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8月1日、午後
第4話 幼馴染のアカネ
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電車の中はそこまで混んでいなかった。まだ夕方に差し掛かったところだからサラリーマンの帰宅ラッシュ時間帯ではない分、空いているんだろう。でも、どこかの塾のカバンを持った小学生や中学生モチラホラといて、あちこちで夏期講習はやってるんだなと思った。座りながらスマホの英単語アプリで勉強をしていたのだが、いつのまにか眠ってしまっていた。
「ユカ、網島だよ」
その声で私は目を覚ます。
ハッとなった私は慌てて顔をあげて電車の中の到着駅の表示を見る。私が降りる駅である「網島」が表示されていた。
「降りるんだよね?」
私の前に立っていたのは、よく日焼けした褐色の肌をした髪の短い女の子だった。Tシャツにハーフパンツで左肩からナナメにカバンをかけたこの子を私は知っていた。
「うん、降りる」
慌てて私はスマホとカバンを持って電車をその子と一緒に降りた。
私たちがホームに降りると同時に電車のドアは閉まり、電車は次の駅へと走っていった。
「アカネ、ありがとう」
私が感謝の言葉を言うと、
「いいよ、別に」
向井朱音は微笑んだ。
「ユカがいるなーって気づいたんだけど、寝てたしさ、もしかしたら降りないのかもしれないって思ったんだけど……声かけてよかったよ」
「うん、網島で降りるつもりだったよ。乗り過ごすとこだった」
苦笑しながら私はもう一度「ありがとね」と言った。
アカネと私は横に並びながら、改札口への階段を降りていった。
太陽の匂いがしそうな日焼けした肌は、相変わらず部活で忙しいんだろうなと思わせた。
「塾の帰りだったの?」
アカネの言葉に私は頷く。
「うん。いま夏期講習中なんだ」
「あー、ウチの中学の子たちも結構、夏期講習行ってるなぁ」
アカネと私は別々の中学に通っている。
私たちは同じマンションに住んでいて、幼稚園も小学校も同じだった。アカネは小さい頃から足が速く、小学校の頃から陸上の大会でたくさんの入賞という実績があり、陸上の強い中学に越境入学で通っている。
「アカネんとこも受験あるんだっけ?」
「私が越境で通ってるだけで、公立中学だからね、受験はみんなするよ」
「そーなんだ。てっきりみんなエスカレーターとかるのかと思ってた」
「だったらいいんだけどね」
そんなことを話しながら私たちは改札口を抜けた。さっきより少し陽が沈み初めて、赤みを帯びた夕陽が隣を歩くアカネを照らす。短めの髪は夏の陽射しでダメ―ジを受けているのかちょっとパサついているようにも見えた。私がアカネを見ていることに気が付いたらしく、
「なに? 人の顔をじっと見て」
と、アカネは眉間に皺を寄せて首を左に傾げた。
「あー……、なんかまた焼けてるなぁって思って」
「あー……、だね。また日焼け止め塗るの忘れちゃってさ」
アカネは右手で前髪を少し上に引き上げた。おでこまでよく焼けている。私自身は色が白いほうがいいのだが、アカネは本当に日に焼けている姿が似合っていると思う。
「部活帰りっぽいけど、なんで電車?」
越境とはいえ、アカネが通う中学は自転車で行くことのできる場所だった。
「今日は競技場での練習だったから。自転車だとちょっと遠いんだよね」
「岸沢のほうの競技場?」
「うん」
「もうすぐ……だっけ、全中?」
「うん、来週」
アカネは陸上部で短距離を専攻している。200m走で南関東大会で入賞し、遂に全国大会に出場することが決まっている。私のまわりはもうみんな部活を引退してしまっているが、アカネは中学三年の夏だというのにまだまだ部活一辺倒だ。
「いいなー、アカネは。受験勉強しなくても陸上の推薦で高校行けちゃうんでしょ?」
私は大げさにため息をついてみた。アカネは苦笑しながら首を横に振った。
「そんなことないよ」
「なんか話とか来てるんじゃないの? すごい学校からのスカウトとか」
「聞いたことないなぁ」
アカネは笑った。
「えー、全国出るのに?」
「今年はね。でも二年のときは全国出てないしね。まだ私なんて実績が全然ないしね。すごい人はもうとっくに全国で名前が知られてるよ」
「全国で結果出せば注目されるかもよ?」
「結果出せば……ね。そんな簡単じゃなくってさ、全中でる選手のの持ちタイムの中で、私のタイムはいまのところ最下位争いなんだよ。全国に片手が引っかかっただけって感じ」
「アカネぐらい速くてもそうなんだ」
「だね」
「上には上がいるんだねぇ……」
「でもまぁ、陸上の強い高校には行こうと思ってるよ。スカウト来なくても」
体育会系の強い高校にどうやって入学する方法があるのか、スカウトされる以外、私は何も知らないけれどきっといろいろあるのだろう。
