称号は神を土下座させた男。

春志乃

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本編 2

第二十六話 祈る男

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「イチロ様ー!」

 見張り台の上でアゼルが、嬉しそうに手を振っている姿を見つけて、一路も手を挙げて返す。
 重い丸太の門が開けられ、それぞれ愛馬に乗る一路とエドワードは、門をくぐって中へと入る。
 村の中をパッカパッカとゆったりした速度で進む。「おはようございます」と軽やかに掛けられる声に挨拶を返しながら、広場へ行けば、大勢の村人たちと騎士たちが迎え入れてくれた。応援も無事に到着したようで、騎士の数が多い。それに冒険者たちの姿も見受けられた。

「まだ朝早いのに、なんだかすみません」

「神父様たちは、私たちの命の恩人ですから」

 そう言って迎えてくれたのは、アゼルの父だった。

「お父さんもお加減はもう大丈夫ですか?」

「はい。おかげさまで、この通り。私だけでなく、皆、ぴんぴんしております」

「それは良かったです」

 一路も自然と笑みが浮かぶ。アゼルの父の言葉通り、村人たちも騎士たちも皆、元気そうだ。
 ここへ来るまでの道のりも、平和そのものだった。もう魔獣の姿はなく、探索にも何も引っ掛からなかった。ただ葡萄畑は支柱や葡萄の蔓を這わせる鉄線などが倒れたり切れたり、中には木ごと引っこ抜かれていたり、枝が折られていたり、畑に穴が開いている個所もあったので、何らかの支援は必要だろう。ワイン用の葡萄は、この村の大事な収入源だ。ジークフリートにその辺もきちんと報告を入れないとな、と頭の中のメモに書き足す。

「イチロ様!」

 アゼルが駆け寄って来た。ロボも一緒だ。
 一路は馬から降りて、目の前でぴたりと止まったロボの大きな頭を抱きしめる。

「ロボ! 良い子にしてた?」

 ロボはぶんぶんと尻尾を振って喜んでいる。
 どうやらお腹も膨れて、ご機嫌のようだ。ロボの怪我はあの日、回復してすぐに一路が治したので調子もよさそうだ。

「ロボのおかげでもう魔獣はいません。狩りも見事でしたよ。肉以外はいらないと言うので、他は素材としてとってありますので、あとでお渡ししますね」

 アゼルが教えてくれる。
 もともと魔獣を狩るのがヴェルデウルフの生き方なので、一路も許せる範囲は許しているが、ゴブリンは人相も悪いし、体に悪そうだからやめてほしいと思っている。

「いえ、素材はアゼルさん……んー、シケット村に寄付しますよ」

「えっ! そんな! ロボが狩りをしたんですよ、それに、高ランクの魔獣の素材ですから、貴重なもので」

 アゼルがあわあわしながら言った。
 一路は、苦笑を零しながらぽりぽりと頬を指で掻く。

「ご存知だと思いますけど……僕、冒険者ランクはEのままなんですよね」

 アゼルと後ろのエドワードが「あ」と声を漏らした。

「この辺にうじゃうじゃしてた魔獣だと、素材として持ち込んでも正規の値段では買い取ってもらえないんですよね。認可が下りないので、素材としても使えませんし、だからギルドに持ち込んで許可を貰ったら、換金するなり、加工するなりして、村の運営にでも役立ててください」

 無論、一路や真尋の実力は知れ渡っているので、特例で買取や素材認可が下りることもあるわけだが(実際、薬作りにどうしても必要な素材を認可してもらったことがある)、それはそれは手続きが面倒くさいのだ。
 だが、ロボが狩った魔獣の死体の残り、であるからアンデット化を防ぐためにも必要な処理だ。それで出た分なので、冒険者ギルドで処理をしたアゼルや村人たちが申請すれば、必要なことだったと判断されて認可が下りるはずだ。一路がロボに命令して魔獣を狩ると、従魔契約が成り立っているため、それはまたランクに見合わないあれこれに適応されるので、厄介なのである。
 なので一路は普段から、ロボたちのごはん狩りはAランクのジョシュアやレイ、Bランクのウォルフたちに同行してもらっている。……あと普通に魔獣の解体とか無理。

「だったら……有難く、受け取っておきます」

 アゼルの言葉に「こちらこそ」と返す。村人たちにも口々にお礼を言われて、なんだか困ってしまう。一路は自分が冒険者に向いていないことは重々承知しているのである。

「それにしてもどうしたんですか? こちらへ来る予定はもっとあとだったと……何か非常事態ですか?」

 アゼルの言葉に緊張が走る。
 一路は、眉を下げて苦笑を零す。

「まあ、ちょっと真尋くんの具合がよくなくてね」

「え!」

 アゼルが驚きに目を丸くした。まわりにもざわざわとざわめきが広がっていく。

「昨日、目覚めたんだけど……かなりの無茶をしたみたいで、治療体制の整ったブランレトゥでの療養が必要だってナルキーサス様が判断したんだ。だからブランレトゥに戻って、安静にさせようと思って」

