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第一話 グリムズロックの護符事件
第二章 タメシス魔術師組合 1
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辻馬車はすぐに呼ばれてきた。
生身の馬ではなく、一対の馬型の自動機械人形に引かれている。乗り込むなりニーダムが心底すまなそうに言った。
「ミス・ディグビー、本当に申し訳ありません。警部も悪気はないんですが」
「お気になさらずミスター・ニーダム。これも仕事ですから」
どうにか笑顔を拵えて告げると、若い警部補はますます委縮してしまった。
ふわふわした栗毛に淡青(うすあお)の目でわりと童顔のニーダムが肩を竦めて小さくなっていると、なんだか子供を虐めているような罪悪感がある。
そういえばこの馬車は結構寒い。
ニーダムのちょっと上を向いた鼻の頭が赤くなっている。
エレンはお詫び代わりに掌を広げると、
「サラ、出てきて頂戴」
と、呼んでやった。
途端、手の上に小さな赤い生物が召喚される。
見た目は一対の翼をもつ小さな、小さなドラゴンだ。
背中に三つの突起があり、眸は鮮やかなエメラルド色。
先ほどの微光と同じ淡い金色の光をまとった生き物は、エレンの掌の上にはっきりと輪郭を表すなり、水に濡れた犬みたいにブルブルっと体を震わせた。
途端に微光が霧散し、代わりに赤々と濃く鮮やかな光が発散されてきた。
馬車のなかがたちまち暖かくなる。
「うわあーー」
ニーダムが感嘆のため息をつく。
「ミス・ディグビー、あなたの使い魔ですか?」
と、
「む、失敬な若造じゃな」
と、火蜥蜴自身が人語を発した。
ニーダムが「うわあ!」と素直に叫んでのけぞる。
「しゃ、しゃべるんですか!?」
「喋っちゃ悪いか? ああん?」
火蜥蜴がポッポっと黄金の焔を吐きながらガラ悪くすごむ。
エレンは慌てて窘めた。「サラ、ミスター・ニーダムを驚かさないで! ――ミスター・ニーダム、すみません。彼とは対等な契約を結んでいるのです。わたくしが十三歳のころからの付き合いでしてね。火蜥蜴のサラといいます」
きっとこの世で一番多いだろう火蜥蜴の名前をエレンは大得意で口にした。すると火蜥蜴は淡い煙をふーッと吹きながら不服を述べた。
「なあエレンよ、呼ばれるたびに思うのだが、そなたの命名センスは最低ではないが凡庸じゃ。そこな無礼な若造、そなたどう思う?」
「え、ええ、僕ですか?」
ニーダムはおろおろした。「ええと――その、いいと思いますよ! 誰が聞いても一瞬で火蜥蜴の名前だと判って!」
「仮に名前がアウリス・マルクシウス・トリトメギトスだったとしたって、儂は一目見りゃ一瞬で火蜥蜴と分かるだろうが」
「そんな長い名前いちいち呼んでいられないでしょ。ねえミスター・ニーダム?」
今度はエレンに同意を求められて、気の毒なニーダムはますますおろおろした。
馬車の中はもう十分以上に暑い。
火蜥蜴にふさわしいほどよい長さの名前について、火蜥蜴自身も含めて話し合っているうちに、辻馬車がいつのまにかピアゲートを抜けて市内へ入っていた。
外が賑やかになっているのが扉ごしにも分かる。
その賑やかさに反比例して馬車の速度が刻々と落ちていった。
「む? 何やら遅いのう」
と、火蜥蜴が長めの小首をかしげたとき、
「お客さーーん、テンプル・スクエアが少しばかり混んでいるようですよ――! 自動操縦人形に息吹が足りませんや――!」
御者が外から教えてくれた。
「ならスクエアに入ったところで止めてください。あとは歩きますから」
火蜥蜴ともども白熱し過ぎた議論のおかげで馬車内は汗ばむほど暑くなっていた。
「じゃあねサラ。ありがとう」
「いやなに、大したことはしておらんよ」と、火蜥蜴は鷹揚に頷くと、キラキラ光るエメラルド色の眸をニーダムに向けてきた。
「ところで若造」
「な、なんでしょう?」
「エレンに求婚するつもりなら儂にも報告しろよ? そなたは悪くない若造だ。家には儂が掛け合ってやる故な」
「--サラ!」エレンは慌てて止めた。「何言っているの! 今日初めて会った方に対して! ――ミスター・ニーダム、すみません。サラにも悪気はないのですが、この火蜥蜴はどうも考え方が古くて」
「エレンよ、そうは言うがな、そなたにはやはり人間の伴侶が必要だと思うぞ? 儂をどれだけ思うてくれていても、所詮は人と火蜥蜴――」
「サ・ラ!」
エレンは耐えかねて怒鳴った。「さあまた今度ね、さようなら。ミスター・ニーダム、どうか誤解しないでくださいね?」
「ええもちろんですとも」と、ニーダムは何とか答えた。答えながら若造は思っていた。誤解って何をどういう風にだろう?
