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本編 2
第三十二話 驚嘆する男
しおりを挟む「もう、我がまま言わないの。無茶した自分がいけないんでしょう?」
雪乃の目の前で包帯を巻きなおし終えた夫は駄々をこねていた。
夫が帰還し、早いもので五日が経った。包帯の数はあまり減らないが、それでも毎日朝晩、その包帯を外して体を拭い、薬を塗っている雪乃から見れば、傷は少しずつ癒えている。
「だが、俺だって……俺だって雪乃の飯が食べたい」
「そうは言ってもねぇ。治癒術師さんがダメって言うんだから、ダメよ」
真尋があからさまに顔をしかめた。
胃に穴が開いて、吐血したという真尋は主治術師のナルキーサスによって、食事を禁止されていた。彼は今、毎日の点滴と白湯と朝の薄い味噌汁だけで生きている。
雪乃のごはんがとにかく大好きな夫なので、気持ちは分かるし嬉しいが、やはり胃に穴が開いていたんだからダメなものはダメである。
「いやあ、ユキノの料理は本当にうまいな。君が食にうるさくなるのも納得だよ。とくにあの、肉じゃが。私はあれが今のところ一番好きだ。ミソシィルもいい」
「ふふっ、ありがとうございます、キース先生」
今日も今日とて真尋の調子を見てくれているナルキーサスに雪乃は笑みを返す。
ナルキーサスが診察をしてくれている時は、子どもたちは部屋の外に出ている。包帯を外すので、傷口があらわになる。それを見られるのを真尋が嫌がったのだ。確かに優しい子たちなので、より一層心配してしまうだろう。
「キース、君ばっかりずるいぞ」
「ずるくない。私に不調を隠し続けた君が悪い。だから悪化して胃に穴が開いたんだろうが」
ぐうの音も出ない正論に真尋がますます顔をしかめた。
ナルキーサスは女性だが、この二人は性格的な面でよく似ているので、気が合うのだろう。夫の楽しそうな様子に雪乃も嬉しくなってくる。
実はこっそりナルキーサスに「私はこう見えて女だし、真尋のことは本当にこれっぽっちも男としてなんとも思ってないが、これからも仲良くしてもいいだろうか」と伺うように言われたが、それは見ていれば分かるし、真尋が雪乃以外の女性に恋愛的な興味を示すとも思わないので全然大丈夫ですと答えた。むしろ、雪乃もナルキーサスのような素敵な人と仲良くなれて嬉しい。
「ところでマヒロ」
「なんだ」
おもむろにナルキーサスが口を開く。
「隣の部屋、空き部屋だな」
「今は君が使っているだろう? 不便はないか? ベッドと机ぐらいしかないだろう?」
「不便と言えば不便だが、これから整えるから大丈夫だ」
その言い回しに真尋が訝しむような目をする。
「今回の謝礼だが、あの部屋、私にくれ」
「……は?」
常に冷静で、あんまり驚くことのない夫なので驚いているのは珍しい、と雪乃も驚く。
「だから謝礼に寄こせと言っている。あそこに住む」
「は?」
「なんだ君は。どっか悪いのか?」
真尋が「は?」しか言わないのでナルキーサスが不思議そうに出したままのパネルを見た。「聴覚の数値は正常だがな」と呟いている。
「住むって、君、魔導院長なんだから魔導院に部屋があるだろう?」
「ああ、あそこはとっくに引き払ったよ。最上階で不便だったしな。古い建物過ぎて昇降機があそこにはないんだ」
「魔導院と治療院の仕事はどうするんだ?」
「私が向こう五十年はブランレトゥに残ると言う条件でジークフリートと交渉するつもりだが、魔導士としての仕事に絞る予定だよ。私は全ての患者の引継ぎを済ませているし、魔導院へは必要な時にここから通えばいいし。貴族のお嬢さん方の恋の病の往診はもうこりごりだ。私は魔術学の研究や薬の開発がしたいんだ。辺境伯家も落ち着くようだし、離縁するし、もうご機嫌取りもいいだろ」
ナルキーサスが本当に嫌そうな顔をした。雪乃にはよくわからないが、色々としがらみがあるのだろう。
「第一、私ほど優秀な魔導士に恋の病の往診はもったいないと思わんか」
「それはまあ、確かに損失であるとは思っているが、それがなんでここに住むことに繋がるんだ」
