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本編

第三十.五話 奔走する人々

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 急かされた車輪が石畳の上で跳ねるように喧しい音を立てる。
 ちらりと御者席の覗き窓から馬車の中を振り返る。ネネがノアを抱き締めて微動だにせず座席に座っている姿が有った。貧民街を出てから何度振り返ってもネネはノアを抱き締めたまま動かない。
 リック達の後ろには、大きな馬車が追走している。ネネとノアを除いた子供たちが乗っている大型の馬車だ。
 リックは、エドワードにマヒロへの伝令役を任せて、馬車の手配をした。馬車が到着するまでの間に詰所にいた仲間の騎士に屋敷へと伝言を頼んだので、プリシラ達が子供たちを迎える準備をしてくれている筈だ。
 屋敷が見えて来ると門の所に誰かが居るのが見えた。黒いローブを着た青年が二人、此方に気付くと手を挙げて重い鉄の門を開けた。

「貴方方は?」

「ルーカス親方のとこの庭師です! 今日は小雨だったんで庭の方の仕事をしに来てたんです!」

「屋敷の方で女将さんたちが待ってますよ!」

 青年たちが屋敷の方を指差して言った。リックは、胸に手を当てて騎士の礼を返し、そのまま屋敷の正面玄関へと馬車を走らせた。しとしとと降る小雨だからか、庭にはルーカスの弟子と思われる多くの庭師たちが居てローブを着て枯れ枝を片付けたり、噴水の手入れをしたりしていた。

「リックお兄ちゃん、おかえりー!」

 正面玄関の扉が開いて、ジョンが顔を出す。プリシラやクレア、ティナが後から出て来て、ロビンがイチロを探してキョロキョロと辺りを見回している。
 リックは馬車を玄関近くで止めて、御者席から降りる。玄関は屋根がせり出していて、家の者が馬車から乗り降りする時に濡れない様になっている。

「騎士さんからお話は聞いたわ。ノアくん、見つかったのね」

 プリシラが駆け寄って来た。
 リックは、はい、と頷いて馬車を振り返る。

「ただ……ノアくんは左脚が壊死していて、熱もあって、かなり状態が悪いんです」

 プリシラが空色の瞳を見開いて、ドアが閉まったままの馬車を振り返った。

「他の子どもたちは?」

「痩せてはいますが、概ね元気です。エディが伝令に走ったのでマヒロさんがすぐに戻られると思います。マヒロさんが治癒術師も手配すると思うので、マヒロさんの指示に従ったほうが良いかと。でもまずはノアくんを隔離出来て、尚且つ、横になれる部屋に」

「三階の客間がいいわ。他の子どもたちは、二階のリビングでも、いえ、そうね。まずはお風呂に入ってもらいましょう」

 馬車の窓から顔を覗かせる子供たちの薄汚れた肌を見て、プリシラが苦笑交じりに言った。
 実は、孤児たちを乗せてくれる馬車を貸してくれる馬車屋を見つけるのも一苦労だった。馬車屋というのは、その名の通り、馬車の貸し出しや馬車での送迎を請け負う店だ。
正直な話、孤児たちに限らす、貧民街の住人は経済的にも場所的にも風呂に入る習慣が無い。町の方は水の魔石を利用した上下水道が完備されているが貧民街には、使用料を払う余裕も無いため整備されておらず、住民たちは井戸で生活している。故に臭うし汚いのだ。最初に呼んだ二軒の馬車屋は、孤児たちを見るや否や何かと理由を付けて逃げ帰ってしまい、三軒目の冒険者にも馬車を貸し出してくれると評判の豪放磊落な親父さんが営む馬車屋が漸く、引き受けてくれたのだ。故にここへ来るまでにかなり時間がかかってしまった。

「これだけの子供たちをお風呂に入れるのは大仕事だから、もう少し人手が欲しいわね」

 何人いるの?とプリシラが言った。
 リックは慌てて手帳を取り出す。ネネに聞いて名前を覚えようとメモをしたのだ。

「ええと、八か月の女の子の赤ん坊が一人、アナ、といいます。次が二歳、犬の獣人族の男の子で、アビー。三歳児は三人いて、人族の男の子がクレミー、羊の獣人族の女の子のコニー、蜥蜴の有隣族の男の子のユアン。五歳児は、二名、人族の女の子のシェリル、穴熊の獣人族の男の子、ヒース。六歳で人族の男の子、レニー。八歳で同じく人族で男の子のルイス、以上です」

 プリシラの傍で聞いていたクレアとティナが顔を見合わせた。兎に角、たくさんいるのだ。よくあのサヴィラという少年が一人で養っているなと感心してしまうほどである。

「色々必要になるわねぇ」

「パンだけはかなりの数を実家に頼んだので、後で届くと思います」

「あらそう? 助かるわ」

「あ、プリシラさん、リックさん、あれ」

 ティナが後方を指差した。雨の中、白い紙の小鳥がこちらに飛んで来た。雨に濡れても平気だなんて、どんな魔法が掛けてあるのだろうと首を傾げるも小鳥は、リックが差し出した指の上に止まった。