「ドラゴンと戦ったんですもんね……酷い怪我でしたし、まさか死にそうとか……」

「彼は殺しても死なないよ。アゼルさんも知っての通り、慣れない場所だと眠れない人だからさ。それに新しい移動手段があるから、多分、今までよりもずっと早く気軽にこちらにも来られると思って、領主様の許可も得ているから、慌ただしくて申し訳ないけど今夜、出発するよ」

「今夜!? まずい……どうしよう……!!」

 何故かアゼルが焦りだし、集まっていた村人たちまで焦りだした。
 一路は、エドワードと顔を見合わせて首を傾げる。焦ってはいるが、魔獣が現れた時のような緊迫感はないので深刻なことではなさそうだ。

「どうしたんだ? アゼル」

 エドワードが問いかけると、あわあわしながらアゼルが口を開く。

「まだ神父様たちへのお礼の品の準備が整ってなくて……!!」

「お礼の品?」

 目を丸くした一路に今度はアゼルの父が口を開く。

「神父様や騎士様たちは、シケット村の恩人です! 丁度、今年のワインも出来上がる時期ですから心ばかりのお礼の品をと! 大変だ! こうしちゃいられん! おーい、息子たち、いますぐワインの樽を広場に運ぶんだ! 母さん、母さん、お土産はどこにまとめてあったかな!?」

 アゼルの父が、尻尾を揺らしながらとてとてと駆け出していく。他の村人たちまで「こうしちゃいられない」とあっちへそっちへ散っていく。

「え! あの、仕事ですからお礼なんていいですよー!!」

「何言ってるんですか! お礼用にうちの村の名産品の一つである木工作品だって大急ぎで用意してて……! そうだ、俺の母さんが作るレーズンパンは最高なんでそれも用意しなきゃ!!」

 言うが早いかアゼルまで実家に向かって走り去っていってしまった。
 唖然とする一路を残して、騎士や冒険者たちまで巻き込んで村人たちがお礼の品を広場へと持ち込み始めた。
 ワインの樽など、お店が開けそうなほど積み重ねられていく。木工作品は家具から小物まで様々で、しまいには各家庭のおふくろの味まで並び始めた。

「あの、本当に、そんな……」

「イチロは都会育ちか?」

 エドワードの唐突な問いに戸惑いながらも頷いて返す。一路はロンドン生まれの東京育ちだ。
 するとエドワードは、空色の瞳に諦念を滲ませて一路の肩を叩いた。

「いいか、一路。田舎のやつらってのは結束が強い。よそ者に対して警戒心があるので初対面だと冷たいこともあるが、恩人となって受け入れられたが最後、お礼は両腕で抱えきれないほど持たせる習性がある。あと遠慮の言葉だけは聞こえなくなる。同じような田舎出身の俺が言うんだ。間違いない」

「そんなぁ、止めて下さいよ!」

「無理だ。いいか、その辺のおばあさんとかでも、お礼の小遣いを握らせるときの握力はキラーベアより強くなるんだからな」

「嘘ですよね?」

「さて、俺は、騎士団の詰所に行って報告書貰って来るから……その内、多分、嫁候補とかも連れて来だすから頑張れよ!」

 そう言ってエドワードがさっさと逃げていく。

「あ! こら! エディさんは僕の護衛騎士でしょ!! 離れないで下さいよ!!」

 あろうことが一路の護衛騎士は、すたこらさっさと逃げて行ってしまった。
 追いかけたいが、広場に積み上げられるお礼の品に一路は逃げ道を徐々に塞がれてしまう。
 そして、しばらくしてエドワードの言葉通り「神父様、独身とお聞きしまして」と村の年頃の娘たちが連れて来られた。
 一路は「僕には婚約者がいて、真尋神父は妻帯者です!」と必死に断りを入れたら「なら護衛騎士様がいいわ!」と娘たちが浮足たちはじめた。
 さすがに族長の息子のダールは有名だそうで既婚者だから対象外、ジークフリートは、なんか対象外、とのことだった。なんかってなんだろう。

「アゼルさんとかどうですか? 真尋神父が気に入って目をかけているので、多分、出世しますよ」

「えー、アゼルは小さいころから知ってるし……」

「顔も性格悪くないけど、アゼルだしねぇ」

 娘たちは顔を見合わせて言い合う。

「そ・れ・に! アゼルにはあの子がいるしねぇ」

「そうそう。邪魔しちゃ悪いじゃない」

 何でかうふふっと笑い合いながら娘たちが頷き合う。
 どうやらアゼルには、良い人がいるらしい。まだ五級騎士だし小柄だから忘れがちだが、アゼルは既に二十代の大人の男性だもんね、と感心する。

