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理想とは程遠いケダモノとの結婚?お断りです。

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わたくしの婚約者は、親が再婚して出来た義妹に夢中である。
どちらの親か?こちらの、わたくしの親の再婚だと思うでしょう?
なんと、あちらの――婚約者の親が再婚して出来た義妹なのだ。
連れ子であって、父親が同じであるとかそういう話でもないので、結婚は出来る。
出来るが、婚約者が既にいて、義妹といっても同い年――誕生日とて四日違い。そんな相手に恋人と睦みあうような距離感でベタベタしっぱなしだなんて、外聞が悪い。
家の中だけならまだしも、家の外――カフェだとか、お茶会だとか。社交のガーデンパーティーでも婚約者を差し置いて、義妹とイチャイチャしているのだから、あちらの家は近親相姦趣味の危ない家だと噂が回りつつある。

ある程度積み重ねてきた情もさすがに消えようというもの。
愛情に育つ予定だったのにね。塩水をぶっかけられた作物のように萎れて終わってしまったわ。
もちろん父上はこの婚約を破棄すべく動いている。
わたくしも、妙な絡まれ方をしないよう、最近は会わないように家に引きこもっている。
ちょうど「義妹に婚約者を奪われた気の毒な令嬢」なんてうざったい噂も聞こえてきていたからちょうどいい。
父が動けるように、兄と一緒に出来る範囲でお仕事を手伝っていれば退屈なんてしないし。

昔は手紙も毎週届いていたのに今ではさっぱりだから本当もう心はあちらにあるのねえと感心してしまう。
婚約者――アーロン様は決して頭は悪くなかった。
社交でも頭の回転が早く、小気味よく会話を弾ませると人気の方だった。
それが今では見る影もないのだから恋って恐ろしい。


義妹になったルミ様がそんなに可愛らしいのか?と考えてみても、身分の低い未亡人が夫を亡くして一年後に産んだ、父親不明の娘。要するに、やや裕福程度の平民育ちで、貴族令嬢が生まれた時から手入れされて整っている部分が備わっていないから、どうも野暮ったいというか……粗削りが過ぎるのよね。


これ、貴族女性としては常識なんだけど、淑女の手は滑らかでほっそりしてるのが原則。手の皮も分厚くてはダメ。
爪も綺麗に磨いて手入れされて、肌の色も透き通るような白が好まれる。
必要以上に陽に当たらぬよう、屋敷の中で過ごすのが淑女の基本だしね。
ガーデンパーティーくらいじゃないかしらね、日向で堂々と過ごせるのは。
庭を歩く時だって日傘を差すのが当たり前だし。
休む時はガゼボで。屋根のない場所で一休み、なんてするのは平民の女性だ。

髪だってそう。
つい最近貴族になったものだから、髪の長さは勿論不足しているけれど問題はそこだけじゃない。
艶がないのだ。
貴族女性は生まれてある程度したら髪を香油で手入れするようになる。入浴時の石鹸とて一流の品だ。
食生活もきちんとしているので元々の質にも影響するし、先述した日光に当たらない生活なので日光で傷むこともない。

とどめに全体の所作。
ドレスの裾の捌き方、歩き方。座り方でさえ品がない。
いくら顔立ちが可愛かろうと、平民が着飾って貴族ぶろうとしているようにしか見えない。
お茶だって、飲むのじゃない。啜るのよ?ズズ、って音をさせて啜ってるの。
カップもソーサーにガチャンと当てて置く。


生きてきた世界が違い過ぎて、なんていうか、珍しい生き物を見る気持ちにはなれても、お友達に、とかそういう感情は抱けない。
だから、アーロン様ってゲテモノ食いの趣味なのね、と、気持ちが引くのは早かったように思う。
さすがにアレが好みだとしたらわたくしにはお相手しかねる。
一度お茶会で話し合った時に、同席していた全ての令嬢も同じ意見だった。
そして同情された。
同時に、いっそうちの兄と弟と婚約してはいかが?と、勧められもした。
それにはさすがに淑女の微笑みを浮かべるしかなかったけど。



さて、ここまであれこれ述べてみたけれど、これでわたくしが捨てられた令嬢として蔑まれていない理由がお判りいただけたと思う。
だって、捨てる捨てないの話以前の問題なのだもの。
奪った相手が令嬢でさえない謎の生き物にしか見えないモノな以上、比較するのがまず失礼と言う話。
婚約者がイカれちまった、気の毒な人。そういう扱いになってくるのだ。
これは回避しようがない。努力でもどうにもならない。
野生の猿に発情し始めた婚約者が悪い。
世論はそう結論付けつつある。



そんな中、父上が大変ご機嫌に帰宅した。
そう、わたくしの婚約は、アーロン様有責で見事破談となったのだ。
家の外でもイチャコラしていたので、血の繋がりのない兄妹でイケない関係に至っていると断じ、仲介役同席のもと三時間も話し合ったそう。
あちらは言い聞かせるから!と必死だったけれど、娘は傷付いて家から出られんのですよと大嘘ぶっこいた父上は名優だ。

