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第2章
誰も知らない町で⑧
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*
「そっかぁ……」
ふと考える。まさか平野は僕の正体を知っていたりしないかと。陸上部に所属していて、同じ学年、僕の名前ぐらいは知っているかもしれない。
「何を専攻してるの?」
敢えて会話を続けてみた。ここで会話を止めるのは微妙かなと思った。
「100m」
思わず「お」と声が出てしまった。100m走か、と頭の中で呟いたとき、胸の奥に何かが渦巻く。
「へぇ……結構速かったりとか?」
「いや、全然」
「そうなんだ。ベストは?」
「11秒86」
12秒を切っていれば、学校レベルでなら速いと思う。ただ、高校生男子の陸上の大会ではそのベストタイムでは県大会も突破することが難しいような気がする。
「高校だといま、誰が速いのかな? まだ藤枝とか?」
「藤枝?」
平野は首を左に傾げた。そんな名前は聞いたこともないと言うように。
「え、藤枝だよ。藤枝真司。天才スプリンター」
「何高の人?」
「……どこだろう」
僕は藤枝がどこの高校に進んだのか、僕は知らなかった。陸上競技関連のニュースや雑誌はすっかり見なくなってしまった。
「高校は知らないけど、中学3年のときは全国で優勝した奴だよ」
「そんなすごいレベルは知らない。オレ、そんなレベルじゃないし」
「え?」
「全国なんて遠すぎて。誰が世代で一番速いとか知らない。県内の速い奴がわかるぐらい。もっと上の奴なんて興味がない」
そういう考え方もあるのか、と僕は失礼ながら思った。
自分より遠い存在なんて知る気がないということか。
言われてみればそんなものかもしれない。
地元ではないとはいえ、仮にも中学二年のときは100m走で全国1位になった僕のことを、同じ高校の陸上部の奴らは知っている様子もなかった。知られていたくなかったのでそれでいいのだが、陸上競技のある一種目の優勝者の知名度なんてそんなものなのかもしれない。
陸上をやってた僕自身も他の種目の優勝者はほとんど知らないし、他のスポーツ、たとえばバスケやサッカーの強い中学がどこかなんて全く知らない。
中学スポーツなんて相当なことがないとニュースになることはまずない。
この町では誰も僕のことを本当に知らない。
誰も知らない町で僕はやっと自由になれたのかもしれない。
「そっかぁ……」
ふと考える。まさか平野は僕の正体を知っていたりしないかと。陸上部に所属していて、同じ学年、僕の名前ぐらいは知っているかもしれない。
「何を専攻してるの?」
敢えて会話を続けてみた。ここで会話を止めるのは微妙かなと思った。
「100m」
思わず「お」と声が出てしまった。100m走か、と頭の中で呟いたとき、胸の奥に何かが渦巻く。
「へぇ……結構速かったりとか?」
「いや、全然」
「そうなんだ。ベストは?」
「11秒86」
12秒を切っていれば、学校レベルでなら速いと思う。ただ、高校生男子の陸上の大会ではそのベストタイムでは県大会も突破することが難しいような気がする。
「高校だといま、誰が速いのかな? まだ藤枝とか?」
「藤枝?」
平野は首を左に傾げた。そんな名前は聞いたこともないと言うように。
「え、藤枝だよ。藤枝真司。天才スプリンター」
「何高の人?」
「……どこだろう」
僕は藤枝がどこの高校に進んだのか、僕は知らなかった。陸上競技関連のニュースや雑誌はすっかり見なくなってしまった。
「高校は知らないけど、中学3年のときは全国で優勝した奴だよ」
「そんなすごいレベルは知らない。オレ、そんなレベルじゃないし」
「え?」
「全国なんて遠すぎて。誰が世代で一番速いとか知らない。県内の速い奴がわかるぐらい。もっと上の奴なんて興味がない」
そういう考え方もあるのか、と僕は失礼ながら思った。
自分より遠い存在なんて知る気がないということか。
言われてみればそんなものかもしれない。
地元ではないとはいえ、仮にも中学二年のときは100m走で全国1位になった僕のことを、同じ高校の陸上部の奴らは知っている様子もなかった。知られていたくなかったのでそれでいいのだが、陸上競技のある一種目の優勝者の知名度なんてそんなものなのかもしれない。
陸上をやってた僕自身も他の種目の優勝者はほとんど知らないし、他のスポーツ、たとえばバスケやサッカーの強い中学がどこかなんて全く知らない。
中学スポーツなんて相当なことがないとニュースになることはまずない。
この町では誰も僕のことを本当に知らない。
誰も知らない町で僕はやっと自由になれたのかもしれない。
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