「私はリック様が良いな。大人だし、すごく格好いい!」

「あたしはエドワード様! 優しくてユーモアがあるわ!」

この田舎の娘たちにとって、都会的で洗練された護衛騎士二人は、憧れの的だろう。なにせ独身で高給取りで性格もよく、スタイルもよく、顔もいいのだ。リックはブランレトゥでもすごいモテている。エドワードは、こじらせた馬への愛が周知されているので、そうでもない。

「リック護衛騎士は、ブランレトゥに想う方がいるのでご遠慮ください。でも……エドワード護衛騎士は彼女が欲しいって言っていたので、帰るまでの短い時間ですが頑張ってアタックして下さい」

「本当!?」

「ええ。騎士団の詰所にいます」

 一路は主を裏切った護衛騎士を裏切ることにした。リックは今も真面目に真尋の傍に居るので、適当な嘘を用意してでも守ってやらねばならないが一路を置いて逃げたエドワードは別だ。
 娘たちは、可愛らしく頬を染めて、きゃっきゃっと賑やかに駆け出して行った。
 内容はともあれ、娘たちの楽しげな姿や村人たちが嬉しそうにお礼を運んでくる姿は平和そのもので、その光景に一路は頬を緩める。なかにはミアやリースくらいの子もいて、こっそりどんぐりや何かの石を紛れ込ませている。きっと、真尋がいたら一番喜ぶのは、あのどんぐりと石の贈り物だろう。

「もうしょうがないから、目録でも作ろうか」

 ロボにそう声をかけて、一路は積み上がるお礼の山へと向かいながらペンとノートを取り出すのだった。



 リックは、マヒロの指示の下、エルフ族の樹上に作られた里の中を行ったり来たり、忙しく走り回っていた。
 ダールがくれた馬小屋は、ナルキーサスが真尋の指示の下、馬車の中に入れてくれた。馬車には両側にドアがあるのだが、飾りと化していた片方のドアを開けると馬小屋に入れるようになった。入口が小さいので大きな馬が入れるのか心配したが、そこは空間魔法とかなんとかで、ドアが勝手に広がる仕様になっているらしい。ただの騎士であるリックには理論などは分からないが、天才魔導師でもあるナルキーサスは、興奮した様子で術式紋を馬車のドアや中に書いていたので、すごいものなのだろう。
 マヒロの容体は、多分、あまり芳しくない。多分、というのは真尋がいつもと変わりない様子だからだ。だが、半分しか見えない顔も青白いし、ナルキーサスが言うにはドラゴンと戦った後遺症で治癒魔法がほとんど効かず、また魔力の流れが阻害され、本人が持つ本来の治癒力も働けず、傷が開いて閉じてを繰り返しているらしい。
 それにあの何が何でも飯だけは食べる真尋が、僅かな白湯しか口にしていなかった。
 朝の診察で、諸々の数値が芳しくなかったため、ナルキーサスにより早急な帰宅が必要という診断が下されたため、ジークフリートが明日の早朝の予定を早めて出立を今夜と決めたのだ。

「リック!」

 ジークフリートの声に呼び止められてリックは足を止める。きょろきょろと辺りを見回すと、つり橋の向こうでジークフリートが手を振っていた。
 そちらへ駆け寄り「どうかしましたか」と声をかける。

「マヒロはどうだ?」

「とくに変わりはありませんが……あまり辛いとか痛いを顔に出さない主人なので、やせ我慢だとは思います」

「護衛騎士の君が言うならそうなんだろう。向こうに戻れば、より高度な治療も受けられる。そうすれば必ずよくなるはずだ……。ただドラゴンに身を任せたことがないので分からんが、どれくらいで向こうに着くのだろうな」

「それは私も……でも実際は、ブランレトゥのマヒロさんの屋敷くらいはある子ですから、かなり早く着くのではと期待しています」

「なるほど。それはいいな。移動が楽になりそうだ。ドラゴンの飼育を許可するなんて、絶対に王家に睨まれるであろう前代未聞のことをするわけだから、領内視察に借りてもいいと思わんか?」

「ふふっ、確かに。移動中の安全も保障されますしね。……ところでレベリオ殿は? 護衛もなしに歩かれると困ります」

 すっと目を細めるとジークフリートが母親にいたずらを注意される子どものようにあからさまに顔をしかめた。
 護衛騎士が過保護だと彼とマヒロが嘆いているのは知っているが、嘆かれたって、泣かれたってリック達は傍に居て彼らを護るのが仕事であり、使命なのだ。諦めてもらうしかない。

「領都じゃないんだ。ここで私を襲って来るものはいない。それに……レベリオは、落ち込んでる」

「……落ち込んでる?」

「君は多分、こうして駆け回っていたから知らんのだろうが……レベリオはキースに話しをしに行ってな」

「やっぱり離縁ですか?」

 おそらくリックと入れ違いでレベリオが馬車に訪ねてきたのだろう。
 ナルキーサスは、マヒロから教わった術式紋のおかげで機嫌は良さそうに見えたが、やっぱり離縁を言い渡したのだろうか。