『真尋だ。ミアとサヴィラも保護した。ローサが市場通りであれこれ買い物をしているので応援を頼む。もうすぐ俺達も戻る』

 小鳥はマヒロからの伝言を囀ると役目を終えて、ぽとりと落ちた。下に居たジョンが両手で受け止めてくれた。

「あら、ミアちゃんも見つかったのね。マヒロさんたちが戻って来るなら安心だわ」

「あ、あの、見つかったって本当ですか?」

 ドアが開いて、ネネが顔を出した。どうやら聞こえていたようだ。
 リックは、少女が安心できるように笑って頷く。

「マヒロ神父さん達が見つけたみたいだよ。一緒に帰って来るから、安心するといい」

 その言葉にネネは、泣きそうな顔で小さく笑って頷いた。

「リックさん、腕の子がノアくんだとして、この女の子は?」

 プリシラが首を傾げる。そういえば、ネネを紹介していなかったと気づいて、リックはネネをプリシラに紹介する。

「孤児たちの面倒を見ているネネです。ネネ、こちらはプリシラさん。マヒロさんの友達の奥さんだよ。凄く優しい人だから安心すると良い」

 ネネは緊張した面持ちでペコリと頭を下げた。黒猫の耳がびくびくしていて、尻尾に落ち着きが無い。
 プリシラはそんなネネの様子を気遣う様に穏やかに笑う。

「知っていると思うけど、神父さんはとっても優しくて頼りになるのよ。だから安心してね、ノアくんをお部屋に連れて行きましょう。クレアさん、後はお願いしていいかしら?」

「ええ、勿論。ジョン、リース、手伝ってね」

「はーい!」

「……あい」

 ジョンが元気よく頷いた。リースは少しばかり不安そうだ。

「プリシラさん、私、ローサの応援に行っても良いですか?」

 ティナが言った。

「そうね、色々集めて欲しいものもあるし、じゃあ、お願いしちゃおうかしら。ルーカスさん、買出しに行きたいんだけど、御者の出来るお弟子さんはいるー?」

 近くで作業をしていたルーカスが顔を上げて振り返り「いるぞー」と返すと「ジャック!」と大きな声で弟子を呼んだ。すぐに二十代前半くらいの青年がこちらにやって来た。

「リックさんが乗ってた馬車で良いわね。市場通りまでお願い。多分、ローサがマヒロさんからお金は貰っているだろうから……リックさん、紙と書くものを貰える?」

 リックは手帳の破っていも良いページを開いて、ペンと一緒にプリシラに渡す。プリシラとクレアが、あーでもないこーでもないと言いながら次々に必要な物を書き出して、買い物メモが出来上がる。流石は主婦だと思った。リックには、おしめや涎掛けなんて言葉は思い浮かびもしなかった。プリシラがそのページを破って、ティナに渡した。

「それじゃあ、ジャック君。ティナちゃんとローサとロビンをよろしくね」

「うっす」

「行ってきます」

「わんわん!」

 ティナとロビンが馬車に乗り込めば、ジャックが鞭を振るって馬が動き出し、馬車は再び町へと出かけて行く。そして、大きな馬車が屋根の下に入って来た。

「さあ、これから大忙しよ。ジョンお兄ちゃん、頑張ってね」

「うん!」

 リックが馬車のドアを開けると三歳児トリオが最初に飛び出してくる。

「おっきー!」

「すごーい!」

「ネネ、ここどこー?」

 次に五歳児の二人が降りて来て、不安そうにネネの傍に駆け寄る。赤ん坊を抱えたレニーと二歳児のアビーを抱えたルイスも馬車を降りて来たが、彼らの表情には不安が色濃く滲んでいて、はしゃぐ子どもらを横目にネネの傍に駆け寄った。
 リックはどうすればいいのだろう、とプリシラを振り返る。プリシラは腰に手を当てて子供たちの顔を一通り見ると、にこっと軽やかに笑った。子どもたちがぱちりと目を瞬かせる。

「とりあえず、皆、お家に入って! さあさあ、クレアおばあちゃんにくっついて行ってちょうだい! 良い子にしてたら甘いお菓子をあげるわよー!」

 その言葉にまず、三歳児たちが「おいで」と笑うクレアにくっついて家の中に入って行き、固まっていた五歳のシェリルとヒースはジョンが人懐こい笑みを浮かべて、一緒に行こうと声を掛けて連れて行く。リースもその背にくっついて行った。

「さあ、ネネとルイス、レニーも行きましょう」

 うふふとのんびりと笑ってプリシラが言った。
 ネネが頷けば、ルイスとレニーも安心したように表情を緩めて、先にいった子供たちを追いかけるように屋敷の中に入って行く。

