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本編
第四十三話 耳を傾ける男
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静かな夜だ。
久しぶりに晴れ渡った夜空は月光の光が眩しい程に降り注ぎ、満天の星空が降ってきそうだった。
この教会は、南向きに建って居るから、本来は北のステンドグラスから月光は差し込まない筈なのにどんな魔法がかかっているのか、ティーンクトゥスの石像には、ステンドグラスの光を反射した月光の光が降り注いでいる。
真尋は、その石像を眺めて居た。最前列、真尋が埃を払った長椅子の上にはミアが真尋の神父服の上着に包まれるようにして眠っている。
あの後、真尋は早速、ミアと養子縁組し、正式に親子になった。クロードが特別にあれこれ手を回してくれたおかげだ。ミアは初めて得た住民票代わりのギルドカードに嬉しそうにはしていたが、どこか元気は無い。それもそうだろう、少女の最愛の弟であったノアは昨夜、亡くなったばかりで今朝、葬儀を済ませたばかりなのだから。ミアは今、その事実を必死に受け入れようとしている最中なのだろう。こればかりは長い時間をかけて共に居てやることしか出来ない。
一路は、眠気の限界が来たのか、真っ赤になって困るティナを有無を言わさず拉致して、いつの間にか二階に確保していた自分の寝室に引っ込んだまま出て来ない。多分、宣言通り、ティナを抱き締めて爆睡しているのだろう。魔力の回復が一番、効率的なのは、睡眠だ。それに昨夜は徹夜で此処の所、夜も忙しかったから一日八時間は確実に睡眠を確保したい一路の眠気は本当に限界だったのだと思う。
屋敷の方は、賑やかなままで少し騒々しい。一階を全て解放し、負傷した冒険者や騎士の他にも青の3地区の住居区の住民たちが来ているからだ。猿の所為で家を失ったり、怪我を負ったりした人々だ。貧民街の方は特に大きな損害は無く、シグネやトニーが報告に来てくれて、皆、元気だと言っていた。
騎士団の方は、暫くは眠れないだろうとウィルフレッドがぼやいていた。町の復旧もそうだが、この町を護るための第一大隊の約半分近くの騎士がリヨンズ派として歯向かい、護るべき領民に危害を加えた以上、騎士籍の剥奪は免れないからだ。人員はどこもギリギリなので他の隊や師団から人を回してもらう訳にもいかないらしい。冒険者ギルドとも連携して、町の警備方法の見直しをすると胃を擦りながら言っていた。
そして、死の痣を受けた負傷者たちも暫くは、様子を見ることになるだろうとナルキーサスは言っていた。彼女が過去の文献から見つけ出してきた死の痣の治療方法は、浄化の風を浴びた後、暫く聖水を薬代わりに服用することだ。但しこれは症状が軽い初期の内にのみ有効でノアやサヴィラのように腕や足が変色するほど強くなった死の痣は、神父が浄化をしないと駄目らしい。死の痣を受けた冒険者たちは、一路が片っ端から光の矢で応急処置的に死の痣を浄化したので、聖水を服用すれば命には全く別条は無いとナルキーサスが太鼓判を押していた。
何だかやけに長い一日だった、と真尋はティーンクトゥスの像を見上げながら嘆息する。それでも死者が一人も居なかったことだけは、幸いだと言えた。明日からはまた忙しいのだろう。既にクルィークの犠牲者の合同葬儀について先ほど打診があった。遺族が是非とも神父様に執り行って欲しいと言っているそうだ。
癒しをもらおう、と真尋は踵を返し、ミアの下へ向かう。ミアの隣に腰掛けてその小さな頭を撫でれば、薄っすらと目を開けたミアがもぞもぞと動いて真尋の膝に頭を乗せると腹の方に顔を向けて丸くなり、再び規則正しい寝息を零し始めた。小さな手が真尋のシャツをいつの間にかきゅうと握りしめている。うちの娘は可愛すぎやしないだろうか、と片手で口元を押さえながら、ミアの砂色の髪を撫でる。
ミアのもう片方の手には、サヴィラがミアたちの母であるオルガから預かったという手紙がある。討伐へ出発する前にサヴィラがリックから小箱を受け取ったのは見ていたが、どうやらその中身がこの手紙だったらしい。ミアは、受け取ったそれを真尋に読んで欲しくて待っていたそうだ。可愛い。
真尋はそれを気付かれない様にそっと抜き取る。安っぽい紙の封筒の中には、一枚の便箋が入っている。
幼い子供が書いたようなお世辞にも上手とはいえない文字で綴られ言葉がそこに並んでいる。
『おかあさん だいすき ミア ノア え
おかあさん とうい そら いく
ずっと いっしょ いたい できない かなしい
ミア ノア ずっと おかあさん そら みてる
しあわせ なって わらって
かぜ ひかないで
けが しないで
なかないで
おこらないで
かわいい わらって
なかよく して
おかあさん ずっと ずっと
ミア ノア あいしてる
ずっと ずっと
ミア ノア だいすき
ずっと ずっと
あいしてる
オルガ』
オルガは、読み書きが出来なかったとサヴィラは言っていた。だから多分、ダビドに文字を教えて貰って必死に書いたのだろうとも言っていた。オルガの病気のことはダビドも知っていたらしい。
オルガの手紙は所々文字が間違っていて、ほぼ単語だけの手紙だ。
けれどここにオルガの我が子への愛が確かに溢れている。
ただただミアとノアを想い、その笑顔や幸福を望む母の愛がここにあるのだ。サヴィラの言う通り、本当はオルガが誰よりも何よりもずっとずっとミアとノアと共に居たかったのだ。
手紙を封筒の中に戻してミアの手の中へと戻す。この手紙にミアの心が少しでも救われたら良いと思う。ノアが無事に母の胸に帰り、そこであの無邪気な笑顔を浮かべてくれていたらと心から思う。それは身勝手で自己満足的な願いかも知れないけれど、それでも願わずにはいられないのだ。
真尋は、ミアを風のヴェールで覆ってから、懐から取り出した煙草を咥えて、指先で火を付ける。先ほど報告に来たラウラスが吸っていたので、手を出したら何故か箱ごとくれたのだ。流石は副大隊長、平騎士の懐に有ったものよりずっと香りも良く美味しい。
ふーっと吐き出した紫煙が月光の冷たい光をキラキラと孕んで消えていく。
「……酒は飲むわ、煙草は吸うわ、口は悪いわ、碌な神父じゃねぇな」
ドアが開く音も足音も聞こえていたので驚きはしなかったが、顔を出した人物は少々意外な男だった。
レイは、通路を挟んで隣の長椅子の埃を風魔法で払うとそこにどかりと腰掛けた。俺にも一本寄越せ、と言われて真尋は煙草を一本くれてやる。レイも指先で火を点けると美味そうに煙を飲みゆっくり吐き出す。
レイの頭には包帯が巻かれ、腕にも白いそれが巻かれている。一路を庇ってくれたレイは割と酷い怪我をしていたのだ。治してやりたかったがナルキーサスに真尋も一路も今日は治療は一切禁止だと言われてしまったのだ。流石にインサニアを浄化した後は真尋の魔力もかなり低くなっていた。サンドロの飯を食べて少しは回復したが、確かに治癒魔法は今日は控えた方が良さそうだと思った。レイの怪我もナルキーサス達が治療してくれたので命に係わる訳でもない。
「良いもん吸ってんな」
「ラウラス殿がくれたものだからな」
レイは、成程な、と頷いて再び紫煙を吐き出す。会話が途切れて沈黙が降り立つ。
それから煙草を一本、吸う間、レイは黙ったままだった。真尋が短くなった煙草に火を点けて消してしまい、もう一本、吸おうかどうしようかと悩んでいる時になって漸く、レイが口を開いた。
「……これが、お前の神様か?」
目だけを向ければ、レイは真正面で此方を微笑みと共に見下ろすティーンクトゥスの石像を見上げていた。
「守護神・ティーンクトゥス。愚かで泣き虫で臆病で……それでいて、とても優しい神様だ」
「ふーん……」
聞いているのかいないのか気の抜けたような返事が返って来た。彼はぼんやりとした眼差しでティーンクトゥスを見上げている。
真尋は、ミアを包んでいた風のヴェールを解いて、再び砂色の髪を撫でる。時折白い兎の耳がぴくぴくと動いて可愛らしい。美味しいものを一杯食べさせてやりたいし、可愛い服もたくさん買ってやりたい。サンドロに弁当を作ってもらって、ピクニックに出かけるのも良いだろう。ミアにしてやりたいことも、一緒にしたいことも既に山のようにある。兎にも角にも、ミアが可愛いくて仕方がないのだ。
「…………赦されてはいけないと、思って居た」
レイの声が低く静かに教会の中に落ちる。
真尋はミアの髪を撫でながら、レイの言葉に耳を傾ける。
「赦されないままで、赦さないままでいることで、ミモザを忘れないでいられると……俺は本気で思って居たんだ」
きっとこれは、彼の懺悔なのだろうと真尋は祈るように膝の上で手を組んでティーンクトゥスを見上げる彼に思った。
「たった一人で死なせてしまった俺の罪を、赦さないままでいることで、俺は、その痛みに幸せだった時間が確かに存在していたことを信じたかった。そして、」
言葉が途切れて、真尋は顔をレイに向けた。
レイは右手で目元を覆い隠す様にして、背中を丸めていた。
「……笑って死んだミモザを憎んでしまった俺を、赦さないで欲しかった……っ」
震える声が弱々しく吐き出した言葉が虚しく落ちて行く。
膝の上で握りしめられた拳が力の入れ過ぎで筋が浮かび上がっている。微かに滲んだ魔力にレイの灰色の長い髪が揺れる。膝の上でミアが身じろいで目を覚ます。珊瑚色の瞳がレイを見つけて、レイの様子がおかしいことに気付いたのか、不安そうに真尋を見上げる。真尋は、大丈夫、と声を掛けてミアを抱き上げて膝に乗せ、小さなミアを包み込むように神父服の上着を掛ける。ミアは真尋のシャツを片手で握りしめ、もう肩の方の手に持った手紙を胸に抱くようにして心配そうにレイを見つめている。
さぁぁと冷たい風が吹き込んで来て、後ろを振り返れば教会の扉が片方開けっ放しのままだった。雨に冷やされた冷たい夜風が吹いて来て、三人の髪を揺らし、頬を撫でるようにして去っていく。
「ミモザが居なくなったら、俺は独りきりになってしまうのに……なのに、あいつは、あいつの死に顔はまるで幸福な夢でも見ているかのように、微笑んでいて……俺は、それをどうしようもなく憎んだんだ……っ」
彼の両目を覆っていた手がぱたりと落ちた。
「ソニアやジョシュへの態度は、全部八つ当たりだった。分かってたよ、ソニアが俺をローサ達と同じくらい変わりなく愛してくれてたことだって、ソニアが山猫亭とミモザの所を朝も夜も無く往復してボロボロになっていくのだってずっと見ていたんだ……っ。ジョシュやサンドロが俺を実の弟のようにも家族のようにも思ってくれていたことも全部、全部、分かってた。治癒術師が利益を無視して手を尽くしてくれたことも、ミモザの死が神父の所為なんかでもないことも、全部、俺は分かってた。……でも、俺はミモザを憎んでしまった俺が、俺は……怖かった」
レイの光を失った黄緑の瞳がティーンクトゥスを見上げる。
口元に浮かぶ微かな笑みはぞっとするほど虚しくて、冷たいものだった。
「誰よりも何よりも愛していた家族なのに、幸せだった想い出だって、愛された記憶だってちゃんと残っているのに、俺は……俺を置き去りにした父さんも母さんも……ミモザも、憎くて、憎くて、仕方が無かったんだ……っ」
その笑みが深くなって、ミアの体が強張った。
「……馬鹿だねぇ」
聞こえてきた声にレイが振り返ろうとするが、それよりも早くソニアの細い腕が後ろからレイの頭を抱き締める。
「……本当に、馬鹿な子だ」
細い腕の中でレイの体が強張った。
「憎んだって仕方がないよ、あんたには怒る権利があるんだ。アンディもソフィもミモザも……早く死に過ぎなんだよ……っ」
ソニアの涙がレイの頬に落ちた。
「あたしに幾らでも八つ当たりすればいいじゃないか。サンドロなんかあんたが怒って殴っても丈夫だから問題ないよ……ジョシュだって幾らでもあんたの話を聞いてくれる。あんたは昔から……なんでもかんでも一人で背負い込みすぎるんだ……っ。そういうところは、ソフィにそっくりだよ……少しはあんたの父親みたいにこっちに迷惑かけまくって我が儘言ったら良いんだよ……っ」
レイの手がソニアの細い腕を掴んだ。ソニアがその手に自分の手を重ねるように包み込む。
「……ごめんね」
ソニアの小さな声が落ちた。
「ソフィにあんたとミモザを守ってくれって言われたのに……あたしは、あんたもミモザも守ってやれなかった……っ。嫌われたっていいから、あんた達をうちに引き取っちまえば良かったよ。友情が壊れたっていいから、ソフィに金を押し付ければ良かった……死んだっていいから、あの時、ミモザの傍に、あんたの傍に居てやれば良かった……っ」
溢れて零れ落ちた涙がレイの頬をとめどなく濡らした。
「……なあ、なんで、ミモザは微笑ってたのかな……、熱だって高くて苦しかっただろうし、まだ十六だったのに……なんで、なんで最期にあんな綺麗な顔して幸せそうに微笑ってたのかな……」
「……愛する家族と共に過ごした十六年が幸せだったからだろう。そして、お前が妹を愛していたように、ミモザだってお前を愛していたからだろう」
真尋の言葉にソニアが振り返る。レイが僅かに顔を上げたのが分かったが長い髪の所為でその表情は分からない。
真尋は、つられて泣いているミアを抱き締めながら言葉を紡ぐ。
「お前がそこまで想う妹だ。お前を一人にしてしまうこともお前が一人を嫌うことも知っていただろうけれど……自分の命の終わりだってそこに見えていたんだ。生きたいと願う想いだってあっただろう。でもな、案外、命の終わりに関しては皮肉にも当人が誰よりも分かっているものだ。幼いころから病弱だったなら、ミモザはきっとある程度の覚悟をずっとしていただろう」
真尋はミアから返してもらったロケットを服の上から握りしめた。
真尋の最も愛する雪乃がそうであったように。
「だからせめて、笑ったんだ。苦しんだ顔で死んだら、大好きな兄さんが哀しむから……お前が気に病まないように。心配することの無いように、笑ったんだよ」
「……だが、俺は傍にいてやることも出来なかったのに……っ」
「だが、じゃない。愛とはそういうものなんだ。ミモザは、お前が自分のために王都に行ったことだって、きっと分かっていたさ。確かにミモザが息を引き取った時は一人だったかもしれない。お前やソニアがいなかったことが寂しかったかもしれない。だが、それでもミモザの傍に、心に、人生に、お前やお前の両親の愛が、ソニアたちの愛がずっと寄り添って居たんだ。だからミモザは、独りなんかじゃなかった」
レイがくしゃりと前髪を握りしめた。
「……三年前、神父さんが居れば良かったのにな……っ」
笑おうとして失敗したような声だった。
「……三年前、俺は俺が怖くて、この町を飛び出した」
掠れた声が言葉を紡ぎ出す。
「国中、色んな場所へ行った。隣国へも行った。色んなものを見た。戦場もここよりも酷い貧民街も山賊に襲われた村の果ても……綺麗なもんばっかりじゃなかったけど、でも、父さんがはしゃぎそうな豊かな森とか……母さんが好きそうな市場とか、ミモザが喜ぶだろう花畑とか、家族に見せてやりたい場所が山のようにあった、一緒にまた分け合いたい飯だって、買ってやりたい服だって、本当に色んなものがあった……でも、そう思う度にもう誰も居ないことを思い知って、死にたくなった」
ソニアの細い腕に力が込められた。
彼女が口を開くよりも先にレイが「でも」と言葉を詰まらせた。
「…………海に浮かぶ船の上で見た夕焼けがあまりにも赤くて、綺麗で……ソニアの髪の色と同じだって思ったら、無性に……ソニアに会いたくなって、帰って来たんだ……っ」
黄緑の瞳から、一粒だけ涙が零れ落ちた。
