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番外編
執事と奥様inイギリス 中編
しおりを挟む本日は、寒いです。
ロンドン、寒すぎやしませんか。私は寒いのがあまり得意ではないのですが、双子様も真奈美様も一路様も海斗様もお元気そうで何よりです。
皆さん、コートにマフラーに手袋や帽子などなど防寒はばっちりです。私も今日は普通の私服にマフラーとロングコートを着用しております。執事がいる=お金持ちですから、余計なトラブルに巻き込まれないためにも大事なことなのでございます。日本だとコスプレかそういう遊びだと勘違いされることのほうが多いので、ありがたいですね。(ただの変人だからやめろと言っている by真尋)
私たちがいるのは、ロンドンで最も有名なクリスマスマーケットの一つ、ハイドバークというウェストミンスター地区からケンジントン地区にかけて存在する広大な王立公園で開催されているウィンターワンダーランドです。
伝統的なクリスマスマーケットはもちろん、スケートリンクや遊園地、様々な催しも開かれており、とても大勢の人々で賑わっています。私は真奈美様と手をつなぐ双子様の後ろを周辺の警戒をしながらついていきます。一路様と海斗様は、真奈美様達の前を会場内の案内をしながら歩いています。このマーケットには何度も来たことがあるそうです。
雪乃様も来たがっていたのですが、この寒さで、この人ごみは雪乃様には向いておりません。ですので真尋様とホテルでお留守番です。体調を崩されては一大事ですからね。
「雪ちゃんのお土産、なにがいいかな」
「お兄ちゃんはね、食べ物だよ!」
「そうねえ。真尋は食べ物ね。雪ちゃんは、何か形に残るものがいいわね」
双子様と真奈美様は、きょろきょろと楽しそうにお店を見ながら進んでいきます。
「ねえ、お母さん、お土産の前に遊園地行ってみたい! あそこに見えてるやつ!」
「あら、楽しそうね。いいわよ、行っちゃいましょ!」
真智様のお願いに真奈美様が楽しそうに笑って、私たちは移動式遊園地のほうへと歩き出します
どこをみても、誰もかれもが楽しそうで、私まで自然と笑顔になってしまいます。双子様は、スケートもやってみたい、と海斗様におねだりしていました。可愛らしいですね。もちろん、音声付きでカメラに収めてございます。
遊園地は移動式だなんて思えないほど、観覧車やメリーゴーラウンド、ジェットコースターなどなど様々なアトラクションが用意されていました。入園料がない代わりに、アトラクション近くにある小屋でトークンと呼ばれる代用貨幣を購入して、アトラクションごとに料金を払う仕組みだそうです。ちなみに1トークン=1ポンドで、人気のアトラクションは9トークン前後で、安いアトラクションは3から5トークンくらいだそうです。
「ねえねえ、海斗くん、ジェットコースター乗ろうよ!」
「いいけど、咲は?」
真智様が海斗様にねだります。海斗様が首をかしげると、真咲様はぶんぶんと首を横に振りました。真咲様(と一路様)は絶叫系のアトラクションはあまりお好きではないのです。幼稚園児も乗れるような規模なら平気ですが、ここから見る限り、なんだかかなりの角度を誇るレーンをジェットコースターが勢いよく走っています。私もこんなに勢いのあるものはちょっと遠慮願いたいです。
「お母さんも乗りたーい!」
「お母さんは平気なの?」
「平気よ~。咲、お母さんはちぃとジェットコースター乗って来るから、その間にみっちゃんと一くんと、お母さんと遊ぶ次のアトラクションを決めておいてね。もちろん、ジェットコースターは凄く並んでいるから他ので遊んでいてもいいからね」
「うん! あのね、手を振るから順番が来たら教えてね」
「りょーかい!」
真咲様が元気よくお返事をして、ついでにお願いもすると真奈美様はにっこり笑って頷きました。