「アパートでも借りようかと思ったが、まだ離縁が成立していないから、レベリオが圧力をかけてくる可能性がある。あれでも一応領主家の覚えもめでたい優秀な子爵だからな。その点、マヒロには借りがあり過ぎて、頼みのジークもレベリオ本人も強く出れんだろ? それにここは貴重な資料が山とある立派な図書室もあるし、魔法薬の貴重な材料はいっぱいうじゃうじゃしてるし、ユキノとプリシラとクレアの飯はうまいし、風呂は広いし、子どもたちは可愛い。最高じゃないか」
うんうんとナルキーサスが頷く。
「だが、レベリオ殿が」
「それに私がここにいるということは、君の大事なユキノに、この私という優秀な治癒術師が専属で付くということだ。それに基本、魔導師の仕事は、部屋の中で出来るから、家にいる。突然、ユキノが体調を崩したり、ミアが熱を出したり、サヴィラや双子が怪我をしたって、すぐに診てやれるぞ。子どもはなにをしでかすか分からんからな。」
あらお上手、と的確に自分を売り込むナルキーサスに雪乃は感心する。
「そうだな。いいだろう。ヘタレているレベリオ殿が悪い」
案の定、雪乃を害されると尋常じゃなく怒るが、雪乃に利益があると分かればすぐにその利益を取る夫は、見事なまでに手のひらを返して頷いた。
「……ただ、隣の部屋より図書室の隣に君にお誂え向きの部屋がある。多分だが元は司書の部屋でな、図書室に繋がっているドアもあるし、簡易のシャワールームもある。それに実験用の部屋も隣接されている」
「最高か?」
「そうだろう? おい、園田!」
真尋が呼べば、屋敷のどこにいたって充はやって来る。
「お呼びでしょうか?」
颯爽と現れた充に「司書の部屋の掃除を頼む。二、三日以内でいいぞ」と告げれば、充は「かしこまりました」と頷いて、またどこかへ行った。
水無月の家の数倍はあるお屋敷の管理に充は忙しそうだが、優秀な執事としての本領を発揮できるとあって、日々楽しそうに仕事をしている。プリシラから「充さんが来てから、なんでかすごく楽なの」とお褒めの言葉を頂いている。プリシラの「なんでか」という言葉通り、気づかせないくらい、空気のように細やかな気遣いができるのは、優秀な執事の証拠だ。
「だが、いいのか? その部屋は君が使いたいんじゃ……」
ナルキーサスの問いに真尋は不機嫌そうに目を細めた。
「一路に使用を禁止されたんだ」
「真尋さんにそんな部屋を与えたら、餓死するわ」
雪乃は一路の英断に感謝しながら、真尋を睨んだ。この人は、夢中になると寝食を綺麗さっぱり忘れてしまうのだ。
「では、有難く貰おう」
「とはいえ家具はないんだ。持ってるか?」
「全て元の部屋に置いて来た」
「じゃあ、あとで家具をそろえるといい。これも謝礼として俺が払うから」
「気前がいいな! よし、ではそんな君に朗報だ。……今日の経過が良かったので、パン粥を本日の夜から許可しよう」
ナルキーサスの言葉に真尋が嬉しそうに顔を輝かせて雪乃を振り返った。こういうところがたまらなく可愛い。
「ふふっ、はいはい。キース先生、パン粥じゃなくて、お米のおかゆでもいいかしら」
「オコメ?」
「雪乃、まさかとは思うが、米があるのか?」
「あるわよ。そうだ、今度、田んぼでも欲しいわねぇ。司祭様にお願いして、稲作をできるように準備してきたのよ。あと、大豆とかお蕎麦も、麹菌とかだって持ってきたのよ。味噌と醤油を王国で永劫語り継いでもらおうと思って」
「……教会を開いている暇があるだろうか。そもそも土地が……ジークを強請るか」
和食をこよなく愛するが故に真剣に悩みだした夫に雪乃は、あらあらと笑いながら「オコメとはなんだ?」と興味津々のナルキーサスに「お昼に実物を用意しますわ」と答える。
「ふむ、楽しみだな。ところで、サヴィラは? 魔法薬の材料にテディの苔が欲しいんだが……」
「サヴィラだったらジョンと一緒にジルコンのところに。テディも一緒だ。俺たちの武器を修理に出しに行ってくれている」
「……ああー。あれは酷かったからな……怒鳴り込んで来るかもしれんが、今は、武器の惨状に身も世もなく泣いているだろうな」
ナルキーサスが苦笑いしながら言った。真尋もそれが想像できるのだろう、困ったような顔をしている。
「ジルコンさんってどんな方なの?」
話には聞いたことはあるが、来客が制限されている為、会ったことがない。