「それが……なんだ、それよりもひどいな、うん。……『離縁したくない』『君が帰るなら私も領都に帰る』というようなことをレベリオは言ったらしいんだ」

 ジークフリートは、煙草を取りだしながら言った。

「それに対して、キースは『そうか、分かった』『好きにすればいい』『離縁の手続きはどのみち領都でしか出来んからな』と……」

 リックは頬を引き攣らせながら、言葉が出てこず片手で口元を覆った。
 レベリオは、喧嘩にすらならなかったという事実に打ちのめされたに違いない。
 前にマヒロが言っていた。愛情の反対は無関心だと。まだ嫌悪でも向けられていた時の方がマシだったに違いなかった。

「地にのめり込むか、世界樹に還りそうな勢いで落ち込んでいてな。今、私の荷物の整理を頼んでいる。あれでは護衛を頼んだところで、その辺から落ちかねん」

「……確かに」

 エルフ族の里は、基本的に樹上に家が並んでいて、木材と蔓で出来たつり橋でつながっていて危険だ。

「……なぁ、リック。私もやっぱり……離縁とか言われるんだろうか。乳兄弟で揃って同時に離縁とか笑えない冗談にもほどがあるよな。父親らしいこともろくにしていない私にあの子たちが付いて来てくれるとは思わんし……あの領館にひとりぼっちか」

「と、突然、絶望しないで下さい……っ!」

 いきなり表情を失ってしまったジークフリートにリックは慌てる。

「マヒロが心配なのは本当だし、出立を早めたことに対して後悔はないが……こっちにいる間にマヒロにあれこれ相談したかったんだ……っ!」

「そう言われましても……ダールさんとかに相談したらどうですか?」

「知らんのか? エルフ族みたいな長い時間を生きる奴らに相談したって『三十年くらい、時間をおいてみたらどうですか?』と言われて終わりだ。三十年後など、人族である私はもう爺だ。孫だっているかもしれん。ここのやつらは時間を置き過ぎなんだ……! 考えてもみろ、レベリオとキースだって二十年近くこじらせてるんだぞ! それでようやくダールも『話し合いなさい』とか言ってるんだ!」

 頭を抱えだしたジークフリートにリックは何と言えばいいのか分からない。
 リックは独身で妻も子もいない上、リックの周辺は両親も含めて夫婦仲が良好なものばかりなのだ。それにしがないパン屋の倅にお貴族様のあれこれは余計に分からない。

「やっぱり……土下座しかないのでは」

 混乱して出た一言がそれだった。
 だが、言葉にして初めてそれが最適解に思えた。

「マヒロさんも言ってました。夫婦げんかした時は、土下座一択だって。大概の場合、夫側に非があるので潔く謝ったほうが良いって」

「土下座一択論はマヒロに既に言われた」

「じゃあ……土下座ですね」

 リックは至極真面目に頷いた。
 ジークフリートが泣きそうな顔をしている。なんだかマヒロの無茶を目の当たりにした時のウィルフレッドによく似ている。

「昔のリックはもっと優しかった」

「昔と言うほどお会いしていないと思いますが……それより、私もそろそろ失礼します。マヒロさんから浄化に関する指示を受けているので」

 しょぼくれていたジークフリートが顔を上げる。
 真剣な眼差しにリックも背筋を正す。

「そうか。足止めして悪かったな。やはりまだインサニアの影響でも感じ取っているのか。それとも世界樹に何か?」

「いえ、世界樹はインサニアに冒されていたわけではないので、今は回復のために眠っているそうです。ドラゴン――まあ、ポチですね。ポチは賢いので、世界樹にインサニアを感染させないよう頑張っていたらしいので……マヒロさんとイチロさん曰く、念のため、ということです」

「ならいいが……やはりマヒロをブランレトゥに置いて、イチロとこちらに戻って来て、調査が必要だな。……イチロは来てくれるよな」

 普段、「息子と娘と本屋に行く約束がある」などとどんな重要な案件であっても、娘と息子を最優先にするマヒロにすげなく断られているためかジークフリートが不安そうに言った。

「イチロさんは真面目な方なので。それにティナさんを連れてくれば多分、より一層、快く了解してくれると思います」

 不安そうに問いかけてきたジークフリートにそう返すと「なるほど」と彼は納得した。

「神父である彼らに負担を強いてしまっているのは分かるが、こればかりは彼らの力を借りなければならんからな。リックも、彼らをよく支えてやってくれ」

 ぽんぽんと労うように肩を叩かれた。 
 夫婦関係には問題のある彼だが、やはり領主としては頼りになって信頼の置ける素晴らしい人だ。

「はい。では、失礼します」

 リックは一礼し、元来た道を引き返す。次に行くところは、とメモを取り出し、その後も忙しなく里の中を走り回るのだった。



 夜になり、世界樹の樹上に二つの月が輝いている。
 里は、植物から作られているというランプが柔らかな光を零していて、温かい光に包まれていた。
 世界樹の広場には里の者たちがあつまり、旅支度を整えた一路たちは馬車の前に並んでいた。真尋は馬車の中で、リックが付き添っている。

