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第2章
誰も知らない町で⑥
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「そうは見えなかった……ってどういう意味? オレ、濱田さんの前で何かしたっけ?」
その言葉の意味が僕にはわからなかった。
濱田さんはすぐには答えず、窓のほうを見た。その視線の先には、三棟でできているこの学校の隣の棟が見えるだけだった。誰か知り合いがいるというわけでもなさそうだった。「いえ」と一言発してから濱田さんは僕のほうを見た。
「男子の体育で50m走を走ってたでしょう?」
先月のスポーツテストのことか、と僕は思い頷いた。
「ああ、走ってたよ」
「私、体育見学だったからなんとなくそっちを見てたの」
「へぇ……」
「最初に走ったのが相沢くんと伊藤くんだったから覚えてるんだけど」
「ああ、伊藤が速かったよね」
「相沢くんも遅くなんてないでしょう?」
僕のタイムはたしか7秒2だった。高校1年男子のタイムとしてどうなのか、僕にはわからなかった。
「理由はわからないけど、相沢くんは本気で走っていなかったと思うんだ」
胸の奥を突き抜けるような言葉を濱田さんは淡々と言った。
ビクッとしそうになることを止めることができたことを自分で自分を褒めたかった。
何をこの人は言っているんだろう? 背中に冷たいものを感じた。
「いやぁ、あれが精一杯だよ」
冷静に、できるだけ冷静に言ってみた。
「フォームが綺麗だったんだよね」
「は?」
「相沢くんのフォームが綺麗だった」
フォーム? 突然、何の話だ? と思いつつ走るフォームだろうと僕は気づいた。
「相沢くんの走っているフォームがね、綺麗だった。伊藤くんは速かったけど、男の子にありがちなパワフルなフォームで、他の男子もそうだった。相沢くんだけ別の世界みたいだった」
「大げさだなあ」
「私、体育は見学ばっかりだから、人のフォームを見る目は結構自信がある」
「へ、へぇ……」
「腰の位置が全く下がらず、腕の振り方とか足の上げ方とか、なんていうんだろうな……滑らかすぎるぐらいに滑らかだった。あんなに整ったフォーム、初めて見たから記憶に残ってる」
「それはどうも」
敢えて僕は軽く切り返してみた。
僕は窓際に自分が持っていたノートを置いて、素早くさらうかのように濱田さんのノートを奪い、自分が持っていたノートに重ねる。濱田さんは少し驚いた顔をしていた。
「褒められたお礼にこのノート、持ってくね。ありがとう」
「え……あ……」
少し戸惑っている濱田さんを置き去りにして僕は早足で廊下を進んだ。
自分の裸でも見られたような気分で、早く濱田さんの前から去りたかった。
「そうは見えなかった……ってどういう意味? オレ、濱田さんの前で何かしたっけ?」
その言葉の意味が僕にはわからなかった。
濱田さんはすぐには答えず、窓のほうを見た。その視線の先には、三棟でできているこの学校の隣の棟が見えるだけだった。誰か知り合いがいるというわけでもなさそうだった。「いえ」と一言発してから濱田さんは僕のほうを見た。
「男子の体育で50m走を走ってたでしょう?」
先月のスポーツテストのことか、と僕は思い頷いた。
「ああ、走ってたよ」
「私、体育見学だったからなんとなくそっちを見てたの」
「へぇ……」
「最初に走ったのが相沢くんと伊藤くんだったから覚えてるんだけど」
「ああ、伊藤が速かったよね」
「相沢くんも遅くなんてないでしょう?」
僕のタイムはたしか7秒2だった。高校1年男子のタイムとしてどうなのか、僕にはわからなかった。
「理由はわからないけど、相沢くんは本気で走っていなかったと思うんだ」
胸の奥を突き抜けるような言葉を濱田さんは淡々と言った。
ビクッとしそうになることを止めることができたことを自分で自分を褒めたかった。
何をこの人は言っているんだろう? 背中に冷たいものを感じた。
「いやぁ、あれが精一杯だよ」
冷静に、できるだけ冷静に言ってみた。
「フォームが綺麗だったんだよね」
「は?」
「相沢くんのフォームが綺麗だった」
フォーム? 突然、何の話だ? と思いつつ走るフォームだろうと僕は気づいた。
「相沢くんの走っているフォームがね、綺麗だった。伊藤くんは速かったけど、男の子にありがちなパワフルなフォームで、他の男子もそうだった。相沢くんだけ別の世界みたいだった」
「大げさだなあ」
「私、体育は見学ばっかりだから、人のフォームを見る目は結構自信がある」
「へ、へぇ……」
「腰の位置が全く下がらず、腕の振り方とか足の上げ方とか、なんていうんだろうな……滑らかすぎるぐらいに滑らかだった。あんなに整ったフォーム、初めて見たから記憶に残ってる」
「それはどうも」
敢えて僕は軽く切り返してみた。
僕は窓際に自分が持っていたノートを置いて、素早くさらうかのように濱田さんのノートを奪い、自分が持っていたノートに重ねる。濱田さんは少し驚いた顔をしていた。
「褒められたお礼にこのノート、持ってくね。ありがとう」
「え……あ……」
少し戸惑っている濱田さんを置き去りにして僕は早足で廊下を進んだ。
自分の裸でも見られたような気分で、早く濱田さんの前から去りたかった。
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