我が家は子爵家で格下だけど、胡椒を筆頭とする香辛料の一大生産地である。しかも結構色んな名産を抱えた家が王都に行くのに通る場所にもある。
もちろんアーロン様の家も、王都に行くなら通るし、胡椒を買い取りたいならウチと取引するか、ウチと取引している商会から買うかしかない。
それを結婚するからということであれこれ融通をきかせてもらおうとしていたのだ。
あちらは伯爵家だけど名産となるものが少ないし、価値も大きくない。歴史はあるけれどお金はそんなにない。
だからこの結婚には意味があったのに、最後の最後でヘマしたわけ。

性格が悪い自覚はあるけど、わたくしだってそりゃ人間だし。
裏切った男とやり直すだなんて、死んでもごめんだ。
しかも一度他の女の味を覚えた男だ。
何かにつけて内心で比べてくるに決まっている。

もう一度言うけれど、聖母であってもクソったれがよと叫んで中指を立てるような扱いだ。
アーロン様と婚約続行だなど虫唾が走る。
それなら仕事で忙しくて結婚が遅れた年上令息と結婚した方がよほど精神安定に繋がる。
仕事人間である以上、政略の大事さは理解してくれているだろうし、何より不貞をする物理的な余裕がないのがいい。

大々的に新たな婚約者を探さなくても、なんとなくでこういう話は伝わるもので、優良そうな家から婚約の話もきちんと来て、自分の価値は損なわれていないのだとほっとした。
新たな婚約も早々にまとまったし、さあこれで一安心ねと思っていた。





「ルミ様がおいでなの?」


侍女は無表情に頷く。多分怒ってるわね。
門の前に横付けしてわたくしを出せと怒り狂っているそう。
衛視も流石に不審者を威嚇するための槍を、仮にも令嬢に突き付けるのはどうかと悩んでいるそう。


「アーロン様もご一緒です」
「そう。では裏門からあちらの家に早馬で知らせて回収させなさい。
 あまり長々放置するようなら香辛料は二度と売らないと言っていいわ」
「かしこまりました」


侍女が恭しく頭を下げて部屋を出ていく。
まったく、わたくしに何を言おうと、父上だって激怒していたのだから再婚約だとかなんだとかの話になろうはずがないのに。
ああ、もしかして獣の如き睦み合いを邪魔されて、その原因がわたくしだと思い込んで復讐に?愚かね。
血が繋がらぬとはいえ兄妹の関係でありながら不適切な関係に、あるいはそう見えるような接し方をしていたことが問題。
それが分からないほど頭が弱いだなんて、あの家も終わりかもしれない。
お父様に話をして、知り合いにその辺を伝えてもらわないと。


「さすがにここまでは喧噪が聞こえなくて何よりだね」


新たな婚約者であるメルヴィン様は楽しそうに笑う。
そう、今は交流のお茶会をしている最中なのだ。
メルヴィン様の家は発明で代々事を為してきた、領地を持たない貴族家。
領地経営よりもその才能で国を潤して欲しいと願われている。
ここ最近は新たな美味なる料理の開発をしていて、そのレシピの売り上げで財を築いている。
長男となるメルヴィン様は、元々こちらの家の香辛料を割安で使えたらもっと開発が楽になると思っていたそうで。
婚約者の選定をしようとしていたところ、わたくしが空いたのでこれ幸いと申し込んできた、というわけ。

メルヴィン様の土産である塩を使ったクッキーを一枚食べて、ふう、とため息を吐く。


「距離もありますし、屋敷は作りがしっかりしておりますから。
 ……きちんと片付いた話と思っていたのに、申し訳ありません」
「シャルロッテが悪いわけじゃないよ。
 僕も一度パーティであの二人を見かけたことがあるけど、なるほどこれは生きる世界が違っているなと思ったから。
 僕たちとは意思疎通できないようだから、仕方がない」


あら辛辣。でも加点ね。
弱腰な男は嫌いだもの。かといって皆にケンカ腰なのも嫌いだわ。だけどメルヴィン様は敵と見た相手か、どうでもいい相手にだけ辛辣なようだわ。


「そんなことよりも、僕が最近考案した香辛料を使ったシチューの話がしたいな。
 僕らはあまり汗をかかないで生活しているだろう?でもそれって体に悪いと思うんだ。
 だから香辛料で体を熱くして汗をかく。どうだろう?」
「健康によく美味しくて、でもわたくしたちの領地の香辛料が重要な料理、というわけですわね?」
「うん。実はね、この料理の構想は前からあったんだ。
 でもきちんとした料理になるようレシピを開発するためには試作が随分必要だろうということで、なかなか手が出なくてね」