「プリシラさん、凄いですね……」

「私、村で子供達に読み書きを教えているのよ? 朝飯前よ」

 うふふとプリシラが悪戯に笑った。







 ローサは、古着屋で、子供服をサヴィラに言われた人数分と少し多めに買い込んだ。足りなかったり、大きさが違ったりしたらまたくればいい。あの糞ババアの薬屋とは別の薬屋で包帯なども買って、最後に食料品をと思って肉屋の前で仁王立ちしていた。マヒロたちの屋敷は、まだ住んではいないので食事はいつもサンドロが作った弁当やクレアが家で作って来てくれたものなのだが、調理器具などは揃っているので、材料さえあれば料理が出来る。
肉屋の親父がローサのただならぬ気迫に怯えているがローサは気付いていない。
 ローサの父・サンドロは、料理のスキルを生まれつき持っている。それで料理人ではなく冒険者になって後に斧術と体術のスキルを得たのだから凄いものだ。もっともサンドロは獣人族の中でも力の強いベア系の獣人であるから元々怪力で何をしなくとも普通よりは随分と強い。一方の母・ソニアも獣人族で彼女はキャット系で、ローサは母親の気質を色濃く受け継いだ。猫系は、速さに優れている。ソニアもローサの兄を身籠るまでは、短い間だが冒険者をしていたらしい。幼いころから冒険者たちと関わることの多かったローサも一時期は、自由に生きる冒険者に憧れたものだ。だが、ローサを溺愛してやまないサンドロはローサがくしゃみ一つをしたり、ほんの少し指を切ったりしただけで治癒術師を呼ぶほどの心配性で、冒険者などになったら父は間違いなく護衛だ何だと理由を付けてはついて来て、家の仕事が滞ってしまうと早々に悟ってローサは冒険者の道は選ばなかった。それに看板娘として冒険者たちの世話をするのも彼らから冒険譚を聞くこともローサは楽しかったので、今の仕事は誇りに思っている。
 いつかは素敵な人と結婚して自分だけの宿屋を持ちたいとこっそり夢を抱くほどには日々は充実していた。出来れば父のように強い人と結婚したい。父のように強くて優しい人が良い。
 何となく馳せた想いの向こうで、美麗な神父の青年が思い浮かんだ。
 恐ろしい程整った顔立ちの青年は名をマヒロという。冒険者ギルドに登録した冒険者だがまだ一つもクエストをこなさず、しかし、そのずば抜けた容姿と能力で神父として町で有名になった青年だ。何せ、冒険者ギルドに行った初日にこの町唯一のAランク冒険者のレイと喧嘩をして一歩も引かなかったと言う逸材だ。それにすらりと背も高くて、足も長くてスタイルが良いローサがこれまで見た中で一番、素敵な人であることは間違いないから余計に目立つのだ。
 いや違う、思考が逃避していた。ローサの目の前に解決し難い問題が差し迫っているからだ。
 ローサは肉屋の前に本人には自覚が無いが親の仇を睨む様な目付きで立ち尽くしていた。
 ローサは、見た目も中身も母親似だ。母のソニアは、優しく気高く、情に厚くて、その上美人で同性からも憧れられるような良い女だ。ただ二つ、母親に似て残念なことがあるとすれば、この膨らみの目立たないささやかな胸と料理が出来ないということだ。ナイフを扱うことが壊滅的に下手くそで食材と調味料の選び方が独創的というのが料理のスキルを持つ父と兄から母とローサへの評価だった。三つ下の引っ込み思案の弟でさえローサとソニアが厨房に入ろうとすると全力で止めに掛かって来る。
 故に今、ローサは悩んでいた。荒くれ共の多い冒険者相手の宿屋の娘であるから怪我の世話は慣れたものだ。手当に必要な物も分かるし、ある程度の知識もある。だが、病人となると話は別だ。基本的に丈夫で頑丈に出来ている冒険者たちは、滅多に風邪などひかないし、そもそも具合が悪いと言えば二日酔いとか食べ過ぎによる胃もたれとかだ。万が一、風邪を引いたって、良く食べて良く眠ればすぐに治る。

「やっぱり、肉よね」

 ローサは、肉の塊を睨み付けたまま一つの結論にたどり着いて頷いた。
 ミアもサヴィラもガリガリに痩せ細っていて、顔色も悪かった。やはりそういう時は肉だろう。冒険者たちも字が読めようが読めまいが「何はともあれ肉をくれ」というのが注文の定番だった。それに塩と胡椒を振って味付けしたものを火で焼けば立派な料理だ。火の属性を持つソニアとローサが唯一出来る料理でもある。

「見つけた! ローサ!」

 愛らしい声が聞こえて振り返れば、ふわりふわりと花びらを落としながらローズピンクと白の髪の美少女が駆け寄って来た。横には、イチロが彼女に付けている護衛のロビンが居る。

