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第3章
かつて住んでいた町で 3
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*
競技に出るわけではなく、レースを見るために来たので、僕は他の人と同様、スタンドに上がる。
ホームストレート、つまりは100m走の直線が目の前に見えるスタンドに僕は入り、適当に空いている場所に座った。
もう8月も後半だけど、まだ陽射しは強く、座っているだけで背中は汗ばみ、半袖からでている両腕は日焼けしてしまいそうだった。
そういえば、今年は全然日焼けしていないな。そんなことを思っているうちに100m走が始まった。
この大会はそこまで大きな大会ではないので、インターハイに出場した選手があまり出ておらず、各学校の1,2年の選手が出ているようだった。インターハイレベルはいなくても、長井のような次世代の有力候補も出場していて、予選から11秒台前半の記録が多く出ていた。最後の10メートルぐらいを流して11秒台前半の選手もいるので10秒台の選手もいるんだろう。決してレベルが低い大会ではない。
長井は第7組で70mぐらいまでをトップで走ると左右を見渡しながら完全に力を抜いてしまい、それでも1位でゴールをしていた。タイムは11秒32、まだ余裕があってあのタイムならば相当自信があるのだろう。ゴール後にスタンドの紅羽のメンバーに両手を挙げて大きく振っていた。キャラクターは高校に入っても変わっていないらしい。
その他にも中学時代に見たことがある選手が何人か出てきた。そして、とうとう第12組になった。
*
『続きまして第8組』
アナウンスとともに選手が8人出てきて、スタートブロックの調整に入った。
僕が探すべき選手は第2レーンにいるはずだった。紺のユニフォームを来た後ろ姿が見えた。あいつだ。あいつが『相沢碧斗』だ。
後ろ姿が見える限りでは速そうには見えない。おおよそ短距離走者っぽくもない。線が細すぎる。あれじゃ学校レベルでも勝てそうもない。
スタートブロックを使った練習が始まったが第一歩目からダメだ。あんなにすぐに身体を起こしてしまっては速く走れるはずもない。いくら試走だとはいえ全く躍動感みたいなものが感じられない。
「なんだ、あれは……」
思わず声が漏れた。
予選は選手ひとりひとりの名前を読み上げられることはない(準決勝以降は読み上げられる)。しかし、スタートリストを見ている奴はあの2レーンこそが相沢碧斗だと思うかもしれない。本当にいい迷惑だ。
『位置について』
選手たちが走るべくスタートラインにつく。スタートブロックにそれぞれ足をつける。
同じ名前の奴がいるせいか、なんとなく自分も2レーンにいるような気がする。僕はあんな風にスタートラインに手を付けたりしないけれど。
『用意』
刹那、ピストルの音が鳴る。第2レーンの男が走り出した。
スタートの反応はそんなに悪くない。ただスタートの練習と同じだった。一歩目から身体を起こし始めている。あれじゃクラウチングスタートの意味がない。開始10メートルぐらいはまだよかったが30メートルぐらいで先頭の黒いユニフォームの奴から離され始めた。後半になっても伸びる様子はなく、むしろ失速していくようにも見えた。最下位こそ免れたものの6位争いというところか。
一位の選手のタイムがゴール付近の電光掲示板にでている。
11.52。
黒いユニフォームの選手を最後まで見ていたわけではないが、もう少しタイムが出る走りだった気がする。二位までに入れば予選通過だから通過を確信して流したんだろう。平凡なタイムすぎる。というか11秒中盤で1位となれるあたり、あまり速くない組と言える。
二位以降の選手の記録がスタンド側の大きな電光掲示板に表示されている。
『5 相沢 碧斗 12.46』
ゴールギリギリで一人抜いたのか五位となっていたが、五位でも六位でも予選を通過できないことには違いないし、タイムも全く速くなかった。
「相沢碧斗、すっげーおちぶれてんな」
「怪我でもしてんじゃない?」
僕の横を通りぬけていく白ジャージの二人組がそんなことを話していた。
僕自身は中学時代に10秒台のタイムを出していた。それがあのタイムだったらそう言われてしまうのはもっともなのかもしれない。ただ、あれは僕ではない。
白ジャージの二人を捕まえてやりたいとこだったが、そんなことをする意味がない。
どこにむ怒りを向けることができずにいると、あの相沢碧斗がスタンドを歩いている姿が見えた。レースが終わって着替えているからかTシャツとジャージのズボンに服装は変わっていた。あいつを捕まえて一言言ってやろうか、そんなことを思って立ち上がったとき、予想しない光景が僕の目に飛び込んできた。
あの相沢碧斗は、少し照れたような笑顔を浮かべながら同じ青城南のジャージを着た髪を首の後ろで束ねた女子生徒とハイタッチを交わした。
そして二人は並んで歩き始めた。
少し距離があったが、あの女子生徒が誰なのか、僕は一瞬でわかった。
あの相沢碧斗がハイタッチを交わした女子生徒は、紗季だった。