海斗様とともに真奈美様と真智様が、ジェットコースターへと歩き出しました。私たちはその背を見送って、他のアトラクションをめぐって行きます。どうしてかメリーゴーラウンドも観覧車も心なしか日本のものよりスピードが速いような気が致します。
アトラクションとアトラクションの隙間を埋めるように、そこには屋台が並んでいます。なんでもダーツや射的で点数を稼いで、その合計点に応じてずらりと並ぶ大小さまざまなぬいぐるみを貰えるそうです。
「一路くん、みっちゃん、僕、ダーツやってみたい」
「いいよ。どの景品がいい?」
一路様と真咲様が屋台の軒先にずらりと並ぶ景品を吟味します。
「僕、このテディベアがいいな。お母さんにプレゼントするの」
「じゃあ、頑張って点数稼ごうね!」
一路様が真咲様の頭を撫でて、お店の人に声を掛けます。
ダーツを三本、受け取り、一路様に教わりながら投げました。一投目は見事に当たって、風船が割れました。二投目は外れてしまいましたが、三投目は見事に当たって、再び風船が割れる音が響きました。
『すごーい上手だね! えーっと、全部で八ポイント、ここのぬいぐるみから選んでね!』
店員のお姉さんが指差したのは、腕に抱えるサイズのぬいぐるみの並ぶゾーンでした。
真咲様は、うんうんと一生懸命悩んで、ベージュで首にピンクのリボンを巻いたテディベアを選びました。触り心地の良さそうなテディベアは、こころなしか真奈美様に似ているような気がしました。
テディベアを抱えて、次へと歩き出します。真咲様が、真奈美様と乗るのはメリーゴーラウンドと決めるまでに、一路様が、チョコレートを賭け金にしたゲームをして、見事に勝ち、二キロのチョコレートをゲットしました。テディベアを抱えるかのような嬉しそうなお顔で一路様は二キロのチョコレートを抱えています。
そうこうしている内に海斗様から連絡が来て、私たちはジェットコースターのほうへと戻ります。
少し離れた場所で待っていると運良く先頭に真奈美様と真智様が並んで座っていました。海斗様はその後ろにいます。
場所をなんとなく伝えていたので、こちらに気付いた真奈美様たちが手を振って下さいました。
「うわぁ、あんなに高く登って行くよ」
「すごいねぇ」
真咲様と一路様が一生懸命、首を上に向けて彼らの行く先を見守っています。そんなお可愛らしいお二人の姿もしっかり、記録しておきます。
そしていよいよ、ジェットコースターは一気に坂を下ります。絶叫が辺りに元気よく響き渡って、見ている私たちも、なんだか足元がふわっとした気がしました。
あっという間にコースを一周して、あとは皆さんが戻って来るのを待ちます。
「あんなに早くて、怖くないのかな」
「僕はほどほどがいいなぁ。スカイダイビングとかもよくできるよね」
「真智はやってみたいって、言ってたよ」
「真尋くんもああいうの平気なんだよねぇ。みっちゃんは? スカイダイビングとかどう?」
「私もちょっと……ですが、下に真尋様が居て下さるなら、喜んで飛びます」
「ブレないねぇ」
一路様と真咲様が、くすくすと笑います
「咲、一くん、みっちゃーん!」
真奈美様の声に顔を上げれば、興奮に頬を上気させた三人がこちらに戻ってきました。
「ちぃ、楽しかった?」
「うん! 咲も乗ればいいのに」
「僕はいいよ……」
真咲様が苦笑交じりに応えます。海斗様は、一路様が腕に抱えるチョコレートに気付いて、目を丸くして「どうしたの、それ」と首をかしげていました。一路様が「ゲームの景品、いいでしょ」と笑えば「俺の弟が今日も可愛い!!」と叫んで抱き締めていました。鈴木兄弟も仲が良くてなによりでございます。
「あら、咲、可愛いクマさんをつれているのね」
真奈美様が真咲様の腕に抱えられたテディベアに気付きました。真咲様は「はい! お母さん!」と真奈美様にテディベアを差し出します。真奈美様が目を丸くしながら、それを受け取りました。
「お母さんにあげようと思ってね、ダーツでとったの!」