「鉱石や魔石にがめつく、武器をこよなく愛する鍛冶屋だ。腕は確かだし、武器や鉱石が絡まなければ闊達として気のいい爺さんだ」
「ドワーフ族なんてだいたいそんなもんだぞ」
ナルキーサスがパネルを閉じ、聴診器などをアイテムボックスにしまいながら言った。
彼女は片付けを終えると「安静にしていろよ。では、失礼」と告げて、さっさと部屋を出ていく。彼女と入れ替わるようにして、ミアと双子が部屋に入って来た。
「パパ、どうだった?」
ミアがベッドに登りながら問いかけて来る。
「夜にパン粥を食べて良いって先生がおっしゃってくれたのよ」
「ほんと?」
「お兄ちゃん、良かったね」
ミアが目を丸くして、真咲が自分のことのように嬉しそうに笑った。
「お兄ちゃん、明日、孤児院に遊びに行ってもいい? ルイスと約束してるの」
「ああ、だが……そうだな。リックかレイと一緒に行ってほしいんだが、リックは忙しいし、レイはどこにいるんだ、あいつ」
真尋が少し考えるような素振りを見せた後、悩ましげに言った。
普段の真尋なら充を付けるだろうが、生憎と彼は今、忙しいのである。
「んー、それかね、遊びに来てもらってもいい? ルイスがお手紙くれたけど、お兄ちゃんのこと、心配してたよ」
「ああ、そっちのほうがいいな。かまわんぞ。俺も久しぶりに顔が見たい」
「じゃあ、そうお手紙書かなきゃ! ここで書いてもいい?」
「いいぞ」
真智が「ありがとう」と嬉しそうに笑うと部屋を出ていく。
すぐに廊下から「みーくん、お手紙のやつどこー?」という声が聞こえた。真咲が「僕、知ってるよ」とその背に続く。
「パパ、ミアはここでえほんよんでもいい? ママによんでもらうの」
「もちろん」
「ふふっ、いいわよ」
「じゃあ、えらんでくる!」
ミアもまた嬉しそうにぴょんとベッドから飛び降りると白い耳を揺らしながら部屋を出て行った。
「賑やかで、可愛くて、癒されるな」
優しく笑う夫の隣に腰を下ろして、雪乃も微笑む。
「ええ、本当に」
「…………ドラゴンと対峙した時に」
少しだけ沈んだように感じた声に雪乃は顔を上げて真尋を見上げる。その横顔は、どこか遠くを見つめている。
「イチロもリックもエドワードも意識が無くて、辛うじて世界樹がドラゴンから彼らを隠してくれていたが……もう俺しかいなくて、圧倒的な存在に挑む時……そうだな、初めて怖いと思った」
投げ出されていた左手に自分の手を重ねれば、すぐに大きな手が包み込むように雪乃の手を握り返した。
「攻撃を防ぐだけの魔力もなくて、この様だ。……あれは……従魔にしたんじゃない。称号を使って、俺に……隷属させたんだ」
その二つの言葉がどう違うのか雪乃には分からなかった。
だが、夫の手が微かに震えていることだけは伝わって来る。
「あれを殺してしまうこともできた。だが、アンファング・ドラゴンを殺せば自然災害が起きる。世界樹はほんの少しの被害と言ったが……なんだろうな。ティーンクトゥスの仕業か分からんが、俺の中に流れ込んできた映像があった。アルゲンテウス領に壊滅的な被害が出ていた。ああ、そうだろう。確かに……永遠を生きる世界樹にとっては、ほんの一瞬の災害なんだ。だが各地で地震が発生し、嵐が起こり、川が氾濫して川べりにあるブランレトゥは甚大な洪水被害を被っていた。だから、これを生かさなければならないと、そう判断した」
真尋がふっと息を吐く。
「……ロザリオごと殴って、脳震盪を起こさせて俺の血を飲ませた。名を与えたが、あれは暴れ出そうとし、従魔契約を打ち破ろうとしてきた。……だから、称号の力を使って、力でねじ伏せ、従わせた。殴った時より、全てを持っていかれた。本当に……死んだかと思った」
「称号?」
「……『神を土下座させた男』。それがあいつに土下座を教えた俺に与えられた称号だ。神に頭を下げさせたんだ。神に劣るドラゴンにも有効だった。だが……本当にギリギリで、意識も辛うじてあるだけだった俺は、なんとか契約を終えたところで、倒れた。目覚めれば全身包帯まみれの激痛で、息をするのも辛くて、とにかく、一秒でも早くミアとサヴィラに会いたかった。会って、抱き締めたいと、愛していると伝えたかった。……このままではそれが永遠にできなくなると分かったからだ。俺とあれの契約は特殊で、俺が死んだらポチは解放されるだけだ。正気であれば長生きしている分、思慮深い生き物だからな。……アルゲンテウス領が災害に見舞われることがないことだけが、希望だった」