競技に出るわけではなく、レースを見るために来たので、僕は他の人と同様、スタンドに上がる。
ホームストレート、つまりは100m走の直線が目の前に見えるスタンドに僕は入り、適当に空いている場所に座った。
もう8月も後半だけど、まだ陽射しは強く、座っているだけで背中は汗ばみ、半袖からでている両腕は日焼けしてしまいそうだった。
そういえば、今年は全然日焼けしていないな。そんなことを思っているうちに100m走が始まった。
この大会はそこまで大きな大会ではないので、インターハイに出場した選手があまり出ておらず、各学校の1,2年の選手が出ているようだった。インターハイレベルはいなくても、長井のような次世代の有力候補も出場していて、予選から11秒台前半の記録が多く出ていた。最後の10メートルぐらいを流して11秒台前半の選手もいるので10秒台の選手もいるんだろう。決してレベルが低い大会ではない。
長井は第7組で70mぐらいまでをトップで走ると左右を見渡しながら完全に力を抜いてしまい、それでも1位でゴールをしていた。タイムは11秒32、まだ余裕があってあのタイムならば相当自信があるのだろう。ゴール後にスタンドの紅羽のメンバーに両手を挙げて大きく振っていた。キャラクターは高校に入っても変わっていないらしい。
その他にも中学時代に見たことがある選手が何人か出てきた。そして、とうとう第12組になった。
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『続きまして第8組』
アナウンスとともに選手が8人出てきて、スタートブロックの調整に入った。
僕が探すべき選手は第2レーンにいるはずだった。紺のユニフォームを来た後ろ姿が見えた。あいつだ。あいつが『相沢碧斗』だ。
後ろ姿が見える限りでは速そうには見えない。おおよそ短距離走者っぽくもない。線が細すぎる。あれじゃ学校レベルでも勝てそうもない。
スタートブロックを使った練習が始まったが第一歩目からダメだ。あんなにすぐに身体を起こしてしまっては速く走れるはずもない。いくら試走だとはいえ全く躍動感みたいなものが感じられない。
「なんだ、あれは……」
思わず声が漏れた。
予選は選手ひとりひとりの名前を読み上げられることはない(準決勝以降は読み上げられる)。しかし、スタートリストを見ている奴はあの2レーンこそが相沢碧斗だと思うかもしれない。本当にいい迷惑だ。
『位置について』
選手たちが走るべくスタートラインにつく。スタートブロックにそれぞれ足をつける。
同じ名前の奴がいるせいか、なんとなく自分も2レーンにいるような気がする。僕はあんな風にスタートラインに手を付けたりしないけれど。
『用意』
刹那、ピストルの音が鳴る。第2レーンの男が走り出した。
スタートの反応はそんなに悪くない。ただスタートの練習と同じだった。一歩目から身体を起こし始めている。あれじゃクラウチングスタートの意味がない。開始10メートルぐらいはまだよかったが30メートルぐらいで先頭の黒いユニフォームの奴から離され始めた。後半になっても伸びる様子はなく、むしろ失速していくようにも見えた。最下位こそ免れたものの6位争いというところか。
一位の選手のタイムがゴール付近の電光掲示板にでている。
11.52。
黒いユニフォームの選手を最後まで見ていたわけではないが、もう少しタイムが出る走りだった気がする。二位までに入れば予選通過だから通過を確信して流したんだろう。平凡なタイムすぎる。というか11秒中盤で1位となれるあたり、あまり速くない組と言える。
二位以降の選手の記録がスタンド側の大きな電光掲示板に表示されている。
『5 相沢 碧斗 12.46』
ゴールギリギリで一人抜いたのか五位となっていたが、五位でも六位でも予選を通過できないことには違いないし、タイムも全く速くなかった。
「相沢碧斗、すっげーおちぶれてんな」
「怪我でもしてんじゃない?」
僕の横を通りぬけていく白ジャージの二人組がそんなことを話していた。
僕自身は中学時代に10秒台のタイムを出していた。それがあのタイムだったらそう言われてしまうのはもっともなのかもしれない。ただ、あれは僕ではない。
白ジャージの二人を捕まえてやりたいとこだったが、そんなことをする意味がない。
どこにむ怒りを向けることができずにいると、あの相沢碧斗がスタンドを歩いている姿が見えた。レースが終わって着替えているからかTシャツとジャージのズボンに服装は変わっていた。あいつを捕まえて一言言ってやろうか、そんなことを思って立ち上がったとき、予想しない光景が僕の目に飛び込んできた。
あの相沢碧斗は、少し照れたような笑顔を浮かべながら同じ青城南のジャージを着た髪を首の後ろで束ねた女子生徒とハイタッチを交わした。
そして二人は並んで歩き始めた。
少し距離があったが、あの女子生徒が誰なのか、僕は一瞬でわかった。
あの相沢碧斗がハイタッチを交わした女子生徒は、紗季だった。
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