも滑りそうになるが、そこは堪える。落ちてしまった速度を上げるべく身体を起こす。
 
 次は、誰だ?


 コーナーの先を見た。しかし、それは青色のビブスを着た男子が女子にバトンを渡すところだった。

 間に合わなかったか。

「はい!」

 たしかテニス部の黄色いビブスを着た女子・長谷川にバトンを渡した。僕はそのままグラウンドの内側に入っていく。

 息がぜえぜえと切れる。
 さすがに200mはきつい。中学のときに何度も200m走も出場していたが、もう1年以上はちゃんと走っていない。あの頃より速く走ることができるはずもない。


「すごい! すごいじゃん! 相沢、めっちゃ速い!」

 隣で大きな声を出しているのは細谷だった。

「いや……全員……抜きたかったん……だけど、さすがに……きつかった。ごめん」


 息も絶え絶えに僕は答える。


「何言ってんの! これで逆転のチャンスだよ」

 細谷が右手の掌を僕に向けた。僕は息をなるべく抑えながらその右手にタッチした。


「私も頑張って来る!」

 女子のアンカーである細谷が待機の場所へと駆けていった。
 ふとこちらと反対側の方向を見ていると、伊藤がこっちを見ていることに気がついた。伊藤は僕に向かって親指を立てて右手を挙げていた。

 僕も右手を挙げ返した。

 一歩、足を踏み出そうとすると、うまく力が入らなかった。頭もふらつくような気がする。少し酸欠なのかもしれない。たった一本走っただけなのに。昔なら一日で予選、準決勝、決勝を走って、同日にリレーも決勝まで走ったこともあったのに。

「もう現役じゃないってね」


 中学時代の自分ならばもっと速く走ることができて、2位も捕らえらえたのかな、もっと前にいたのかな、そう考えたとき、紗季が言っていた「幻影」という言葉を思い出した。

「幻影に……捕らわれるどころか、追いつけもしないじゃん……」

 自虐的に独り言を言ってから僕は間もなく走りだそうとする細谷に目を移した。細谷の目前に2位がいるようだった。
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