「ティナ!」

 ローサは思わず笑顔になって手を振った。
 駆け寄って来たのは、ティナだった。ティナとは手習い所で出会い、年が同じだったのもあって一番の仲良しになった。ローサは宿屋の看板娘、ティナは冒険者ギルドの受付嬢をしているので子供の頃より会う時間はぐっと減ったが、休みを合わせては一緒に過ごしたり、手紙のやり取りをしたりしているが、最近は訳有って、ローサの実家である山猫亭の一室で一緒に暮らしている。
 ローサより頭一つ小さい小柄なティナは、だというのにその胸だけは全然控えめでは無い。妖精族の彼女は、いつもの花の良い香りがする。大人しく控えめな性格も相まって女の子の中の女の子、といった感じでローサは密かに憧れている。

「どうしたの? お屋敷に居たんじゃなかったっけ?」
 
 ローサは、じゃれついて来るロビンを撫でながら首を傾げた。
 確か今日は休日だった彼女はマヒロとイチロが青の1地区に買った屋敷でプリシラ達と一緒に掃除をしていた筈だ。

「マヒロさんから、ローサの応援を頼むって馬車で来たから、その荷物を馬車に乗せて、必要な物を買い揃えましょ」

 ティナが指差した先、見知らぬ青年が御者席に座る馬車が停まっていた。ローサが首を傾げていると「ルーカスさんのお弟子さんよ」とティナが教えてくれた。それなら大丈夫ね、とローサは古着が目一杯詰まった重い荷物を馬車に乗せて、ローサはティナと共に彼女がプリシラから託された買い物メモのリストを揃えて行くのだった。






 丁度、店を出て来た冒険者に宿の主人を呼んで欲しいと頼めばすぐに山猫の獣人族と思われる紅い髪の女性が出て来た。
 アーモンド形の意志の強そうな赤茶の瞳にすっと通った鼻の勝気な感じの美人な女性だった。

「はいはい、何の御用だい?」

「初めまして、私はクラージュ騎士団第三中隊第二小隊所属のジェンヌ三級騎士です」

「ご丁寧にどうも。あたしは、山猫亭の女将、ソニアだよ」

 それで?と女性が首を傾げれば、長い髪がさらりと揺れる。

「マヒロ神父様から伝言を預かって参りました」

「マヒロから?」

 赤茶の瞳をぱちりと瞬かせる。

「はい。実は先程、市場通りで孤児を保護したのですが……」

「あら! じゃあ見つかったんだね! マヒロってば昨夜も遅くまで町中探し回っていたから良かったよ!」

「雨に濡れていたせいで熱があるようですが、とりあえずマヒロ神父様が保護しております」

 ぱっと表情を明るくしたソニアにつられるようにジェンヌも表情を緩めるが、そうではないと慌てて首を横に振って、咳払いを一つする。

「孤児は町民と少し揉めていたのですが、その時、こちらの娘さんが……」

「ローサがどうしたってぇ!?」

「ひっ!」

 突如、ソニアの背後からキラーベアが出て来て、ジェンヌは腰の剣に手を掛けたが、ソニアが容赦なくそのキラーベア、ではなく、随分と厳つい顔をした大男の頭をはたいて黙らせたので、目を瞬かせる。

「あんた! 騎士さんがびっくりしてるじゃないか!」

「だ、だって! 俺の可愛いローサが危ない目にあったって!!」

「んなことはまだ一言も言ってないだろう!? 全く、ローサのことになるとこれだ……すまないね、騎士さん。これはキラーベアじゃなくて、あたしの夫で宿屋の亭主のサンドロだよ。取って食ったりしないから、剣は抜かなくて平気だよ」

「あ、さ、サンドロさんでしたか、失礼しました」

 ジェンヌは剣から手を離して慌てて頭を下げた。
 サンドロはAランク冒険者のレイやジョシュアとパーティーを組んでいた実力派の元冒険者としてこの町では有名だ。面識はないが顔も名前も知っている。怖い顔だとは知っていたが、こんなに迫力があるとは聞いていなかった。

「それでうちの娘が何かしたのかい? どうせお節介でも焼いて口でも挟んだんだろ? ローサも誰に似たのかはねっ返りのじゃじゃ馬娘だからねぇ」

「どう見たってお前、ぐふっ」

 やれやれと言った様子で肩を竦めながらソニアの裏拳がサンドロに決まった。分かりやすい夫婦の力関係だった。サンドロが鼻を押さえて大きな背中を丸める。

「ええっと、そのローサさんは孤児を庇ってくれていたんです。幸い、我々とマヒロさん達がすぐに仲裁に入ったので、ローサさんに怪我などは有りません。ここへ来たのは、マヒロさんの指示でローサさんが孤児のために買い物をしているので、帰りが遅くなるとのことを伝えに」