「……ほ、本当? ……嬉しい! ありがとう、愛してるわ!」
真奈美様が破顔して、テディベアごと真咲様を抱き締めて、頬や額にキスをします。真咲様はくすぐったそうに首を竦めながらも、嬉しそうに笑っています。
「僕もお母さんに何かプレゼントする!!」
「じゃあ、今度は俺と屋台を巡ろうか。咲、乗り物決めた?」
ふふっと笑って真智様の頭を撫でながら、海斗様が言いました。
「決めたよ、メリーゴーラウンド!」
「じゃあ、そっちに移動しよ。真智は、どの屋台にするか決めてね」
「うん!」
元気よくお返事をして、真智様が海斗様の手を取ります。真奈美様はご機嫌に片腕にテディベア、もう片方の手は真咲様と繋いで歩き出します。私は一路様と並んで、その後をゆったりと着いて行きます。
ゲームの屋台以外にもカラフルな綿あめの屋台もあって、いつの間にか一路様がプラスチック製の大きなバケツにはいった綿あめを腕にかけていした。
そして、真咲様が真奈美様と一路様がメリーゴーラウンドの順番を待っている間に(一路様のチョコレートと綿あめは私が預からせて頂きました)、今度は真智様がダーツでテディベアを見事にゲットしました。
真咲様が獲ったものより色の濃いココア色で、首に青の蝶ネクタイをしていました。
私たちは、そろそろ順番だという連絡をもらって、メリーゴーラウンドへと戻ります。
「ねえ、海斗くん」
「ん?」
首をかしげる海斗様は、脇に巨大なウサギのぬいぐるみを抱えていました。真っ白なウサギは、海斗様が射的の屋台でパーフェクトスコアを叩き出し、見事にゲットした代物です。「双子を見習って、俺も母さんに」と言っていました。
「……これ、お父さんにあげたら、よろこぶかなぁ」
真智様が腕の中のテディベアに視線を落としながら言いました。
「真琴さんは、大人の男性だからね。どうだろう」
海斗様の耳触りの良い嘘は決して言わず、けれど現実を伝えるにあたって優しい言葉を選んでくださるところを私はとても尊敬しています。真尋様は「あの人はそんなものに興味はないだろうな」とズバッと言っちゃいますのでね。そんなところも潔くて大好きでございますが。
「でも、お母さんとお揃いだよ?」
「それはポイントが高いなぁ。じゃあ、お母さんに意見を聞いてみたらどうだろう。真琴さんのことは、真奈美さんが一番よく理解ってるだろう?」
「うん。お兄ちゃんのこともね、雪ちゃんが一番知ってるよ!」
真智様が言いました。
雪乃様は、一般人百人が百人全員「無表情」と答えるであろう真尋様の顔を見て「あら、夕ご飯を急遽お肉からお魚にメニュー変更したから拗ねてるわ。可愛いわね」と言い当てる方でございますので。
「ちぃは、真琴さんに会いたい?」
「今は会いたくない。……だってお父さん、お兄ちゃん殴ったもん。花村先生が、暴力は一番いけないって言ってたもん」
海斗様の問いに真智様はそう答えました。
花村先生は、真智様と真咲様の担任の先生でございます。
「そうだね。暴力は何も生み出さないからね」
海斗様は深く頷きました。
「でも……お父さんのことだって、僕は嫌いじゃないよ……あんまり好きでもないけど、仲間外れはよくないもん」
子どもって素直ですよね。まさに彼らに対する自分の心を映す鏡のような存在だと、私は常々思っております。
海斗様の大きな手が、真智様の頭をくしゃくしゃと撫でました。
「真智は偉いね。真琴さんも人の話をもうちょっとちゃんと聞けるようになるといいんだけどね」
「お父さんの、いつも勝手に決めちゃうとこはよくないと思う。お兄ちゃんはちゃんとお話聞いてくれるのに」
ごもっともでございます、と私と海斗様は、うんうんと頷いてしまいました。
真尋様は、ああ見えて人の話はきちんと聞いて下さいます。アドバイスもしっかりしてくださいますし(面倒くさい案件に対しては投げやりなこともございますが)、真剣に向き合って下さる優しい方です。
