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とある魔女の一生一度の恋物語

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魔女、と呼ばれる存在がいる。

彼女たちは人間と同じ姿かたちをしているものの、人間には扱えない魔法を扱い、寿命もなければよほどのことでは死にもしない超越者だ。

価値観、倫理観さえ人間とは違う。似て異なる。



そんな魔女たちは魂の片割れと称する存在を必要とする。

対象は殆どが人間で、男女は関係ない。身分さえ問わない。彼女たちがそうだと判じればそうなる。長い歴史の中で、王族の一人をそうと定めて攫った事さえある。もちろん、取り返そうにも世の理を捻じ曲げる魔法を扱う存在相手だ。不可能だったとされている。





しかし、魔女も付き合い方さえわきまえていれば時には助けてくれる。



人間とて道端で弱り切ってか細く鳴く子犬や子猫がいれば思わず助けてしまうことがある。魔女にとって、困り切った人間とはそういうものらしい。

日照りに悩む農村に、距離のある川から水を引く方法を教え、水を引く間は村に滞在して畑に水やりをしてくれたという逸話があったりもする。もっと小さな話で言うと、夫に先立たれて困窮した未亡人に、これで生計を立てよと通り一遍の薬の作り方と薬草の見分け方を教え、薬師として一人前になるまで面倒を見たこともある。

逆に、魔女を悪い意味で利用しようとしたものは大抵命を落とす。本人だけならともかく、一族郎党まとめて処分されたという話も珍しくない。かつては一国を滅ぼした魔女さえいる。





魔女は世の理を超越した存在である。

彼女たちは不老不死だというその長い生の中で興味を持った物事を楽しみに生きている。

時にはこれぞと見込んだ存在の一生涯を観察して暮らすことさえあるし、観劇に熱心な魔女などは気に入った女優のパトロンとなり一等席を確保して気に入った女優の出演する劇を彼女が引退するまで楽しんだという逸話もある。

そんな魔女たちは実に自由なので神殿だろうが王城だろうが知ったこっちゃないぜとばかりに勝手に出入りする。転移魔法とやらを使いこなすので施錠も警備も関係ない。幸いなのは貴金属を含む宝物に一切の興味がないことくらいか。





この国には百年ほど昔から魔女がいて、己の片割れが産まれ来る日を待ちわびている。
星見の術によって必ずこの国に産まれる運命にあると分かっているが為に、かの魔女は小さく防衛能力に欠ける国を守ってくれていた。

西に攻寄る軍勢があれば行って炎の雨を降らして軍勢を壊滅させ、東に飢饉の兆候があれば行って雨を降らせ土地を豊かにした。
国の滅亡に関することであれば手を貸してくれた。
関係のないこと――王侯貴族の我欲でしかないことには一切手を貸さないが、それは魔女の欲するものに関係ないと思えば当たり前のことで。

弱小の国でしかなく、ただ農業と牧畜をする以外に何もない国の王たちは、永遠に片割れなど産まれなければいいと思っていた。
しかしこの数年、魔女は片割れの匂いを嗅ぎつけていた。
産まれたと星は告げている。
しかし、その生命の脈動を微弱にしか感じ取れないのだ。
故に、魔女の片割れ探しは難航していた。


その脈動が、末期の断末魔のように、大きくなった。


胸が締め付けられるような痛みを感じながら、魔女はその痛みに導かれ、急かされるまま、とある領地の屋敷に降り立った。
驚き、侵入を拒む使用人や兵を魔法で蹴散らし、魔女は脈動に従い、庭の片隅にある小さな納屋の扉を蹴破った。
そこには、十歳程度の少年が、息も絶え絶えの状態で転がっていた。
その少年を大事そうにそっと抱き上げ、魔女は転移魔法を使った。


その直後、屋敷は炎に包まれ、数分もしない内に何もかもが灰と化したが、悼む者はいなかった、という。




さて、魔女が転移したのはこの国の拠点として求めたとある一軒家である。
小規模な屋敷と言っていい大きさだし、使用人も今は雇っている。
その使用人たちに客室の準備と病人食の準備を指示し、魔女が自ら少年を入浴させ、手入れし、己の薬で以て弱り切り、しかも発熱している少年を看護する。