「イチロ様、本当にありがとうございました。また是非、今度はしっかりと我らが里の魅力をお伝えしますので、遊びに来て下さいね」

 族長のクェルクスが代表してお礼と挨拶を述べた。

「はい。……それに今回、妖精族の里にはろくにご挨拶も行けなかったので、今度は僕の婚約者と来ます」

 一路はにっこりと笑って宣言した。
 妖精族の族長であり、ティナの祖父は挨拶と仕事以外では、一路から逃げ回っていてきちんと話もできなかったのだ。次の機会があれば挨拶をして、孫娘の婿としてしっかり認めてもらわなければいけない。
 それ以外は、なんとか日中に出立までに必要なあれこれを片付けることができた。シケット村から帰って来るのは、惜しまれ引き留められ、少々大変だったが、盛大に見送られて一路とエドワード、そしてアゼルとロボはエルフ族の里に戻って来たのだ。エドワードが道中何か文句を言っていたが、一路は全部無視した。

「キース……またいつでも帰っておいで」

「ありがとう、父さん。今度は色々と片を付けてから、ゆっくりと過ごせるようにするよ」

 ナルキーサスが、彼女の父と別れの挨拶を交わす。その言葉を聞いたジークフリートの横のレベリオの顔色は、真尋よりも悪い。

「神父様が一日も早くよくなることを、里の者一同、心より願っております」

「ありがとうございます。彼は僕が知る中で最も強い人だから、きっとすぐに元気になります」

 一路は自分にも言い聞かせるように、クェルクスに告げる。
 夕方に真尋は寝た。いや、寝たというか、限界を超えて多分、気絶したのだろうとナルキーサスが言っていた。今も一応声をかけたが眠ったままだ。

「クェルクス、ダール、何かあればすぐに報せてくれ。出来得る限りの手は打ってあるつもりだが、インサニアは未曽有の災害だ。些細なことでもかまわんから、報告を頼む」

 ジークフリートの言葉にダールたちが頷く。

「では、そろそろ……」

 レベリオがそう口を開いた時、ぱたぱたと軽い足音が二つ聞こえてきた。

「神父様!」

「お願い、待ってー!」

「ティリア、フィリア、うわっ……!」

 一路は飛びついて来た双子を受けとめる。フィリアは一路と背が変わらないので少しよろけたが、エドワードがそれとなく支えてくれた。
 双子は、眠りについた母のそばから片時も離れずにいたはずだ。

「どうしたの? シルワ様に何か……」

「ううん。母様はまた寝てる」

 フィリアが首を横に振った。

「もう帰っちゃうって教えてもらって、あいさつに来たの……!」

 ティリアが言った。

「そっか。ありがとう」

 一路は、笑って二人の頭を撫でた。
 だが、二人は今にも泣きだしそうな顔で一路を見ている。

「マヒロ神父様は? 大きな怪我をしたんでしょ……俺たち、何も知らなくて」

「……お前たちが気にするようなことじゃない」

 まさか聞こえるはずのない声が聞こえて、一路たちは目を見開き振り返る。
 ワイシャツに黒のスラックス、黒のカーディガンを肩に掛けた真尋が馬車の入り口に立っていた。唖然とする周囲を他所にステップを降りて、こちらにやってきた。彼のそばにはポチがふよふよと飛んでいる。青い顔をしたリックが真尋の後ろで、おろおろしていた。

「神父様!」

 双子が真尋に駆け寄る。飛びつくのではと肝を冷やすがさすがに右腕を吊っている上、包帯まみれの真尋に、双子は彼の目の前で止まった。ナルキーサスが、ほっと息を漏らしている。

「神父様、酷い怪我……」

「それになんでドラゴンが……」

「世界樹の古い友人だと聞いてな。それに早く帰りたいから、友達になったんだ。これで帰るんだぞ」

 フィリアが「すげー!」と歓声を上げ、ティリアはぱちぱちと目を瞬かせながらポチを見上げている。

「俺の怪我も直によくなる。落ち着いたら手紙を出すから待っていてくれ」

「うん……絶対よ」

「ああ、約束だ」

 真尋が微かに口元に笑みを浮かべて頷いた。
 するとティリアが「そうだった!」と何かを思い出したのか、ポケットから数枚の葉を取り出した。

「これ、母様がさっきちょっとだけ起きて……神父様にって。世界樹と精霊樹の特別な葉っぱだって。こっちが世界樹でこっちが母様の葉っぱ」

 差し出された葉っぱを真尋が受け取る。彼は、しげしげとそれを見た後、アイテムボックスにしまった。

「ありがとう。大切にすると伝えてくれ」

「うん! 神父様、母様を救ってくれてありがとう!」

「また絶対に遊びに来てね!」

「ああ。今度はサヴィラやミアも連れて来る」

 真尋が二人の頭を順に撫で、片腕で軽く二人を抱き締めた。双子も真尋を気遣い、そっと手を添えるだけだが彼を抱き締め返した。
 二人の額にキスをして、真尋がこちらにやって来た。