ですが、真琴様は周りにイエスマンしかおらず、雪乃様の言う通り、お山の大将なので根本的に人の話を聞かず、独断で決めてしまいます。これまでずっとそうしてきましたし、その決定に逆らう人がいなかったからです。溺愛する奥さまの真奈美様は別のようですが、息子たちはその決定に逆らうなんて思ってもいないのです。自分が親に逆らったことがないのも一因かもしれませんが。
「海斗くんのお父さんは、ちゃんとお話聞いてくれる?」
「うん。父さんは相手のお話を聞いて、悩みを解決するのが仕事だからね」
海斗様のお父様は、世界で活躍する国際弁護士なのでございます。
そっかぁ、と呟いて真智様が腕の中にテディベアに視線を落としました。
「あ、ほら、メリーゴーラウンドが見えてきたよ」
海斗様の言葉に真智様はすぐに顔を上げました。
私たちは日本のものより回転速度が速いような気がするメリーゴーラウンドの近くで待機していると、白馬に乗った一路様と馬車に乗った真咲様と真奈美様の姿が見えました。真奈美様の膝の上にはテディベアがちょこんと座っていました。
私たちは手を振って(写真も撮って)、その時間を楽しみます。
さきほどと同じようにしばらくして、真咲様たちが戻ってきます。
「楽しかったよ!」
「久々に乗ったわ。ふふっ、案外、楽しいものねぇ」
「僕も小学生以来かも」
三者三様の感想を述べています。
私はチョコレートと綿あめを一路様にお返しします。一路様は、今度は兄が抱える大きなウサギに驚いておられるようでした。
「ねえ、お母さん」
「なぁに?」
真智様がココア色のテディベアを真奈美様に見せます。
あら、可愛い、と真奈美様が微笑みます。
「あのね、お母さんには真咲があげたでしょ? これ……お父さんにあげてもいい? お父さん、喜ぶかな?」
真智様の言葉に真奈美様が、ぱちり、ぱちりと瞬きを繰り返しました。
「……真琴さんに?」
「うん。お母さんにあげて、お兄ちゃんと雪ちゃんにもお土産を買うのに、お父さんばっかり仲間外れは可哀想かなって。でも、お父さん、こういうの喜ぶかな?」
真奈美様の細い手が真智様の腕の中のテディベアを撫でました。まるで、赤ちゃんを撫でるかのような優しい手つきです。
「お母さんも分からないけど……真琴さんにこんなに可愛い子を贈ったことはないから。でも……きっと、真智からだったら喜んでくれると思うわ」
そう言って真奈美様はとびきり優しく微笑みました。
きっと、という言葉になんだか、そうであってほしいという願いが込められているのに気づいて私は目を伏せました。あの人が、息子がくれたからとクマのぬいぐるみに興味を持つとは、正直なところ、思えませんでした。
「お母さんのテディベアとお揃いなんだよ」
「なら余計に喜ぶかもね」
真奈美様は、愛おしそうに目を細めて真智様の頭を撫でました。
真智様は、なんだか嬉しそうな顔で、うん、と頷きました。真咲様が「よかったね」と笑います。
こんなに優しくていい子たちなのに、どうしてあの人は気づけないのでしょうか。
「さて、そろそろお昼ご飯にしようか?」
「「賛成!!」
海斗様の提案に双子様がぱっと顔を輝かせます。
そうして私たちは、フード系の屋台が並ぶエリアへと移動したのでした。
「ふふっ、咲ちゃんもちぃちゃんも楽しそうね」
隣に座る雪乃が、俺の持つスマホを覗き込んで、柔らかく目を細める。
小さな画面の中で、真智が真咲たちの乗るメリーゴーラウンドに向かって手を振っている。賑やかな音楽と楽しそうな雰囲気が動画を通してこちらにも伝わって来る。
園田が送って来てくれた動画をホテルの部屋のリビングのソファに並んで座り、鑑賞している最中だ。
「私も行ってみたいわ」
「寒いからな……」
簡単に「いいぞ」とは俺も言えない。
ロンドンはとにかく寒いのだ。そこで何時間も人ごみの中で過ごすのは、雪乃には向いていない。
すると雪乃が困ったように眉を下げて笑う。
「ごめんなさい、困らせたいわけじゃないのよ」
「……困ってはないが、君の願いを叶えられないのは、悔しいな」