「ああ、なんだい、そんなことかい。ってことは、マヒロは屋敷の方に行ったんだね?」

 ソニアがほっとしたように頬を緩めた。何だかんだ言いつつ、心配だったのだろう。

「はい。お連れの方とエディ、ジョシュア殿とレイ殿もご一緒です」

「レイが?」

 ソニアが驚愕に目を見開いた。鼻を擦っていたサンドロも驚きに顔を上げて、じっとこちらを見て来る。怖いのでやめて欲しい。

「経緯は知りませんが一緒に居ました。この後、冒険者たちを引き連れて貧民街に向かう予定の筈です」

「……どういうことだい?」

 赤茶の目が訝しむ様に細められた。

「もしかして、マヒロ達が追ってるけったいな事件に関係があるのかい?」

 マヒロには、事情を話してと言われたがどこまで話していいものだろうか、とジェンヌは眉を下げる。だが、サンドロはウィルフレッド団長とも親交があるし、ジョシュアもマヒロもここに逗留しているということは、自分達が追いかけている事件のことも少なからず知ってはいるのだろう。

「……黒い霧に関係のあることで、貧民街を捜査する、と」

 ジェンヌの選び抜いた言葉にソニアとサンドロは難しい表情を浮かべて顔を見合わせた後、うん、と頷き合った。

「分かった。すぐに行こう」

「へ?」

「おい! ここで飯食ってるってことは、暇だな!! 暇だよな!! よし、Cランク以上の奴は、五分以内に身支度を整えて再度集合!!」

 ジェンヌが理解するより早く、サンドロが中へと戻って叫ぶ。冒険者たちが何か言っているが「良いから早くしろ! つけを払わせるぞ!」と告げると一瞬で静かになって、すぐにわっと喧騒を取り戻すと冒険者たちが我先にと階段を上がって行ったり、その場で身支度を整え始める。

「孤児は、保護したのは二人かい?」

「いえ、ミアという少女の弟も別の場所で保護したうえ、少年が世話をしているらしい孤児たちも保護しているのでかなりの数が……それも一桁の低年齢だったはずです」

 ジェンヌは少年がローサに伝えていた子供たちの数を思い浮かべながら言った。

「なら、ベッドも数台持っていくか……それにうちの子供たちのお古も」

「ええっと、あの……」

 何がどうなっているの分からずジェンヌは答えを求めてソニアに声を掛ける。

「騎士さんのこの後のご予定は?」

「上に報告に参りますが……皆さんは何をなさる気で?」

「ちょっとしたお節介さ」

「お節介?」

 ああ、とソニアが笑って頷いた。

「さあ、騎士さんも自分の仕事に戻った、戻った! わざわざ伝言、ありがとうね!」

「あ、あの、一つだけ聞いても良いですか?」

 中へと戻ろうとしたソニアを呼び止める。ソニアが足を止めて振り返った。

「マヒロ神父様は、ここに逗留しているんですよね?」

「そうだね、ブランレトゥに来てからずっとウチに居るよ。それがどうしたんだい?」

 ソニアが不思議そうに首を傾げた。
 ジェンヌは、何をどう言葉にすればこの胸の中に渦巻く想いや疑問を形に出来るだろうかと悩んで暫し、閉口するがこれと言って適当な言葉を見つけられず、そのままの思いを口にする。

「あの方は本当にただの神父なのですか?」

 カロリーナも一目を置く神父は、彼女の言葉以上にエドワードの説明以上に美しい人だった。
 
「神父という時点で普通ではないのは分かっていますが……立ち居振る舞いもその洗練された仕草も私達に当たり前のように指示を与える姿も、そして、あの威圧感も普通ではありません。十八歳の青年だというのが信じられないんです」

 ソニアは、ドア枠に寄り掛かって腕を組んで宙を仰いだ。

「恥ずかしい話、色々揉めていたし、向こうは一日出かけて居ることが多いし、あたしも仕事が忙しいからそんなに言葉を交わした訳じゃないが……マヒロもイチロも文字も読めるし、頭の出来はかなりのもんで、振る舞いが洗練され過ぎてるのは確かだよ。どこぞのやんごとない血筋の者だって言われたって違和感なんかないよ。逆に冒険者になろうとしていることの方が似合わない」