一週間二週間は眠らなくても生きていける魔女は、一晩くらいなら平気で寝ない。
美しい黒髪を結い上げ、動きやすいような衣装に着替え、少年が出来るだけ苦しい思いをしないように細やかな世話をした。
額に汗が浮けば手拭いで拭き、咳き込むようなら部屋の空気を潤した。
寝返りを打てばシーツを直しと、甲斐甲斐しく面倒を見た。

その甲斐あって少年は一晩もすれば熱が引いて、あとは目覚めるだけとなった。
魔女はじっと待つ。

使用人たちも、少年が目覚めた後のための準備はすれど、主である魔女の邪魔はしない。





目覚めた少年が初めに見たのは、綺麗に手入れされた天井だった。
もう夕暮れだろうか。
橙色が部屋に差し込んでいるからそうなのだろうと思うが、朝焼けかもしれない。

昨夜前から高熱が出て、仕事が出来なかった。
産まれ損ないである彼は領主にもなれないし婿入り道具にもなれない。名も籍もなく、血族に仕え、死すその日まで労働を捧げる義務がある、のだそうだ。
だから働けないのなら生きている意味がない。
だから、……だから、少年は、熱が出て身動きが出来なくなったら、放置された。

熱は上がる一方で、なんとか運び込んだ水さえなくなってしまい、喉の痛みや四肢の熱っぽさに苦しんだ。
その果てに意識を失った、そのはずだ。

ここはどこなのか。
納屋の床に寝ていたはずなのに、背中は柔らかな何かで支えられ、体には古びたコートではなく肌触りのいい何かが触れている。
その上、温かい。


「……起きたね?」


柔らかな声が降る。
気付けば、顔を覗き込む黒髪の少女が居た。
案外力強い腕で支えられながら起き上がらされて、口に吸い飲みが押し当てられた。
飲めということだろうかと受け入れると、そっと、少しずつ、飲み水が含まされた。
甘く感じるその水を飲むことに一生懸命で、疑問の解消をしようと思わない。
乾ききった体が潤うまで水を飲み、それからやっと少年は不思議そうな顔をした。


「ここ、は」
「わたしの家だよ。
 君は魔女の片割れだ。わたしの半身。
 だからここへ連れてきた」


少女の瞳はどこまでも深い濃紺で、まるで深夜の空のようだと思った。
倒れるようにして納屋に辿り着いて一瞬だけ見上げる空はいつもこんな色をしていた。

だからだろうか。
魔女と名乗る少女に逆らう気もない。
半身だと言うその言葉に取り消すつもりにもなれない。

いや。
彼女の存在を拒むつもりに、なれなかった。







少年はジルという名前を与えられた。
幾つか挙げられた候補の中で最も響きが気に入ったからだ。

長年粗食で過ごしてきた体が、ようやっと安息の暮らしを過ごせるようになったことで急激に調子を崩してからは、魔女――ピコと名乗る彼女は、殆どずっと一緒に居てくれた。

本来なら何かすべきなのだろうと仕事をさせてくれとジルは頼んだが、まだ休んでいるべきだとぴしゃんと断られた。
実際のところ、無理をして起き上がっても出来る仕事は一つもない。
使用人も、魔女が連れ帰った客人――魂の片割れだろう存在に、皿洗いだの草抜きだのをやらせるわけがない。

ジル以外の国民は知っている。
ピコが百年以上、ジルを――己の半身を待ちわびている、待ち望んでいたことを。

しかし同時に恐れてもいるのだ。
ピコが目的の半身を手中にした、そのあと。
この国はどうなるのだろう、と。

その不安はジルにも感じ取れる。
しかし、由来が分からないので放っておくしかない。
ただ差し出されるものを受け取り、問題ないと思ってもらえるまで療養する。

魔女であっても痩せた子供をすぐにふくふくの健康な子供にすることは出来ない。
特製の栄養補助剤等を飲ませながらゆっくり食事を増やしていき、二か月ほど掛けて、普通の子供くらいの体格に育て上げた。
その間にベッドから起き上がれるようになったが、与えられた仕事は読み書きを覚えること、
まずは絵ばかりの図鑑を与えられて、魔女自らがどういう動物かを教えてくれた。
その動物の名前を憶えて読み書きできるようになったら、次は植物だった。その次でようやっと文字そのものを一つずつ丁寧に教えられた。
順番がおかしい、と、周囲の使用人は思っていたが、ジルの書いた字は綺麗だった。