「ふふっ、その気持ちだけで嬉しいわ」
こてん、と雪乃がよりかかってくる。俺はそのつむじにキスをして、彼女を抱き寄せる腕に力を込める。
折角の二人きりの時間だ。キスを仕掛けようとしたところで、スマホの画面に「クソ親父」という名前が浮かんで、電話の呼び出し音が鳴る。
「あら、いけない。手が滑ったわぁ」
うふっと笑った雪乃の細い指が、躊躇いなく切るボタンを押した。
思わず妻を見るが、雪乃はニコニコしている。どうやら彼女はまだ俺の父親に対して、先日の怒りを継続させているようだった。彼女をここまで怒らせるなんて、きっとあの人にしかできない。初めて尊敬したかもしれない。
だがしかし、性懲りもなく再び電話がかかって来る。今度は俺が電話を切ろうとしたのだが、雪乃がすっと俺の手からスマホを抜き取り、通話ボタンを押し、更にスピーカーにする。
『もしもし、お前、どこにいるんだ』
「あらやだ、名前も名乗れないのかしら。詐欺じゃ困るわぁ」
雪乃の声がしたことに父が息を飲んだのが聞こえて来る。
おそらく、連絡先が間違っていないか確認したのだろう。数拍の間が空く。
『……真琴、だ。どうして君が』
「ごきげんよう、お義父様。雪乃です。……真尋さんは席を外しているんです。なのに、リンリンうるさいものだから」
『真尋は?』
「私の旦那様に何か御用かしら?」
『……家に誰もいないんだが?』
「ええ、旅行中ですから」
『旅行? 何を勝手』
「お義父様の許可なんていります?」
『……っ、いや、その……何も、聞いていなかったので、驚いた、だけで』
どうやら父は、先日、雪乃に容赦なく反撃されたため、彼女を警戒しているようだった。俺はなんとか腹筋に力を入れて、笑いだすのをぐっと堪える。こんなにうろたえている父は初めてだ。俺の妻はやっぱり最高だ。
「どうせ、お義母様にふられたから、うちにいるんじゃないかって様子を見に来たのでしょう?」
再び息を呑む音が聞こえた。どうやら図星のようだ。
例年は年末年始、両親は予定を合わせて一緒に過ごしているので、それを断られて焦って帰って来たのか、母が俺たちを説得していると思って意気揚々と帰って来たかのどちらかだろう。
「お義母様でしたら、双子ちゃんとお出かけしています」
『ボディガードも日本に置き去りにして?』
「だって、攫われて、無理矢理フランスに連れて行かれたら困るでしょう? それにボディガードなら、充さんと海斗くんと一くんがいますもの」
『君は俺を馬鹿にし過ぎじゃないか』
「勘違いなさらないで、お義父様。信用していないだけですわ」
あまりにも雪乃が清々しい笑顔で言うものだから、変な声が漏れそうになって俺は片手で口元を覆った。腹筋が死にそうだ。
きっとあの人の頬は盛大に引き攣っているだろう。その顔だけは拝みたかったかもしれない。
「……ところで、お義父様。お義父様は、テディベアに興味がおあり?」
『は?』
「テディベアですわ」
『あんなものになんの意味があるんだ』
「真咲がお義母様にって、テディベアを贈ったんです」
園田から、テディベアについても一部、音声付きで送られてきていたのだ。あいつはボイスレコーダーを扱わせたら一流だ。
『それで?』
「……それを見た真智が、仲間外れはよくないからって、お義父様にって用意してくれているんです」
『…………』
「だけど、お義父様がテディベアを喜ぶか分からないって真智は言うんです。そうでしょうね。あなたが人の話を聞かない、家に帰って来ない、自分に興味がない、それくらいしかあの子たちは、父親について分からないんですもの」
返す言葉は未だに父は見つからないようだった。
「ねえ、お義父様……それでも、そのテディベアにはなんの意味もないかしら。ただの布と綿の塊かしら?」
雪乃の問いに、きっと、父は思考が混乱していることだろう。