それは、真尋が自身の死を覚悟していたということに違いなかった。彼の手を握る手に自然と力がこもる。それに気付いた真尋が強く握り返してくれる。
「だが、君が居てくれたおかげで、こうして助かった。やはり、俺には君がどうやっても必要なんだな」
柔らかな笑みが彼の顔に浮かんで、雪乃はたまらなくなって真尋にキスをした。
触れ合う唇に温度があることは、奇跡のような幸せなのだと、最期に交わした唇の冷たさが教えてくれたことだった。
ゆっくりと離れて、こつんと額をくっつける。
「いつだって本当に必要な時に必要なものが与えられるの。私の期限ばかりの人生に、あなたが与えられて、何度も、何度も命の期限をのばしたようにね。それが与えられない時は、自分で乗り越えられる試練なの」
「……そういうものか」
「ええ、そういうものよ。……頑張ったわね、さすが、私の真尋さんね」
目尻にキスをすれば、真尋はますます嬉しそうに目を細めた。
雪乃の兎の耳が、子どもたちの足音を拾う。彼から離れて隣に座り直す。
「子どもたちが、帰って来るわ」
「君の耳は優秀だな。ミアも上手に聞き分ける……そういえば、何で兎なんだ?」
「獣人族の方が体が丈夫だから、獣人族での転生を選んだのだけど、私の造形を担当した日本の神様が『可愛いのじゃなきゃだめ』って条件を出したんですって」
「その神に心から感謝したい。俺の妻は元からとびきり可愛いが、娘とお揃いで更に可愛いからな」
真顔で言うものだから、雪乃はくすくすと笑ってしまう。夫からの愛の言葉はいつだって心地よい。
ぱたぱたと愛らしい足音が三つ、部屋の前で止まる。コンコン、と律儀なノックに「どうぞ」と返せば、双子とミアが部屋に戻って来た。
「雪ちゃん、このテーブル使ってもいい?」
「ええ、いいわよ」
真智の言葉に頷けば、真智はベッドの横のテーブルに駆け寄り、手紙を書くために持ってきたものを広げる。椅子が一つしかなかったので、壁際から真咲が椅子を運ぶのに四苦八苦していれば、すぐに真智が手伝いに行って、二人仲良く並んで手紙を書き出す。
ミアは雪乃と真尋の間に座って、絵本を差し出す。それを受け取り、膝の上で広げて、読んであげる。真尋が時折、真智と真咲の質問に答える声を聞きながら、雪乃は穏やかで、幸福な時間を過ごすのだった。
「こ、こんな……なんと、むごい、ひどい、うううっ、うぉぉぉぉぉぉぉん!」
サヴィラの目の前で、カウンターの上に並べられた三振りの剣と一本の弓の無残な姿に、絶句していたジルコンがとうとう泣き出した。その周りで弟子たちがおろおろしている。
ジョンがサヴィラの背後からおそるおそるジルコンを見ていた。
父に外出の許可をもらいに行った際に「ならついでに」と父のカタナとミツルが預かっていたイチロの弓も任されたのだ。
カタナは父のアイテムボックスの中にあった。アイテムボックスは少し魔力を使うので、ナルキーサス監視の下、父が慎重に取り出した。
本当はリックから剣を預かった日に一度、店に来たのだが生憎、ジルコンが留守だった。鍛冶師たちの会合でグラウの町に行っていたのだ。なので、弟子に戻ってくる日を教えてもらい、改めて今日やって来た。
鞘から出すのにも苦労したリックとエドワードの剣は折れる寸前だし、父のカタナはあまりに哀れな刃こぼれだ。イチロの弓いたっては、真っ二つに折れている。
「いったい、何をしたらこんなことになるんじゃぁぁ! わしの可愛い子どもたちが、なんと、可哀想に!!」
大粒の涙を零して泣きながら怒り出したジルコンにサヴィラは口を開く。
「ドラゴン、斬ろうとしたらこうなったらしいよ。イチロの弓は、ドラゴンの翼があたったんだって」
「ドラゴン! エルフ族の里周辺なら精々Aランクくらいじゃろ、わしの打ったカタナがAランクごときの魔獣に負けるか!」
「Aじゃないよ。Sでもないけど……伝説種だからランクはないってリックが言ってた」
「は?」