次の仕事は温室で栽培している趣味の花々の手入れ。
魔女の家の温室、だなんて聞くと薬草だのなんだのを育てていそうだが、手ずから育てる必要はないし、育てるにしても本来の環境で育てるそうだ。
なので、ピコは好きなだけ好きな花を育てている。
その一つには苺があり、花にだけ興味があるので育った後の苺は使用人たちのおやつになっている。
別に実に罪はないのでそちらも丁寧に育てられており、甘くておいしいと評判だ。

ここの手入れはまだ体が小さいジルにとっては大変で、食事と昼寝の時間以外をここで過ごしているようなもの。
その間、ピコは一時間ほど家から居なくなるようになった。
偵察に行くのだと言って。

この段階になって初めてジルは使用人からピコのしてきたことを聞いた。
その上、そうやって国を守ってきた理由は、ジルの誕生を待ちわびていたからだ、などと。

産まれてきたことを祝福されなかったジルは、ただ一人でも待ち望んでくれていたことを嬉しく思った。




ピコはオレンジの花もオレンジの実も好きだ。
温室ではなく庭に植え、旬の季節にだけ楽しむ。

ジルが家に来てから初めてのオレンジは彼女の要望でジュースになった。

少しだけはちみつを混ぜたジュースに、ジルは目を白黒させた。
爽やかな酸味とバランスよい甘み。


「おいしい?」


微笑んで問うてきたピコに何度も頷く。


「いつか、ジルがこの家に来てくれたら、一緒に楽しみたいと思ってて。叶って嬉しい」


ピコは、ピコだけは、ジルを望んでくれている。
でもそれは、星見の術でジルが最適だと示されたから。
そう思うと、どうしてだか胸が苦しくてたまらなかった。

目の前の、ありのままのジルを望まれたかった。
そんな考えも浮かんだがジルは必死に否定して押し殺した。

ピコはジルを望んでくれている。
それ以上に必要なことなどなにもない。

そう、思いたかった。
けれど、ピコはジルの瞳をすっと覗き込んだ。


「わたしは星見に従ってジルをここで待つことにしたけど、拒否だって出来た」


何時も通りの、少女にしては少し低い声。


「目覚めたジルの瞳がわたしを映した時。
 わたしの黒を映すその深い緑の瞳が美しいと思った。
 欲しいと思った。
 だから、わたしはジルがいい。
 ほかに片割れが現れると言われても、ジルがいい」


その、あまりに情熱的な言葉は、思春期に入ろうとした矢先のジルにはあまりに刺激的過ぎた。
ぼん、と一気に顔を真っ赤にしたジルは、そのまま熱を出した。
どうして熱を出すの!とぷんすかするピコは、それでもジルのために手ずからオレンジを剥いてくれた。
この日からジルの好きな食べ物はオレンジになった。






熱が下がってからは、ジルはピコのために何かを学ぶことを頑張ろうと決めた。
ジルは魔女の半身だが、そもそもは人間である。
なので魔法の才覚があるわけではない。
そもそも魔女には魔法を使うための器官が備わっている。
特殊なその器官は魔女以外のどの種族も持ち合わせていない。
故に、彼女たちは特別なのだ。

しかし魔女には人の細かい知識はない。
なんなら人の心さえ無い。
似て異なる生物なのだからそれは仕方がないこと。

だからピコと共に生きてゆくため、ジルは世情を学んだり、最低限の礼儀作法を学んだりした。
そのための教師は使用人頭に頼めば融通されたし、彼らもジルという存在には驚いてもきちんと仕事を果たした。

そうして己を磨きながら温室の世話を続けて五年も過ぎた頃には、ジルもすっかり美少年に育っていた。
ピコの隣に並ぶと一対の絵となるような。
細身でありながらきちんと体格が出来上がっている、理想的な姿だった。
しかしそれもピコの反応を見ながら体格を自分で鍛えたりして磨き上げたものである。
あまり細すぎると心配されるのが分かっているが、鍛えすぎても恐らく嫌がるだろうと、本当に調整したのだ。
何分、ごつい使用人を見る時にちょっと嫌だな……と思ってそうだったので。