「本当は俺、一番にソニアに会いに行ったんだ……山猫亭でソニアはいつも通り笑っていて、俺は自分勝手なことに酷くがっかりした。俺が居なくても変わらないじゃないかって……でも、俺に背格好の似た灰色の髪の男が前を通り過ぎた時、ソニアが慌てて追いかけて行って、人違いだと分かると泣きそうな顔で無理矢理笑っていて、俺は自分を恥じた。ソニアが変わらず俺を想ってくれていることが嬉しかったのに。会えないと思った……会ってはいけないと、きっと、俺はソニアに酷い言葉を吐いて、傷つけてしまうと分かったから」
「……馬鹿な、息子だよ、本当に……っ」
ソニアが強くレイを抱き締める。
「あんたが元気に生きてれば、あたしは……それだけで良いんだよ。母親なんて、そんなものだよ、我が子が笑って幸せに生きていてくれれば、本当にそれで、それだけで十分なんだよ、この馬鹿息子っ! 三年も音信不通であたしがどれだけ心配したと思っているんだい!」
ごつん、とソニアがレイの頭をグーで殴った。
「……怪我人の頭を殴るなよ……痛くて涙が出るだろ……っ」
黄緑の瞳から溢れたそれにソニアがますます涙を零す。
「泣け、馬鹿息子! あたしがどれだけ胸を痛めたと思ってるんだい!」
「……ごめん……っ」
「ごめんで済んだら騎士団はいらないんだよ! 生きた心地がしなくて、お蔭で胸だってすっかり薄くなっちまって……」
「元々無いだろ」
ごつん、とまた容赦なく拳が落とされた。いてぇな、とレイは弱々しく呟いて顔を伏せる。
ソニアがレイを開放し、椅子の前に回って前から息子を抱き締めた。レイの頭を護るように胸の中に抱え込む。
「でも……帰って来たから、許してやる。次に出かける時は、必ずあたしに何か言ってから出かけるんだよ、さっきだって部屋に行ったらいないから肝を冷やしたんだ、この馬鹿息子。馬鹿、馬鹿、馬鹿レイ」
「馬鹿、ばか……言い過ぎだ……っ」
「何度だって言うよ……っ、言わなきゃあんたは分かんない、馬鹿なんだから……!」
細い背に縋るように逞しい腕が回された。
「……今まで、本当に……ごめん……っ」
レイが告げる。
「赤ん坊の頃からずっと愛してくれて、愛し続けてくれてありがとう……」
「……当たり前だよ、あんたはあたしの大事な息子なんだ。ヴィートとローサとロニーと同じ、大事な大事な馬鹿息子でうちの長男なんだから、もっとしっかりしておくれよ」
レイの押し殺しきれなかった嗚咽がソニアの腕の中から聞こえた。
三年経って、漸く彼は泣けたのだ。
「……ただいま、かあさん」
ソニアの細い肩が揺れた。
「おかえり、レイ」
涙でぐしゃぐしゃの顔でソニアが笑う。灰色の髪に頬を寄せて、宝物を抱き締めるようにして笑っている。
レイはソニアの胸に顔を埋めたまま、大きな体を震わせている。堰を切ったように泣き出したレイをソニアが強く抱き締める。
真尋は、ティーンクトゥスに、頼んだぞ、と告げて立ち上がり、教会を後にする。
外へ出て、蹴り飛ばしたままの門を避けて通りに出る。
「お花のお兄ちゃん、泣いてたね」
ミアがぽつりと言った。
「ああ。でもあれは、嬉しい涙だから良いんだ」
本当は悲しみや苦しみや、ありとあらゆるものから溢れているのだろうけれど、真尋の可愛い愛娘が心を痛めてはいけないと優しい嘘を吐く。
ミアは、そっか、と小さく笑うと真尋にぎゅうとしがみついた。真尋も神父服ごとミアを抱えなおして、自主的に門番をしている二名の騎士に声を掛けて庭へと入る。
屋敷はまだ灯りがそこら中でついていて、庭には真尋が浮かべたたくさんの光の玉が屋敷への道を照らしている。
「ねえ、パパ」
「ん?」
真尋の肩に顔を埋めたまま、ミアが口を開く。
「ノア……ちゃんとお母さんのところに行けたかな」
「勿論だ。パパが神様にちゃんと迎えに来るように頼んだし、神様はその辺はしっかりしている筈だからな。それにきっと、ミアのお母さんがノアを迎えに来てくれたはずだ」
真尋はミアの背を撫でながらゆっくりと屋敷に歩いて行く。真尋の足音が暗闇に静かに落ちる。
「……ノア、もうどこも痛くないかな」
落ちる声は、どこまでも心細く頼りない。小さな娘の心の内で不安がその根底に深く深く根ざしているのだと気付かされる。
「ああ。もうどこも痛くないし、辛くなどない」
「……ならいいの」
ミアは、細い腕を真尋の首に回してぎゅうと抱き着いて来る。
「ねえ、パパ。今日も一緒に寝てくれる?」
「明日も明後日もずっと一緒だ」
「本当?」
ミアが顔を上げる。真尋は足を止め、目の前に来たミアの鼻先にキスをして、ふわりと柔らかに笑う。
「子守唄だってつけるぞ。だから、パパと一緒に寝よう」
ミアは、安心したように眉を下げると、小さく笑って頷くとお返しに真尋の頬にキスをして、また真尋の首にぎゅうと抱き着く。真尋は、ミアの背を撫でながら、止まっていた足を動かして、屋敷へと向かったのだった。
はっきり言って、あれから一週間が経っても、忙しさに変わりは無かった。
真尋は、基本的に夜七時から翌日の午前中までは完全に全てをシャットアウトし、ミアを最優先にした。ウィルフレッドやアンナやクロードが何か言っていたが、笑顔一つで黙らせた。そして三食の食事も必ずミアと取った。これにも異議を唱えようとした者たちは笑顔で黙らせた。
それでもこの一週間は、本当に忙しかった。共同葬儀は精神的にも身体的にも疲れたが、これには全く異議も異論もない。微力ながら手助けできて良かったと思う。
問題は、それ以外のことだ。
広間にはまだ冒険者と騎士が転がっていて、治療を受け続けている。ナルキーサスやアルトゥロは既に治療院に戻ったが、それ以外の治癒術師たちが来て、治療と看護をしてくれている。残っているのは、死の痣を受けた者ばかりで今朝、真尋も自ら確認したところによればもう大分良くなっているから、あと二日もすれば聖水の服用を終えて屋敷を出られるだろう。
もう一つの広間にいた青の3地区の住人たちも応急処置を終えた自宅や親戚の家、娘や息子の家、騎士団が提供した仮住まいへと移り住み、昨日の昼には全員が屋敷を出て行った。ちなみにロボとブランカとロビンの足跡を石膏で取ってご満悦のカマルはとっくに家に戻った。
ジョシュア一家とレイも何故か屋敷で寝起きしているが、子どもたちの面倒を見てくれているし、真尋が留守の時はジョンがミアの傍についていてくれているので有難い。色々と複雑ではあるが。ソニアたちは家へ戻ったが、しょっちゅう来ては世話を焼いてくれているし、サンドロは毎晩、飯を作りに来てくれている。
思わぬところで問題が発生したのは、ルーカスとクレア夫妻とティナだった。
なんとルーカスとクレアの住んでいたアパートは猿の所為で半分が焼けて崩れて全壊、ティナのアパートも猿の所為で半焼。彼女の部屋は辛うじて無事だったが、建て替えることになって退去を余儀なくされてしまったのだ。
そこで真尋は、庭の片隅にある恐らく代々の庭師が住んでいたのであろう小さな家をルーカスとクレアに勧めた。リビングと寝室、キッチンと風呂とトイレだけの小さなログハウスだ。作業用の小さな庭もあり、それに職場が目の前になる。通うのが楽になるから実は前から目を付けていたんだとルーカスははしゃぎ、クレアは恐縮していたが、家が決まってほっとしていたようだった。とはいえ、埃だらけで掃除が必要なので、二人も今はまだ屋敷のほうで寝起きをしている。何しろ、屋敷の中が騒がしくて家を掃除するどころの話では無いのだ。
ティナの方は、一路が甘ったるい笑顔を浮かべて「僕と一緒に住もうよ。僕の部屋の隣に部屋を用意するから、ね? ティナちゃんみたいな可愛い子が一人暮らしだなんて僕、心配で心配で夜、眠れなくなっちゃうから、僕の為にも僕の傍に居て?」と口説き落としていた。一路の凄い所は鈍いが自覚すると物凄く手が早いところだ。外堀から埋めて確実に仕留める姿は流石は真尋が右腕として育てた男である。ティナは、真っ赤な顔で頷くほかなかったのだ。
そのティナは、あの薄紅色のブレットにプリムと名付けて飼う許可を妖精族の長から貰った。何でもブレットは一夫一妻制で生涯それを貫き通し、どちらかが死ぬと遺された方は死ぬまで独身を貫く愛情深い魔物だそうで、つまり、ピオンとプリムがいつの間にか番になってしまっていたのだ。それで長から特別に許可が下りたのだ。一夫一妻制を生涯貫くブレットはパートナー選びに五月蠅く、特に数の少ない薄紅色のブレットは繁殖も一苦労だそうで、番になったと報告をしたら向こうはお祭り騒ぎになったそうだ。ここで知ったのだが、妖精族の長はティナの母方の祖父だった。
魔物繋がりで、クルィークの狩人たちに捕まり、利用されていた魔獣の内、真尋の戦友のキラーベアを除く魔獣は皆、無事に森へと帰った。ただ真尋の戦友のキラーベアは、何故か森に帰りたがらず、現在、屋敷の庭に居る。従魔にした訳ではないが、真尋がポチという名前をつけようとしたら一路に駄目だと言われて、ミアが「テディ」という可愛い名前をつけて可愛がっているし、昼は庭師たちの仕事を手伝っている。枯れた木を抜くのに一役買っているらしい。それに背中に生えた岩の苔が取り放題なのでナルキーサスを始めとした治癒術師が大喜びしていた。
「……なにがどうなるか、分からないものだな」
馬車に揺られながら真尋は呟いた。
前の座席に座っていたリックが首を傾げる。ちなみにエドワードは御者をしている。
「どうかしましたか?」
「いや、この町へ来てひと月しか経っていないのに、あれこれあるものだと思ってな。まさか娘が出来るとは思わなかった。あと俺に護衛騎士が付くともな」
その言葉にリックが苦笑を零す。
彼とエドワードは騒ぎの翌日には、無事に騎士籍を取り戻して騎士に戻ったが、今回の事件で色々な思惑が動いたようで真尋専属の護衛騎士になったのだ。エドワードは一路専属の護衛騎士である。二人のマントは紺色から黒へと変わり、護衛騎士は二級からしかなれない決まりがあったらしく、二人は特別措置で二級騎士へと昇級した。エドワードはうっかりな所があるが二人とも元々昇級試験を受ける予定であったし、実力は内外から認められていたため、異議は出なかったらしい。カロリーナには、くれぐれもリックとエドワードを頼むと頭を下げられ、更にエドワードの馬鹿をどうにかまともな騎士にしてくれと力説された。その辺は、真尋よりも躾の得意な一路が頑張るだろう。
護衛騎士になった二人は、無論、真尋たちの屋敷に住むことになる。リックとエドワードは、二階の一番奥の部屋に二人で住むことにしたようだ。一人一部屋でもいいのでは、と言ったが二人が恐れ多いと固辞した。二人で一部屋では女を連れ込めないだろう、と言ったら、一路に殴られた。その時は団長室に居たのだが、リックとエドワードは真っ赤になって固まり、ウィルフレッドは両手で顔を覆って項垂れていた。レベリオだけが涼しい顔で「神父様は寛大なお方ですね」と笑っていた。
「お前もエディも初心だな」
「ええっと、はい?」
急に話を振られたリックが困惑気味に首を傾げる。何でもない、と返して小さな窓の外に顔を向ける。いつの間にか門を潜って、既に敷地内入っている。馬車はそのまま本部ではなく、その横の地下牢のある建物へと向かっていく。
騒ぎの翌日、まず真尋が着手したのは、真尋たちの屋敷の地下倉庫に閉じ込めておいたリヨンズのことだ。そこは、使用人たちが暮らす棟の地下にある倉庫だ。食料品倉庫とは別物で掃除用具が不用品などをしまっておく場所だと思われる。そこに真尋が色々と細工をして、リヨンズを閉じ込めておいたのだ。それを騎士団の地下四階の地下牢に放り込んだ。そして、リヨンズに近い、所謂、リヨンズ派の幹部と思われる連中は全てエドワードたちが閉じ込められていた地下三階の地下牢に放り込む様に言い付け、この一週間、放置してある。
馬車が停まり、リックが先に降りる。真尋も腰を上げて、馬車を降りる。
ジョシュアが言っていた通り、雨期が終わり雨雲が去ると夏がやって来た。眩い日差しが燦燦と町に降り注いでいる。この間までの肌寒さが嘘のように毎日、暑い。それでも真尋の正装は神父服で、騎士たちの制服も暑苦しいが仕方がない。
門番をしていた騎士が、真尋の姿を認めると頭を下げて扉を開けてくれる。いつの間にか修繕されたらしい扉は真新しい輝きを放っていて、真尋はリックとエドワードと共に中へと入る。
中に居た騎士が一斉に敬礼するのに手を挙げて返し、真尋はそのまま地下牢へのドアを開けて中へ入った。
地下一階には、この騒ぎに乗じて火事場泥棒をしたらしい阿呆が数人転がされている。それを横目に地下二階へと降り、そして、三階へと降りる。真尋と一緒だと暗闇も平気らしいリックはエドワードと共にしっかりとした足取りでついて来る。
右手に光の玉を出し、地下三階へ降りる。ぐっと冷え込んだ空気は心地よい。奥の気配が真尋に気付いて動いたのを感じた。
奥へ進めば、ぽつぽつと火の玉が浮かぶ地下牢に騎士服を奪われ、麻のズボンとシャツだけを身に着けた元騎士たちがいる。そこには真尋が制服を拝借したアーロンの姿もあった。
真尋は、牢の前で足を止めて辺りを見回す。
「……なんだ、殺し合いはしなかったのか」
自分でも笑ってしまうほど、冷たい声が落ちた。
中にいた元騎士たちの顔に怯えが走る。リックとエドワードは無表情でそれを見下ろしている。
三階の地下牢は、嘗て敵国の捕虜を収監していた場所である。壁と天井、そして、格子は魔法を無効にし、剣でも切れぬ特殊な鉱石で出来ているがその床はただの石材で出来ている。だからこそ、彼らはここで壁と天井と格子にさえ触れなければ、魔法が使える。
歴史とは、常に残酷な現実をその身に内包しているものだ。この牢の床や天井には暗くて分かりづらいが黒い血の跡がべったりと染みついている。
それが遠い昔の騎士たちの思惑であったのか、不満と不安が爆発した捕虜たちが勝手にやったのか、あるいは嘗てのギリシャの闘技場のような貴族の遊興だったのかは、興味も無いので分からないが、ここはそういう場所だ。
蠱毒、というおぞましい言葉が似合いの場所だ。
「殺し合いに勝った、一人だけ、を釈放すると約束したのになぁ」
真尋はくすくすと笑って、すぐ近くに座り込むアーロンへと視線を向けた。
「腕っぷしに自信が無いのか? それとも嘗ての仲間を殺すことに躊躇いが有るのか?」
アーロンは、真尋から逃げるように視線を俯けた。
「それとも、俺に全てを話す気になったか?」
真尋の問いに元騎士たちは、言いよどむ様に唇を震わせて視線を逸らした。
一週間、水も何も与えていないので彼らは大分、やつれている。髭も伸び放題でトイレが無いから糞尿を奥の方にまき散らしているから、酷い臭いがする。牢の中には騎士として凛々しかった姿は、もうどこにもない。
「……なら、そうだな。お前たちの家族もここへ連れて来よう。幸い、もう一つ、大きな牢があるしな。……年若い花盛りの娘も数名いた、そうだろう、グラント、カーク」
真尋の言葉に四十後半の男が二人、弾かれたように顔を上げた。
「ニコラスのところは、まだ息子が三歳だったな。細君は若いようであるし、娼館でも十二分に稼げるだろう。ナイジェル、お前は独身だがまだ十五の可愛い妹に責任を取って貰おう。そうだ、どうせならここに地下一階の馬鹿共を連れて来て、娘たちと一緒にしてやろうか。さあ、どうなると思う?」
真尋の問いに元騎士たちの顔が青ざめて行く。
無論、真尋はそんなことをする気はない。ここの騎士たちは自分たちがしていたことを何も家族に話していないのは、既に調査済みだし、話してあったとしても女子供を痛めつけるような趣味は真尋にはない。