この、スパイスシチュー(仮称)は、確かに香辛料を多く使う。
一度作ってもらってみたけれど、メジャーでなくて少量しか作っていない香辛料も使うから、量産体制に入らないと貴族でも高位貴族しか食べられない。
けれど辛みがありながらも旨味があって、食べている間に体がカッカとしてきてたまらない料理なのよね。
食べ終わった後は汗が出てくるから、日常の晩餐でしか食べられはしないと思う。格式ばった晩餐会では汗を拭き拭きその後の話し合いへ……なんてのは恰好がつかないし。
問題は幾つかあるけれど、日常の食事としては本当にいいと思う。


「売りに出す前に使用する香辛料を増産してほしい……というおねだりですわよね?」
「あはは。うん、そうだよ。でも、不可能ではないかなと思って」
「専門の農家が喜びますわね」


香辛料を育てる畑は広げようと思えばまだまだある。
開拓のための人手がネックですけれど、それだって初期投資として人を雇えばよいのだ。
そのためのお金くらい、我が家は持ち合わせている。

このちゃっかりおねだりしてくる気質も嫌いではないわ。
ただのワガママならともかく、やりたいことを、可能な範囲でやろうとする、というのなら話は別。
しかもそのやりたいことを叶える過程でわたくしの実家が更に繫栄する。
大変よいことだと思う。


「おっと、堅苦しい話ばかりではダメだね。
 素朴な焼き菓子も飲み物によっては貴族の愛する菓子になると思うのだけど、どうだろう?
 輸入品のコーヒーにミルクを合わせたものと食べれば随分味が広がると思うんだけど」
「ええ、とても美味です。材料も決して豪奢ではないのに。
 豪奢ではないけれど日常に馴染む味で、このクッキーなら三日に一度出ても飽きないと思うわ」
「だよね。僕の妹なんて毎日食べたがって困りものだよ。
 前は生クリームたっぷりのケーキを食べたいと言っていたのにね」


多分それ、太ったのじゃない?
それでこちらのほうがヘルシーなんじゃないかと思ったのじゃない?
とは思ったけれど、このクッキーが美味しいのは事実。
本当にシンプルな味なのだけど摘まむ手が止めにくい。
ここにミルクコーヒーを飲むと、口の中がまったりしつつも仄かな苦みが最高で。
庶民から貴族まで、幅広く愛される菓子じゃないかしらね。

そうしてクッキーに意識が向いてしまって、少し彼を放っておいてしまってハッとする。
いけない、これは淑女失格。


「おいしいと思ってくれているのが分かったから構わないよ?」


メルヴィン様、読心がお出来になる?



メルヴィン様は一か月に一度、自ら馬を駆っておいでになる。
普段は勝手のいい王都に住んでおられて、ここからだと馬車で一週間はかかる。けれどメルヴィン様はその距離を三日で来られるというのだからとんでもない駿馬をお持ちだ。

これで領地がなくとも財のある貴族としてドレスだのアクセサリーだのを贈ってくるならレパートリーがないのね、と思うところ。
けれど彼はわたくしが好みそうなレシピを携えてやってくる。
しかも好みそうなものと、香辛料の売れ行きに関わりそうなものと、二つ携えてくることだってある。
実利と個人感情は別だと思っていること、分かってくださってるわけ。

熱愛夫婦には多分なれない。
わたくしにもメルヴィン様にもそういう、激しい恋愛感情はないから。
それは顔合わせの時に話し合って確認している。
けれど好ましいと思う感情から育つもの、芽生えるものはある。
いいパートナーになれるならそれだって十分だ。


「わたくし理想がありますのよ、メルヴィン様」
「参考までに聞いておこうかな」
「老夫婦となった時に、若い頃からのあれこれでギスギスするのは嫌なのです。偽りの親密さを続けるのも。
 自然体でお互いを慈しんで、仲良く老後を過ごせる夫が欲しいの」
「それはいいね。僕は老後なんてこれっぽっちも考えたことがなかったけど、なるほど。
 じゃあシャルロッテ、僕の理想も聞いてくれるかい?」
「ええ」

「僕の理想はね、料理の考案ばっかりしている夫でも愛想を尽かさず、味見に付き合ってくれて、おべっか言わずにおいしいマズいを言ってくれる奥さんが欲しい、だよ。
 特に語彙が堪能なら言うことない。味の表現をしてもらえれば改善のしようがあるからね」


初めての顔合わせ、二人きりの時の会話だ。
お互いの理想は両立するし、なんならわたくしも老後にはメルヴィン様と一緒に料理をしているかも。
そういうビジョンが見えるということは、わたくしはもうメルヴィン様を受け入れているということ。

全てを忘れて狂う程の恋はわたくしに芽生えそうにはないけれど、これがわたくしの得た愛のカタチ。
家というしがらみを混じらせながら、けれど確かな絆を持って。
お互いに誠実であろうとする、そんな愛だって、素敵じゃない?
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