『遥かなる遥かなる遥かなる現在（いま）此処へ』中篇小説

第十九話

　　　　　　　◇

　あなたは安あん堵どしていた。
　鬱うつ勃ぼつたる至福の感慨に抱擁されていた。
　蜿えん蜒えん長蛇たる二千五百年にわたる不ふ撓とう不ふ屈くつの彷ほう徨こうの最果てに遂ついに燦さん爛らんたる天使たちとの契約どおりに冤えん罪ざいによる死刑をまぬかれたわたしと邂かい逅こうし澎ほう湃はいたる歓喜に捲まき込こまれていた。それも須しゆ臾ゆであった。畢ひつ竟きよう冤えん罪ざいによる死刑をまぬかれて自由奔放の肉にく軆たいとなったわたしだが世界規模の歴史改かい竄ざんと澆ぎよう季き混濁の無政府状態において『万人の万人に対する闘争』のなかで無事に生存してゆけるのかと鬱うつ勃ぼつたる憂鬱に憑ひよう依いされて萎い靡び沈滞していたのである。
　あなたは蹶けつ起きした。
　狂きよう瀾らん怒ど濤とうの古代文字群に捲まき込こまれて羅ろー馬ま帝てい國こく独ど逸いつ拘置所から磅ほう礴はくたる天国の最下層『月天』に到着したあなたは四大天使ミカエルとラファエルとウリエルとガブリエルとに邂かい逅こうした。瑰かい麗れいなるガブリエル曰いわく『現世において激情的な恋愛に翻弄されたもの』が招しよう聘へいされる第三天『金星天』に邁まい進しんするはずだった。あなたは『金星天』に永住することを翹ぎよう望ぼうせずガブリエルに冀き求きゆうした。曰いわく出来ることならば永えい劫ごう不滅の神霊と邂かい逅こうさせてほしい。もう一度だけ契約してほしいと。
　天使ガブリエルは慇いん懃ぎんに微笑した。
　如ど何うやらガブリエル曰いわく全知全能の神霊はあなたが斯か様ような冀き求きゆうをすることまでをも知ち悉しつしていたらしい。四大天使たちは刹那躊ちゆう躇ちよする様子を垣かい間ま見みせたが須しゆ臾ゆもなく永えい劫ごう不滅の神霊による御意のとおりあなたを神霊に邂かい逅こうさせることとした。かくして磅ほう礴はくたる天国は最下層の『月天』から水星天金星天太陽天火星天木星天土星天恒星天原動天と巍ぎ峨がたる天国各界を逍しよう遥よう闊かつ歩ぽしたあなたは至高天即すなわち『エンピレオ』に到達し遂ついに永えい劫ごう不滅の神霊YHWHと邂かい逅こうしたのである。
　あなたは茫ぼう然ぜん自じ失しつした。
　無尽蔵の愛情に抱擁され慟どう哭こくせんとした。