「……まあいい。俺は寛大で寛容で心優しい神父様だ。もう少しだけ時間をくれてやる……今からお前たちが選んだ愚かな主の下に行ってくる。そこから俺が戻り、ここを通り抜けるまでに意思を決めておけ。全てを話して仲間を売るか、殺し合いをして独りだけ生き残るか、家族とともに一生をここで過ごすか。選択肢は三つだ、好きなものを選ぶといい。……リック、エディ、行くぞ」
真尋は、最後に甘く微笑んで踵を返し、闇の奥へと歩いて行く。
リックとエドワードが無言のままついて来る。
地下三階の最奥にある扉を開いて、真っ直ぐな階段を降りて行く。
真尋の持つ光以外は、ここに灯りは無い。ずらりと独房が並び、耳が痛くなるほどの静寂に包まれていて、目が潰されそうな程の暗い闇に覆われている。まるでインサニアの中のようだ。地下四階の独房は、天井、壁、格子、床、全てが特殊な鉱石で出来ていて、魔法は一切使えない。
真尋が最奥の独房の前に立つと椅子に縛り付けられたリヨンズの姿があった。右腕を失い、粗末な布の服を着せられた男は、あの日、屋敷で高慢な笑みを浮かべていた姿とは似ても似つかぬほどみすぼらしい姿をしていた。
リヨンズには死なれては困るので、真尋の指示で食事も水も最低限は与えられている。
「エディ、猿轡を外してやれ」
「はっ」
真尋はポケットから取り出した鍵をエドワードに渡す。エドワードはそれを受け取ると鍵を開けて中に入り、リヨンズの後ろへ回ると猿轡を外す
真尋もリックと共に中へと入り、リヨンズの前に立つ。
「……はなす、ことなど、なにもない」
顔も上げずにリヨンズが言った。
干からびた声は弱々しいが、まだそこに意地があるのが見て取れる。
「こんなことをして、ただで済むと思うなよ……リヨンズ伯爵家が、更にその同盟関係の家々が黙ってはいまいっ」
リヨンズが唸るように言って顔を上げた。ぎらぎらとした光を宿す双眸が真尋を睨み付ける。
真尋は、無表情のままとある羊皮紙の書状を取り出した。今朝、真尋の下に届けられたもので、さらに言えば昨夜領主の下に届いた書状でもある。真尋はくるくると巻かれている羊皮紙をリヨンズの目の前で広げた。訝しむように目を細めたリヨンズは、そこに踊る文字を辿るにつれて、徐々に目を見開いていく。はっ、と短く吐き出された息に真尋は目を細めた。
「……残念ながら、もうアーテル王国にリヨンズ伯爵家という家は無い。反乱の意志あり、として爵位も領地も財産も全てを没収。一族は処刑及び幽閉が決まり、伯爵夫妻とその嫡子は既にこの世にない。王家主催の舞踏会で、愚かにもお前の甥は身分も弁えず王女殿下に危害を加えようとしたらしい。幸い、王女殿下は我が領主様ご夫妻とその護衛騎士が偶然、傍に居たので御無事だったそうだがな」
真尋は甘く微笑んで見せる。
リヨンズの濃い灰色の瞳がぐらぐらと揺れる。うそだ、と震える唇が事実を拒否する。
「おいおい、俺は敬虔な神父だぞ? 嘘など吐く訳がなかろう?」
真尋は、書状をアイテムボックスに戻し、代わりに古びた日記帳を取り出した。サヴィラが隠し持っていたダビドの日記だ。そこにマイクの残したメモが挟まれていたのだ。
騒ぎの翌日、団長室にて中身は確認してあるが、あまりの内容にこの国で一番安全な場所だからということで真尋が預かっている。
それを開いて、中から一枚のメモ用紙を取り出す。手帳を乱暴に破ったらしいそれには、マイクが本当の意味で最期に遺したメッセージが刻まれている。マイクがそれを見たのか、聞いたのかは今となっては分からないが、それでもマイクが遺したものは衝撃的なものだった。これの裏付けをとることが最優先事項となっている。
真尋はそれをリヨンズの目前に突きつける。
リヨンズの目が限界まで見開かれる。まさか、と動いた唇に真尋は、思わず笑みを深めた。
メモには、ザラームとエイブの名前と共に三つの紋章が簡略化されているが描かれている。
一つは、リヨンズ伯爵家のもの。これはエイブたちの後ろにあり、彼らに向かう矢印が描かれている。エイブとザラームの前には、アルゲンテウス辺境伯家の紋章があり、エイブとザラームから矢印が伸び、大きくバツ印が描かれていて、辺境伯家の紋章の下には髑髏の絵がある。ここまでは先日、まさに起こった事件であり、皆が知っている事実だ。問題は、ザラームとエイブから真っ直ぐに伸びるもう一つの矢印だ。
その先にあるのは、四大公爵家の一つでもあるコルドウェル家の紋章だった。コルドウェル家の当主は現宰相であり現王が最も信を置く人物でもあるそうだ。
「モルスは、自分の後ろに何某かの気配があることを臭わせていた。アルゲンテウス家に打撃を与えて来いと命令されたとも……なぁ、パーヴェル」
真尋は日記帳とメモをアイテムボックスにしまって白手袋を嵌めた両手でリヨンズの顔を包み込んで、優しく微笑みかける。
「優秀なお前のことだ。話を聞いているのではないか? これが王家の意思なのか、或は、コルドウェル家の独断なのか、それとも……第三の勢力なのか」
真尋は殊更優しくリヨンズに問う。
リヨンズは固く唇を引き結んで真尋から逃げるように目を逸らした。どうあってもまだ話す気は無いようだ、と真尋は、その顔から手を離す。
仕方がない、と肩を竦めて真尋は再びリヨンズに猿轡を噛ませて、リックとエドワードを促して、外へと出る。エドワードが鍵を掛ける前に真尋は、中へと光の玉を一つ、放り込んだ。それはふよふよとリヨンズの周りを漂う。壁や天井にさえ触れなければ、これが消えることは無い。ガチャリ、と牢に鍵が掛けられる。
「この暗闇では怖いだろう? だから、今日は一つだけ光を置いて行ってやろう。では、また明日」
優しく労わるような言葉を残して、真尋はエドワードから鍵を受け取り、それをしまって踵を返す。
「……良いんですか?」
階段の手前になってエドワードが問いかけてくる。真尋は、足を止めて青年を振り返る。
「何がだ?」
「いや、あの……もっと話を聞くのかと思って」
真尋は、白手袋を外しながら肩を竦める。
「……この一週間、リヨンズは最低限の食事と水と共にこの暗闇の中にいた。食事を届ける騎士は、燭台の灯りを片手にここへ来ただろう。リヨンズにとってそれは、救いであり彼が正気を保って居られる最大の理由だ。闇の中で身動きできずに放置されれば、人はあっという間に狂う」
白手袋に火を点けて燃やしてしまう。あんなものに触れたものをいつまでも嵌めて居たくはない。これだけの為に新しい白手袋をいくつか買ったのだ。
「それにあいつは、リヨンズ伯爵家の人間であるという誇りがあった。いずれは誰かが助けに来てくれるのだという希望もな……だが、それはたった一枚の紙によって潰えてしまった。あいつは正気を保つためのものを一つ失ったのだ。そこで俺は優しく声を掛け、あの馬鹿を褒めたくもないのに褒め、そして、光を与えた。あれは俺が与えた神の光だ。見ているだけで癒されるであろうし、この暗闇の中でそれはまるで救いそのもののように思えて来るだろう」
燃えカスがはらはらと落ちて行く。
「明日はその光を奪い、爪の二、三枚も剥いでやろう。明後日は、逆にその傷を癒し、無礼を詫びて光を与えてやる。明々後日は、あいつの様子次第で決める。光の中には優しさを、暗闇には痛みと恐怖があるのを徹底的に覚えさせれば、そう待たずしてあいつは俺に全てを話すようになる」
真尋はくすくすと笑って、階段に足を掛ける。
「覚えておくといい。世の中の躾は全て、飴と鞭をどう与えるかによるのだと」
「……俺、全世界が敵に回ったとしてもマヒロさんだけは、敵に回したくないです」
「……私も」
何だかやけに強張った二人の声に真尋は二人を振り返る。
「以前、一路にも同じことを言われた」
リックとエドワードが盛大に頬を引き攣らせるのに、真尋は小さく笑って肩を竦めたのだった。
家族の命には代えられないと音を上げた元騎士たちの取り調べがひと段落して、真尋が取調室で一服していると団長室に来るようにとウィルフレッドから連絡が来た。どうやら領主様がお待ちのようだ。
真尋は、リックとエドワードと共に団長室へと向かう。咥え煙草は危ないです、とリックに怒られて渋々煙草の火を消した。その内、これも一路と同じように「吸い過ぎです!」とか言い出すのだろう。リックもエドワードも酒は飲むが、煙草は吸わないのだ。
本部へと入れば、すれ違う騎士が皆、わざわざ足を止めて騎士の礼を取る。それに手を挙げて返しながら、すれ違ったカロリーナに渡された報告書に目を通し、歩いて行く。
「……ふむ、青の3地区は一度視察の必要性があるな。神の風が吹いたから心配は無いと思うが、念のため、浄化をしたほうが良いか。ああ、それとお前たちが倒したザラームの影だが……」
「シグネさんたちの話を聞く限り、広場から出た直後からの記憶が無いそうです」
「目撃者によると広場を出て行くトニーさんに声を掛けたが無視された、とそれを追いかけた冒険者も広場を出た途端、記憶が途切れていると証言しています」
「やはり操られたか。お前に聖水を持たせておいて正解だったな」
真尋は報告書を捲りながら言った。
「俺が聖水の入った瓶でぶん殴った部分が焼け爛れたのは納得できるんですけど、どうして、サヴィラの腕を掴んだ手まで焼け爛れたんでしょうか?」
「ああ、それは俺が護りの呪文を念のために掛けていたんだ。一回きりのものだが、ザラームやその影にはそれで充分だ。傷が癒えなくなるからな。掛けておいて良かった」
読み終えた報告書をアイテムボックスにしまって、雑談を交わしながら団長室へと向かった。
ドアの前に立ち、リックがノックをしてから声を掛ける。
「マヒロ神父様と護衛騎士のリック二級騎士、エドワード二級騎士です」
ややあって、入れ、という返事がありリックがドアを開けてくれたので中へと入る。
レベリオが迎えてくれて、広い団長室、パーテーションで区切られた応接セットの方へと案内された。そこには既に領主のジークフリートが居た。二人掛けのソファに一人で座り、ウィルフレッドは一人掛けのソファに座っていた。実は、こうしてジークフリートに会うのは、広場以来だ。彼も真尋も忙しくてそれどころではなかったのだ。
「神父殿、よく来てくれた。公式の場ではない、楽にして座ってくれ」
ジークフリートが自分の正面にある二人掛けのソファを手で示して言った。真尋は、失礼いたします、と軽く一礼してから腰を下ろす。リックとエドワードは、パーテーションの向こうに控えていることにしたようだ。レベリオも真尋に紅茶を出すと向こう側に行ってしまった。
三人きりになると改めて、ジークフリートが口を開く。
「神父殿、此度の件は本当に何度、礼を言っても足りぬ。神父殿がいなければ、この町も民もそして、私自身もあのインサニアに呑まれて死んでいただろう」
「全ては神の思し召しです。私は私に出来ることをしただけです」
真尋の言葉が意外だったのか、ジークフリートは僅かに眉を寄せたあと、紅茶へと手を伸ばした。真尋もジークフリートに促されてカップに手を伸ばして口をつける。ふわりと林檎の良い香りがする。
「ウィルから話は聞いた。教会を開きたい、と……」
「ええ。既に土地ごと購入済みです。今回の件で私の活躍をクロード殿の口添えもあり商業ギルドが認めて下さいましたので、あとは領主様の許可のみ、ということになります」
探るような赤い瞳が向けられて、真尋は淡く微笑んでみせた。数瞬の間を置いて、ジークフリートは、ふっと苦笑を零してソファに身を沈めた。
「……底の見えぬお人だな、神父殿は」
天井を仰ぎながらジークフリートが言った。ウィルフレッドが「だから言ったでしょう」と涼しい顔で紅茶を飲む。
「私ほど欲に忠実に生きている人間もいないかと」
真尋はカップをテーブルに戻しながら言った。
「……まあ確かに、娘が家で待っているからという理由で断られたのは初めてだった」
「ええ、目に入れておきたいくらいに可愛い娘ですので」
ジークフリートは背もたれに乗せていた頭を上げると真尋を見て、体を起こして座り直した。そして、徐に懐から煙草を取り出すと慣れた動作で口に咥え、紫煙を燻らせる。紫煙の香りに懐に手が伸びるが、領主の前だと思い直す。するとそれに気づいたジークフリートが神父殿もと勧めてくれたので、真尋は遠慮なく煙草を取り出して火を点ける。匂いで気付いたのか、レベリオがすぐに灰皿をテーブルの上に出してくれた。ウィルフレッドもいそいそと自分のそれを取り出して火をつけた。新たな喫煙者仲間だ。屋敷には生憎とレイくらいしか仲間がいない。
「神父殿は、煙草も吸うのか」
「煙草も吸いますし、酒も飲みますし、女も抱きますよ。といっても妻だけですが……私は決して清く美しい訳ではありません。護るためならばこの神父服を血で汚すことに躊躇いもありませんでした。だから、私の神父服は黒いのかも知れませんね。血で汚れても目立ちませんから」
ふっと笑って真尋は紫煙を吐き出した。
「王都の教会の連中とは正反対だ。あれらは、酒も煙草も女も全て禁止している。とはいえ、表向きには、だ。裏では浴びるように酒を飲み、煙草も吸えば、娼婦を何人も囲っている神父もいる。それも……奴隷商から買い付けた女たちだ。表向きに禁止している以上、そうせざるを得ないし、そうしている方が楽なのだろう」
「王国の奴隷制度は犯罪者のみと聞きましたが」
「公的なものはな。奴隷商は皆、違法だ。裏の世界にだけ生きているような奴らだ。それに我がアルゲンテウス領は鉱山があり、天候も比較的に穏やかで大地の恵みも多い。そしてクラージュ騎士団が目を光らせているからそうでもないが、地域によっては同じ国内でも貧しく金に困った親が娘を売ったり、治安が悪い場所では孤児がかどわかされたりする」
ジークフリートが苦々しげに紫煙を吐き出した。
「王都のパトリア教会は、そういったものと繋がっている。それでも人が絶えないのは、これ、の所為だろう」
そう言ってジークフリートは徐に懐から繊細な装飾が施された小瓶を取り出した、透明なガラス製のそれには何か水のような液体が入っている。
おや、と真尋は眉を寄せる。
「触っても?」
ジークフリートが頷いた。
真尋は、吸いかけの煙草を灰皿の縁に置き、その小瓶を手に取る。中身は何の変哲もない水のように見えるが、魔力を感じる。ただ、真尋との相性が悪いのか持っているだけでイライラしてくる。
「それは、金貨三枚と引き換えに入手した聖水だ」
「これが金貨三枚? 効くのですか?」
「それはナルキーサスに分析させようと思って入手したものだ。効果のほどは知らんが、それで怪我や病が治り、命が助かった者がいるのはどうやら事実のようなのだ」
「私とこれはあまり相性が良くないようです。持っていると何だか気分が悪くなってくる」
真尋はそれをテーブルの上に戻した。
「神父殿、マイクのハンカチの時のように探れないのか?」
ウィルフレッドが言った。
真尋が視線を向ければ、ジークフリートが「いくつか予備が有る」と頷いた。
「では……《隠蔽解除》……これには反応が無い……では、《解読》」
ぽうっと浮かび上がったのは、誰かの魔力だ。弱々しく輝く銀灰色のそれが小瓶を包むように揺蕩う。呪文を解けば、それはすぅっと溶けるように消えた。
「何だか不思議ですね。魔力があるにはありますが……何らかの魔法を掛けたわけでは無いし、呪文の痕跡が無い。これをお借りしても? 良ければ屋敷に持ち帰って色々と試したい」
「構わん。寧ろ、頼む」
では、と真尋はそれをアイテムボックスにしまった。吸いかけの煙草を手に取り、紫煙をゆったりと楽しむ。真尋が一本、吸い切るのを待っていたかのようにジークフリートが口を開いた。
「神父殿」
「はい」
真っ直ぐな紅い眼差しに真尋は姿勢を正す。