 ソニアがきっぱりと言い切った。

「でも……そんなことはどうでもいいかなって思っちまうくらいには、優しい男だよ」

 ふっと零されたのは、穏やかで柔らかな笑みだった。
 けれど、その赤茶の眼差しにに寂しさが宿っているようにも見えて、ジェンヌは言葉に詰まる。

「マヒロもイチロもね、優しすぎて心配になる。ジョシュも同じことを言ってたけどね」

 そう言ってソニアは、苦笑を浮かべた。

「さ、騎士さんもそろそろ行かないと。報告は早い方がいいに決まってるんだから」

 ぽんと肩を叩かれて、ジェンヌは喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。

「あ、はい。それでは、失礼します!」

 ソニアは、ひらひらと手を振って、中へと戻ると「マーサ! マーサ!」と誰かを呼びながら中へと戻ってしまった。ジェンヌは宿屋を包む喧騒を横目に借りた馬へと跨る。

「……優しすぎる神父様、か」

 ぽつりと呟いてジェンヌは、手綱を握りしめる。だが、今は報告が先だと思考を切り替えて、馬の腹を蹴った。









 魔導院という場所がガストンは苦手だった。
 とくに治療院は、いつ行っても薬臭いので余計に苦手だ。それにこれはガストンの偏見かも知れないが、魔導師や魔術師は変わり者が多い。ガストンの知り合いの魔導師と魔術師は変人ばかりだ。
 魔導院の敷地には、幾つも白い塔が建っていて、一番、入り口に近い所に建っている七階建ての塔が治療院だ。庶民に向けて解放されているその塔は連日、多くの患者がやって来る。
ガストンはガラスのはめ込まれた木製のドアを開けて中に入る。広いエントランスホールでは今日も大勢の患者たちが自分が呼ばれるのを待って居る。

「相変わらず薬臭い……」

 彼らの作る薬は、効能は確かだが一度飲んだら忘れられない酷い味のものが多いのだ。あの苦さを思い出して口をすぼめる。
 しかし、今は薬に臆している場合では無いとガストンは受付へと歩いて行く。
 受付には、真っ白なスカートとパフスリーブの上着、同じく白のエプロンという治療院の制服姿の女性が座っていて、ガストンに気付くと手元の書類から顔を上げた。

「クラージュ騎士団第一師団ガストン二級騎士だ。すまないが、至急アルトゥロ殿に取り次いで欲しいんだが……」

「アルトゥロ院長にですか?」

 女性はいぶかしむ様に首を傾げた。

「マヒロ神父殿からの頼みだが、内密に頼む」

 その名前を出すと、女性は、分かりましたとあっさりと頷いた。

「少々お待ちください」

 女性が席を立ち、どこかへと行く。その背を見送って、ガストンは所在無げに周囲を見回し、カウンターに肘を付いて息を吐きだした。
 初めてその姿を見たのは、ロークでの事件の時だったが、彼――マヒロ神父と言葉を交わしたのは今日が初めてだった。
 正直、薬屋の女店主を一括した時のマヒロの威圧感は凄まじいものだった。一瞬でも気を抜けば、ガストンはその場に膝をついてしまっていただろう。あんなもの十八の成人したばかりの青年が出来る筈の無い芸当だ。

「リックが落ちる訳だよなぁ……」

 はぁとため息交じりに零して首に手を当てた。
 あの不思議な銀に蒼の混じる月光色の眼差しには逆らえない。彼の纏う雰囲気に飲み込まれれば、それで最後だと思った。十以上も年下の青年に命令されたと言うのにガストンはこれっぽっちも嫌だとは思わなかったし、疑問も抱かなかったのだ。カロリーナの言う通り、気が付けば呑まれているのだ、彼の総てに。

「やあやあ、面白い名が聞こえたね!」

 聞こえて来たハスキーな声にガストンは固まった。この声には聞き覚えがあった。ガストンはこの声の持ち主が大の苦手なのだ。
 精一杯の抵抗の後、ガストンはゆっくりと振り返った。
 数人の治癒術師を引き連れて、その人はやって来る。真っ黒な詰襟の上衣に足の線を露わにする細身の黒のズボンとそれらとは対照的な真っ白な白衣を身に纏い、カッカッとロングブーツの踵を鳴らして颯爽と歩いて来る。
 待合室にいた女性たちがうっとりとした視線を向けるその人は、この魔導院の魔導院長にしてアルゲンテウス領最高の治癒術師、ナルキーサス・コシュマール。短く整えられた深い緑の髪、鮮やかな黄色の瞳の男装の麗人・・・・・だ。彼女は間違いなく女性で夫は騎士団の筆頭事務官の一人で子爵であるので、その妻である彼女は子爵夫人でもある。
 女性にしては随分と背が高く、胸は無いがスタイルは良い。男のように振る舞い、そこいらの男より男らしいと女性には大人気だ。もっとも、それは表面だけを見ている女性たちだからこそで、死体の検分なんかを共にすることのある騎士からしてみると、彼女は少々特殊な嗜好の持ち主なので何とも言えない。
 ナルキーサスは、引き連れていた治癒術師たちに先に行くように伝えると嬉々としてガストンを一番近い所にあった診察室に連れ込んだ。
 白と淡い水色で統一された部屋は、清潔感に溢れていて何だか落ち着かなかった。座りたまえ、と言われたがガストンは丁寧に断った。ナルキーサスは、気を悪くした様子もなく、それで、と口を開いた。

「君は確か、第三中隊の所属だったかな?」

 まさか自分のことを覚えて居ると思わず驚くも顔には出さず、右手を胸に当てて礼を取る。

「はい。クラージュ騎士団第一師団第一大隊第三中隊第二小隊所属、ガストン二級騎士と申します」

 相変わらず長いね、と言いながらナルキーサスは、小さく笑った。
 普段はこの所属全てを名乗ることは無いが、目上のそれも貴族のご夫人相手となれば話は別なのである。ただ、これが例えば領主様相手だと更に肩書が長くなる。何故ならヴェルノ第一師団ダグラス第一大隊といった具合にそこの最高責任者の名前が先頭に入って師団や隊の正式名称となるからだ。