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「お義父様、貴方たちの息子は、ちゃんと心があるんですよ。一番上の息子は分かり辛いかも知れないけれど……あの人だって傷付くし、哀しむんですよ」
『……あいつが、か? にこりともしないのに』
「ええ。目に見えるモノだけが、正解ではありませんでしょう? 見えないものを、相手の心を大事にするのが思いやりです」
父は再び押し黙った。
「どうせお義父様のことだから、あとで部下に私たちの居場所を調べさせるのでしょう? でも、今回はもうそっとしておいてくださいな。そのテディベアを受け取る気があるのなら、あの子たちをこれ以上、傷つけないでください。……あの子たち、お義母様からも逃げ出したんですよ。フランスに連れていかれると思って」
『…………真奈美に、電話に出るようにだけ、伝えてもらえるか』
「ええ。それくらいならいくらでも」
『…………ありがとう。失礼する』
俺は父が素直にお礼を言うなんて初めて聞いた。雪乃は「よいお年を」と告げて、通話を終了した。真尋のスマホは、そっとテーブルの上に置かれる。
「君は、やっぱりすごいな」
「ふふっ、真尋さんの妻だもの」
雪乃は朗らかに笑って、俺に寄りかかる。
そのぬくもりが途方もなく愛おしくて、俺は彼女を抱き締める。そうすれば、細い腕はいつだって俺の背を抱き締め返してくれる。
「時間はかかるかも知れないけれど……いつか、気づけるといいわね。」
「……ああ」
あまりに小さな返事だったかもしれないが、雪乃は俺の背を撫でながら「大丈夫よ」と柔らかに微笑んだのだった。
「あの、オーナメント素敵だね」
一路様が指差したのは、林檎を模したガラス玉の中に精巧なクリスマスツリーの模型やサンタクロースの模型などが入ったオーナメントでした。
ぞろぞろとお店に近づいて行き、商品の並ぶ台を覗き込みます。
昼食を終えて、私たちはマーケットエリアへとやってきました。昼食で食べた本場ドイツ仕込みだというブルストがとても美味しかったので、真尋様にといくつかテイクアウトもしました。
『こんにちは。どこから来たんだい?』
店のおじさんが親しげに声をかけてきます。
『日本です! おじさん、オーナメントってなんですか?』
真咲様が返事をします。
おじさんは、青い瞳を優しく細めて真咲様の質問に答えて下さいます。
『おや、まさかそんな遠くから! 英語、上手だね。オーナメントっていうのは、飾りのことだよ。今、マーケットで売っているのは、こういうふうに紐やリボンがついていて、ツリーに飾るためのものなんだ』
おじさんの説明を双子様は興味深そうに聞いています。
二言、三言、さらに会話を交わした後、真咲様が振り返ります。
「ねえ、ちぃ、お母さん。雪ちゃんのお土産、このオーナメントはどうかな?」
「僕は賛成! とっても綺麗だもん」
「いいと思うわ。どれにしようか」
親子で楽しそうに雪乃様へのプレゼントを選ぶ姿を私はカメラに収めます。留守番組の真尋様と雪乃様から、弟たちの可愛い写真をと頼まれておりますので、気合を入れなければなりません。普段から可愛らしいお二人をより、可愛らしく写真に収めねばならないのですから。
一路様と海斗様、そして、お優しいお二人は私の意見も聞いて下さり、雪乃様と、そして、真尋様にもお揃いのオーナメントを二つ、購入されました。店のおじさんが割れないように丁寧に梱包して下さったそれを真智様と真咲様がそれぞれ受け取りました。おじさんが差し出した紙袋を私が受け取ります。
『ありがとう、おじさん!』
『こちらこそ。良いクリスマスを』
別れの挨拶を交わして、私はお二人から箱を受け取り紙袋にいれます。また一つ重大な任務が増えました。このオーナメントは何に替えても無事に真尋様と雪乃様の下に届けなければなりません。責任重大です。ちなみにウサギのぬいぐるみとテディベア、一路様のチョコレートは、一旦、車に置いてきました。
「さーて、雪ちゃんへのお土産も買ったし、そろそろ帰ろうか」