「教会を開くことは、認めよう。神父殿はそれだけのことをこの町にしてくれた、ウィルやアンナ、クロードの話を聞いて、そして、こうして実際に話をしてみて神父殿がパトリア教の連中とは全く違う方だと分かっている。誇り高きヴェルデウルフを従魔にした見習い殿も含めて。それにティーンクトゥス教会がこの町にしてくれたことを、あの闇を祓ったその事実を町の者も分かっている。あの時、確かに神の風がこの町を吹き抜けて行ったのを皆、この身で実感したからな。だが……手紙をくれた中に有った孤児院の創設を許可することは出来ない」
何時の間に、とウィルフレッドがこちらを振り返る。
一昨日、ミアの養子縁組の件で屋敷にクロードが来た折に、領主様に会う約束があると聞いて手紙を託したのだ。どうやらジークフリートはその件についてわざわざ直接言うために会いに来てくれたようだ。
「何故か聞いても?」
その問いにジークフリートは重々しく頷いた。
「孤児院と呼ばれる施設は、王都と教会を支持する貴族の領地に幾つかあった。それらは全てパトリア教が運営していて、様々な理由で身寄りのない子供たちがそこに居た。だが、今年の社交期の中頃、社交期のメイン、王宮で行われる王家主催の舞踏会が開かれて数日が経った頃だ。パトリア教の数名の神父が、孤児院の子供たちで特に見目麗しい子供を奴隷商に売り飛ばし、利益を得ていることが発覚した。それを摘発したのは……コルドウェル公爵、宰相閣下だ」
「……随分と、時宜に適った方のお名前が出たものですね」
真尋は、アイテムボックスから日記帳を取り出し、中からマイクの遺したメモを取り出してテーブルに広げた。
「その亡くなった騎士が何を見聞きしてこれを遺したのかは分からないが、偶然ではあるまい。コルドウェル家は王家に忠実な家だが、王家が保護する教会を摘発した……あれがなにをもって、どのような意思で動いているのかまでは分からなかった。だが、年々、教会は勢力を増し、今回の王城での舞踏会で神父たちは酔いつぶれていた。名目上は葡萄ジュースと間違えたなんだとほざいておったが、教会を良く思わない貴族の心証を少しでも良くしようと踏み切ったのかもしれない。宰相閣下は、今回の事件を重く見ていると王に宣言させ、教会が孤児院を設立、運営することを禁じる法を作った。社交期が終わり貴族たちが領地に戻ったのを機に来月の中頃から施行される」
真尋は、苛立たしさを抑えようと煙草を取り出して火をつけた。
「それでは確かに私がここで開く訳にはいきませんね。貴方の立場を失くしてしまう」
「……孤児を我が子にし、領主の言葉を断って家に帰り、娘の為に仕事を調整する神父殿の人柄や報告を受けた孤児たちの健やかな様子を見るに私個人としては許可を出したいが、国がそう決めてしまった以上は、許可するわけにはいかない」
ジークフリートが、ふと皮肉な笑みをその唇の端に浮かべた。
「王国の法に教会に対する法が幾つかあるが、これはパトリア教に限ったことでは無い。皮肉なことに教会という大きな括りだ。故にティーンクトゥス教も教会と名乗る以上は、その法に準ずる。故に神父殿が思って居るより教会の活動は自由が効くだろう。……だが私もこの領地と領民を護っていかねばならない身の上だ。神父殿がこの先、その法の下にこの町で神父として生きていくのならば、その法で禁止されてしまった孤児院を許可するわけにはいかないのだ。……本当にすまない」
「謝らないでください。法の穴をついたとしても教会を開く許可を出した時点で領主殿は危ない橋を渡って下さったのでしょう? それだけでも充分です。私も一路も我が親愛なる神も感謝しています。……正直、孤児院に関しては私も悩んでいるのです」
真尋は、紫煙を吐き出して顔を伏せる。
「孤児たちに愛情が無い訳でも場所や資金に問題がある訳でもありません。教会、というものの心証がそもそも世間的に見て良くはないことが問題なのです。だからこそ、その名の下に開かれた孤児院で育った子どもらの未来に何かしらの悪影響があるのでは、と。彼らの無限の選択肢を潰してしまいかねないのでは、と……でも、生きていてこそ将来の選択肢が与えられるのも事実です。いっそ、ミアと同じように全て私の子供にしてしまおうかとも思いました。養えるだけの財力はあるので……でも」
「でも?」
ウィルフレッドが首を傾げる。
「私はミアに対して特別なものを感じて、養子という形で縁を結びました。ミアのことは本当に心の底から愛しく思っていますし、嫁には絶対にやらないと決めています。他の子どもたちも私にとっては愛おしい存在ですが、それは明らかにミアに向けるものとは違うのです。都合の良い言葉を借りれば、私はミアと親子になるのは運命だったと考えています。だからこそ、他の子どもたちにもそういう特別な運命や縁があるのではないか、彼らには彼らの家族との縁が、幸福への道標があるのではないかと思えば簡単に養子縁組をするわけにもいかなくなりました」
ふっと笑うように息を吐き出せば、吐息に混じった紫煙がふわりと広がって消える。
「……とはいえ、私が個人的に預かっている分には問題ないですよね?」
「まだ法は施行されていないからな」
言外にあまり時間は無い、と言われて真尋は短くなった煙草を灰皿に押し付けた。
「それまでにはどうにか抜け道を探しますよ。もし、その法の詳細が分かりましたらすぐに連絡ください」
「分かった、そのように取り計らおう」
「有難く存じます」
真尋はふっと微笑んで礼を言い、ぬるくなってしまった紅茶に手を伸ばした。
それからは真尋が行った取り調べ前半戦の報告やインサニア及びザラームとモルスに関する詳細な報告と情報交換をしたのだった。
夕食を終えて、真尋はティナと風呂に入ると約束したらしいミアを見送って、自室のバルコニーで一人、帰り際にジークフリートが持たせてくれた蒸留酒を飲んでいた。部屋に戻る前にサンドロにつまみを頼んだら、ナッツ類とドライフルーツのちょっとした盛り合わせをくれた。
フーッと吐き出した紫煙が星の瞬く夜空に消えてくのを欄干に寄り掛かって眺めながら、酒を煽る。
庭では、テディがもぞもぞと餌を食べている。テディは雑食なので何でも食べる。今日は庭師たちがくれたらしい雑草の山とサンドロからは野菜の皮などの残飯、それ以外に安かったからと箱ごと買ってきた大量の林檎だ。テディは、大きな木の下に座り込んで、雑草を食べたり残飯を食べたり、林檎を食べたりと忙しそうだ。白銀の狼の親子は姿が見えないから屋敷の中に居るのだろう。
屋敷のどこかの窓が開いているのか、子どもたちの賑やかな笑い声が聞こえて来た。子どもたちが風呂から上がったのだろう「はやく服を着なさい!」と笑いながら叱るプリシラの声や「捕まえた! ほら服を着ろ!」と笑うジョシュアの声がする。
「はぁ……誰がこの人に煙草なんてものを教えたのか」
これ見よがしに吐き出されたため息に振り返れば、マグカップを片手に一路が立っていた。胡乱な目が真尋の煙草と酒に向けられている。真尋は何となく酒の入ったグラスを自分の方に引き寄せる。
一路は、やれやれと肩を竦めると隣にやって来た。バルコニーには小さな丸テーブルが置かれていて、そこに真尋の酒瓶とつまみの皿が置かれている。一路はマグカップを欄干に置き、そのテーブルの上の皿ドライフルーツを一つ摘まむと自分の口に放り入れ、もぐもぐと食べながら欄干にひょいと登って腰掛けた。それを横目に真尋もナッツに手を伸ばす。カリカリと良い音がして香ばしい旨味が堪らない逸品だ。
「……孤児院、駄目だったんだって?」
一路がひょいと指を振って皿を自分の手の中に納め、ドライフルーツばかりを食べながら言った。
真尋は、紫煙を吐き出して、ああ、と頷いた。
「エディに聞いたのか」
「と、リックさん。マヒロさんが悩んでいるかもしれないからって教えてくれたんだよ」
これ甘くていいね、と一路が口元をほころばせる。
真尋は、ちびちびと酒を煽りながら空を見上げる。
「どうしたものかなと思ってな。このまま孤児院という名を持たず、サヴィラたちを養うくらいはどうってことは無いが……あいつらの将来を考えれば、そうはいかないだろう。俺達の今後は俺達次第で、まだ教会というものがどう転がるか分からん。……子どもたちの人生は子どもたちのものだ。その時、この教会の名が彼らの人生を邪魔することがあってはならない」
「……まあね、きっとこれから僕らには味方も増えるだろうけれど、同じだけ敵だって増える。ザラームとモルスだって多分まだどこかで生きてるんだろうしね」
「ミアのことも不安が無いわけじゃないが……ミアに関してはこうなる運命だったと思っているんだ。それにどうやら教会も何も関係なさそうな有力な婿殿候補が居るしな……考えたくないが」
「ジョンくん、分かりやすいよね。プリシラさんがジョシュそっくりって言ってたよ」
一路がくすくすと笑う。それをじっと睨んでみるが親友はどこ吹く風だ。こいつだってその内、娘が出来たら真尋の気持ちが痛いほどに分かるだろう。
「まあ、何にせよ……どうしたものか、と流石の俺でも悩んでしまう」
ふっと自嘲気味に笑って、また一路の持つ皿から胡桃をつまむ。一路はナッツ類には目もくれず、ドライフルーツをせっせと消費している。マグカップの中身は、どうやら甘ったるいホットチョコレートのようだ。夏の夜には不似合いだと思う。
「数年だけじゃダメなんだ。貧民街が無くなったとしても、命が突然消えるものである限り孤児は生まれ続ける。数年、数十年と続いていくように努力しなければならない。数十年後にはもしかしたら法律がまた変わって、教会も孤児院を開けるようになるかもしれないが、それでは遅い」
「そうだよね……彼らの明日だけじゃなくて、十年後の明日も三十年後の明日も守れるようにしなきゃならないんだもんね。……こればっかりは一晩だけじゃだめだよ。クロードさんとかにも話を聞いてみようよ」
「それもそうだな。カマルに聞くのもいいかもしれんな、商売ごとに関してはプロだ」
そう返して真尋は、短くなった煙草を灰皿に押し付けて火を消す。氷が解けて薄くなった酒を一気に飲んで、再び酒瓶を傾ける。琥珀色の液体が注がれると氷がカランと音を立てる。
ぼんやりとそれを眺めていると視線を感じて目を向ければ、琥珀に緑の混じる森色の瞳とかち合った。心配するような色がそこに滲んでいる。
「……それ以外に、何か悩んでるでしょ」
「……敵わんな」
「ふふっ、幼馴染の目は騙せないよ」
一路は揶揄するように言って、マグカップに口をつけた。
真尋は、二本目の煙草を取り出して指先で火を点ける。酒の入ったグラスを揺らせば、カランコロンと氷が涼しげな音を立てた。
「ミアがな、毎晩、泣くんだ」
一路は何も言わなかったが聞いてくれているのは分かる。
空を見上げて、二つの月の眩しさに目を細める。
「多分、何かしらの夢を見ているんだ。それで必死に俺にしがみついて、ノアを呼んだり、母親を呼んだりして、最後に必ず一人にしないで、と泣く。俺はそんなミアを抱き締めて、ずっと一緒だと言ってやることしか出来ないんだ。それにジョンが、昼間は笑っているが無理している時が有ると教えてくれた。ふとした時に、泣きそうな顔をしていると……」
抱き締めてやることしか出来ない自分が不甲斐なくて、腹立たしいのだ。
「……まだ一週間だもん。ミアちゃんだってそう簡単には心の整理はつけられないよ」
「それは、そうなんだがな……もどかしくて、仕方がないんだ」
「抱き締めてくれる人がいるっているのは、幸せなことだよ。そうやって泣けるのは、君の腕の中があったかくて、泣いても良い場所だとミアちゃんがちゃんと分かっているからだよ。そういう泣き方って甘えることの一つで、ミアちゃんは一生懸命、パパに甘えてるんじゃないかな?」
真尋は、ぱちりと目を瞬かせて親友を振り返る。一路は、彼らしい柔らかな笑みを浮かべている。
「……そう考えると、余計にミアが愛しいな」
「はいはい。君の親馬鹿っぷりには脱帽です」
一路がくすくすと笑ってマグカップの中身を飲み干した。皿の上からは綺麗にドライフルーツだけが消えている。
「パパー? パパ、どこー?」
「ミア、パパはバルコニーだ」
ミアの声が聞こえて真尋は慌てて煙草を消して、灰皿の中に放り込んだ。カーテンを捲って顔を出したミアが、抱き着いてくるのを受け止めて、ひょいと抱き上げる。
「パパ、またお酒飲んでたの?」
「良いお酒を貰ったからな。ミアはまだ髪が濡れてるじゃないか」
「パパに乾かしてもらうの。ね、いつものふわってして」
ああ、可愛いと無表情の下で唸りながらミアを片腕で抱えてその髪に温風の魔法をかけて乾かす。ミアは心地よさそうに目を細めた。風呂で充分に温まってきたらしい愛娘はほかほかだ。
「イチロくん、ティナお姉ちゃんが探してたよ」
「本当? ティナちゃんどこに居るの?」
「ええっとね、お部屋のほうにいったよ」
「そっか、ありがとう。じゃあ、ミアちゃん、真尋くん、おやすみ。真尋くんもそれが最後の一杯だからね。ミアちゃん、パパがそれ以上、お酒を飲まないようにちゃーんと見張っててね」
「わかった、ちゃんと見てるね」
ミアが真剣な顔で頷いた。余計なことを、と一路を睨めば、一路はあっかんべーをしてちゃっかり真尋の酒瓶を没収して去っていく。普段は鈍いくせにこういうところは抜かりない。
真尋は仕方がない、と残りを一気に煽ってグラスと皿を手に部屋の中に戻る。指を振ってバルコニーに出していたテーブルをベッドわきに戻して、皿とグラスを乗せて、ベッドに腰掛けた。
「あのね、パパ、今日はこの絵本読んで」
ミアが枕の下から取り出したのは、可愛いウサギの絵が描かれた絵本だった。三日ほど前からオルガの手紙を自分で読めるようになりたいとミアは今、字の勉強を必死にしていて、いつも寝る前に真尋はその日、ミアが図書室で選んで来た絵本を読んでやるのだ。いつもジョンと一緒に選んでいるらしい。そろそろ仕事を放棄したくなる。
真尋も既にシャワーを済ませているのでベッドに寝ころび、腕の中にミアを迎え入れる。部屋の灯りを落として、光の玉を二つほど枕元と足元に浮かべて、絵本を広げる。
紡がれる物語の世界に一喜一憂する愛娘のへの愛おしさを噛み締める夜は、ゆっくりと過ぎていくのだった。
夜、十一時過ぎ、リックは、先ほどシャテンが届けてくれた各方面からの報告書や真尋への手紙を手に彼の寝室へ向かう。
仕事は一切しないと言っている真尋だが、ミアが寝た後、翌日のために書類に目を通しているのだ。それにミアが悪夢を見て必ず夜中に起きるので起きていたいというのもあるだろう。
ふと、真尋の部屋の前に人影があるのに気付いて首を傾げる。近づいていくとそれがサヴィラだと分かった。
「サヴィラくん? どうかしたのか?」
声を掛けるとサヴィラは、弾かれたように顔を上げた。
「何でもない。もう用は済んだんだ、おやすみなさい」
サヴィラは早口にそう告げるとリックの脇を走り抜けていってしまった。何だったんだ?と首を傾げるもサヴィラはあっという間に廊下の向こうに消えてしまった。
「……一応、マヒロさんに報告しておくか」
そう呟いて、主の寝室のドアをノックしたのだった。
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ここまで読んで下さって、ありがとうございました!
いつも閲覧、感想、お気に入り登録、本当にありがとうございます!!
思ったよりも真尋が親馬鹿です。
いよいよ次で最終話(予定)です!!
夜中に追記
皆様の誤解を招いてしまいましたが次回は
第1部?第1章?の最終話(予定)です!!流石の真尋も後一話で王都の教会を更地には出来ませんのでご安心を!!
