『遥かなる遥かなる遥かなる現在(いま)此処へ』中篇小説

九頭龍一鬼(くずりゅう かずき)

文字の大きさ
上 下
3 / 25

第二話

しおりを挟む
 物語はらんしようしたばかりであった。
 もうひとつの物語はかいびやくもしていなかった。
 中流階級のまなむすめとして誕生しへんなる性格ながら思春期をおうしていったあなたとは対照的にわたしはかんどくとまでは断言できないもののさんたんたる運命を享受することとなった。無論この物語をひもいてゆくうちにそうめいなる読者はあんたんたる宿命のもとに誕生したわたしが全知全能にして天地かいびやくを完遂し森羅万象の運命を支配するえいごう不滅の神霊をじゆするような感慨もあろうかとおくそくするかもしれないが現在なる体験がしゆうえんをむかえたのちはような人生へときようどうしたもうたことをむしせんめいとして感謝したいというような奇妙なる胸臆をれきしたいとこうかくする。また同時に元来ぎよう混濁の世界を――この世界を『よし』とされたのもえいごう不滅の神霊なのだが――さらにきようかんの地獄へとひようへんさせかつきようらんとうはんらんの結果神霊のげきりんにふれもうりようちようりようばつする奈落に堕落させられたことへのふくしゆうを――全知全能の存在にたいしてはあまりにも無力だと自覚しながらも――疾風迅雷の精神で完遂せんとした魔王の悲劇にもあいまいとしながらもたんげいすべからざる同情念をれきせずにはいられない感慨である。ような矛盾した感慨のもとでこの物語を執筆しなければならないためにわたしは結局完璧に――すいりしやにおいてアリストテレスがひようぼうしたように――『中庸』の精神をまっとうせんとけつするところである。
 わたしの物語もらんしようせねばならない。
 中流階級のもとにあなたが誕生してからおよそ一年後昭和五十八年西暦一九八三年わたしは日本列島の岐阜県の片隅の産婦人科病院においてあんたんたる産声をあげた。事実あいたいたる暗雲がそうきゆうを閉塞している爾時に祝福されざるかたちで誕生したわたしの家族はどうもうなる鉄工所従業員の父親といんなる娼婦の母親という下級階級のふたりだけであった。相互にえんおうちぎりをかわしてあいあいたる家族としてこうしのいでゆくほど満足なる所得を享受していなかったために父親と母親はけつして結婚する以前のことであった。せんめいとして自立した生活もままならないままわたしの誕生を爾時としてどうせい生活を開始した両親はらい一層しゆうそうれつじつの労働にしんしようたんすることになりいくばくかのかんなんしんは超克せねばならなかったが一応ろくしんけんぞくからの援助もあって下流階級の三人家族のこうも充分にしのげることになりやがいくばくえいきよもかぞえぬうちに結婚をすることとなった。がんめいろうなるろくしんけんぞくの忠告を排斥して結婚した結果いちの希望でもあったろくしんけんぞくからのいくばくかの援助が断絶されめんにおちいった父親はやがてアルコール類にたんできするようになった。はいじん同様となった父親はおうようたる鉄工所の社長からもかくしゆを断言されげつこうした結果うつぼつたる破滅への欲望にひようさればんこくの焼酎を鯨飲したうえ老朽化したしやりよういんしんたる名神高速道路を蛇行運転し衝突事故を勃発させた。まんしんそうの父親は意識混濁状態で病院へ搬送いくばくもなくはん寂静のがんぼうまま寂滅した。妖艶いんなる娼婦としてもこうしのげなくなった母親も突発性の鬱病にかんして自殺しわたしは九歳でかんどくとなった。
 わたしは憂鬱なる運命にきようどうされていった。
 無論わたしはどうもうなる父親をも尊敬していたし突然に自殺した母親をじゆしてもいなかった。むしろこのころからわたしはにしていちれんたくしようの家族を崩壊させた文明社会にふくしゆうするかというわんきよくした正義感にひようされてゆくこととなった。かんどくとなったわたしは絶縁状態であった親戚にも同情されわいしようなる中華料理店を経営している叔父と叔母のもとでこうしのがせてもらうこととなる。またアニメ番組『悪魔くん』に影響されたわたしは小学生時代から黒魔術の世界に憧憬するようになっていった。小学校中学校と卒業したわたしはかんぐうのまましんしようたんして大学入学資格検定に合格高等学校卒業同等の資格をもって零細企業ながら鉄工所に勤務できることとなった。まだ黒魔術にたんできしていたわたしはヘブライ語かららん西語へ英語へと翻訳された黒魔術の奥義書『アブラメリンの魔術』の存在を確認し難解なる英語の勉学に孤軍奮闘しこれをもって最愛の家族をだつした社会にふくしゆうせんとけつするのであった。
 物語はらんしようした。
 ふたつの魔術がわたしたちの運命をひようへんさせた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『百頭綺譚(ひゃくとうきだん)』中篇小説