ジルコンの涙がぴたりと止まった。弟子たちの口もあんぐりと大きく開いていて、誰か一人は顎が外れているんじゃないかと心配になった。
「父様がね、任務のためとはいえ本当に申し訳ないことをしたから、これをって」
サヴィラは父から預かったもう一つのものをポケットから取り出すふりをしてアイテムボックスから出す。絹のハンカチで包まれたそれを掌の上で、丁寧に広げる。預かった武器は店の外で出してから持ち込んだのだ。
木製のカウンターに当たって、ハンカチ越しにコトリ、と小さな音がする。
「石? 宝石でもなさそうじゃが……」
ジルコンがカウンターから金色の年季の入ったルーペを取り出した。
「触ってもいいか?」
「どうぞ」
サヴィラが頷くとジルコンの手がそれを慎重に持ち上げ、ルーペで覗き込む。弟子たちも興味津々な様子でジルコンに背後から、なんとか見ようと覗き込んでいる。
「黒曜石に銀が混じっているのかと思ったが違うの……光に当てると青と金に輝く。見た事のない石じゃ」
「ジルじいちゃん、僕も見たい!」
ジョンのおねだりにジルコンは、おいでと手招きした。ジョンがカウンターの向こうに行って、弟子が用意してくれた椅子によじ登って座りジルコンに石を見せてもらっている。
「すごい、綺麗だね。夜の空を閉じ込めたみたい」
「はっはっ、確かにな。で、これはなんじゃ?」
「父様を覆っていたドラゴンの魔力を、母様がキスで剥いで、結果、出て来た、多分ドラゴンの魔力の結晶」
「は?」
本日二度目の「は?」にサヴィラは「だからドラゴンの魔力の結晶、と思しきもの」と繰り返した。
「父様、エルフ族の里でバーサーカー化したドラゴンの討伐をしてきたんだけど、それがアンファング・ドラゴンっていう伝説種だったんだって。それで魔法攻撃受け過ぎて魔獣型魔力循環不順症になって、あやうく死にかけたんだけど、母様がキスで治してくれて」
「ちょっと、ちょっとまて、母様ってなんじゃ? あいつ、再婚したんか?」
「それ、父様の前で言わないほうがいいよ、怒るから。父様に奥さんが居たのは知ってるでしょ?」
ジルコンと弟子たちが揃って頷いた。この町でマヒロに妻がいることを知らないのは、ここへ来たばかりの旅人くらいだ。
「もう二度と会えないはずだっただけど、教会の許可を貰って、ブランレトゥに来たんだ。でも、ほら父様が三週間前に出かけちゃったでしょ? だから極秘で町へ入って屋敷にずっとこもってたから知らなくても当然だけど」
「というか、そうか、そうだよな。話の前提として、マヒロ、帰って来たんか? え? こんなに早く?」
「うん。ジルコンたちは、さっき言ったアンファング・ドラゴンって知ってる?」
弟子たちは首を横に振ったが、ジルコンは頷いた。流石三百歳越えだ。
「あれじゃろ? あの、ルドニーク山脈のどっかにいると言われていた伝説のドラゴンじゃろ。実在したんじゃな……」
「そのドラゴンを父様が従魔にして、ドラゴンで帰って来たんだ」
「は?」
本日三回目の「は?」だ。でも分かる。サヴィラも自分で言っていて、意味が分からないし、自分で説明しているのに時折「は?」って言いたくなるのだ。
「何を言ってるか分かんないかもしれないけど、俺だってよくわからないまま説明してるんだ」
「あのね、名前、ポチって言うんだけどね、すごいんだよ。お兄ちゃんのお家くらい大きくなって、飛んでった!」
ジョンが無邪気に告げる。
「とんでった?」
「実はさ、割と父様が重傷で……聞いた話だけど、その魔力循環不順症で心肺停止にまで陥ったんだって。それでとにかく治療体制の整ったブランレトゥにって急いで帰って来たんだ。だけど、まだ里のことは片付いてないから、イチロが帰って来てすぐにドラゴンで戻ったんだよ」
「じゅ、重傷!? 心肺停止って……あのマヒロが??」
ジルコンが信じられないとその顔にありありと驚愕を浮かび上がらせた。
サヴィラはこの時、まだ知らなかったが後日「ミアの婚約」というエドワードの嘘話で父が生き返ったことを知って、なんとも言えない気持ちになった。
「うん……けっこうボロボロで、まだベッドから起き上がれないんだ」
サヴィラはしゅんと肩を落とす。
「た、大変じゃ! あのマヒロがなんて、お、おい、お祝いに行かねば!」
「親方ぁ、祝っちゃだめですよ!!」