「クェルクス殿、俺のわがままで慌ただしい出立になってしまい、申し訳ない」

「い、いえ……神父様のお体が一番です。それより起きて大丈夫なのですか?」

 クェルクスが、おそるおそる尋ねる。

「挨拶くらいはしたかったんだ。それと……せめて祈りを」

 そう言って真尋は、腰にぶら下げていたロザリオを左手に持って掲げた。
 皆の視線が真尋と掲げられたロザリオに向けられる。

「世界樹とともに困難を乗り越えた彼らに、平和の訪れを願って……ティーンクトゥス神よ、どうか、祝福と激励の風を」

 真尋の低く穏やかな声が朗々と祈りを捧げる。
 その祈りに応えるように森の奥から神の吐息が吹きぬけ、皆の髪をなで、そして世界樹や精霊樹の枝葉を揺らした。
 穏やかに細められた真尋の銀に蒼の滲む瞳に、皆が自然と見とれている。顔半分が包帯で覆われていてもその美貌は今日も絶好調のようだ。

「……さて、見ての通り本調子ではないからな、すまないが、俺はもう馬車へ戻る。ポチ、あとは頼んだぞ」

 そう告げて、真尋が踵を返し、リックが慌ててついて行き、二人は馬車の中に消えた。

「…………キース、あいつ動いてたが、大丈夫なのか」

「大丈夫じゃないに決まっているっ」

 ジークフリートが小声で投げた問いに、額に青筋を立てたナルキーサスが怒りを押し殺したような声で答え、彼女もまた真尋を追って馬車へと戻って行く。二人のやりとりは一路やレベリオにしか聞こえなかっただろうが、無茶しかしない真尋に溜め息をつきたいのをなんとか堪えた。
 一路はポチへと顔を向ける。

「ポチ、どうやって帰るか真尋くんに聞いてる?」

「ギャウ、ギャーウ!」

 ポチはご機嫌に頷いて身を震わせた。するとポチは、みるみるとロボよりも大きくなっていく。さすがに本来の大きさにはならなかったが、それでも馬車よりは大きくなった。
 おおー、と歓声が上がる。

「さあ、私たちも馬車へ」

 ジークフリートの声かけに、ジークフリートとレベリオ、アゼルの順で乗り込み、次に一路、エドワードが乗り込んだ。ポチがばさりと翼を広げ、その腕で馬車をがっちりと掴んだ。

「……屋根が外れたりしませんように」

 エドワードがぽそっと小声で祈る声に一路も深く頷きながら、ドアの取っ手に手を掛ける。

「では、皆さん。何かあればすぐに連絡を! 御覧の通り、ポチですぐに戻って来ますからね!」

「はい! ありがとうございました!!」

「また来てね! 今度は里を案内するから!」

「神父様、はやくよくなってねー!」

「ありがとうございましたー!!」

 たくさんの温かい言葉たちに一路は「こちらこそ、ありがとうございます!」と大きな声で返す。
ポチが翼を広げ、羽ばたかせる。巻き起こった風にエルフ族の人々の髪がなびく。ポチが飛び立てば、どんどんと高度があがって行き、あっという間に世界樹の上に出た。

「……大きくなった」

 そして、阻むものがない大空で、ポチは本来のサイズになると「ギャウギャーウ」と鳴いた。多分、ドアを閉めろということだろうと思い、一路はドアを閉め、鍵をかける。

「うわ、すごい!」

 馬車の窓から見える景色が、信じられないくらいの速さで流れていく。
 ジークフリートやレベリオ、アゼルも代わる代わる窓を覗き込んで「おおー」と感嘆の声を漏らす。

「これなら思ったより早く着きそうだな」

 ジークフリートが言った。

「ですね。……さて、うちの問題児は……」

「イチロさん!!」

 階段から忙しない足音が聞こえて、リックが嫌に慌てた様子で顔を出す。

「た、大変です! マヒロさんが、吐血しました! すぐに来て下さい!」

 ひゅっと息を呑む音が耳に着く。心臓が、どくん、どくんと不安におびえて大きく鼓動を刻む。

「なっ! だから無茶するなって言ったのに! すぐに行きます!」

 一路は返事をしながら階段を駆け上がっていく。
 後ろから複数の足音が付いて来る。
 二階の寝室に飛び込む勢いで入れば、ベッドに寝かされた真尋の横でナルキーサスが、治療道具を広げていた。
 ベッドの上の真尋は、意識がないようだった。彼のワイシャツと口周りが、真っ赤になっていて一路は足が震える。エドワードが「大丈夫だ」と肩を叩いてくれるのに、はっと我に返り、ベッドに駆け寄る。