九頭龍一鬼(くずりゅう かずき)
ファンタジー
 西暦一八五九年に誕生した〈あなた〉は百個の頭と百本の腕と百本の脚をもっていた。  リンカーンに百個の名前をもらったあなたは、亜米利加から英吉利へと羈旅し、畸形者サーカス団に入団する。  此処から世界規模の羈旅をしていったあなたは、第一次世界大戦にて〈あの男〉と邂逅する。 〈あの男〉との関係からナチス政権下の独逸へむかったあなたは――。  百個の頭をもった偉人の百年の生涯にわたる大冒険がはじまる。

すいれん

右川史也
恋愛
植物しか愛せない大学生の慎太郎は、大学で、蓮のような傷を持つ明日香に出会う。 植物しか愛せない――それでも人間を愛したい慎太郎は、明日香に話しかける。 しかし、蓮のような傷がコンプレックスで明日香は他人と接するのに強い抵抗を感じていた。 想いがずれる二人。しかし、それでも互いは次第に惹かれ合う。 二人が出会い、本当の愛を見つける恋愛物語。 ※この作品は『カクヨム』『小説家になろう』にも掲載しています。

『神々の黄昏』中篇小説

九頭龍一鬼(くずりゅう かずき)
SF
 軍人たちが『魂魄接続』によって戦闘機ではなく『神神』を操縦して戦っているもうひとつの第二次世界大戦末期。  亜米利加教国は爆撃天使ラファエルとウリエルをもちいて広島と長崎に『天罰』をくだした。  つぎの目標は新潟とされる。 『撃墜王』金城浩樹太尉はスサノオノミコトを操縦して爆撃天使ミカエルを討たんとするが敗北し新潟市に『天罰』がくだされる。――。

『天燃ゆ。地燃ゆ。命燃ゆ。』中篇小説

九頭龍一鬼(くずりゅう かずき)
SF
 武士たちが『魂結び』によって『神神』を操縦し戦っている平安時代。  源氏側は平家側の隠匿している安徳天皇および『第四の神器』を奪おうとしている。  斯様なる状況で壇ノ浦の戦いにおよび平知盛の操縦する毘沙門天が源義経の操縦する持国天に敗北し平家側は劣勢となる。  平家の敗衄をさとった二位の尼は安徳天皇に『第四の神器』を発動させるように指嗾し『第四の神器』=『魂魄=こんそうる』によって宇宙空間に浮游する草薙の剱から御自らをレーザー攻撃させる。  安徳天皇の肉体は量子論的にデコヒーレンスされ『第四の神器』は行方不明となる。  戦国時代。わかき織田信長は琵琶法師による『平曲』にうたわれた『第四の神器』を掌握して天下統一せんと蹶起する。――。

遅れてきた先生

kitamitio
現代文学
中学校の卒業が義務教育を終えるということにはどんな意味があるのだろう。 大学を卒業したが教員採用試験に合格できないまま、何年もの間臨時採用教師として中学校に勤務する北田道生。「正規」の先生たち以上にいろんな学校のいろんな先生達や、いろんな生徒達に接することで見えてきた「中学校のあるべき姿」に思いを深めていく主人公の生き方を描いています。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

おっさんは 勇者なんかにゃならねえよ‼

とめきち
ファンタジー
農業法人に出向していたカズマ(名前だけはカッコいい。)は、しょぼくれた定年間際のおっさんだった。 ある日、トラクターに乗っていると、橋から落ちてしまう。 気がつけば、変な森の中。 カズマの冒険が始まる。 「なろう」で、二年に渡って書いて来ましたが、ちょっとはしょりすぎな気がしましたので、さらに加筆修正してリメイクいたしました。 あらすじではない話にしたかったです。 もっと心の動きとか、書き込みたいと思っています。 気がついたら、なろうの小説が削除されてしまいました。 ただいま、さらなるリメイクを始めました。

婚約破棄の甘さ〜一晩の過ちを見逃さない王子様〜

岡暁舟
恋愛
それはちょっとした遊びでした

処理中です...