「神父殿が義弟を名指しで指名とは何事かな?」

 ナルキーサスは部屋に備え付けの簡易ベッドに浅く腰かけてその細く長い足を組む。
 ガストンがドアに視線を送れば、ナルキーサスは「大丈夫だよ」と肩を竦めた。

「この塔は病室以外は全て防音の術式が壁に埋め込んである。ドアが閉まってさえ居れば、私が悲鳴を上げても外には聞こえない」

 流石は魔導院長というべきだろうか。しかしナルキーサスは、早く話したまえ、と続きを促す。
 ガストンはそれでもいくらか小声で言葉を紡ぐ。

「……インサニアに関係があるかも、と神父殿はおっしゃられておりました」

 黄色の瞳がきらりと輝いた。

「インサニア、とは……随分と物騒だな」

「……町で孤児を二名、保護したのですが、その内の一人、十一、二歳くらいの少年の腕に死の痣と思われるものを確認いたしました。そこで神父殿が」

 待て、と話を止められてガストンは舌を噛みそうになった
 ナルキーサスの表情は険しい。

「死の痣を含め、インサニアが王国で確認されたのは二百年前の北の悲劇が最後だ。確かに周期的にインサニアが発生してもおかしくは無いといえば、無いが……ガストン騎士の話が、ひいては、その神父殿話が本当ならばつまりインサニアはこのブランレトゥ、或は、その周辺で発生したと言うことになるな」

「そこまでは私にも分かりかねます。ですが、神父殿は、何らかの確信を得ている様でした。そのお連れの方も」

 黄色の瞳が爛々と輝いている。ガストンは本能的に逃げたいと思いながら懸命に自分を律し、その場に留まることに成功した。

「その連れとは、人形のように美しい神父の青年と女のように可愛らしい神父見習いの少年か?」

 ナルキーサスが首を傾げると黄色の花びらがひらりと落ちた。彼女は妖精族とエルフ族の血を引くハーフエルフでもある。ハーフであるから純粋な妖精族に比べると歩く度に花びらや葉を落とすようなことは無いが感情が高ぶるとやはり花びらや葉を落とすのだ。
 どうやらマヒロたちの話は、ここにまで届いているようだ。だが、町一番の有名人であるレイとやりあったのだ。それも冒険者ギルドというギャラリーが山ほどいる場所で。その上、マヒロとイチロの容姿は整っていて猶更目立つのだから余計に噂の周りは早い。

「ガストン騎士は、マヒロ神父をどう思う?」

 唐突な問いかけにガストンは拍子抜けする。

「神父殿、をですか?」

「ああ。あのレイを倒したとか、ジョシュアに気に入られているとか、ジルコンの武器を使いこなすとか、噂は様々だ。しかし、魔力暴走を起した騎士を呆気無く沈め、その上、未知と言えるほど強力な治癒魔法を使いこなす。間接的に知れば知るほど、謎だらけだ。私はまだ町で少し見かけた程度でね、言葉を交わしたことは無い故に、余計に……分からない」

 ナルキーサスはそう言って頬杖を着いた。此方を見据える黄色の瞳は、ガストンの言葉を待っている。

「町で孤児を二名保護したと先ほど申し上げましたが……孤児は五歳かそれに届かないかくらいの女の子と十一、二歳の少年で、女の子の弟が病気だから薬を買いに来たんだと言って居ました。ですが、薬屋の女亭主は、孤児に売る薬は無いと孤児たちをモップを振り回して追い払い男の子に怪我をさせてしまったんです」

「その女はクズだな」

 ナルキーサスが冷たく吐き捨てた。ガストンは、確かにと頷いて目を伏せる。

「だが……出会ったばかりの神父の言うことをほいほい聞いてお前はここに来たのだろう? 誇り高きクラージュ騎士団の騎士として、恥ずかしくは無いのか?」

 ナルキーサスの目が細められた。

「……マヒロ神父殿に逆らうことは非常に難しいのです。……ですが何より、私は今日、騎士としての自分を恥じました」

 ナルキーサスが訝しむ様に首を傾げる。

「孤児を助けに入った時、私ともう一人の女性騎士は、孤児たちを怒鳴りつける婦人に最初に声を掛けました。ですが、本当は……地べたに蹲って怯える孤児にどちらか一人でも先に手を差し伸べるべきでした。孤児に一声かけてからあのご婦人を相手にすることも出来た筈です。私は貧民街を見回ることも多く、孤児たちが日々、どれほど懸命に生きているのか分かっていた筈なのに、私は、彼らでは無く薬屋のご婦人を優先してしまったのです」