「この大馬鹿神父はやせ我慢が過ぎる。寝室に入る直前で吐血し、意識を失った」

 リックが真尋のワイシャツを脱がせ、ナルキーサスが聴診器を真尋の胸に当てる。
 邪魔になってはいけないと、一路たちは口を噤んだ。彼の音を聞くナルキーサスの表情が険しくなる。ナルキーサスの手が何かの呪文を唱えながら真尋の体に触れる。ヒアステータスが唱えられパネルが浮かび上がる。HPはほとんど回復していないが、MPは半分以上まで戻っている。

「やはり魔力の回復に伴い、魔力溜まりができてしまっている。こいつの魔力は強大過ぎて、おそらくそれで内臓にかなりの負荷がかかって、胃に穴が開いたんだ。一路、私より君の魔力の方が真尋には多少なりとも効果があるはずだ。回復薬と内止血薬、循環放出薬の調合を頼む。エルフ族の里で作られた最高品質の薬草をありったけ持ってきた。好きに使ってくれ、レシピはこの本に全て書いてある」

 ナルキーサスがどこからともなく一冊の本を取り出した。それを受け取り胸に抱える。

「はい。最初に何を仕上げれば?」

「できれば循環放出薬、次に内止血薬で頼む。回復薬はとりあえず私が作ったものだが手持ちがあるので、この二つの薬を優先で頼む」

「分かりました。エドワードさん、キッチンで作ります。手伝って下さい」

「おう!」

 一路は、エドワードと共に来たばかりの寝室を後にする。

「リックはここで私の補佐を。イチロの次にマヒロは君を信頼しているからな。他の者は、リビングか自室にいてくれ。治療の邪魔だ」

 後ろでナルキーサスがそう言っているのを聞きながら、階段を駆け下りる。
 泣き出してしまいそうなほど不安なのに、どうしてか浮かぶのは、神様であるティーンクトゥスではなくて真尋の唯一である雪乃の姿だった。
 キッチンに入り、ひりつく心に一路は両手で顔を覆った。

「雪ちゃん、雪ちゃん……お願い、真尋くんを助けて……っ」

 叶わぬ願いだと分かっていながら、一路は祈るように囁いた。
 エドワードが「大丈夫だ。信じよう」そう言って、一路を励ましてくれる。

「マヒロさんが、ミアとサヴィラを残して死ぬわけないだろ。それにマジで危なくなったら、耳元で『ミアとレオンハルト様の婚姻が決まった』って言ってやれよ。絶対に飛び起きるぞ」

 思わぬ提案に一路は、ぱちりと瞬きを一つして、そして、小さく笑みを零した。

「殴られそうだから、その役はエディさんがやってくださいね」

「え! やだ、死にたくない!」

「世の中には言い出しっぺの法則ってものがあるんです。……さ、薬作りをしますよ!」

 嘆くエドワードに一路は、心の中で何度も感謝してキッチンに着き、必要な器具をアイテムボックスから並べてテーブルの上に並べていく。あとを追いかけて来てくれたレベリオが「こちらが薬草です」とたくさんの薬草を届けてくれた。
 レベリオに必要な薬草を伝えて、エドワードとアゼルに下処理を頼む。一路は、聖水を用意し、薬草に魔力を付加し、呪文を唱えて薬を作り上げていく。

「誰か! 水と火の属性持ちの方はお湯を沸かすのを手伝って下さい!」

 途中、リックが降りてきた。何かあったのかと一瞬肝が冷えるがそうではないようで、隠すように息をつく。

「私は火はあるが水がない」

「俺、水属性あります! ってかそれしかないんですけど!」

 ジークフリートとアゼルが応えて、リックとともに大鍋を手に二階へ行く。

「水と火は普通に持ってるものじゃないんですね。僕も火はないですけど……水と火が一番多いんですよね」

 思わずぽつりと呟くとエドワードが半目になり、レベリオが苦笑を零す。

「あのなぁ、水と火は一番多いが、どっちか一つしかないのが普通なんだ。……俺たちのように血を尊ぶ古くからの貴族は二属性が普通だけどな。同じ貴族でもサヴィラの三属性だってすげぇことだしよ……一般人で二つあるジョシュアさんやレイさんもだからこそAにまで上り詰めてるんだ。お前やナルキーサス様みたいな四属性持ちとか、マヒロさんに至っては五属性持ちってかなり特殊だからな」

「え、そうなの……」

「そうですよ。私だって水属性一つきりですから。弟のアルトゥロは三属性持ちで、考えてみればあの子は生まれながらに魔導師だったんでしょうね」

 レベリオの言葉にカルチャーショックを隠し切れない。

「そうなんですね……全属性持ちの人っているんですか?」

「私は聞いたことないですけど……そもそも闇属性が現在、王国では五名しか確認されていませんからね。しかも彼らは闇と他属性を一つしか持っていなかったはずですし、全員、王立魔導研究所に所属しています」