ピアゲート通りがテンプル・スクエアに入る手前で、エレンとニーダムは辻馬車を降りた。
テンプル・スクエアは円い城壁に囲まれた市内の五つの門から発する五本の通りがすべて集まる広場だ。真ん中に聖ルーク寺院が建っているからこの名前がついている。
聖誕祭の休暇がもうじきに終わる一月半ばの平日のこと、広場はいつも以上に混んでいた。
林檎とシナモンを入れてことこと煮込んだ甘いグリューワインの屋台が甘い匂いを放っている。
「さすがに賑やかですねえ。ミス・ディグビー、足元にお気をつけて」
「ありがとうございます。大丈夫ですよ。このあたりは慣れています」
テンプル・スクエアの一帯は世にいう「オールド・タメシス」――古い旧い時代から首都の中枢を担ってきたこの都市の中心部だ。
北東側の一角を市庁舎が占め、ブルックゲート通りを挟んだ西側にさまざまな職業別組合の会館が並んでいる。
魔術師組合の会館は海運商人組合と毛織物商組合の会館のあいだで、一見するとごく普通の三階建ての建物である。
唯一目を引く特徴は、入口に古色蒼然とした三メートルサイズの甲冑型の自動機械人形が一対据えられ、長い槍を交差させて扉を護っていることだけだ。
生身の馬ではなく、一対の馬型の自動機械人形に引かれている。乗り込むなりニーダムが心底すまなそうに言った。
「ミス・ディグビー、本当に申し訳ありません。警部も悪気はないんですが」
「お気になさらずミスター・ニーダム。これも仕事ですから」
どうにか笑顔を拵えて告げると、若い警部補はますます委縮してしまった。
ふわふわした栗毛に淡青(うすあお)の目でわりと童顔のニーダムが肩を竦めて小さくなっていると、なんだか子供を虐めているような罪悪感がある。
そういえばこの馬車は結構寒い。
ニーダムのちょっと上を向いた鼻の頭が赤くなっている。
エレンはお詫び代わりに掌を広げると、
「サラ、出てきて頂戴」
と、呼んでやった。
途端、手の上に小さな赤い生物が召喚される。
見た目は一対の翼をもつ小さな、小さなドラゴンだ。
背中に三つの突起があり、眸は鮮やかなエメラルド色。
先ほどの微光と同じ淡い金色の光をまとった生き物は、エレンの掌の上にはっきりと輪郭を表すなり、水に濡れた犬みたいにブルブルっと体を震わせた。
途端に微光が霧散し、代わりに赤々と濃く鮮やかな光が発散されてきた。
馬車のなかがたちまち暖かくなる。
「うわあーー」
ニーダムが感嘆のため息をつく。
「ミス・ディグビー、あなたの使い魔ですか?」
と、
「む、失敬な若造じゃな」
と、火蜥蜴自身が人語を発した。
ニーダムが「うわあ!」と素直に叫んでのけぞる。
「しゃ、しゃべるんですか!?」
「喋っちゃ悪いか? ああん?」
火蜥蜴がポッポっと黄金の焔を吐きながらガラ悪くすごむ。
エレンは慌てて窘めた。「サラ、ミスター・ニーダムを驚かさないで! ――ミスター・ニーダム、すみません。彼とは対等な契約を結んでいるのです。わたくしが十三歳のころからの付き合いでしてね。火蜥蜴のサラといいます」
きっとこの世で一番多いだろう火蜥蜴の名前をエレンは大得意で口にした。すると火蜥蜴は淡い煙をふーッと吹きながら不服を述べた。
「なあエレンよ、呼ばれるたびに思うのだが、そなたの命名センスは最低ではないが凡庸じゃ。そこな無礼な若造、そなたどう思う?」
「え、ええ、僕ですか?」
ニーダムはおろおろした。「ええと――その、いいと思いますよ! 誰が聞いても一瞬で火蜥蜴の名前だと判って!」