次のお話も楽しんで頂ければ幸いです。
久しぶりに晴れ渡った夜空は月光の光が眩しい程に降り注ぎ、満天の星空が降ってきそうだった。
この教会は、南向きに建って居るから、本来は北のステンドグラスから月光は差し込まない筈なのにどんな魔法がかかっているのか、ティーンクトゥスの石像には、ステンドグラスの光を反射した月光の光が降り注いでいる。
真尋は、その石像を眺めて居た。最前列、真尋が埃を払った長椅子の上にはミアが真尋の神父服の上着に包まれるようにして眠っている。
あの後、真尋は早速、ミアと養子縁組し、正式に親子になった。クロードが特別にあれこれ手を回してくれたおかげだ。ミアは初めて得た住民票代わりのギルドカードに嬉しそうにはしていたが、どこか元気は無い。それもそうだろう、少女の最愛の弟であったノアは昨夜、亡くなったばかりで今朝、葬儀を済ませたばかりなのだから。ミアは今、その事実を必死に受け入れようとしている最中なのだろう。こればかりは長い時間をかけて共に居てやることしか出来ない。
一路は、眠気の限界が来たのか、真っ赤になって困るティナを有無を言わさず拉致して、いつの間にか二階に確保していた自分の寝室に引っ込んだまま出て来ない。多分、宣言通り、ティナを抱き締めて爆睡しているのだろう。魔力の回復が一番、効率的なのは、睡眠だ。それに昨夜は徹夜で此処の所、夜も忙しかったから一日八時間は確実に睡眠を確保したい一路の眠気は本当に限界だったのだと思う。
屋敷の方は、賑やかなままで少し騒々しい。一階を全て解放し、負傷した冒険者や騎士の他にも青の3地区の住居区の住民たちが来ているからだ。猿の所為で家を失ったり、怪我を負ったりした人々だ。貧民街の方は特に大きな損害は無く、シグネやトニーが報告に来てくれて、皆、元気だと言っていた。
騎士団の方は、暫くは眠れないだろうとウィルフレッドがぼやいていた。町の復旧もそうだが、この町を護るための第一大隊の約半分近くの騎士がリヨンズ派として歯向かい、護るべき領民に危害を加えた以上、騎士籍の剥奪は免れないからだ。人員はどこもギリギリなので他の隊や師団から人を回してもらう訳にもいかないらしい。冒険者ギルドとも連携して、町の警備方法の見直しをすると胃を擦りながら言っていた。
そして、死の痣を受けた負傷者たちも暫くは、様子を見ることになるだろうとナルキーサスは言っていた。彼女が過去の文献から見つけ出してきた死の痣の治療方法は、浄化の風を浴びた後、暫く聖水を薬代わりに服用することだ。但しこれは症状が軽い初期の内にのみ有効でノアやサヴィラのように腕や足が変色するほど強くなった死の痣は、神父が浄化をしないと駄目らしい。死の痣を受けた冒険者たちは、一路が片っ端から光の矢で応急処置的に死の痣を浄化したので、聖水を服用すれば命には全く別条は無いとナルキーサスが太鼓判を押していた。
何だかやけに長い一日だった、と真尋はティーンクトゥスの像を見上げながら嘆息する。それでも死者が一人も居なかったことだけは、幸いだと言えた。明日からはまた忙しいのだろう。既にクルィークの犠牲者の合同葬儀について先ほど打診があった。遺族が是非とも神父様に執り行って欲しいと言っているそうだ。
癒しをもらおう、と真尋は踵を返し、ミアの下へ向かう。ミアの隣に腰掛けてその小さな頭を撫でれば、薄っすらと目を開けたミアがもぞもぞと動いて真尋の膝に頭を乗せると腹の方に顔を向けて丸くなり、再び規則正しい寝息を零し始めた。小さな手が真尋のシャツをいつの間にかきゅうと握りしめている。うちの娘は可愛すぎやしないだろうか、と片手で口元を押さえながら、ミアの砂色の髪を撫でる。
ミアのもう片方の手には、サヴィラがミアたちの母であるオルガから預かったという手紙がある。討伐へ出発する前にサヴィラがリックから小箱を受け取ったのは見ていたが、どうやらその中身がこの手紙だったらしい。ミアは、受け取ったそれを真尋に読んで欲しくて待っていたそうだ。可愛い。
真尋はそれを気付かれない様にそっと抜き取る。安っぽい紙の封筒の中には、一枚の便箋が入っている。
幼い子供が書いたようなお世辞にも上手とはいえない文字で綴られ言葉がそこに並んでいる。
『おかあさん だいすき ミア ノア え
おかあさん とうい そら いく
ずっと いっしょ いたい できない かなしい
ミア ノア ずっと おかあさん そら みてる
しあわせ なって わらって
かぜ ひかないで
けが しないで
なかないで
おこらないで
かわいい わらって
なかよく して
おかあさん ずっと ずっと
ミア ノア あいしてる
ずっと ずっと
ミア ノア だいすき
ずっと ずっと
あいしてる
オルガ』
オルガは、読み書きが出来なかったとサヴィラは言っていた。だから多分、ダビドに文字を教えて貰って必死に書いたのだろうとも言っていた。オルガの病気のことはダビドも知っていたらしい。
オルガの手紙は所々文字が間違っていて、ほぼ単語だけの手紙だ。
けれどここにオルガの我が子への愛が確かに溢れている。
ただただミアとノアを想い、その笑顔や幸福を望む母の愛がここにあるのだ。サヴィラの言う通り、本当はオルガが誰よりも何よりもずっとずっとミアとノアと共に居たかったのだ。
手紙を封筒の中に戻してミアの手の中へと戻す。この手紙にミアの心が少しでも救われたら良いと思う。ノアが無事に母の胸に帰り、そこであの無邪気な笑顔を浮かべてくれていたらと心から思う。それは身勝手で自己満足的な願いかも知れないけれど、それでも願わずにはいられないのだ。
真尋は、ミアを風のヴェールで覆ってから、懐から取り出した煙草を咥えて、指先で火を付ける。先ほど報告に来たラウラスが吸っていたので、手を出したら何故か箱ごとくれたのだ。流石は副大隊長、平騎士の懐に有ったものよりずっと香りも良く美味しい。
ふーっと吐き出した紫煙が月光の冷たい光をキラキラと孕んで消えていく。
「……酒は飲むわ、煙草は吸うわ、口は悪いわ、碌な神父じゃねぇな」
ドアが開く音も足音も聞こえていたので驚きはしなかったが、顔を出した人物は少々意外な男だった。
レイは、通路を挟んで隣の長椅子の埃を風魔法で払うとそこにどかりと腰掛けた。俺にも一本寄越せ、と言われて真尋は煙草を一本くれてやる。レイも指先で火を点けると美味そうに煙を飲みゆっくり吐き出す。
レイの頭には包帯が巻かれ、腕にも白いそれが巻かれている。一路を庇ってくれたレイは割と酷い怪我をしていたのだ。治してやりたかったがナルキーサスに真尋も一路も今日は治療は一切禁止だと言われてしまったのだ。流石にインサニアを浄化した後は真尋の魔力もかなり低くなっていた。サンドロの飯を食べて少しは回復したが、確かに治癒魔法は今日は控えた方が良さそうだと思った。レイの怪我もナルキーサス達が治療してくれたので命に係わる訳でもない。
「良いもん吸ってんな」
「ラウラス殿がくれたものだからな」
レイは、成程な、と頷いて再び紫煙を吐き出す。会話が途切れて沈黙が降り立つ。
それから煙草を一本、吸う間、レイは黙ったままだった。真尋が短くなった煙草に火を点けて消してしまい、もう一本、吸おうかどうしようかと悩んでいる時になって漸く、レイが口を開いた。
「……これが、お前の神様か?」
目だけを向ければ、レイは真正面で此方を微笑みと共に見下ろすティーンクトゥスの石像を見上げていた。
「守護神・ティーンクトゥス。愚かで泣き虫で臆病で……それでいて、とても優しい神様だ」
「ふーん……」
聞いているのかいないのか気の抜けたような返事が返って来た。彼はぼんやりとした眼差しでティーンクトゥスを見上げている。
真尋は、ミアを包んでいた風のヴェールを解いて、再び砂色の髪を撫でる。時折白い兎の耳がぴくぴくと動いて可愛らしい。美味しいものを一杯食べさせてやりたいし、可愛い服もたくさん買ってやりたい。サンドロに弁当を作ってもらって、ピクニックに出かけるのも良いだろう。ミアにしてやりたいことも、一緒にしたいことも既に山のようにある。兎にも角にも、ミアが可愛いくて仕方がないのだ。
「…………赦されてはいけないと、思って居た」
レイの声が低く静かに教会の中に落ちる。
真尋はミアの髪を撫でながら、レイの言葉に耳を傾ける。
「赦されないままで、赦さないままでいることで、ミモザを忘れないでいられると……俺は本気で思って居たんだ」
きっとこれは、彼の懺悔なのだろうと真尋は祈るように膝の上で手を組んでティーンクトゥスを見上げる彼に思った。
「たった一人で死なせてしまった俺の罪を、赦さないままでいることで、俺は、その痛みに幸せだった時間が確かに存在していたことを信じたかった。そして、」
言葉が途切れて、真尋は顔をレイに向けた。
レイは右手で目元を覆い隠す様にして、背中を丸めていた。
「……笑って死んだミモザを憎んでしまった俺を、赦さないで欲しかった……っ」
震える声が弱々しく吐き出した言葉が虚しく落ちて行く。
膝の上で握りしめられた拳が力の入れ過ぎで筋が浮かび上がっている。微かに滲んだ魔力にレイの灰色の長い髪が揺れる。膝の上でミアが身じろいで目を覚ます。珊瑚色の瞳がレイを見つけて、レイの様子がおかしいことに気付いたのか、不安そうに真尋を見上げる。真尋は、大丈夫、と声を掛けてミアを抱き上げて膝に乗せ、小さなミアを包み込むように神父服の上着を掛ける。ミアは真尋のシャツを片手で握りしめ、もう肩の方の手に持った手紙を胸に抱くようにして心配そうにレイを見つめている。
さぁぁと冷たい風が吹き込んで来て、後ろを振り返れば教会の扉が片方開けっ放しのままだった。雨に冷やされた冷たい夜風が吹いて来て、三人の髪を揺らし、頬を撫でるようにして去っていく。
「ミモザが居なくなったら、俺は独りきりになってしまうのに……なのに、あいつは、あいつの死に顔はまるで幸福な夢でも見ているかのように、微笑んでいて……俺は、それをどうしようもなく憎んだんだ……っ」
彼の両目を覆っていた手がぱたりと落ちた。
「ソニアやジョシュへの態度は、全部八つ当たりだった。分かってたよ、ソニアが俺をローサ達と同じくらい変わりなく愛してくれてたことだって、ソニアが山猫亭とミモザの所を朝も夜も無く往復してボロボロになっていくのだってずっと見ていたんだ……っ。ジョシュやサンドロが俺を実の弟のようにも家族のようにも思ってくれていたことも全部、全部、分かってた。治癒術師が利益を無視して手を尽くしてくれたことも、ミモザの死が神父の所為なんかでもないことも、全部、俺は分かってた。……でも、俺はミモザを憎んでしまった俺が、俺は……怖かった」
レイの光を失った黄緑の瞳がティーンクトゥスを見上げる。
口元に浮かぶ微かな笑みはぞっとするほど虚しくて、冷たいものだった。
「誰よりも何よりも愛していた家族なのに、幸せだった想い出だって、愛された記憶だってちゃんと残っているのに、俺は……俺を置き去りにした父さんも母さんも……ミモザも、憎くて、憎くて、仕方が無かったんだ……っ」
その笑みが深くなって、ミアの体が強張った。
「……馬鹿だねぇ」
聞こえてきた声にレイが振り返ろうとするが、それよりも早くソニアの細い腕が後ろからレイの頭を抱き締める。
「……本当に、馬鹿な子だ」
細い腕の中でレイの体が強張った。
「憎んだって仕方がないよ、あんたには怒る権利があるんだ。アンディもソフィもミモザも……早く死に過ぎなんだよ……っ」
ソニアの涙がレイの頬に落ちた。
「あたしに幾らでも八つ当たりすればいいじゃないか。サンドロなんかあんたが怒って殴っても丈夫だから問題ないよ……ジョシュだって幾らでもあんたの話を聞いてくれる。あんたは昔から……なんでもかんでも一人で背負い込みすぎるんだ……っ。そういうところは、ソフィにそっくりだよ……少しはあんたの父親みたいにこっちに迷惑かけまくって我が儘言ったら良いんだよ……っ」
レイの手がソニアの細い腕を掴んだ。ソニアがその手に自分の手を重ねるように包み込む。
「……ごめんね」
ソニアの小さな声が落ちた。
「ソフィにあんたとミモザを守ってくれって言われたのに……あたしは、あんたもミモザも守ってやれなかった……っ。嫌われたっていいから、あんた達をうちに引き取っちまえば良かったよ。友情が壊れたっていいから、ソフィに金を押し付ければ良かった……死んだっていいから、あの時、ミモザの傍に、あんたの傍に居てやれば良かった……っ」
溢れて零れ落ちた涙がレイの頬をとめどなく濡らした。
「……なあ、なんで、ミモザは微笑ってたのかな……、熱だって高くて苦しかっただろうし、まだ十六だったのに……なんで、なんで最期にあんな綺麗な顔して幸せそうに微笑ってたのかな……」
「……愛する家族と共に過ごした十六年が幸せだったからだろう。そして、お前が妹を愛していたように、ミモザだってお前を愛していたからだろう」
真尋の言葉にソニアが振り返る。レイが僅かに顔を上げたのが分かったが長い髪の所為でその表情は分からない。
真尋は、つられて泣いているミアを抱き締めながら言葉を紡ぐ。
「お前がそこまで想う妹だ。お前を一人にしてしまうこともお前が一人を嫌うことも知っていただろうけれど……自分の命の終わりだってそこに見えていたんだ。生きたいと願う想いだってあっただろう。でもな、案外、命の終わりに関しては皮肉にも当人が誰よりも分かっているものだ。幼いころから病弱だったなら、ミモザはきっとある程度の覚悟をずっとしていただろう」
真尋はミアから返してもらったロケットを服の上から握りしめた。
真尋の最も愛する雪乃がそうであったように。
「だからせめて、笑ったんだ。苦しんだ顔で死んだら、大好きな兄さんが哀しむから……お前が気に病まないように。心配することの無いように、笑ったんだよ」
「……だが、俺は傍にいてやることも出来なかったのに……っ」
「だが、じゃない。愛とはそういうものなんだ。ミモザは、お前が自分のために王都に行ったことだって、きっと分かっていたさ。確かにミモザが息を引き取った時は一人だったかもしれない。お前やソニアがいなかったことが寂しかったかもしれない。だが、それでもミモザの傍に、心に、人生に、お前やお前の両親の愛が、ソニアたちの愛がずっと寄り添って居たんだ。だからミモザは、独りなんかじゃなかった」
レイがくしゃりと前髪を握りしめた。
「……三年前、神父さんが居れば良かったのにな……っ」
笑おうとして失敗したような声だった。
「……三年前、俺は俺が怖くて、この町を飛び出した」
掠れた声が言葉を紡ぎ出す。
「国中、色んな場所へ行った。隣国へも行った。色んなものを見た。戦場もここよりも酷い貧民街も山賊に襲われた村の果ても……綺麗なもんばっかりじゃなかったけど、でも、父さんがはしゃぎそうな豊かな森とか……母さんが好きそうな市場とか、ミモザが喜ぶだろう花畑とか、家族に見せてやりたい場所が山のようにあった、一緒にまた分け合いたい飯だって、買ってやりたい服だって、本当に色んなものがあった……でも、そう思う度にもう誰も居ないことを思い知って、死にたくなった」
ソニアの細い腕に力が込められた。
彼女が口を開くよりも先にレイが「でも」と言葉を詰まらせた。
「…………海に浮かぶ船の上で見た夕焼けがあまりにも赤くて、綺麗で……ソニアの髪の色と同じだって思ったら、無性に……ソニアに会いたくなって、帰って来たんだ……っ」
黄緑の瞳から、一粒だけ涙が零れ落ちた。