「ああ、そうじゃ、そうじゃったが、なんだ、こういう時は、なんだった!?」
ジルコンと弟子たちが、動揺のあまりにおろおろしている。
「ジルじいちゃん、お見舞いじゃない?」
ジョンの冷静な突っ込みにジルコンと弟子が「それだ!」と同時に叫んだ。
「お見舞いに、行かねば!!」
「今はまだ止めた方がいいよ。事情があって、うち、部外者立ち入り禁止だから」
今にも店を飛び出しそうなジルコンを止める。
現在、第二小隊の騎士やギルドマスター以外で自由に出入りできるのは、サヴィラの家族であるネネたちとソニア親子、そして、パンを届けてくれるリックの家族だけだ。
「何でじゃ! わしじゃぞ!?」
「これは俺も言えないよ。領主様から大事なものを預かってんの」
それだけ言えば、だてに長生きしていないドワーフ族のじいさんは納得したのか渋々カウンターの向こう、ジョンの隣に戻った。
「しかし、マヒロは大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ。母様が傍に居るから、ご機嫌だしずっと元気で、ナルキーサス先生とアルトゥロ先生にベッドから逃亡しないように注意ばっかりされてる」
「そうか、元気で生きてるならいいんじゃが、人族はわしらと違って、すぐにいなくなっちまうから。……で、話を戻して、これがドラゴンの魔力の結晶石?」
「分かんないけどね。多分、そうじゃないかって話。……いる?」
「いるに決まっておろうが!! はぁぁあ、絶対に他の誰も持っておらんぞ!! わしだけの宝物じゃぁ!!」
ジルコンが無邪気な子どもみたいにキラキラと顔を輝かせた。
火傷の痕がたくさんあるごつごつした手が、言葉通り宝物を持ち上げるように慎重にその石を掲げる。
確かに、それはとても綺麗だ。ポチの背びれと同じような色形をしていて、本当に星が瞬き、月が浮かぶ夜空を閉じ込めたみたいだ。
「あとで、わしの奥さんにも見せてやろう」
ほくほく顔でそう言って、ジルコンは大事そうに石をしまった。
「ね、ジルコン。それで、これ……直せる?」
サヴィラはカウンターの上の武器たちを指差した。
現実に引き戻されたジルコンが、この世の終わりみたいな顔になってしまう。
「……イチロの弓はもうばっきりじゃからなぁ。弦はまだ使えるかのぅ……使える素材もあるが、これはもう作り直しじゃな。マヒロのは……うん、まだこれは打ち直せばなんとかなるじゃろうな。だが……リックとエディのはな。これはわしが打ったものじゃないが……ここまでボロボロだとなぁ。ふむぅ」
ジルコンの眉間に深いしわが寄る。
再びルーペを取り出して、カウンターの上に乗っかったジルコンが、慎重に二人の剣を確認する。
素人であるサヴィラから見ても、リックたちの剣は本当にひどかった。固い鋼でできているはずなのに、まるでガラスのように粉々に砕け散りそうに見える。鞘から出すのも一苦労だったのだ。
「リックとエディは無事なのか?」
剣を見ながらジルコンが言った。
「うん。リックとエディは骨折したって言ってたけど、イチロが治してくれたからもう平気だって。イチロもドラゴンの浄化に魔力を使い切っちゃって、魔力切れを起こしただけで特に大きな怪我はないから、元気に出かけてったよ」
「そうか。ならいいが……どうしたもんかなぁ」
ジルコンがカウンターの上に胡坐をかいて座り直し、腕を組みうんうんと唸りだす。
「これはなぁ、リックとエドワードが、上司に無茶ブリされた盗賊の討伐を成功させたその褒賞でうちで買った剣なんじゃ。なんぞ、見込みがありそうな二人だったから、ちょっとオマケしてやったんじゃ。……だが、二人の実力に、こいつらではもう応えられなくなっちまったな」
「もう直せないってこと?」
「いや、直せんこともないが、なんというか、あいつらマヒロの指導を受けて、格段に腕を上げたんじゃろうな。だから、あいつらの実力に、この剣が追い付かなくなってしまったんじゃよ。もちろん、相手がドラゴンだったのもここまでになってしまった原因じゃがな」
「じゃあ、どうしたらいいの?」
ジョンが首をかしげる。
「とはいえ、わしの見込みじゃと、わしの剣にはまーだちと早いしなぁ。あいつらは、来れんのか?」