それにしても200mで県を制して、南関東で入賞しているアカネでも、まだまだ敵わない相手がいるなんて。
私は、県内のひとつの塾の中ですら十位以内に入ることのできない。そんな自分がすごく小者に思えてきて、私はまたため息をついた。
ため息ばっかりだな、今日は。
「ユカ、網島だよ」
その声で私は目を覚ます。
ハッとなった私は慌てて顔をあげて電車の中の到着駅の表示を見る。私が降りる駅である「網島」が表示されていた。
「降りるんだよね?」
私の前に立っていたのは、よく日焼けした褐色の肌をした髪の短い女の子だった。Tシャツにハーフパンツで左肩からナナメにカバンをかけたこの子を私は知っていた。
「うん、降りる」
慌てて私はスマホとカバンを持って電車をその子と一緒に降りた。
私たちがホームに降りると同時に電車のドアは閉まり、電車は次の駅へと走っていった。
「アカネ、ありがとう」
私が感謝の言葉を言うと、
「いいよ、別に」
向井朱音は微笑んだ。
「ユカがいるなーって気づいたんだけど、寝てたしさ、もしかしたら降りないのかもしれないって思ったんだけど……声かけてよかったよ」
「うん、網島で降りるつもりだったよ。乗り過ごすとこだった」
苦笑しながら私はもう一度「ありがとね」と言った。
アカネと私は横に並びながら、改札口への階段を降りていった。
太陽の匂いがしそうな日焼けした肌は、相変わらず部活で忙しいんだろうなと思わせた。
「塾の帰りだったの?」
アカネの言葉に私は頷く。
「うん。いま夏期講習中なんだ」
「あー、ウチの中学の子たちも結構、夏期講習行ってるなぁ」
アカネと私は別々の中学に通っている。
私たちは同じマンションに住んでいて、幼稚園も小学校も同じだった。アカネは小さい頃から足が速く、小学校の頃から陸上の大会でたくさんの入賞という実績があり、陸上の強い中学に越境入学で通っている。
「アカネんとこも受験あるんだっけ?」
「私が越境で通ってるだけで、公立中学だからね、受験はみんなするよ」
「そーなんだ。てっきりみんなエスカレーターとかるのかと思ってた」
「だったらいいんだけどね」
そんなことを話しながら私たちは改札口を抜けた。さっきより少し陽が沈み初めて、赤みを帯びた夕陽が隣を歩くアカネを照らす。短めの髪は夏の陽射しでダメ―ジを受けているのかちょっとパサついているようにも見えた。私がアカネを見ていることに気が付いたらしく、
「なに? 人の顔をじっと見て」
と、アカネは眉間に皺を寄せて首を左に傾げた。
「あー……、なんかまた焼けてるなぁって思って」
「あー……、だね。また日焼け止め塗るの忘れちゃってさ」
アカネは右手で前髪を少し上に引き上げた。おでこまでよく焼けている。私自身は色が白いほうがいいのだが、アカネは本当に日に焼けている姿が似合っていると思う。
「部活帰りっぽいけど、なんで電車?」
越境とはいえ、アカネが通う中学は自転車で行くことのできる場所だった。
「今日は競技場での練習だったから。自転車だとちょっと遠いんだよね」
「岸沢のほうの競技場?」
「うん」
「もうすぐ……だっけ、全中?」
「うん、来週」
アカネは陸上部で短距離を専攻している。200m走で南関東大会で入賞し、遂に全国大会に出場することが決まっている。私のまわりはもうみんな部活を引退してしまっているが、アカネは中学三年の夏だというのにまだまだ部活一辺倒だ。
「いいなー、アカネは。受験勉強しなくても陸上の推薦で高校行けちゃうんでしょ?」
私は大げさにため息をついてみた。アカネは苦笑しながら首を横に振った。
「そんなことないよ」
「なんか話とか来てるんじゃないの? すごい学校からのスカウトとか」
「聞いたことないなぁ」
アカネは笑った。
「えー、全国出るのに?」
「今年はね。でも二年のときは全国出てないしね。まだ私なんて実績が全然ないしね。すごい人はもうとっくに全国で名前が知られてるよ」
「全国で結果出せば注目されるかもよ?」
「結果出せば……ね。そんな簡単じゃなくってさ、全中でる選手のの持ちタイムの中で、私のタイムはいまのところ最下位争いなんだよ。全国に片手が引っかかっただけって感じ」
「アカネぐらい速くてもそうなんだ」
「だね」
「上には上がいるんだねぇ……」
「でもまぁ、陸上の強い高校には行こうと思ってるよ。スカウト来なくても」
体育会系の強い高校にどうやって入学する方法があるのか、スカウトされる以外、私は何も知らないけれどきっといろいろあるのだろう。
それにしても200mで県を制して、南関東で入賞しているアカネでも、まだまだ敵わない相手がいるなんて。
私は、県内のひとつの塾の中ですら十位以内に入ることのできない。そんな自分がすごく小者に思えてきて、私はまたため息をついた。
ため息ばっかりだな、今日は。
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