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第三十八話
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爾時であった。瑰麗なる本堂の引戸が静謐とひらかれていった。ふたりの麾下に引戸をひらかせてあらわれたのは顔面蒼白どころか明鬯と血色のよい信長であった。同時に光秀の麾下たちは觳觫鬱勃とさせて一斉に一歩しりぞく。みなの足音が漣漪となって界隈にひびきまたきえてゆく。斯様なる失態を目撃しながら信長はいう。「まあよい。余もよき夢をみた。これもまた夢」と。信長は右手で神聖なる『鏃』を掌握して左手の手首をおもいきりきりさいた。信長の手首から紅蓮色の血潮が汪溢して半透明の文字列となってゆく。文字列は螺旋をなして虚空を浮游し光秀勢の頭上で『かたち』をなしていった。巨大なる全身を漆黒にひからせ脳髄を露呈し金壺眼を婆羅婆羅にぎょろつかせ乱杭歯から腐爛した舌先をだし三日月方ににやついて異常なほど脊椎のながい巨大なる肉体に一万本の腕と一万本の足をもつムカデ状の仏敵『第六天魔王』である。信長躬自らも半透明の文字列となって第六天魔王の心臓のなかへと這入っていった。婆羅婆羅にぎょろついていた第六天魔王の両目が視点をあわせ光秀の麾下たちに咆哮する。「生は死なり。死は生なり。生まれたるものはかならず死にゆき死にゆくからこそ爾らは生まれる。爾らは死ぬためにこそ生まれたれ。ゆえにこの第六天魔王が此岸のことわり彼岸のことわりとやらを実現してみせん」と。
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