見えない明日に揺れる僕たちは

多田莉都

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第3章

夏休みの前に 4

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 練習が終わり、僕は家に帰るべく自転車を走らせた。
 夏の抜けるような空の下、自転車を走らせることは好きだ。乗る前にサドルやグリップが日光で熱くなっているのは嫌だが、下り坂を風を切って進む感覚は好きだ。

 家並みが減っていく中で地区センターが見える頃、数人の人がいる様子が見えた。
 近づいてみると、その中の一人が彩夏であることがわかった。あちらも近づく僕にわかったらしく、彼女は僕に向かって右手を挙げた。

「佑」

 声をかけられて僕は自転車を止めた。彩夏の周りには小学校低学年ぐらいの子供が四人いた。みんな女の子のようだ。
 
「何してんの? こんなとこで」
「あー、ダンス」
「ダンス?」
「前に佑がここなら壁に鏡張りのバレエ用スタジオがあるって教えてくれたじゃない? だからたまに借りてるんだ。で、練習帰り」
「その子供たちは?」

 ダンスの練習をしてたのはTシャツにハーフパンツの姿を見ていればわからなくもない。ただ、なぜ子供四人に囲まれてるのかはわからなかった。

「元々、バレエやってる子なんだけどね。私がダンスやってるのを見てたら一緒にやってみたいって言ってくれて」
「へぇー」
「彩夏ちゃんはダンスがメチャクチャうまいんだよ!」
「マジでキレッキレなんだよ!」
 僕が質問したわけでもないのに、小学生たちは彩夏を褒め始めた。
 この子たちに尊敬されているということは、その眼差しを見ているだけで伝わってきた。

「わかった、わかった。褒めてくれてありがとね。みんなで言うとお兄さんが困ってるよー」

 子供たちから信頼されてるらしく、彩夏の話はしっかり聞いてくれるようだった。子供たちの純粋さもあってキラキラした感じが眩しい。

 このキラキラを残しておきたいなと思った僕は、こっそりスマホで写真を撮っておいた。しかし、写真フォルダを見てみたら、なんだか思ったものとは違う燻んだ映りでがっかりした。


「さ、もう私も帰るし、気を付けて帰ってね」
「はーい!」

 彩夏の言うことを素直に聞く子たちらしく、四人は揃って手を挙げると「またねー」「バイバーイ」など言いながら帰っていった。
 急に彩夏の周りが静かになった。

「嵐みたいな子たちだよね。いなくなるとシンってなる」

 彩夏も同じことを思っていたらしい。

「すごいじゃん、ダンス講師みたいなことやってるの?」
「そんな講師とかいうレベルじゃないよ。一緒に踊ってるだけかな。少しぐらいは教えるけど」
「でもみんな楽しそうだし、いい感じだな」
「私も楽しい」

 その言葉どおり、彩夏はにこにこと微笑んでいた。

「佑は部活帰り?」
「あー、うん」
「なんか、お疲れな感じ?」

 そんな疲れた表情をしていただろうか。僕は左手で自分の頬を触った。

「月末に県大会あるしね、それなりに追い込んだ練習はしてるかな」
「あー、佑はまだ部活続いてるんだよね。すごいなぁ」

 僕の周りの奴らはだいたい地区大会で敗退してしまっているので、部活はそこで引退してしまっている奴らが多い。陸上部以外で県大会に進んだのは、吹奏楽部と男子バスケ部、あとはテニス部で個人でいたぐらいだ。

「今年も全国狙ってるんだよね?」
「うん」
「すごいなぁ。県大会は観に行こうかな」
「100なんて10秒ちょっとで終わっちゃうから観に来てもらっても一瞬だよ? 予選と決勝を合わせても20秒ちょっと」
「そ、それは短いね……」

 彩夏は腕組みをして唸った。

「でも、見てみたいなぁ。美咲とか誘ったら来てくれないかなぁ」
「あいつは部活終わってるし、暇かもな」

 女子バスケ部は地区大会準決勝で敗退したので、部活を引退している。

「美咲は、塾に行き始めたとか聞いたけど」
「みたいだね。夏期講習の宿題多すぎとか言ってた」

 何かのやりとりを思い出したらしく彩夏は笑った。よく一緒にいる二人だなぁと思う。

「そっちは塾とか行かないの?」
「私? うーん……考えてなかったな」

 塾に行かずして校内1位、難関校に進学するつもりもないのなら塾は不要かもしれない。

「二学期になってひっくり返されないようにしないとだな」

 僕がそう言うと彩夏はちょっと驚いたような顔をして、
 
「そっか。みんなが追いかけてくるわけだよね。みんなに負ける気はないけどね」

 笑みを浮かべながら彼女は言った。
 僕は彼女の言葉が少しだけ引っかかった。
「部活頑張ってね。応援してるよ」
「ありがとう」

 僕は御礼を言ってからまた自転車を漕ぎ始めた。
 さっきの言葉が少し僕の中では引っかかるものがあった。

『みんなに負ける気はないけどね』

 彼女は「みんな」と言った。目の前にいた僕の個人名ではなく。
 もう二回も負けてしまった僕には眼中などないのかもしれない、そんな考えが頭を過った。自分でも卑屈だと思う考えで、自分がちょっと情けなく思えてきた。
 いま振り返って彩夏と目が合ってしまうのが怖くて、僕は決して振り返ることなく漕ぎ続けた。
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