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第3章
かつて住んでいた町で 6
しおりを挟む僕に問いただした紗季の目はいつもどおり強気な目をしていた。ほんの数カ月会わなかったぐらいで変わるものではないらしい。
やっぱり紗季は紗季なんだなって思った。僕の言葉ぐらいでしおらしくなったりはしない。
「彼の走りを見て思うこと……、そうだな。スタートしてすぐに上体を起こしちゃうみたいだから、まずはそこを矯正しないとなんじゃないかな」
「そういう意味じゃなくて」
紗季が聞きたかったことではないとわかっていて僕は答えたので、その指摘に僕は思わず苦笑する。
「あんたの名前に追いかけられてもここまで伸びてきたんだよ。それを見てもなにも感じないの?」
「追いかけられるとか、まるでオレが悪者みたいだな」
「会ったこともないのに同じ名前だってだけで、その……なんていうのかな……碧斗はあんたの幻影みたいのに追われてたんだよ」
幻影、か。僕は心の中で呟く。
「幻影とか言われても、同じ年で同じ県で同じ種目を専攻する奴が現れるなんて思ってもみなかったから仕方ないだろ? そっちだってオレのことを知らずに陸上部に入ったんだろ? 知ってて入ったなら趣味が悪すぎる」
僕が彼を見ると、彼は苦笑した。
「そう……だね。正直、中学の時に陸上のニュースとか観たことなくて、同じ名前のやつがいるとか知らなかった」
「『富山D-ASH』に出たことあるんだけどなぁ」
僕は大げさに両手を広げて落胆した振りをした。ローカル番組で地元の中学生を特集する番組に中学2年のとき僕は出演したことがあった。夕方のニュースの10分程度のコーナーだけど、敢えて言ってみた。
「そんな2年も前の栄光はいいでしょ?」
「ほかのもいくつか」
「もういいよ。結局、いまのあんたは何者でもないから、どこにも出てないでしょ?」
「それはそうだな」
僕は頷く。
「いつかこっちの碧斗が、あんたを抜くかもしれない。そしたら今度はあんたが『相沢碧斗』の幻影に追いかけられる番だよ」
「オレが抜かれる?」
彼の記録と僕の中2の記録では、全くタイムが違う。
彼には失礼だがそんな簡単なものじゃない。
「そこまで記録が伸びたらそのときはそっちの相沢碧斗を認めるよ。すごい短距離走者だって」
「このペースで伸びれば高校3年の頃には抜いているかもしれない」
「そんな同じペースでタイムが速くなるなら、オレはとっくに世界新記録だよ」
「やってみなくちゃわからない」
「そこまでにどこかで記録が伸びなくなるときが来るよ。陸上競技がそんなに簡単じゃないのは紗季だって知ってるだろ?」
紗季だって100mを専攻している。タイムが伸びなくなる壁は知っているはずだ。
僕の問いに答えたのは紗季ではなかった。
「もし、この先、記録が止まるときがあっても」
話し始めたのはあっちの相沢碧斗だった。
「僕は自分が積み上げてきたことを信じて走るだけだよ」
「積み上げてきたことを信じる」、聞き覚えのある言葉だった。
記憶の糸が僕の中で眠っていたものを呼び起こす。あれは、小学生のときだ。
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