「仮に名前がアウリス・マルクシウス・トリトメギトスだったとしたって、儂は一目見りゃ一瞬で火蜥蜴と分かるだろうが」
「そんな長い名前いちいち呼んでいられないでしょ。ねえミスター・ニーダム?」
今度はエレンに同意を求められて、気の毒なニーダムはますますおろおろした。
馬車の中はもう十分以上に暑い。
火蜥蜴にふさわしいほどよい長さの名前について、火蜥蜴自身も含めて話し合っているうちに、辻馬車がいつのまにかピアゲートを抜けて市内へ入っていた。
外が賑やかになっているのが扉ごしにも分かる。
その賑やかさに反比例して馬車の速度が刻々と落ちていった。
「む? 何やら遅いのう」
と、火蜥蜴が長めの小首をかしげたとき、
「お客さーーん、テンプル・スクエアが少しばかり混んでいるようですよ――! 自動操縦人形に息吹が足りませんや――!」
御者が外から教えてくれた。
「ならスクエアに入ったところで止めてください。あとは歩きますから」
火蜥蜴ともども白熱し過ぎた議論のおかげで馬車内は汗ばむほど暑くなっていた。
「じゃあねサラ。ありがとう」
「いやなに、大したことはしておらんよ」と、火蜥蜴は鷹揚に頷くと、キラキラ光るエメラルド色の眸をニーダムに向けてきた。
「ところで若造」
「な、なんでしょう?」
「エレンに求婚するつもりなら儂にも報告しろよ? そなたは悪くない若造だ。家には儂が掛け合ってやる故な」
「--サラ!」エレンは慌てて止めた。「何言っているの! 今日初めて会った方に対して! ――ミスター・ニーダム、すみません。サラにも悪気はないのですが、この火蜥蜴はどうも考え方が古くて」
「エレンよ、そうは言うがな、そなたにはやはり人間の伴侶が必要だと思うぞ? 儂をどれだけ思うてくれていても、所詮は人と火蜥蜴――」
「サ・ラ!」
エレンは耐えかねて怒鳴った。「さあまた今度ね、さようなら。ミスター・ニーダム、どうか誤解しないでくださいね?」
「ええもちろんですとも」と、ニーダムは何とか答えた。答えながら若造は思っていた。誤解って何をどういう風にだろう?
ピアゲート通りがテンプル・スクエアに入る手前で、エレンとニーダムは辻馬車を降りた。
テンプル・スクエアは円い城壁に囲まれた市内の五つの門から発する五本の通りがすべて集まる広場だ。真ん中に聖ルーク寺院が建っているからこの名前がついている。
聖誕祭の休暇がもうじきに終わる一月半ばの平日のこと、広場はいつも以上に混んでいた。
林檎とシナモンを入れてことこと煮込んだ甘いグリューワインの屋台が甘い匂いを放っている。
「さすがに賑やかですねえ。ミス・ディグビー、足元にお気をつけて」
「ありがとうございます。大丈夫ですよ。このあたりは慣れています」
テンプル・スクエアの一帯は世にいう「オールド・タメシス」――古い旧い時代から首都の中枢を担ってきたこの都市の中心部だ。
北東側の一角を市庁舎が占め、ブルックゲート通りを挟んだ西側にさまざまな職業別組合の会館が並んでいる。
魔術師組合の会館は海運商人組合と毛織物商組合の会館のあいだで、一見するとごく普通の三階建ての建物である。
唯一目を引く特徴は、入口に古色蒼然とした三メートルサイズの甲冑型の自動機械人形が一対据えられ、長い槍を交差させて扉を護っていることだけだ。
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