「本当は俺、一番にソニアに会いに行ったんだ……山猫亭でソニアはいつも通り笑っていて、俺は自分勝手なことに酷くがっかりした。俺が居なくても変わらないじゃないかって……でも、俺に背格好の似た灰色の髪の男が前を通り過ぎた時、ソニアが慌てて追いかけて行って、人違いだと分かると泣きそうな顔で無理矢理笑っていて、俺は自分を恥じた。ソニアが変わらず俺を想ってくれていることが嬉しかったのに。会えないと思った……会ってはいけないと、きっと、俺はソニアに酷い言葉を吐いて、傷つけてしまうと分かったから」
「……馬鹿な、息子だよ、本当に……っ」
ソニアが強くレイを抱き締める。
「あんたが元気に生きてれば、あたしは……それだけで良いんだよ。母親なんて、そんなものだよ、我が子が笑って幸せに生きていてくれれば、本当にそれで、それだけで十分なんだよ、この馬鹿息子っ! 三年も音信不通であたしがどれだけ心配したと思っているんだい!」
ごつん、とソニアがレイの頭をグーで殴った。
「……怪我人の頭を殴るなよ……痛くて涙が出るだろ……っ」
黄緑の瞳から溢れたそれにソニアがますます涙を零す。
「泣け、馬鹿息子! あたしがどれだけ胸を痛めたと思ってるんだい!」
「……ごめん……っ」
「ごめんで済んだら騎士団はいらないんだよ! 生きた心地がしなくて、お蔭で胸だってすっかり薄くなっちまって……」
「元々無いだろ」
ごつん、とまた容赦なく拳が落とされた。いてぇな、とレイは弱々しく呟いて顔を伏せる。
ソニアがレイを開放し、椅子の前に回って前から息子を抱き締めた。レイの頭を護るように胸の中に抱え込む。
「でも……帰って来たから、許してやる。次に出かける時は、必ずあたしに何か言ってから出かけるんだよ、さっきだって部屋に行ったらいないから肝を冷やしたんだ、この馬鹿息子。馬鹿、馬鹿、馬鹿レイ」
「馬鹿、ばか……言い過ぎだ……っ」
「何度だって言うよ……っ、言わなきゃあんたは分かんない、馬鹿なんだから……!」
細い背に縋るように逞しい腕が回された。
「……今まで、本当に……ごめん……っ」
レイが告げる。
「赤ん坊の頃からずっと愛してくれて、愛し続けてくれてありがとう……」
「……当たり前だよ、あんたはあたしの大事な息子なんだ。ヴィートとローサとロニーと同じ、大事な大事な馬鹿息子でうちの長男なんだから、もっとしっかりしておくれよ」
レイの押し殺しきれなかった嗚咽がソニアの腕の中から聞こえた。
三年経って、漸く彼は泣けたのだ。
「……ただいま、かあさん」
ソニアの細い肩が揺れた。
「おかえり、レイ」
涙でぐしゃぐしゃの顔でソニアが笑う。灰色の髪に頬を寄せて、宝物を抱き締めるようにして笑っている。
レイはソニアの胸に顔を埋めたまま、大きな体を震わせている。堰を切ったように泣き出したレイをソニアが強く抱き締める。
真尋は、ティーンクトゥスに、頼んだぞ、と告げて立ち上がり、教会を後にする。
外へ出て、蹴り飛ばしたままの門を避けて通りに出る。
「お花のお兄ちゃん、泣いてたね」
ミアがぽつりと言った。
「ああ。でもあれは、嬉しい涙だから良いんだ」
本当は悲しみや苦しみや、ありとあらゆるものから溢れているのだろうけれど、真尋の可愛い愛娘が心を痛めてはいけないと優しい嘘を吐く。
ミアは、そっか、と小さく笑うと真尋にぎゅうとしがみついた。真尋も神父服ごとミアを抱えなおして、自主的に門番をしている二名の騎士に声を掛けて庭へと入る。
屋敷はまだ灯りがそこら中でついていて、庭には真尋が浮かべたたくさんの光の玉が屋敷への道を照らしている。
「ねえ、パパ」
「ん?」
真尋の肩に顔を埋めたまま、ミアが口を開く。
「ノア……ちゃんとお母さんのところに行けたかな」
「勿論だ。パパが神様にちゃんと迎えに来るように頼んだし、神様はその辺はしっかりしている筈だからな。それにきっと、ミアのお母さんがノアを迎えに来てくれたはずだ」
真尋はミアの背を撫でながらゆっくりと屋敷に歩いて行く。真尋の足音が暗闇に静かに落ちる。
「……ノア、もうどこも痛くないかな」
落ちる声は、どこまでも心細く頼りない。小さな娘の心の内で不安がその根底に深く深く根ざしているのだと気付かされる。
「ああ。もうどこも痛くないし、辛くなどない」
「……ならいいの」
ミアは、細い腕を真尋の首に回してぎゅうと抱き着いて来る。
「ねえ、パパ。今日も一緒に寝てくれる?」
「明日も明後日もずっと一緒だ」
「本当?」
ミアが顔を上げる。真尋は足を止め、目の前に来たミアの鼻先にキスをして、ふわりと柔らかに笑う。
「子守唄だってつけるぞ。だから、パパと一緒に寝よう」
ミアは、安心したように眉を下げると、小さく笑って頷くとお返しに真尋の頬にキスをして、また真尋の首にぎゅうと抱き着く。真尋は、ミアの背を撫でながら、止まっていた足を動かして、屋敷へと向かったのだった。
はっきり言って、あれから一週間が経っても、忙しさに変わりは無かった。
真尋は、基本的に夜七時から翌日の午前中までは完全に全てをシャットアウトし、ミアを最優先にした。ウィルフレッドやアンナやクロードが何か言っていたが、笑顔一つで黙らせた。そして三食の食事も必ずミアと取った。これにも異議を唱えようとした者たちは笑顔で黙らせた。
それでもこの一週間は、本当に忙しかった。共同葬儀は精神的にも身体的にも疲れたが、これには全く異議も異論もない。微力ながら手助けできて良かったと思う。
問題は、それ以外のことだ。
広間にはまだ冒険者と騎士が転がっていて、治療を受け続けている。ナルキーサスやアルトゥロは既に治療院に戻ったが、それ以外の治癒術師たちが来て、治療と看護をしてくれている。残っているのは、死の痣を受けた者ばかりで今朝、真尋も自ら確認したところによればもう大分良くなっているから、あと二日もすれば聖水の服用を終えて屋敷を出られるだろう。
もう一つの広間にいた青の3地区の住人たちも応急処置を終えた自宅や親戚の家、娘や息子の家、騎士団が提供した仮住まいへと移り住み、昨日の昼には全員が屋敷を出て行った。ちなみにロボとブランカとロビンの足跡を石膏で取ってご満悦のカマルはとっくに家に戻った。
ジョシュア一家とレイも何故か屋敷で寝起きしているが、子どもたちの面倒を見てくれているし、真尋が留守の時はジョンがミアの傍についていてくれているので有難い。色々と複雑ではあるが。ソニアたちは家へ戻ったが、しょっちゅう来ては世話を焼いてくれているし、サンドロは毎晩、飯を作りに来てくれている。
思わぬところで問題が発生したのは、ルーカスとクレア夫妻とティナだった。
なんとルーカスとクレアの住んでいたアパートは猿の所為で半分が焼けて崩れて全壊、ティナのアパートも猿の所為で半焼。彼女の部屋は辛うじて無事だったが、建て替えることになって退去を余儀なくされてしまったのだ。
そこで真尋は、庭の片隅にある恐らく代々の庭師が住んでいたのであろう小さな家をルーカスとクレアに勧めた。リビングと寝室、キッチンと風呂とトイレだけの小さなログハウスだ。作業用の小さな庭もあり、それに職場が目の前になる。通うのが楽になるから実は前から目を付けていたんだとルーカスははしゃぎ、クレアは恐縮していたが、家が決まってほっとしていたようだった。とはいえ、埃だらけで掃除が必要なので、二人も今はまだ屋敷のほうで寝起きをしている。何しろ、屋敷の中が騒がしくて家を掃除するどころの話では無いのだ。
ティナの方は、一路が甘ったるい笑顔を浮かべて「僕と一緒に住もうよ。僕の部屋の隣に部屋を用意するから、ね? ティナちゃんみたいな可愛い子が一人暮らしだなんて僕、心配で心配で夜、眠れなくなっちゃうから、僕の為にも僕の傍に居て?」と口説き落としていた。一路の凄い所は鈍いが自覚すると物凄く手が早いところだ。外堀から埋めて確実に仕留める姿は流石は真尋が右腕として育てた男である。ティナは、真っ赤な顔で頷くほかなかったのだ。
そのティナは、あの薄紅色のブレットにプリムと名付けて飼う許可を妖精族の長から貰った。何でもブレットは一夫一妻制で生涯それを貫き通し、どちらかが死ぬと遺された方は死ぬまで独身を貫く愛情深い魔物だそうで、つまり、ピオンとプリムがいつの間にか番になってしまっていたのだ。それで長から特別に許可が下りたのだ。一夫一妻制を生涯貫くブレットはパートナー選びに五月蠅く、特に数の少ない薄紅色のブレットは繁殖も一苦労だそうで、番になったと報告をしたら向こうはお祭り騒ぎになったそうだ。ここで知ったのだが、妖精族の長はティナの母方の祖父だった。
魔物繋がりで、クルィークの狩人たちに捕まり、利用されていた魔獣の内、真尋の戦友のキラーベアを除く魔獣は皆、無事に森へと帰った。ただ真尋の戦友のキラーベアは、何故か森に帰りたがらず、現在、屋敷の庭に居る。従魔にした訳ではないが、真尋がポチという名前をつけようとしたら一路に駄目だと言われて、ミアが「テディ」という可愛い名前をつけて可愛がっているし、昼は庭師たちの仕事を手伝っている。枯れた木を抜くのに一役買っているらしい。それに背中に生えた岩の苔が取り放題なのでナルキーサスを始めとした治癒術師が大喜びしていた。
「……なにがどうなるか、分からないものだな」
馬車に揺られながら真尋は呟いた。
前の座席に座っていたリックが首を傾げる。ちなみにエドワードは御者をしている。
「どうかしましたか?」
「いや、この町へ来てひと月しか経っていないのに、あれこれあるものだと思ってな。まさか娘が出来るとは思わなかった。あと俺に護衛騎士が付くともな」
その言葉にリックが苦笑を零す。
彼とエドワードは騒ぎの翌日には、無事に騎士籍を取り戻して騎士に戻ったが、今回の事件で色々な思惑が動いたようで真尋専属の護衛騎士になったのだ。エドワードは一路専属の護衛騎士である。二人のマントは紺色から黒へと変わり、護衛騎士は二級からしかなれない決まりがあったらしく、二人は特別措置で二級騎士へと昇級した。エドワードはうっかりな所があるが二人とも元々昇級試験を受ける予定であったし、実力は内外から認められていたため、異議は出なかったらしい。カロリーナには、くれぐれもリックとエドワードを頼むと頭を下げられ、更にエドワードの馬鹿をどうにかまともな騎士にしてくれと力説された。その辺は、真尋よりも躾の得意な一路が頑張るだろう。
護衛騎士になった二人は、無論、真尋たちの屋敷に住むことになる。リックとエドワードは、二階の一番奥の部屋に二人で住むことにしたようだ。一人一部屋でもいいのでは、と言ったが二人が恐れ多いと固辞した。二人で一部屋では女を連れ込めないだろう、と言ったら、一路に殴られた。その時は団長室に居たのだが、リックとエドワードは真っ赤になって固まり、ウィルフレッドは両手で顔を覆って項垂れていた。レベリオだけが涼しい顔で「神父様は寛大なお方ですね」と笑っていた。
「お前もエディも初心だな」
「ええっと、はい?」
急に話を振られたリックが困惑気味に首を傾げる。何でもない、と返して小さな窓の外に顔を向ける。いつの間にか門を潜って、既に敷地内入っている。馬車はそのまま本部ではなく、その横の地下牢のある建物へと向かっていく。
騒ぎの翌日、まず真尋が着手したのは、真尋たちの屋敷の地下倉庫に閉じ込めておいたリヨンズのことだ。そこは、使用人たちが暮らす棟の地下にある倉庫だ。食料品倉庫とは別物で掃除用具が不用品などをしまっておく場所だと思われる。そこに真尋が色々と細工をして、リヨンズを閉じ込めておいたのだ。それを騎士団の地下四階の地下牢に放り込んだ。そして、リヨンズに近い、所謂、リヨンズ派の幹部と思われる連中は全てエドワードたちが閉じ込められていた地下三階の地下牢に放り込む様に言い付け、この一週間、放置してある。
馬車が停まり、リックが先に降りる。真尋も腰を上げて、馬車を降りる。
ジョシュアが言っていた通り、雨期が終わり雨雲が去ると夏がやって来た。眩い日差しが燦燦と町に降り注いでいる。この間までの肌寒さが嘘のように毎日、暑い。それでも真尋の正装は神父服で、騎士たちの制服も暑苦しいが仕方がない。
門番をしていた騎士が、真尋の姿を認めると頭を下げて扉を開けてくれる。いつの間にか修繕されたらしい扉は真新しい輝きを放っていて、真尋はリックとエドワードと共に中へと入る。
中に居た騎士が一斉に敬礼するのに手を挙げて返し、真尋はそのまま地下牢へのドアを開けて中へ入った。
地下一階には、この騒ぎに乗じて火事場泥棒をしたらしい阿呆が数人転がされている。それを横目に地下二階へと降り、そして、三階へと降りる。真尋と一緒だと暗闇も平気らしいリックはエドワードと共にしっかりとした足取りでついて来る。
右手に光の玉を出し、地下三階へ降りる。ぐっと冷え込んだ空気は心地よい。奥の気配が真尋に気付いて動いたのを感じた。
奥へ進めば、ぽつぽつと火の玉が浮かぶ地下牢に騎士服を奪われ、麻のズボンとシャツだけを身に着けた元騎士たちがいる。そこには真尋が制服を拝借したアーロンの姿もあった。
真尋は、牢の前で足を止めて辺りを見回す。
「……なんだ、殺し合いはしなかったのか」
自分でも笑ってしまうほど、冷たい声が落ちた。
中にいた元騎士たちの顔に怯えが走る。リックとエドワードは無表情でそれを見下ろしている。
三階の地下牢は、嘗て敵国の捕虜を収監していた場所である。壁と天井、そして、格子は魔法を無効にし、剣でも切れぬ特殊な鉱石で出来ているがその床はただの石材で出来ている。だからこそ、彼らはここで壁と天井と格子にさえ触れなければ、魔法が使える。
歴史とは、常に残酷な現実をその身に内包しているものだ。この牢の床や天井には暗くて分かりづらいが黒い血の跡がべったりと染みついている。
それが遠い昔の騎士たちの思惑であったのか、不満と不安が爆発した捕虜たちが勝手にやったのか、あるいは嘗てのギリシャの闘技場のような貴族の遊興だったのかは、興味も無いので分からないが、ここはそういう場所だ。
蠱毒、というおぞましい言葉が似合いの場所だ。
「殺し合いに勝った、一人だけ、を釈放すると約束したのになぁ」
真尋はくすくすと笑って、すぐ近くに座り込むアーロンへと視線を向けた。
「腕っぷしに自信が無いのか? それとも嘗ての仲間を殺すことに躊躇いが有るのか?」
アーロンは、真尋から逃げるように視線を俯けた。
「それとも、俺に全てを話す気になったか?」
真尋の問いに元騎士たちは、言いよどむ様に唇を震わせて視線を逸らした。
一週間、水も何も与えていないので彼らは大分、やつれている。髭も伸び放題でトイレが無いから糞尿を奥の方にまき散らしているから、酷い臭いがする。牢の中には騎士として凛々しかった姿は、もうどこにもない。
「……なら、そうだな。お前たちの家族もここへ連れて来よう。幸い、もう一つ、大きな牢があるしな。……年若い花盛りの娘も数名いた、そうだろう、グラント、カーク」
真尋の言葉に四十後半の男が二人、弾かれたように顔を上げた。
「ニコラスのところは、まだ息子が三歳だったな。細君は若いようであるし、娼館でも十二分に稼げるだろう。ナイジェル、お前は独身だがまだ十五の可愛い妹に責任を取って貰おう。そうだ、どうせならここに地下一階の馬鹿共を連れて来て、娘たちと一緒にしてやろうか。さあ、どうなると思う?」
真尋の問いに元騎士たちの顔が青ざめて行く。
無論、真尋はそんなことをする気はない。ここの騎士たちは自分たちがしていたことを何も家族に話していないのは、既に調査済みだし、話してあったとしても女子供を痛めつけるような趣味は真尋にはない。
「……まあいい。俺は寛大で寛容で心優しい神父様だ。もう少しだけ時間をくれてやる……今からお前たちが選んだ愚かな主の下に行ってくる。そこから俺が戻り、ここを通り抜けるまでに意思を決めておけ。全てを話して仲間を売るか、殺し合いをして独りだけ生き残るか、家族とともに一生をここで過ごすか。選択肢は三つだ、好きなものを選ぶといい。……リック、エディ、行くぞ」
