【完結】碧よりも蒼く

多田莉都

文字の大きさ
上 下
8 / 80
第2章

誰も知らない町で⑥

しおりを挟む

「そうは見えなかった……ってどういう意味? オレ、濱田さんの前で何かしたっけ?」

 その言葉の意味が僕にはわからなかった。
 濱田さんはすぐには答えず、窓のほうを見た。その視線の先には、三棟でできているこの学校の隣の棟が見えるだけだった。誰か知り合いがいるというわけでもなさそうだった。「いえ」と一言発してから濱田さんは僕のほうを見た。

 
「男子の体育で50m走を走ってたでしょう?」

 先月のスポーツテストのことか、と僕は思い頷いた。

「ああ、走ってたよ」
「私、体育見学だったからなんとなくそっちを見てたの」
「へぇ……」
「最初に走ったのが相沢くんと伊藤くんだったから覚えてるんだけど」
「ああ、伊藤が速かったよね」
「相沢くんも遅くなんてないでしょう?」

 僕のタイムはたしか7秒2だった。高校1年男子のタイムとしてどうなのか、僕にはわからなかった。


「理由はわからないけど、相沢くんは本気で走っていなかったと思うんだ」

 胸の奥を突き抜けるような言葉を濱田さんは淡々と言った。

 ビクッとしそうになることを止めることができたことを自分で自分を褒めたかった。

 何をこの人は言っているんだろう? 背中に冷たいものを感じた。

「いやぁ、あれが精一杯だよ」

 冷静に、できるだけ冷静に言ってみた。

「フォームが綺麗だったんだよね」
「は?」
「相沢くんのフォームが綺麗だった」

 フォーム? 突然、何の話だ? と思いつつ走るフォームだろうと僕は気づいた。

「相沢くんの走っているフォームがね、綺麗だった。伊藤くんは速かったけど、男の子にありがちなパワフルなフォームで、他の男子もそうだった。相沢くんだけ別の世界みたいだった」
「大げさだなあ」
「私、体育は見学ばっかりだから、人のフォームを見る目は結構自信がある」
「へ、へぇ……」
「腰の位置が全く下がらず、腕の振り方とか足の上げ方とか、なんていうんだろうな……滑らかすぎるぐらいに滑らかだった。あんなに整ったフォーム、初めて見たから記憶に残ってる」
「それはどうも」

 敢えて僕は軽く切り返してみた。
 僕は窓際に自分が持っていたノートを置いて、素早くさらうかのように濱田さんのノートを奪い、自分が持っていたノートに重ねる。濱田さんは少し驚いた顔をしていた。

「褒められたお礼にこのノート、持ってくね。ありがとう」
 
「え……あ……」

 少し戸惑っている濱田さんを置き去りにして僕は早足で廊下を進んだ。
 自分の裸でも見られたような気分で、早く濱田さんの前から去りたかった。

しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

どうしてもモテない俺に天使が降りてきた件について

塀流 通留
青春
ラブコメな青春に憧れる高校生――茂手太陽(もて たいよう)。 好きな女の子と過ごす楽しい青春を送るため、彼はひたすら努力を繰り返したのだが――モテなかった。 それはもうモテなかった。 何をどうやってもモテなかった。 呪われてるんじゃないかというくらいモテなかった。 そんな青春負け組説濃厚な彼の元に、ボクッ娘美少女天使が現れて―― モテない高校生とボクッ娘天使が送る青春ラブコメ……に見せかけた何か!? 最後の最後のどんでん返しであなたは知るだろう。 これはラブコメじゃない!――と <追記> 本作品は私がデビュー前に書いた新人賞投稿策を改訂したものです。

アイドルと七人の子羊たち

くぼう無学
青春
 数多くのスターを輩出する 名門、リボルチオーネ高等学校。この学校には、『シャンデリア・ナイト』と呼ばれる、伝統行事があって、その行事とは、世界最大のシャンデリアの下で、世界最高のパフォーマンスを演じた学生たちが、次々に芸能界へ羽ばたいて行くという、夢の舞台。しかしその栄光の影で、この行事を開催できなかったクラスには、一切卒業を認めないという、厳しい校則もあった。金田たち三年C組は、開校以来 類を見ない落ちこぼれのクラスで、三年になった時点で この行事の開催の目途さえ立っていなかった。留年か、自主退学か、すでにあきらめモードのC組に 突如、人気絶頂 アイドル『倉木アイス』が、八木里子という架空の人物に扮して転校して来た。倉木の大ファンの金田は、その変装を見破れず、彼女をただの転校生として見ていた。そんな中 突然、校長からこの伝統行事の実行委員長に任命された金田は、同じく副委員長に任命された転校生と共に、しぶしぶシャンデリア・ナイト実行委員会を開くのだが、案の定、参加するクラスメートはほとんど無し。その場を冷笑して立ち去る九条修二郎。残された時間はあと一年、果たして金田は、開催をボイコットするクラスメートを説得し、卒業式までにシャンデリア・ナイトを開催できるのだろうか。そして、倉木アイスがこのクラスに転校して来た本当の理由とは。

女神と共に、相談を!

沢谷 暖日
青春
九月の初め頃。 私──古賀伊奈は、所属している部活動である『相談部』を廃部にすると担任から言い渡された。 部員は私一人、恋愛事の相談ばっかりをする部活、だからだそうだ。 まぁ。四月頃からそのことについて結構、担任とかから触れられていて(ry 重い足取りで部室へ向かうと、部室の前に人影を見つけた私は、その正体に驚愕する。 そこにいたのは、学校中で女神と謳われている少女──天崎心音だった。 『相談部』に何の用かと思えば、彼女は恋愛相談をしに来ていたのだった。 部活の危機と聞いた彼女は、相談部に入部してくれて、様々な恋愛についてのお悩み相談を共にしていくこととなる──

ナースコール

wawabubu
青春
腹膜炎で緊急手術になったおれ。若い看護師さんに剃毛されるが…

憧れの先輩とイケナイ状況に!?

暗黒神ゼブラ
恋愛
今日私は憧れの先輩とご飯を食べに行くことになっちゃった!?

隣人の女性がDVされてたから助けてみたら、なぜかその人(年下の女子大生)と同棲することになった(なんで?)

チドリ正明@不労所得発売中!!
青春
マンションの隣の部屋から女性の悲鳴と男性の怒鳴り声が聞こえた。 主人公 時田宗利(ときたむねとし)の判断は早かった。迷わず訪問し時間を稼ぎ、確証が取れた段階で警察に通報。DV男を現行犯でとっちめることに成功した。 ちっぽけな勇気と小心者が持つ単なる親切心でやった宗利は日常に戻る。 しかし、しばらくして宗時は見覚えのある女性が部屋の前にしゃがみ込んでいる姿を発見した。 その女性はDVを受けていたあの時の隣人だった。 「頼れる人がいないんです……私と一緒に暮らしてくれませんか?」 これはDVから女性を守ったことで始まる新たな恋物語。

処理中です...