そんなこんなで己の見た目がピコに相応しくなってきたと喜んでいたとある夜、眠ろうかと本を閉じたところでふと満月なことに気がついた。
ジルは別段魔法に関係がないのでただ満月を満月として見ているが、ピコはこの夜にだけ作る薬がある。
きっと今日もピコは作業中だろうと思っていたのだが、自室の扉がノックされた。

こんな時間になんだろう、と、警戒心の欠片もなく扉を開けばピコが居た。
飼い主に扉を開けてもらった猫のように体を潜り込ませてくるので、二人で部屋の中に戻ると、ピコは一本の瓶を取り出した。


「わたしとジルを本当の一対にする薬」
「今は違うの?」
「今はまだ仮初。ただの魔女とただのひと。
 命はまだ繋がってない」


ああ、そういえば、魔女とは不老長寿の種族だったな、と、ジルは頷く。


「これを飲めばジルとわたしの命は共有されて、いついつまでも一緒にいられる。
 だけど、ジルはひとではなくなって、死ねなくなる」


その声に迷いを感じたジルは、瓶からピコへと視線を移す。
反対に、ピコはずっと自分の手の中の瓶を見ていた。


「わたしたち魔女は雌雄の交わりでは増えないから、ジルは子供さえ持てなくなる。
 出会えてうれしくて、一緒に育っていってくれてうれしくて。
 それで今日まで来て、さっきこの薬を作り上げて。
 でも、怖くなったの、今になって」
「何が怖いの?」
「ジルがジルでなくなっちゃったらどうしよう」


ぽたり。
ピコの目から涙が落ちた。


「怖いよ、ジル。
 ジルとずっと一緒にいたくて薬を作ったのに、ジルがいなくなるんじゃないかって思ったら薬を捨てたくなった」
「ピコ」


瓶を手にするピコの手に、自分の手を重ねて、ジルははっきりと言葉にする。


「僕は僕だよ。何も変わらない。薬で心は変えられない」
「でも」
「僕はピコが作ってくれた薬を信じる。
 その薬を信じる僕を信じて欲しい」


人の心が分からない魔女に、分からない故の苦しみがあるのを知った。
ジルのことだけは分かりたいということなのかもしれないが、それでも苦しんでくれるほど愛されていることが、ジルにとっては嬉しかった。
ピコにとってはジルはそれだけ重い存在なのだ。
で、あるなら。
ジルとてピコがいなければ生きていけないのだから、生きていくつもりがないのだから、薬を飲ませてもらうことは確定だ。

もしもそれで変わってしまいそうになったら、自分が薬を抑え込めばいい。
ピコへの想いがあれば、それくらいどうってことはない。

ぽろぽろと泣きながらピコはジルを見る。
ピコはそれでも怖いのだろう。
だから。


「他の魔女の半身は、変わっちゃったの?」
「ううん」
「じゃあ、余計大丈夫だよ。
 ピコの薬は世界一だからね」


そっとピコの手から瓶を取り上げ、その蓋を取る。
制止の暇も与えぬよう、勢いをつけてぐっと一気に飲み干し、瓶を置いた。
ジルにとって、一対になるための薬はオレンジの味のする液体だった。
これがピコとジルを永遠に繋ぎ合わせるもの。
その味がオレンジだとは、また縁があるものだとジルは笑ってしまった。


「僕が変わったように見える?」
「ううん、でも」
「僕も変わったように思わないよ。
 ピコといると胸が温かくなって、大好きだって思う。
 これからもきっと変わらない。
 だって、僕はピコしか見えてないからね」


ぎゅう、と抱き着いてきたピコを受け止め、ジルは自分からもピコを抱きしめる。
ああ、星が導いた半身だ。
それを今になって感じることが出来る。
世界のどこにいてもジルはピコを感じ取ることが出来るだろう。
そしてピコもジルを感じ取るだろう。
たったそれだけでもジルは最高に幸せだった。





