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第2章
誰も知らない町で②
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中学三年の全国大会で、まさかの最下位に終わった僕は、ありとあらゆることに対してやる気がなくなってしまった。
どんなに頑張ってみたところで藤枝に勝つことはできない、そんな僕に走り続ける理由はなかった。
全国大会後は陸上部の練習に参加することもなく、いくつか着ていた陸上での高校推薦の話も僕はすべて断ってしまった。全国で最下位になった自分に推薦の話が来るとは思わなかったが、二年のときの全国優勝という肩書は僕が思っていた以上に評価されるものだったらしい。
けれど、高校で陸上競技をやる気がなかった僕には何の魅力もない話だった。
ある放課後のことだった。
「碧斗」
学校を出たあたりで名前を呼ばれた。この学校で僕のことを名前で呼ぶ女子はたくさんいるが、この声が誰なのか僕は一瞬でわかった。振り返るとそこには山下紗季がいた。
紗季は小学校からの知り合いで中学でも同じ陸上部に入っていた。
「陸上の推薦、断ったって聞いたけど?」
すべての推薦を断ったことをどこかから聞いたのだろう。
「そうだよ」
僕はそう応えてから、また前を向いて歩き始めた。この話をこれ以上、引き延ばす気はなかった。
「碧斗、もう本っ当に走る気ないの?」
「走るさ」
「え? 本当?」
隣に顔を向けることはなかったが、紗季の声が弾んだことがわかった。
「ああ、電車に乗り遅れそうなら走る」
僕がわざとらしく笑みを浮かべて隣を見たが、紗季の顔は引きつっていた。小学校時代から知っていない奴も機嫌が悪くなったということがわかるだろう
「うざ」
僕は紗季の機嫌を取る気はなかったのでその声に反応することなく歩いた。
後ろから「ふざけんな、このバカ!」という声が聞こえた。その声には取り合わない。
「負けたからって逃げるの?」
僕は立ち止り、後ろに振り返る。
紗季が僕を睨んでいた。
「一回負けたぐらいで何? それですべて終わりなの? あんたの陸上に賭ける思いってそんなもの?」
「陸上に賭ける思い?」
「そう! 本気なら……本気ならもう一度走りなさいよ! もっと頑張ればいいじゃない!」
「本気だったよ」
「え?」
「本気だったさ。誰よりも速くなりたくて練習してきた。そのためにオレは小学校の頃から友達との遊びもゲームもいろんなこと我慢してやってきたさ。それでも――それでも叶わなかった……これ以上、何を頑張れっていうんだよ?」
僕を睨んでいた紗季の顔がだんだん緩くなっていく。
何か言うのか? と思ったけれど紗季は何も言わなかった。
話はこれで終わったんだ、そう思った僕はまた歩き始めた。
中学校の中で僕が最下位だったことは知れ渡り、体育大会でもリレーに出なかった僕は存在価値をなくしてしまった。
「相沢碧斗は終わった」
クラスメイトの名前も知らない奴が言った言葉に激高して、そいつの襟首を掴み上げたとき、僕の評価はすべてひっくり返ってしまった。
クラスだけでなく、近所を歩く人の目まで変わったような気がした。
ついこの間までは「頑張ってね」「期待しているよ」と声をかけてくれた人たちも僕をどこか憐れむように遠巻きに見ているような気がした。
小さな田舎町は僕を知っている人ばかりだった。
これから先も憐れまれながら生きていくなんて僕は耐えられなかった。
自分の才能の頂点は14歳だった、そんなことを思いながら生きていくなんて嫌だった。
僕は、かつての自分自身の影に脅かされている。僕のことを知らない町に行きたい。
僕は母に強く訴えた。
その結果、僕は生まれ育った富山を離れ、祖父母の住む愛知へと引っ越し、愛知の高校を受験した。
中学三年の全国大会で、まさかの最下位に終わった僕は、ありとあらゆることに対してやる気がなくなってしまった。
どんなに頑張ってみたところで藤枝に勝つことはできない、そんな僕に走り続ける理由はなかった。
全国大会後は陸上部の練習に参加することもなく、いくつか着ていた陸上での高校推薦の話も僕はすべて断ってしまった。全国で最下位になった自分に推薦の話が来るとは思わなかったが、二年のときの全国優勝という肩書は僕が思っていた以上に評価されるものだったらしい。
けれど、高校で陸上競技をやる気がなかった僕には何の魅力もない話だった。
ある放課後のことだった。
「碧斗」
学校を出たあたりで名前を呼ばれた。この学校で僕のことを名前で呼ぶ女子はたくさんいるが、この声が誰なのか僕は一瞬でわかった。振り返るとそこには山下紗季がいた。
紗季は小学校からの知り合いで中学でも同じ陸上部に入っていた。
「陸上の推薦、断ったって聞いたけど?」
すべての推薦を断ったことをどこかから聞いたのだろう。
「そうだよ」
僕はそう応えてから、また前を向いて歩き始めた。この話をこれ以上、引き延ばす気はなかった。
「碧斗、もう本っ当に走る気ないの?」
「走るさ」
「え? 本当?」
隣に顔を向けることはなかったが、紗季の声が弾んだことがわかった。
「ああ、電車に乗り遅れそうなら走る」
僕がわざとらしく笑みを浮かべて隣を見たが、紗季の顔は引きつっていた。小学校時代から知っていない奴も機嫌が悪くなったということがわかるだろう
「うざ」
僕は紗季の機嫌を取る気はなかったのでその声に反応することなく歩いた。
後ろから「ふざけんな、このバカ!」という声が聞こえた。その声には取り合わない。
「負けたからって逃げるの?」
僕は立ち止り、後ろに振り返る。
紗季が僕を睨んでいた。
「一回負けたぐらいで何? それですべて終わりなの? あんたの陸上に賭ける思いってそんなもの?」
「陸上に賭ける思い?」
「そう! 本気なら……本気ならもう一度走りなさいよ! もっと頑張ればいいじゃない!」
「本気だったよ」
「え?」
「本気だったさ。誰よりも速くなりたくて練習してきた。そのためにオレは小学校の頃から友達との遊びもゲームもいろんなこと我慢してやってきたさ。それでも――それでも叶わなかった……これ以上、何を頑張れっていうんだよ?」
僕を睨んでいた紗季の顔がだんだん緩くなっていく。
何か言うのか? と思ったけれど紗季は何も言わなかった。
話はこれで終わったんだ、そう思った僕はまた歩き始めた。
中学校の中で僕が最下位だったことは知れ渡り、体育大会でもリレーに出なかった僕は存在価値をなくしてしまった。
「相沢碧斗は終わった」
クラスメイトの名前も知らない奴が言った言葉に激高して、そいつの襟首を掴み上げたとき、僕の評価はすべてひっくり返ってしまった。
クラスだけでなく、近所を歩く人の目まで変わったような気がした。
ついこの間までは「頑張ってね」「期待しているよ」と声をかけてくれた人たちも僕をどこか憐れむように遠巻きに見ているような気がした。
小さな田舎町は僕を知っている人ばかりだった。
これから先も憐れまれながら生きていくなんて僕は耐えられなかった。
自分の才能の頂点は14歳だった、そんなことを思いながら生きていくなんて嫌だった。
僕は、かつての自分自身の影に脅かされている。僕のことを知らない町に行きたい。
僕は母に強く訴えた。
その結果、僕は生まれ育った富山を離れ、祖父母の住む愛知へと引っ越し、愛知の高校を受験した。
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