「忙しいから俺が来たんだよ。エディはイチロに着いて行ったから、エルフ族の里にいるしね。リックも毎日、忙しそうに父様のとこと騎士団を往復してる。それに父様がもう少しよくなったら、グラウで療養する予定なんだ。グラウの温泉は怪我にいいんだって」
「ふむ……じゃあ、わしが行くか。エディはともかく、リックは屋敷にはいるんじゃろ? どの程度の剣が必要か見せてほしい。なんとか許可をもらってくれんか?」
「分かった。相談してみるよ。まあ、ジルコンなら多分許可も下りると思うよ」
「そうじゃろうとも。どれ、わしからも一筆書いておこう」
そう言ってジルコンはカウンターの下から弟子に紙とペンを取り出してもらい、ペンを走らせた。
サヴィラは、その間、なんとなく辺りを見回す。どこを見ても剣や槍、弓に斧とありとあらゆる武器が並んでいる。小説で読んだとおりの武器屋らしい光景にちょっとわくわくしてしまう。
「ふふっ、楽しいか」
「……うん」
ジルコンの言葉にちょっと気恥ずかしくなる。
「ほれ、これを偉い人に頼むぞ」
「うん。分かったよ」
雑に折り畳まれた手紙を受け取り、ポケットにしまうふりをしてアイテムボックスに入れた。
「この子らは、わしが大事に預かると伝えておくれ。とはいえ修繕には日数がかかる。まあ、マヒロの傷が癒えるころには、これらも直るじゃろうて」
「そう伝えておくよ。じゃあ、お願いします。ジョン、帰るよ」
「うん。ジルじいちゃん、皆も、またね!」
ジョンが椅子から降りてサヴィラの下に戻ってくる。
「マヒロにお大事にと伝えてくれ」
「分かったよ」
サヴィラは手を振り、ジョンと共に店を出る。
店の前で待っていたテディが「ぐー」と鳴いて顔を上げた。
「いい子だったね、ありがと、テディ」
「偉いよ、テディ」
サヴィラとジョンに褒められて、テディは嬉しそうに「ぐぐー」と鳴いた。
その背にジョンと共に乗れば、テディはのしのしと歩き出した。町の人も慣れたもので、とくに気にする人はいない。
「ねえ、サヴィ。お母さんに果物を買ってあげたいから、八百屋さん行ってもいい? つわりが治まって来たら、すごく果物が食べたいんだって。だから僕、お小遣いを貯めてるのもってきたんだ」
「そうなんだ、元気になって来たならよかったね。もちろんいいよ。テディ、八百屋さんにね」
「ぐー」
返事をしたテディは、のしのしと交差点を渡って市場通りへ歩き出した。
「俺もなんか……んー、でも父様まだ何も食べられないし。あ、母様にお花でも買って行こうかな。母様が喜べば自動的に父様もご機嫌だし」
「お兄ちゃん、すごいユキノお姉ちゃん好きだよね」
ジョンが感心したように言った。
「そうだね。とにかく愛してるのは知ってたけど……父様の寝顔とか初めて見たし、想像以上に尻に敷かれてたしね」
「まあ、僕のお父さんもお母さんには勝てないからね」
うんうん、と訳知り顔でジョンが頷いた。それが可笑しくて、サヴィラはふっと噴き出して笑ってしまう。
「ははっ、確かに。サンドロもあんなに大きいのにソニアには勝てないしね。でも、きっと……実際はさ、男のほうが強いんだよね。力とかって意味では。だけど、仲のいい夫婦ほど奥さんをガラス細工みたいに大事にしている。強いけど、それを絶対に奥さんに対して武器にはしないから、だから奥さんに勝てないのかもね」
「そうなの?」
「信頼とか安心って、得難いものだよ。得難いってのは、簡単に手に入らないって意味。俺も……父様の息子になる前は、自分より力の強い存在に抱き締められるって怖かった。だって何されるか分かんないじゃん? 逃げられないし、力じゃ勝てないし。だから、自分よりもか弱い存在が安心して傍に居てくれるのって、すごい努力が必要だと思うんだよ。夫婦関係だけじゃなくて、親子とか友だち同士でもね。君を傷つけないよって、俺の力は君を護るためだけにあるんだよって言葉と行動で示して信頼を得ているんだよ。それってすごく難しくて、でも、大事なことじゃないかな」
現に力の使い方を間違えたらしい領主様とその乳兄弟は、妻に逃げられそうになっている。
彼らは暴力をふるったわけではないし、断じて彼女たちを身体的に傷つけたわけではないけれど、彼女たちの心というものを大事にできていないように無関係のサヴィラにさえ見えた。