ピコは、今すぐにはこの国を捨てることはないと王に告げた。
ただし、これまでと違って、大規模な支援はもうないと思って欲しいとも。
軍備を整えて自衛能力をつけるか、あるいは大国に膝をつき属国となるか、判断は任せるけれど、いずれこの国を去る自分に依存してはならないとはっきりと伝えた。
その場には魔女と同じだけ美しく装ったジルもついてきていたので、王はとうとう半身を手に入れたのかと項垂れた。

しかし、それならば諦めがつく。
隣国の軍事大国に食料の供給を条件に迎え入れてもらい、属国となる覚悟が決まった。
王はこの国を守るための力は国民側にも貴族にもないと知っている。
プライドは持ち合わせて然るべきだが、プライドだけでは生きていけないのだ。

それに、隣国も魔女が守ってくれるようになった頃に比べて随分大人しくなった。
しかし牧農には疎いので、自分たちは歓迎してもらえそうだ。
そこまで考えた上で、王は魔女に礼を述べる。


「そなたのお陰で、我々は決断するための時間が出来た。
 国に繋ぎとめようとは思わぬ。
 長き時を護国に費してもらったことに感謝する」
「いいよ。おかげでジルが見つかったから」


そのジルの出自も薄々王は気付いている。
数年前に謎の不審火で消滅したある貴族家。そこの当主の面影がある少年。
特にその瞳の色は、その家固有の色合いである。
しかし、滅んだ家を背負えだなどと言うつもりはない。
そっと事実に蓋をするのみだ。


「我々で出来る恩返しがあるのなら是非に言ってもらいたい。
 金銀宝石の山はさすがに無理だが、可能であれば叶えたい」
「うーん……」
「ねぇ、あの屋敷をずっと維持してもらおうよ。
 あの屋敷だって、長いこと住んで少しずつ改善していったんでしょう?
 なら捨てるのは勿体ないよ。温室だってあるのに」
「そうだね。じゃあ、あの屋敷のこと、お願いね。
 使用人への賃金はわたしが払うし、建て替える時は地元の大工を雇うよ。
 だから何があっても勝手に取り壊したり、入ったりしないで欲しい」


なんだ、そんなことか、と、王は侍従にまっさらな紙を持ってこさせた。
そこに、ピコとジルの要望を明確に書き、違反した者は一族郎党首を刎ねると罰則も付け加え、印を押した。
確認してくれ、とばかりに差し出されたそれをピコとジルは並んで眺め、それからピコは人差し指をちょいちょいと振った。
すると、虹色に輝く光が紙に吸い込まれていく。
不思議なその光が収まってから、王に紙を返す。


「これでこの書類は永遠に消えないよ。文字もずっと鮮やかなまま。
 どこか見やすいところに貼ればきっと皆忘れないよね」


にこにこ顔のピコに、王は大きく頷く。
原本であるこの紙は額縁に入れて、写しを各所に毎年届けさせるつもりだ。
王は決して愚かではなかった。
故に、魔女との契約の終わりとなるこの約束を、子々孫々引き継いでいこうと誓ったのである。




それから、ピコとジルは、転移魔法であちこちをふらふら旅した。
朝出かけては夜に屋敷に戻る日と、温室を管理する日とで交互に繰り返す日々。
出かけた先のとある島国では、潮風で甘い実をつけるオレンジに似た果物を見つけて、なんとか内陸でも甘くならないかと試行錯誤したりした。
結局潮風がないと酸っぱさが強くて諦めたが、収穫時期に訪ねていけば食べられるので悔しくない。悔しくないったら、ない。
あとは、ピコも見逃していた――というか、知らない間に品種改良された甘酸っぱさが極上のイチゴなどは、苗を買い取って持ち帰った。
花の可憐さは以前と変わらないが、実がおいしいのなら使用人たちは喜ぶだろうと思ってのことだ。

使用人たちはこれをジャムにし、朝食に時々出してくれるようになった。
イチゴジャムを気に入ったと伝えると、オレンジジャムやベリージャムと、次々とジャムが出てきて、二人は大喜びだ。

ジルは決して変わらなかった。
ピコの隣で幸福そうに生きている。

ピコも決して変わらなかった。
ジルの隣でいつも穏やかにしている。


いつまでも、いついつまでも、二人は小さな国の小さな屋敷で、幸せに暮らしましたとさ。

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