『遥かなる遥かなる遥かなる現在（いま）此処へ』中篇小説

第十七話

　あなたは鬱うつ悒ゆうとしていた。
　鬱うつ勃ぼつたる絶望感に憑ひよう依いされていた。
　羅ろー馬ま帝てい國こく政府が四十四世紀に勃発させた澎ほう湃はいたる『神しん聖せいなる世界最終戦争』によって反羅ろー馬ま帝てい國こく最後の牙城となった日本が徹頭徹尾の防衛戦の最果てに新型大量破壊兵器『ツァラトゥストラ』の投入を宣言され羅ろー馬ま帝てい國こくに降伏したのち国際裁判によって日本政府首脳のおよそ八十％が死刑判決となった。日本独裁政権の連立政党たる宗教政党を嚮きよう導どうしていたあなたも極刑を宣告されたのだが不老不死のあなたの肉にく軆たいを重要視した羅ろー馬ま帝てい國こく政府は鴻こう儒じゆたる印いん度どやイスラエルの医師を招しよう聘へいし羅ろー馬ま帝てい國こく国立独ど逸いつ医療大だい學がく附属病院においておよそ二世紀にもわたって神秘的なるあなたの肉にく軆たいの研究を遂行した。濫らん觴しよう当初こそ最新鋭の研究装置を駆使して研究は進捗していったが神しん聖せいなるあなたの肉にく軆たいの秘密は闡せん明めいとされず幾百回にもおよぶ残虐無比の人体解剖や人体実験が遂行され結果瑰かい麗れいなるあなたの天てん稟ぴんの肉にく軆たいは無む慙ざん極まりない満まん身しん創そう痍いの屍し骸がい同様に豹ひよう変へんしたのであった。
　あなたは翹ぎよう望ぼうした。
　僥ぎよう倖こうにも神秘的なる不老不死の肉にく軆たいの研究によって――極刑を宣告されたほかの政治的主導者や軍人は全員すでに死刑を執行されたか老死自殺などで殪えい死ししていたのだが――遼りよう遠えんなる二世紀もの盈えい虚きよを生存できたことを不滅の神霊と燦さん爛らんたる天使たちに感謝していた。四十六世紀の現在既に四柱の天使たちとの契約どおり一いち蓮れん托たく生しようのわたしと邂かい逅こうできる――西暦二〇〇八年の契約濫らん觴しようよりかぞえて――『二千五百年後』の世界に到達していたからである。四十六世紀混こん沌とんたる世界情勢は豹ひよう変へんし畢ひつ竟きよう羅ろー馬ま帝てい國こく総統が暗殺されたことにより世界各国でクーデターが勃発し四し面めん楚そ歌かの羅ろー馬ま帝てい國こくは世界各地の拘置所に収監されている万ばん斛こくの死刑囚の即時死刑執行を急きゆう遽きよ法制化した。世界規模の混乱によって法律どおりの即時の死刑はまぬかれたものの不老不死のあなたも――『不死身』ではないので死刑による殪えい死しも考こう覈かくされた――須しゆ臾ゆもなく死刑を執行されるはずであった。
　杞き憂ゆうにすぎなかった。
　遂ついに不ふ撓とう不ふ屈くつのあなたにも『運命の刹那』が到来した。羅ろー馬ま帝てい國こく国立独ど逸いつ大だい學がく附属病院から死刑執行のために巍ぎ峨がたる障壁に囲い繞じようされた独ど逸いつ拘置所に搬送されていたあなたは急きゆう遽きよ縹ひよう渺びようたる拘置所内が騒そう擾じように捲まき込こまれたことに勘付いた。拘置所領地内でつぎつぎに轟ごう然ぜんたる爆発が発生し万ばん斛こくの囚人たちが狂きよう瀾らん怒ど濤とうの勢力で脱出しているようであった。冷酷なる人体実験のために満まん身しん創そう痍いの肉にく軆たいとなっていたあなたは屹きつ立りつすることさえできなかったが須しゆ臾ゆもなく独居房の防弾硝がら子すが爆破され溟めい濛もうたる煙霧のなかから毅き然ぜんたる人影が肉薄してきた。潸さん然ぜんとして落涙し横おう臥がしたあなたの傍らに蹲そん踞きよして漆黒の指先を差延べたのはほかならぬわたしであった。驚きよう愕がくしたあなたは感動的に微笑しているわたしの差延べた指先を蹣まん跚さんと匍ほ匐ふくしながらおのれの指先で掌握せんとした。煤すす塗まみれのわたしの指先を掌握し逢あいたかったと囁ささやかんとした刹那あなたの足あし許もとに白銀の魔法陣が発生した。わたしが喫驚しているなか元気でねと囁しよう嚅じゆしたあなたは摩ま訶か不ふ思し議ぎなる古代文字群の怒ど濤とうのなかに捲まき込こまれ須しゆ臾ゆもなく狭きよう隘あいなる独居房内から消滅してしまった。
　あなたは至福に抱擁されていた。
　遂ついに天使たちとの契約は完遂されたのであった。