自分たちの強さや権力が、従わせるためではなく本当は君たちを護るためにあるんだということを伝えきれていないのだ。
「うーん……む、難しい」
眉を下げて、へにょんとした顔になってしまったジョンの頭をサヴィラは、ぽんぽんと撫でる。
「まあ、俺もまだ子どもだから、本当のところは分かんないけどね」
ウィンクを一つして、サヴィラは笑った。
それから、八百屋でジョンがプリシラに果物を買って(こっそりミアの分も買っていたがサヴィラは気づかないふりをした)、花屋で母様のために小さな花束を買って、二人は家族の待つ屋敷へと帰ったのだった。
余談だが、花束に無邪気に喜ぶ妻に真尋が見たこともないくらいに愛おしそうな顔をしていて、様子を見に来ていたリックとアルトゥロは居た堪れなさそうにしていて、なんとなく(免疫のある双子以外の)子どもたちも気まずくなってしまったのは、ここだけの話だ。
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転生チートは家族のために~ユニークスキルで、快適な異世界生活を送りたい!~
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ある日、異世界に転生したルイ。
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「家族といたいからほっといてよ!」
※スキルを本格的に使い出すのは二章からです。
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"スキル"それは人が持つには限られた能力
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大人気商品ワールドランド、略してWL。
ゲームを始めると指先一つリアルに再現、ゲーマーである主人公は感激と喜び物語を勧めていく。
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【スキル盗んで何が悪い!】始まります!
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俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。
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女神の代わりに異世界漫遊 ~ほのぼの・まったり。時々、ざまぁ?~
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目の前に、女神を名乗る女性が立っていた。
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13話目くらいから話が動きますので、気長にお付き合いください!
最初はとっつきにくいかもしれませんが、どうか続きを読んでみてくださいね^^
※お気に入り登録や感想がとても励みになっています。 ありがとうございます!
(なかなかお返事書けなくてごめんなさい)
※小説家になろう様にも投稿しています
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お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
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注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
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これを書いている人は縦書き派ですので、縦書きで読むことを推奨します。
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