真尋は、最後に甘く微笑んで踵を返し、闇の奥へと歩いて行く。
リックとエドワードが無言のままついて来る。
地下三階の最奥にある扉を開いて、真っ直ぐな階段を降りて行く。
真尋の持つ光以外は、ここに灯りは無い。ずらりと独房が並び、耳が痛くなるほどの静寂に包まれていて、目が潰されそうな程の暗い闇に覆われている。まるでインサニアの中のようだ。地下四階の独房は、天井、壁、格子、床、全てが特殊な鉱石で出来ていて、魔法は一切使えない。
真尋が最奥の独房の前に立つと椅子に縛り付けられたリヨンズの姿があった。右腕を失い、粗末な布の服を着せられた男は、あの日、屋敷で高慢な笑みを浮かべていた姿とは似ても似つかぬほどみすぼらしい姿をしていた。
リヨンズには死なれては困るので、真尋の指示で食事も水も最低限は与えられている。
「エディ、猿轡を外してやれ」
「はっ」
真尋はポケットから取り出した鍵をエドワードに渡す。エドワードはそれを受け取ると鍵を開けて中に入り、リヨンズの後ろへ回ると猿轡を外す
真尋もリックと共に中へと入り、リヨンズの前に立つ。
「……はなす、ことなど、なにもない」
顔も上げずにリヨンズが言った。
干からびた声は弱々しいが、まだそこに意地があるのが見て取れる。
「こんなことをして、ただで済むと思うなよ……リヨンズ伯爵家が、更にその同盟関係の家々が黙ってはいまいっ」
リヨンズが唸るように言って顔を上げた。ぎらぎらとした光を宿す双眸が真尋を睨み付ける。
真尋は、無表情のままとある羊皮紙の書状を取り出した。今朝、真尋の下に届けられたもので、さらに言えば昨夜領主の下に届いた書状でもある。真尋はくるくると巻かれている羊皮紙をリヨンズの目の前で広げた。訝しむように目を細めたリヨンズは、そこに踊る文字を辿るにつれて、徐々に目を見開いていく。はっ、と短く吐き出された息に真尋は目を細めた。
「……残念ながら、もうアーテル王国にリヨンズ伯爵家という家は無い。反乱の意志あり、として爵位も領地も財産も全てを没収。一族は処刑及び幽閉が決まり、伯爵夫妻とその嫡子は既にこの世にない。王家主催の舞踏会で、愚かにもお前の甥は身分も弁えず王女殿下に危害を加えようとしたらしい。幸い、王女殿下は我が領主様ご夫妻とその護衛騎士が偶然、傍に居たので御無事だったそうだがな」
真尋は甘く微笑んで見せる。
リヨンズの濃い灰色の瞳がぐらぐらと揺れる。うそだ、と震える唇が事実を拒否する。
「おいおい、俺は敬虔な神父だぞ? 嘘など吐く訳がなかろう?」
真尋は、書状をアイテムボックスに戻し、代わりに古びた日記帳を取り出した。サヴィラが隠し持っていたダビドの日記だ。そこにマイクの残したメモが挟まれていたのだ。
騒ぎの翌日、団長室にて中身は確認してあるが、あまりの内容にこの国で一番安全な場所だからということで真尋が預かっている。
それを開いて、中から一枚のメモ用紙を取り出す。手帳を乱暴に破ったらしいそれには、マイクが本当の意味で最期に遺したメッセージが刻まれている。マイクがそれを見たのか、聞いたのかは今となっては分からないが、それでもマイクが遺したものは衝撃的なものだった。これの裏付けをとることが最優先事項となっている。
真尋はそれをリヨンズの目前に突きつける。
リヨンズの目が限界まで見開かれる。まさか、と動いた唇に真尋は、思わず笑みを深めた。
メモには、ザラームとエイブの名前と共に三つの紋章が簡略化されているが描かれている。
一つは、リヨンズ伯爵家のもの。これはエイブたちの後ろにあり、彼らに向かう矢印が描かれている。エイブとザラームの前には、アルゲンテウス辺境伯家の紋章があり、エイブとザラームから矢印が伸び、大きくバツ印が描かれていて、辺境伯家の紋章の下には髑髏の絵がある。ここまでは先日、まさに起こった事件であり、皆が知っている事実だ。問題は、ザラームとエイブから真っ直ぐに伸びるもう一つの矢印だ。
その先にあるのは、四大公爵家の一つでもあるコルドウェル家の紋章だった。コルドウェル家の当主は現宰相であり現王が最も信を置く人物でもあるそうだ。
「モルスは、自分の後ろに何某かの気配があることを臭わせていた。アルゲンテウス家に打撃を与えて来いと命令されたとも……なぁ、パーヴェル」
真尋は日記帳とメモをアイテムボックスにしまって白手袋を嵌めた両手でリヨンズの顔を包み込んで、優しく微笑みかける。
「優秀なお前のことだ。話を聞いているのではないか? これが王家の意思なのか、或は、コルドウェル家の独断なのか、それとも……第三の勢力なのか」
真尋は殊更優しくリヨンズに問う。
リヨンズは固く唇を引き結んで真尋から逃げるように目を逸らした。どうあってもまだ話す気は無いようだ、と真尋は、その顔から手を離す。
仕方がない、と肩を竦めて真尋は再びリヨンズに猿轡を噛ませて、リックとエドワードを促して、外へと出る。エドワードが鍵を掛ける前に真尋は、中へと光の玉を一つ、放り込んだ。それはふよふよとリヨンズの周りを漂う。壁や天井にさえ触れなければ、これが消えることは無い。ガチャリ、と牢に鍵が掛けられる。
「この暗闇では怖いだろう? だから、今日は一つだけ光を置いて行ってやろう。では、また明日」
優しく労わるような言葉を残して、真尋はエドワードから鍵を受け取り、それをしまって踵を返す。
「……良いんですか?」
階段の手前になってエドワードが問いかけてくる。真尋は、足を止めて青年を振り返る。
「何がだ?」
「いや、あの……もっと話を聞くのかと思って」
真尋は、白手袋を外しながら肩を竦める。
「……この一週間、リヨンズは最低限の食事と水と共にこの暗闇の中にいた。食事を届ける騎士は、燭台の灯りを片手にここへ来ただろう。リヨンズにとってそれは、救いであり彼が正気を保って居られる最大の理由だ。闇の中で身動きできずに放置されれば、人はあっという間に狂う」
白手袋に火を点けて燃やしてしまう。あんなものに触れたものをいつまでも嵌めて居たくはない。これだけの為に新しい白手袋をいくつか買ったのだ。
「それにあいつは、リヨンズ伯爵家の人間であるという誇りがあった。いずれは誰かが助けに来てくれるのだという希望もな……だが、それはたった一枚の紙によって潰えてしまった。あいつは正気を保つためのものを一つ失ったのだ。そこで俺は優しく声を掛け、あの馬鹿を褒めたくもないのに褒め、そして、光を与えた。あれは俺が与えた神の光だ。見ているだけで癒されるであろうし、この暗闇の中でそれはまるで救いそのもののように思えて来るだろう」
燃えカスがはらはらと落ちて行く。
「明日はその光を奪い、爪の二、三枚も剥いでやろう。明後日は、逆にその傷を癒し、無礼を詫びて光を与えてやる。明々後日は、あいつの様子次第で決める。光の中には優しさを、暗闇には痛みと恐怖があるのを徹底的に覚えさせれば、そう待たずしてあいつは俺に全てを話すようになる」
真尋はくすくすと笑って、階段に足を掛ける。
「覚えておくといい。世の中の躾は全て、飴と鞭をどう与えるかによるのだと」
「……俺、全世界が敵に回ったとしてもマヒロさんだけは、敵に回したくないです」
「……私も」
何だかやけに強張った二人の声に真尋は二人を振り返る。
「以前、一路にも同じことを言われた」
リックとエドワードが盛大に頬を引き攣らせるのに、真尋は小さく笑って肩を竦めたのだった。
家族の命には代えられないと音を上げた元騎士たちの取り調べがひと段落して、真尋が取調室で一服していると団長室に来るようにとウィルフレッドから連絡が来た。どうやら領主様がお待ちのようだ。
真尋は、リックとエドワードと共に団長室へと向かう。咥え煙草は危ないです、とリックに怒られて渋々煙草の火を消した。その内、これも一路と同じように「吸い過ぎです!」とか言い出すのだろう。リックもエドワードも酒は飲むが、煙草は吸わないのだ。
本部へと入れば、すれ違う騎士が皆、わざわざ足を止めて騎士の礼を取る。それに手を挙げて返しながら、すれ違ったカロリーナに渡された報告書に目を通し、歩いて行く。
「……ふむ、青の3地区は一度視察の必要性があるな。神の風が吹いたから心配は無いと思うが、念のため、浄化をしたほうが良いか。ああ、それとお前たちが倒したザラームの影だが……」
「シグネさんたちの話を聞く限り、広場から出た直後からの記憶が無いそうです」
「目撃者によると広場を出て行くトニーさんに声を掛けたが無視された、とそれを追いかけた冒険者も広場を出た途端、記憶が途切れていると証言しています」
「やはり操られたか。お前に聖水を持たせておいて正解だったな」
真尋は報告書を捲りながら言った。
「俺が聖水の入った瓶でぶん殴った部分が焼け爛れたのは納得できるんですけど、どうして、サヴィラの腕を掴んだ手まで焼け爛れたんでしょうか?」
「ああ、それは俺が護りの呪文を念のために掛けていたんだ。一回きりのものだが、ザラームやその影にはそれで充分だ。傷が癒えなくなるからな。掛けておいて良かった」
読み終えた報告書をアイテムボックスにしまって、雑談を交わしながら団長室へと向かった。
ドアの前に立ち、リックがノックをしてから声を掛ける。
「マヒロ神父様と護衛騎士のリック二級騎士、エドワード二級騎士です」
ややあって、入れ、という返事がありリックがドアを開けてくれたので中へと入る。
レベリオが迎えてくれて、広い団長室、パーテーションで区切られた応接セットの方へと案内された。そこには既に領主のジークフリートが居た。二人掛けのソファに一人で座り、ウィルフレッドは一人掛けのソファに座っていた。実は、こうしてジークフリートに会うのは、広場以来だ。彼も真尋も忙しくてそれどころではなかったのだ。
「神父殿、よく来てくれた。公式の場ではない、楽にして座ってくれ」
ジークフリートが自分の正面にある二人掛けのソファを手で示して言った。真尋は、失礼いたします、と軽く一礼してから腰を下ろす。リックとエドワードは、パーテーションの向こうに控えていることにしたようだ。レベリオも真尋に紅茶を出すと向こう側に行ってしまった。
三人きりになると改めて、ジークフリートが口を開く。
「神父殿、此度の件は本当に何度、礼を言っても足りぬ。神父殿がいなければ、この町も民もそして、私自身もあのインサニアに呑まれて死んでいただろう」
「全ては神の思し召しです。私は私に出来ることをしただけです」
真尋の言葉が意外だったのか、ジークフリートは僅かに眉を寄せたあと、紅茶へと手を伸ばした。真尋もジークフリートに促されてカップに手を伸ばして口をつける。ふわりと林檎の良い香りがする。
「ウィルから話は聞いた。教会を開きたい、と……」
「ええ。既に土地ごと購入済みです。今回の件で私の活躍をクロード殿の口添えもあり商業ギルドが認めて下さいましたので、あとは領主様の許可のみ、ということになります」
探るような赤い瞳が向けられて、真尋は淡く微笑んでみせた。数瞬の間を置いて、ジークフリートは、ふっと苦笑を零してソファに身を沈めた。
「……底の見えぬお人だな、神父殿は」
天井を仰ぎながらジークフリートが言った。ウィルフレッドが「だから言ったでしょう」と涼しい顔で紅茶を飲む。
「私ほど欲に忠実に生きている人間もいないかと」
真尋はカップをテーブルに戻しながら言った。
「……まあ確かに、娘が家で待っているからという理由で断られたのは初めてだった」
「ええ、目に入れておきたいくらいに可愛い娘ですので」
ジークフリートは背もたれに乗せていた頭を上げると真尋を見て、体を起こして座り直した。そして、徐に懐から煙草を取り出すと慣れた動作で口に咥え、紫煙を燻らせる。紫煙の香りに懐に手が伸びるが、領主の前だと思い直す。するとそれに気づいたジークフリートが神父殿もと勧めてくれたので、真尋は遠慮なく煙草を取り出して火を点ける。匂いで気付いたのか、レベリオがすぐに灰皿をテーブルの上に出してくれた。ウィルフレッドもいそいそと自分のそれを取り出して火をつけた。新たな喫煙者仲間だ。屋敷には生憎とレイくらいしか仲間がいない。
「神父殿は、煙草も吸うのか」
「煙草も吸いますし、酒も飲みますし、女も抱きますよ。といっても妻だけですが……私は決して清く美しい訳ではありません。護るためならばこの神父服を血で汚すことに躊躇いもありませんでした。だから、私の神父服は黒いのかも知れませんね。血で汚れても目立ちませんから」
ふっと笑って真尋は紫煙を吐き出した。
「王都の教会の連中とは正反対だ。あれらは、酒も煙草も女も全て禁止している。とはいえ、表向きには、だ。裏では浴びるように酒を飲み、煙草も吸えば、娼婦を何人も囲っている神父もいる。それも……奴隷商から買い付けた女たちだ。表向きに禁止している以上、そうせざるを得ないし、そうしている方が楽なのだろう」
「王国の奴隷制度は犯罪者のみと聞きましたが」
「公的なものはな。奴隷商は皆、違法だ。裏の世界にだけ生きているような奴らだ。それに我がアルゲンテウス領は鉱山があり、天候も比較的に穏やかで大地の恵みも多い。そしてクラージュ騎士団が目を光らせているからそうでもないが、地域によっては同じ国内でも貧しく金に困った親が娘を売ったり、治安が悪い場所では孤児がかどわかされたりする」
ジークフリートが苦々しげに紫煙を吐き出した。
「王都のパトリア教会は、そういったものと繋がっている。それでも人が絶えないのは、これ、の所為だろう」
そう言ってジークフリートは徐に懐から繊細な装飾が施された小瓶を取り出した、透明なガラス製のそれには何か水のような液体が入っている。
おや、と真尋は眉を寄せる。
「触っても?」
ジークフリートが頷いた。
真尋は、吸いかけの煙草を灰皿の縁に置き、その小瓶を手に取る。中身は何の変哲もない水のように見えるが、魔力を感じる。ただ、真尋との相性が悪いのか持っているだけでイライラしてくる。
「それは、金貨三枚と引き換えに入手した聖水だ」
「これが金貨三枚? 効くのですか?」
「それはナルキーサスに分析させようと思って入手したものだ。効果のほどは知らんが、それで怪我や病が治り、命が助かった者がいるのはどうやら事実のようなのだ」
「私とこれはあまり相性が良くないようです。持っていると何だか気分が悪くなってくる」
真尋はそれをテーブルの上に戻した。
「神父殿、マイクのハンカチの時のように探れないのか?」
ウィルフレッドが言った。
真尋が視線を向ければ、ジークフリートが「いくつか予備が有る」と頷いた。
「では……《隠蔽解除》……これには反応が無い……では、《解読》」
ぽうっと浮かび上がったのは、誰かの魔力だ。弱々しく輝く銀灰色のそれが小瓶を包むように揺蕩う。呪文を解けば、それはすぅっと溶けるように消えた。
「何だか不思議ですね。魔力があるにはありますが……何らかの魔法を掛けたわけでは無いし、呪文の痕跡が無い。これをお借りしても? 良ければ屋敷に持ち帰って色々と試したい」
「構わん。寧ろ、頼む」
では、と真尋はそれをアイテムボックスにしまった。吸いかけの煙草を手に取り、紫煙をゆったりと楽しむ。真尋が一本、吸い切るのを待っていたかのようにジークフリートが口を開いた。
「神父殿」
「はい」
真っ直ぐな紅い眼差しに真尋は姿勢を正す。