「うん! 雪ちゃんとお兄ちゃん、気に入ってくれるかな?」
「楽しみだね!」
双子様は今日もとてもお可愛らしいです。
私たちはゆっくりと出口へと歩き出します。やはりそこまでの道のりも様々なお店が出ていたり、催しをしていたりするのでたっぷりと時間がかかってしまいました。
「そういえば、明日は本当にお邪魔していいの? 海外の方たちはクリスマスは家族で過ごすものでしょ?」
出口は少し混んでいて、ゆっくりと人波が流れています。そんな中、真奈美様が海斗様と一路様を振り返って言いました。
「それはそうだけど、真尋たちはもう家族のようなものだし、おじい様たちも楽しみにしているんだよ」
「うん。おばあ様もとびきり楽しみにしているから、是非」
お二人の言葉に真奈美様が表情を緩めます。
明日は、一路様と海斗様のお母様のご実家で、ディナーに誘われているのです。
「お母さん、なんの話?」
真智様が首を傾げます。
「明日、エレナちゃんの実家にディナーにいくのよ。イギリスのクリスマスを体験させてくれるんですって」
「今日じゃないの?」
真咲様が目をぱちぱちさせます。
本日はクリスマス・イブ。日本では、不思議とこのイブの日にごちそうを食べる習慣がありますし、クリスマスの本番!みたいな空気がありますが、本場では二十五日のクリスマスがごちそうを食べる日なのです。
「旅行のことを伝えたら、おばあ様がはりきっちゃってね。ママも今ごろ一生懸命、準備をしているだろうから楽しみにしていてね」
「そうそう。イギリスの伝統的なクリスマスのごちそうを用意してくれてるからな」
一路様と海斗様の言葉に双子様は顔を見合わせ、ぱぁっと表情を明るくしました。可愛らしいですね。
「ねえ一くん、明日はお兄ちゃんと雪ちゃんも一緒?」
「もちろん。そもそも真尋くんが来る前提で量を用意してるから、来てくれないと困っちゃうよ」
「お兄ちゃん、凄く食べるもんね」
真智様がうんうんと訳知り顔で頷きます。
「わぁ、楽しみ! ハリー・ポッターに出て来たやつもある?」
「もちろん。大きな七面鳥もプディングも用意してあるんだ。やっぱりクリスマスのごちそうと言えば、七面鳥だからね」
真咲様は興奮に言葉も出ないようでした。
真奈美様は、そんな我が子たちを見て、とてもとても優しい顔をしていました。雪乃様と真尋様が、楽しそうにしている双子様を見守っている時と同じ、慈愛と愛情に満ちた眼差しが、子どもたちを見つめていました。
私はクリスマスなんてものは、子どものころは無関係でした。アルバイトを始めてからは、ファミレスやスーパー、コンビニでクリスマス商戦が催されるので「死ぬほど忙しいイベント」くらいの認識でした。
でも、水無月家で暮らすようになって、クリスマスはとてもあたたかいイベントだと実感するようになりました。子どもはプレゼントとごちそうを楽しみにして、親はそのプレゼントの準備に奔走して、夜中にこっそり枕元におく。翌朝、子どもたちがとびきりの笑顔を見せてくれるのが、最高のプレゼントだと真尋様と雪乃様は言っていました。そして、毎年、私の枕元にもプレゼントが置いてあるので(どうしてか全く気づけないのです、悔しいです)、私もクリスマスがいつの間にか大好きになっていました。
「明日も楽しみだね、咲」
「うん、楽しみだね、ちぃ!」
そう言って笑い合うお二人を皆でほのぼのと眺めながら、私たちはクリスマスマーケットを後にしたのでした。
ーーーーーーーーー
ここまで読んで下さって、ありがとうございます!
いつも閲覧、コメント、お気に入り登録、励みになっております♪
次回の更新は、まさに年末年始になります!
31日(土)、1日(日) 19時を予定しております。
多分、本編の更新になります。
次のお話も楽しんで頂けますと幸いです。
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