 ガストンは、僅かな自嘲を口端に浮かべた。
 マヒロは、喚き散らす婦人になど目もくれずに、孤児たちの傍に膝をついて声を掛けて、孤児たちの状態を確認した。あの婦人が孤児の少年を傷付けたのは、少年の額や頬を汚す真っ赤な血を見れば、一目瞭然だった。マヒロは少年と少女に優しく声を掛けながらあの酷い怪我の様子を見て、治療をした。
 ガストンは、マヒロの言葉を聞いて、初めてそれに気づいて愕然とした。普段、鍛えている騎士たちは自然と歩くのも早くなるし、大人と子どもでは足の長さも違う。その騎士たちの足で三十分以上はかかる距離をこの少女は高熱にその身を苛まれながらも、少年は酷い怪我をして碌に動かない腕を抱えながら少女を探して、ここまでやって来たのだ。少女にしてみれば途方もない時間がかかったはずだ。その道中、少女は何度も泣きそうになったのを堪えたのではないだろうか。何度も何度も心が不安に押し潰されそうになるのを堪えながら、一生懸命歩いて来たのだ。微かな望みをかけてあの薬屋のドアを開けたのだ。母が残してくれた金を握りしめてやって来たのだ。それが踏みにじられた時、少女は何を思ったのだろうか。少年は何をその心に感じただろうか。
 あの時、もしマヒロがいなければガストンはそのことには気付かなかっただろう。あの婦人を宥めた後、少女に薬を渡して貧民街に送って、彼の言葉を借りれば胸に残った「少しの後味の悪さ」も忙しい日々の中にあっという間に埋没していっただろう。

「私は、騎士として弱き者を何より優先して守らねばならない筈なのに、私はあの少女と少年の“心”を守ることを疎かにしてしまったのです」

 あの神父の青年が最初に守ろうとしたのは、少女の心だったのだとガストンは後になって気付いたのだ。

「私は、マヒロ殿に感謝しています。彼は神父としてとても相応しい方です。……こんなことを言うと上層部には怒られるかもしれませんが」

 銀に蒼みがかった不思議な色の瞳を鋭く細めて睨まれると身の縮む思いがするのだ。職人が丹精込めて作った人形のように綺麗な顔立ちであるが故に表情の一つ一つが完璧で余計に恐ろしく思えるのだろう。彼が微笑った時、吐き出された毒の滲んだ言葉とは裏腹に、ガストンは心からその微笑みを美しさに呆気なく囚われた。あの女ですら一瞬見惚れていたほどだ。美しすぎるものほど得体が知れずに恐ろしいのだとガストンは今日、初めて知ったのだ。
 ナルキーサスは、探るような視線をガストンに向けた後、目を閉じた。じっとそのまま動かなくなって、何かを思案しているのが窺えた。ガストンは、ナルキーサスの言葉を待った。

「……よし、私も行こう。仕度をしてくる。外で待っていてくれ」

「え? よ、宜しいのですか?」

 話も碌すっぽしていないというのにナルキーサスは既に行く気になっているようだった。
 少々変わった嗜好の持ち主であることは確かだが、彼女の優秀さは本物だ。故に彼女はこの魔導院でもっとも忙しい人であると言ってよい。

「そりゃあそうだろう。神父殿の人柄は兎も角、貴族の娘の薬も効かん恋煩いの往診に行くよりも国家を揺るがす災害であるインサニアの方が、事は重大だ」

 至極真っ当な答えだった。
 ベッドから立ち上がった彼女は、ブーツのヒールを鳴らしながらドアの元へと歩いて行く。

「それに美しいものには目が無くてね。ガストン騎士の骨格も実に良い線をいっているぞ? 君が死んでしまった時は是非、私にこの頭蓋骨を譲ってほしい位だ」

 頬を撫でられてぞぞぞっという悪寒が背筋を駆け上がった。彼女は、それすら愉しむように目を細めて笑い「門の所に居てくれ」と告げて、悪戯にウィンクを一つ投げてよこすと診察室を出て行った。ガストンは診察室に一人立ち尽くす。あけっぱなしのドアの向こうから「義姉上!? 勝手なことをおっしゃらないで下さいよ!」と嘆くアルトゥロの声が聞こえて来た。
 魔導院の頂点に立つナルキーサス・コシュマールは魔導院長であり、優秀な治癒術師であり、子爵夫人であり、男装の麗人であり、そして極度に美しいもの、可愛いものを愛する変人で、何より骨を愛する変態であった。
 ガストンは、今すぐにでも逃げ出したくなるのをぐっとこらえ、騎士らしい余裕を湛えながら診察室を出て、治療院を後にし、門へと急いで心を鎮めるために親切な町民から借り受けた馬に抱き着いたのだった。


―――――――――――

ここまで読んで下さって、ありがとうございました!
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プリシラはおっとりのんびりしているけれど、やる時はやる女性です。
ナルキーサスがいよいよマヒロ達とご対面です。頑張れ、アルトゥロ!

ファンタジー小説大賞にエントリーしました!
頑張ります♪

次のお話も楽しんで頂ければ、幸いです!
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