「教会を開くことは、認めよう。神父殿はそれだけのことをこの町にしてくれた、ウィルやアンナ、クロードの話を聞いて、そして、こうして実際に話をしてみて神父殿がパトリア教の連中とは全く違う方だと分かっている。誇り高きヴェルデウルフを従魔にした見習い殿も含めて。それにティーンクトゥス教会がこの町にしてくれたことを、あの闇を祓ったその事実を町の者も分かっている。あの時、確かに神の風がこの町を吹き抜けて行ったのを皆、この身で実感したからな。だが……手紙をくれた中に有った孤児院の創設を許可することは出来ない」
何時の間に、とウィルフレッドがこちらを振り返る。
一昨日、ミアの養子縁組の件で屋敷にクロードが来た折に、領主様に会う約束があると聞いて手紙を託したのだ。どうやらジークフリートはその件についてわざわざ直接言うために会いに来てくれたようだ。
「何故か聞いても?」
その問いにジークフリートは重々しく頷いた。
「孤児院と呼ばれる施設は、王都と教会を支持する貴族の領地に幾つかあった。それらは全てパトリア教が運営していて、様々な理由で身寄りのない子供たちがそこに居た。だが、今年の社交期の中頃、社交期のメイン、王宮で行われる王家主催の舞踏会が開かれて数日が経った頃だ。パトリア教の数名の神父が、孤児院の子供たちで特に見目麗しい子供を奴隷商に売り飛ばし、利益を得ていることが発覚した。それを摘発したのは……コルドウェル公爵、宰相閣下だ」
「……随分と、時宜に適った方のお名前が出たものですね」
真尋は、アイテムボックスから日記帳を取り出し、中からマイクの遺したメモを取り出してテーブルに広げた。
「その亡くなった騎士が何を見聞きしてこれを遺したのかは分からないが、偶然ではあるまい。コルドウェル家は王家に忠実な家だが、王家が保護する教会を摘発した……あれがなにをもって、どのような意思で動いているのかまでは分からなかった。だが、年々、教会は勢力を増し、今回の王城での舞踏会で神父たちは酔いつぶれていた。名目上は葡萄ジュースと間違えたなんだとほざいておったが、教会を良く思わない貴族の心証を少しでも良くしようと踏み切ったのかもしれない。宰相閣下は、今回の事件を重く見ていると王に宣言させ、教会が孤児院を設立、運営することを禁じる法を作った。社交期が終わり貴族たちが領地に戻ったのを機に来月の中頃から施行される」
真尋は、苛立たしさを抑えようと煙草を取り出して火をつけた。
「それでは確かに私がここで開く訳にはいきませんね。貴方の立場を失くしてしまう」
「……孤児を我が子にし、領主の言葉を断って家に帰り、娘の為に仕事を調整する神父殿の人柄や報告を受けた孤児たちの健やかな様子を見るに私個人としては許可を出したいが、国がそう決めてしまった以上は、許可するわけにはいかない」
ジークフリートが、ふと皮肉な笑みをその唇の端に浮かべた。
「王国の法に教会に対する法が幾つかあるが、これはパトリア教に限ったことでは無い。皮肉なことに教会という大きな括りだ。故にティーンクトゥス教も教会と名乗る以上は、その法に準ずる。故に神父殿が思って居るより教会の活動は自由が効くだろう。……だが私もこの領地と領民を護っていかねばならない身の上だ。神父殿がこの先、その法の下にこの町で神父として生きていくのならば、その法で禁止されてしまった孤児院を許可するわけにはいかないのだ。……本当にすまない」
「謝らないでください。法の穴をついたとしても教会を開く許可を出した時点で領主殿は危ない橋を渡って下さったのでしょう? それだけでも充分です。私も一路も我が親愛なる神も感謝しています。……正直、孤児院に関しては私も悩んでいるのです」
真尋は、紫煙を吐き出して顔を伏せる。
「孤児たちに愛情が無い訳でも場所や資金に問題がある訳でもありません。教会、というものの心証がそもそも世間的に見て良くはないことが問題なのです。だからこそ、その名の下に開かれた孤児院で育った子どもらの未来に何かしらの悪影響があるのでは、と。彼らの無限の選択肢を潰してしまいかねないのでは、と……でも、生きていてこそ将来の選択肢が与えられるのも事実です。いっそ、ミアと同じように全て私の子供にしてしまおうかとも思いました。養えるだけの財力はあるので……でも」
「でも?」
ウィルフレッドが首を傾げる。
「私はミアに対して特別なものを感じて、養子という形で縁を結びました。ミアのことは本当に心の底から愛しく思っていますし、嫁には絶対にやらないと決めています。他の子どもたちも私にとっては愛おしい存在ですが、それは明らかにミアに向けるものとは違うのです。都合の良い言葉を借りれば、私はミアと親子になるのは運命だったと考えています。だからこそ、他の子どもたちにもそういう特別な運命や縁があるのではないか、彼らには彼らの家族との縁が、幸福への道標があるのではないかと思えば簡単に養子縁組をするわけにもいかなくなりました」
ふっと笑うように息を吐き出せば、吐息に混じった紫煙がふわりと広がって消える。
「……とはいえ、私が個人的に預かっている分には問題ないですよね?」
「まだ法は施行されていないからな」
言外にあまり時間は無い、と言われて真尋は短くなった煙草を灰皿に押し付けた。
「それまでにはどうにか抜け道を探しますよ。もし、その法の詳細が分かりましたらすぐに連絡ください」
「分かった、そのように取り計らおう」
「有難く存じます」
真尋はふっと微笑んで礼を言い、ぬるくなってしまった紅茶に手を伸ばした。
それからは真尋が行った取り調べ前半戦の報告やインサニア及びザラームとモルスに関する詳細な報告と情報交換をしたのだった。
夕食を終えて、真尋はティナと風呂に入ると約束したらしいミアを見送って、自室のバルコニーで一人、帰り際にジークフリートが持たせてくれた蒸留酒を飲んでいた。部屋に戻る前にサンドロにつまみを頼んだら、ナッツ類とドライフルーツのちょっとした盛り合わせをくれた。
フーッと吐き出した紫煙が星の瞬く夜空に消えてくのを欄干に寄り掛かって眺めながら、酒を煽る。
庭では、テディがもぞもぞと餌を食べている。テディは雑食なので何でも食べる。今日は庭師たちがくれたらしい雑草の山とサンドロからは野菜の皮などの残飯、それ以外に安かったからと箱ごと買ってきた大量の林檎だ。テディは、大きな木の下に座り込んで、雑草を食べたり残飯を食べたり、林檎を食べたりと忙しそうだ。白銀の狼の親子は姿が見えないから屋敷の中に居るのだろう。
屋敷のどこかの窓が開いているのか、子どもたちの賑やかな笑い声が聞こえて来た。子どもたちが風呂から上がったのだろう「はやく服を着なさい!」と笑いながら叱るプリシラの声や「捕まえた! ほら服を着ろ!」と笑うジョシュアの声がする。
「はぁ……誰がこの人に煙草なんてものを教えたのか」
これ見よがしに吐き出されたため息に振り返れば、マグカップを片手に一路が立っていた。胡乱な目が真尋の煙草と酒に向けられている。真尋は何となく酒の入ったグラスを自分の方に引き寄せる。
一路は、やれやれと肩を竦めると隣にやって来た。バルコニーには小さな丸テーブルが置かれていて、そこに真尋の酒瓶とつまみの皿が置かれている。一路はマグカップを欄干に置き、そのテーブルの上の皿ドライフルーツを一つ摘まむと自分の口に放り入れ、もぐもぐと食べながら欄干にひょいと登って腰掛けた。それを横目に真尋もナッツに手を伸ばす。カリカリと良い音がして香ばしい旨味が堪らない逸品だ。
「……孤児院、駄目だったんだって?」
一路がひょいと指を振って皿を自分の手の中に納め、ドライフルーツばかりを食べながら言った。
真尋は、紫煙を吐き出して、ああ、と頷いた。
「エディに聞いたのか」
「と、リックさん。マヒロさんが悩んでいるかもしれないからって教えてくれたんだよ」
これ甘くていいね、と一路が口元をほころばせる。
真尋は、ちびちびと酒を煽りながら空を見上げる。
「どうしたものかなと思ってな。このまま孤児院という名を持たず、サヴィラたちを養うくらいはどうってことは無いが……あいつらの将来を考えれば、そうはいかないだろう。俺達の今後は俺達次第で、まだ教会というものがどう転がるか分からん。……子どもたちの人生は子どもたちのものだ。その時、この教会の名が彼らの人生を邪魔することがあってはならない」
「……まあね、きっとこれから僕らには味方も増えるだろうけれど、同じだけ敵だって増える。ザラームとモルスだって多分まだどこかで生きてるんだろうしね」
「ミアのことも不安が無いわけじゃないが……ミアに関してはこうなる運命だったと思っているんだ。それにどうやら教会も何も関係なさそうな有力な婿殿候補が居るしな……考えたくないが」
「ジョンくん、分かりやすいよね。プリシラさんがジョシュそっくりって言ってたよ」
一路がくすくすと笑う。それをじっと睨んでみるが親友はどこ吹く風だ。こいつだってその内、娘が出来たら真尋の気持ちが痛いほどに分かるだろう。
「まあ、何にせよ……どうしたものか、と流石の俺でも悩んでしまう」
ふっと自嘲気味に笑って、また一路の持つ皿から胡桃をつまむ。一路はナッツ類には目もくれず、ドライフルーツをせっせと消費している。マグカップの中身は、どうやら甘ったるいホットチョコレートのようだ。夏の夜には不似合いだと思う。
「数年だけじゃダメなんだ。貧民街が無くなったとしても、命が突然消えるものである限り孤児は生まれ続ける。数年、数十年と続いていくように努力しなければならない。数十年後にはもしかしたら法律がまた変わって、教会も孤児院を開けるようになるかもしれないが、それでは遅い」
「そうだよね……彼らの明日だけじゃなくて、十年後の明日も三十年後の明日も守れるようにしなきゃならないんだもんね。……こればっかりは一晩だけじゃだめだよ。クロードさんとかにも話を聞いてみようよ」
「それもそうだな。カマルに聞くのもいいかもしれんな、商売ごとに関してはプロだ」
そう返して真尋は、短くなった煙草を灰皿に押し付けて火を消す。氷が解けて薄くなった酒を一気に飲んで、再び酒瓶を傾ける。琥珀色の液体が注がれると氷がカランと音を立てる。
ぼんやりとそれを眺めていると視線を感じて目を向ければ、琥珀に緑の混じる森色の瞳とかち合った。心配するような色がそこに滲んでいる。
「……それ以外に、何か悩んでるでしょ」
「……敵わんな」
「ふふっ、幼馴染の目は騙せないよ」
一路は揶揄するように言って、マグカップに口をつけた。
真尋は、二本目の煙草を取り出して指先で火を点ける。酒の入ったグラスを揺らせば、カランコロンと氷が涼しげな音を立てた。
「ミアがな、毎晩、泣くんだ」
一路は何も言わなかったが聞いてくれているのは分かる。
空を見上げて、二つの月の眩しさに目を細める。
「多分、何かしらの夢を見ているんだ。それで必死に俺にしがみついて、ノアを呼んだり、母親を呼んだりして、最後に必ず一人にしないで、と泣く。俺はそんなミアを抱き締めて、ずっと一緒だと言ってやることしか出来ないんだ。それにジョンが、昼間は笑っているが無理している時が有ると教えてくれた。ふとした時に、泣きそうな顔をしていると……」
抱き締めてやることしか出来ない自分が不甲斐なくて、腹立たしいのだ。
「……まだ一週間だもん。ミアちゃんだってそう簡単には心の整理はつけられないよ」
「それは、そうなんだがな……もどかしくて、仕方がないんだ」
「抱き締めてくれる人がいるっているのは、幸せなことだよ。そうやって泣けるのは、君の腕の中があったかくて、泣いても良い場所だとミアちゃんがちゃんと分かっているからだよ。そういう泣き方って甘えることの一つで、ミアちゃんは一生懸命、パパに甘えてるんじゃないかな?」
真尋は、ぱちりと目を瞬かせて親友を振り返る。一路は、彼らしい柔らかな笑みを浮かべている。
「……そう考えると、余計にミアが愛しいな」
「はいはい。君の親馬鹿っぷりには脱帽です」
一路がくすくすと笑ってマグカップの中身を飲み干した。皿の上からは綺麗にドライフルーツだけが消えている。
「パパー? パパ、どこー?」
「ミア、パパはバルコニーだ」
ミアの声が聞こえて真尋は慌てて煙草を消して、灰皿の中に放り込んだ。カーテンを捲って顔を出したミアが、抱き着いてくるのを受け止めて、ひょいと抱き上げる。
「パパ、またお酒飲んでたの?」
「良いお酒を貰ったからな。ミアはまだ髪が濡れてるじゃないか」
「パパに乾かしてもらうの。ね、いつものふわってして」
ああ、可愛いと無表情の下で唸りながらミアを片腕で抱えてその髪に温風の魔法をかけて乾かす。ミアは心地よさそうに目を細めた。風呂で充分に温まってきたらしい愛娘はほかほかだ。
「イチロくん、ティナお姉ちゃんが探してたよ」
「本当? ティナちゃんどこに居るの?」
「ええっとね、お部屋のほうにいったよ」
「そっか、ありがとう。じゃあ、ミアちゃん、真尋くん、おやすみ。真尋くんもそれが最後の一杯だからね。ミアちゃん、パパがそれ以上、お酒を飲まないようにちゃーんと見張っててね」
「わかった、ちゃんと見てるね」
ミアが真剣な顔で頷いた。余計なことを、と一路を睨めば、一路はあっかんべーをしてちゃっかり真尋の酒瓶を没収して去っていく。普段は鈍いくせにこういうところは抜かりない。
真尋は仕方がない、と残りを一気に煽ってグラスと皿を手に部屋の中に戻る。指を振ってバルコニーに出していたテーブルをベッドわきに戻して、皿とグラスを乗せて、ベッドに腰掛けた。
「あのね、パパ、今日はこの絵本読んで」
ミアが枕の下から取り出したのは、可愛いウサギの絵が描かれた絵本だった。三日ほど前からオルガの手紙を自分で読めるようになりたいとミアは今、字の勉強を必死にしていて、いつも寝る前に真尋はその日、ミアが図書室で選んで来た絵本を読んでやるのだ。いつもジョンと一緒に選んでいるらしい。そろそろ仕事を放棄したくなる。
真尋も既にシャワーを済ませているのでベッドに寝ころび、腕の中にミアを迎え入れる。部屋の灯りを落として、光の玉を二つほど枕元と足元に浮かべて、絵本を広げる。
紡がれる物語の世界に一喜一憂する愛娘のへの愛おしさを噛み締める夜は、ゆっくりと過ぎていくのだった。
夜、十一時過ぎ、リックは、先ほどシャテンが届けてくれた各方面からの報告書や真尋への手紙を手に彼の寝室へ向かう。
仕事は一切しないと言っている真尋だが、ミアが寝た後、翌日のために書類に目を通しているのだ。それにミアが悪夢を見て必ず夜中に起きるので起きていたいというのもあるだろう。
ふと、真尋の部屋の前に人影があるのに気付いて首を傾げる。近づいていくとそれがサヴィラだと分かった。
「サヴィラくん? どうかしたのか?」
声を掛けるとサヴィラは、弾かれたように顔を上げた。
「何でもない。もう用は済んだんだ、おやすみなさい」
サヴィラは早口にそう告げるとリックの脇を走り抜けていってしまった。何だったんだ?と首を傾げるもサヴィラはあっという間に廊下の向こうに消えてしまった。
「……一応、マヒロさんに報告しておくか」
そう呟いて、主の寝室のドアをノックしたのだった。
――――――――――――
ここまで読んで下さって、ありがとうございました!
いつも閲覧、感想、お気に入り登録、本当にありがとうございます!!
思ったよりも真尋が親馬鹿です。
いよいよ次で最終話(予定)です!!
夜中に追記
皆様の誤解を招いてしまいましたが次回は
第1部?第1章?の最終話(予定)です!!流石の真尋も後一話で王都の教会を更地には出来ませんのでご安心を!!
次のお話も楽しんで頂ければ幸いです。
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