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第2章
誰も知らない町で③
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*
祖父母が住む町は小さな頃、それこそ幼稚園の頃から何度か訪れていた。
名古屋から地下鉄で揺られて、「市」とはつくがどこか落ち着いた自然もある風景の町に祖父母は住んでいた。
僕の事情を母が話してくれたところ、祖父母は「碧斗さえいいならばぜひおいで」と僕は住所を変更し、愛知の県立高校に入学した。
入学式で出会った伊藤は、偶然にも隣の駅に住んでいた。
入学してすぐに伊藤と知り合うことができたのは高校生活最初のラッキーだった。
高校の中には、県内のいろいろな中学の生徒が集まっていたが、伊藤の出身中学の生徒数が一番多かった。更に伊藤は穏やかで人当たりもいいからか、友達も多い奴だった。おかげで僕も伊藤の友達たちとも知り合うことができて、早々に顔見知りが増えていった。
親元を離れて、知らない街で過ごすことは少し不安でもあったけど伊藤に出会うことができて本当によかったと思っている。
伊藤は中学時代、バスケ部だったらしく、高校でも続けると言った。
一緒にバスケ部に入らないかと誘われたが、僕はやんわりと断っていた。
「運動、得意じゃないから」
と何度か言ったのだが、伊藤はそう思ってはいないらしかった。
よく晴れた体育の授業の日だった。
50m走のタイムを測るというので出席番号順に並んで測ることになった。
中学までの僕ならば誰にも負けないタイムで走ってみせるところだったが、いまの僕は陸上部の相沢碧斗ではない。むしろ、陸上競技からは離れた存在でいたいし、もう目立つことはしたくなかった。
どれぐらいの感覚で走ろうかなと思っていたが出席番号が1番だったので、いきなり走ることになった。
隣には出席番号2番の伊藤がいた。
「伊藤って足、速そうだな」
バスケ部だったのだから遅いわけはないだろうと思って声をかけてみた。
「うーん、自信がないってことはないけどね」
「おお、言うね。伊藤は中学ではリレーとか走ってたりとか?」
「そうだねー……、ほかにも速い奴はいたんだけどさ、何か巡り巡って選ばれた感じ」
知り合ってから一ヶ月余り、伊藤は本当にイイ奴だ。
決して自分のことをひけらかしたりはしない。自慢もほとんどしてこない。
リレーに選ばれていたことだってフツ―に言えばいいのに、どこか遠慮気味というか、遠回しというか、ストレートには言ってこない。
「ま、この高校でも伊藤はリレーに出るんじゃない?」
「それは……やってみないとわからない」
伊藤と話していると、50m向こうの体育の横山先生が右手を挙げた。
「相沢と伊藤、準備はいいかー、始めるぞー」
そんなでかい声を出さなくても聞こえてますよ、と言いたいぐらいの声だった。
同じことを思ったらしい伊藤は「横山、声でけー」と笑っていたので、僕も笑った。
体育委員の梶本が「じゃ、やるよー」と言った。スターターをやることになっているらしく、火薬の入ったピストルを右手に持っていた。なぜかニコニコしているがそういう表情なのかもしれない。
砂のグラウンドの上に白い石灰で引かれたスタートラインに僕と伊藤は並んだ。
その白い線は少し歪んでいて、何とも粗末なものだったが、どこか懐かしく思えた。
スタートラインに立つのは、あの全国大会以来だろうか。
スタートブロックはないし、クラウチングスタートではなくスタンディングで、陸上の大会とは全く違うけれど、僕は少しだけ胸が高揚している感覚があった。
そのとき、一陣の風が正面から吹いてきて、僕の前髪を少し巻き上げた。
「位置についてー」
すごく久しぶりに聞いたその言葉に、僕は思わず目を閉じた。
祖父母が住む町は小さな頃、それこそ幼稚園の頃から何度か訪れていた。
名古屋から地下鉄で揺られて、「市」とはつくがどこか落ち着いた自然もある風景の町に祖父母は住んでいた。
僕の事情を母が話してくれたところ、祖父母は「碧斗さえいいならばぜひおいで」と僕は住所を変更し、愛知の県立高校に入学した。
入学式で出会った伊藤は、偶然にも隣の駅に住んでいた。
入学してすぐに伊藤と知り合うことができたのは高校生活最初のラッキーだった。
高校の中には、県内のいろいろな中学の生徒が集まっていたが、伊藤の出身中学の生徒数が一番多かった。更に伊藤は穏やかで人当たりもいいからか、友達も多い奴だった。おかげで僕も伊藤の友達たちとも知り合うことができて、早々に顔見知りが増えていった。
親元を離れて、知らない街で過ごすことは少し不安でもあったけど伊藤に出会うことができて本当によかったと思っている。
伊藤は中学時代、バスケ部だったらしく、高校でも続けると言った。
一緒にバスケ部に入らないかと誘われたが、僕はやんわりと断っていた。
「運動、得意じゃないから」
と何度か言ったのだが、伊藤はそう思ってはいないらしかった。
よく晴れた体育の授業の日だった。
50m走のタイムを測るというので出席番号順に並んで測ることになった。
中学までの僕ならば誰にも負けないタイムで走ってみせるところだったが、いまの僕は陸上部の相沢碧斗ではない。むしろ、陸上競技からは離れた存在でいたいし、もう目立つことはしたくなかった。
どれぐらいの感覚で走ろうかなと思っていたが出席番号が1番だったので、いきなり走ることになった。
隣には出席番号2番の伊藤がいた。
「伊藤って足、速そうだな」
バスケ部だったのだから遅いわけはないだろうと思って声をかけてみた。
「うーん、自信がないってことはないけどね」
「おお、言うね。伊藤は中学ではリレーとか走ってたりとか?」
「そうだねー……、ほかにも速い奴はいたんだけどさ、何か巡り巡って選ばれた感じ」
知り合ってから一ヶ月余り、伊藤は本当にイイ奴だ。
決して自分のことをひけらかしたりはしない。自慢もほとんどしてこない。
リレーに選ばれていたことだってフツ―に言えばいいのに、どこか遠慮気味というか、遠回しというか、ストレートには言ってこない。
「ま、この高校でも伊藤はリレーに出るんじゃない?」
「それは……やってみないとわからない」
伊藤と話していると、50m向こうの体育の横山先生が右手を挙げた。
「相沢と伊藤、準備はいいかー、始めるぞー」
そんなでかい声を出さなくても聞こえてますよ、と言いたいぐらいの声だった。
同じことを思ったらしい伊藤は「横山、声でけー」と笑っていたので、僕も笑った。
体育委員の梶本が「じゃ、やるよー」と言った。スターターをやることになっているらしく、火薬の入ったピストルを右手に持っていた。なぜかニコニコしているがそういう表情なのかもしれない。
砂のグラウンドの上に白い石灰で引かれたスタートラインに僕と伊藤は並んだ。
その白い線は少し歪んでいて、何とも粗末なものだったが、どこか懐かしく思えた。
スタートラインに立つのは、あの全国大会以来だろうか。
スタートブロックはないし、クラウチングスタートではなくスタンディングで、陸上の大会とは全く違うけれど、僕は少しだけ胸が高揚している感覚があった。
そのとき、一陣の風が正面から吹いてきて、僕の前髪を少し巻き上げた。
「位置についてー」
すごく久しぶりに聞いたその言葉に、僕は思わず目を閉じた。
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