「へぇ、闇属性ってすごい珍しいんですね……真尋くんってやっぱり特殊なんだなぁ」

 一路の呟きにレベリオとエドワードの頬が引きつる。レベリオが「……まさか、全属性」と小さく呟いたが、思案している一路には聞こえなかった。

「それがどういう意味かは俺は聞かなかったことにするから、ほら、手を動かせ」

「そうだね。うん、ごめん。レベリオさん、それをこちらに。次はこの実をすりつぶして下さい。エドワードさんはこっちをお願いします」

 今日はエドワードに頼りっぱなしだと反省しながら、一路は指示を出し、止まっていた手を動かす。
 それから急いで作り上げた薬をナルキーサスに届け、リックと代わり彼女の補佐をして、治療に専念する。
 だが、ドラゴンの魔力は薄れていないようで、うまく魔力が流れず、治療がままならない。服用した内止血薬は、内臓ということもあって少しだけだとはいえ効いてくれたのが唯一の幸いだった。
真尋の容態が落ち着いたのは、夜が明ける頃だった。

「ったく、この馬鹿は……なんでこうも、不調を隠すのか。野生の魔獣か……」

 夜通し、治療に当たってくれたナルキーサスが、手袋を外しながらベッドの傍に置かれた椅子に座る。ナルキーサスは、椅子の背凭れに体を預け、長い脚を投げ出す。あー、と声を漏らしながら天を仰ぐ彼女は、大分、お疲れのようだ。
 真尋の意識は戻っていないが、なんとかナルキーサスが安定させてくれたので、静かに眠っている。

「……彼、子どもの頃はずっとひとりだったから、頼るの下手くそなんですよね。故郷でこんなケガをしたことはないですけど風邪くらいは引くことがあったんですよ。でもご両親は仕事で留守で、メイドさんに甘えることはできなくて……彼の奥さんは体が弱いから風邪一つが命取りで……だから真尋くんは誰にも頼れなかったんです。でも、真尋くんが唯一頼れるのは雪ちゃんだけだったから、頼るという学習をしなかったもので……この有様です」

 一路は苦笑を零す。ナルキーサスが呆れたように肩を竦めて天井に顔を向けた。

「……このドラゴンでも、そのユキちゃんとやらを連れてくることはできないのか」

 ナルキーサスの問いに、一路は静かに首を横に振った。

「二度と会うことは叶いませんから。……奇跡が起これば、別ですけどね」

 奇跡を信じない治癒術師は、苦い笑みを浮かべて目を伏せた。
 部屋の中に現れた沈黙は、少しだけ切なさを抱えていて、一路は窓の外に顔を向ける。どういう魔法か知らないが、家の中からでも外は見えるのだ。
 窓の向こうには、雲の平原が広がっていた。かなりの高度を飛んでいるようだった。オレンジ色の太陽が朝の訪れを告げて、白い雲を優しく染めている。だが、今、どの辺にいるかは分からなかった。

「失礼します。朝食をお持ちしました」

 その声に顔を上げる。トレーに二人分の朝食を乗せたリックが部屋に入って来た。

「アゼル五級騎士がシケット村からのお土産で作ってくれました。マヒロさんの容体が安定している内に、ナルキーサス様とイチロさんは、順番に休んで下さい」

「ああ。分かった。では、イチロ、先に休んでくれ。安定したばかりだから、まだ私が見ていよう」

「分かりました。お願いします。僕、隣の部屋で食べてそのまま寝ます」

 一路は、自分の分を指を振って作った氷のトレーに移す。
 ナルキーサスは、呪文を唱えると蔓でテーブルをすぐ傍に作って、朝食をそこへ置いてもらっていた。

「先ほど、ポチに少し高度を下げてもらって位置確認をしました。地図と照らし合わせた結果、この分ならおそらく、今日の夜中、日付を跨ぐか、跨がないかでブランレトゥに到着すると思います」

「そうか。一番は設備の整った治療院に放り込みたいが……それも嫌だと拒否するんだろうな、この問題児は。あとで小鳥を飛ばすか。昨日の午後、この問題児が、実験用のをくれてな。速さにこだわったものだから、ドラゴンから飛ばして様子を見て欲しいと言われた。こんな時でも魔導馬鹿だな。まあ……人のことは言えんがな」

 ナルキーサスが呆れたように言いながらスープの入ったカップに口を付けた。
 まったくもってその通りなので、一路は何も言えない。リックが「失礼します」と告げて部屋を出て行く。

「いっそ、主治術師の私の言うことを聞け、とサヴィとミアに泣き落としてもらうか」

「最終手段、それですね」

 一路が頷くとナルキーサスは「名案だろ」と笑った。
 そんな彼女に一路は会釈をして部屋を出る。ドアを閉めようとしたとことで、ナルキーサスに呼び止められた。

「マヒロは私が、私の意地と誇りにかけて死なせないよ」

「…………ありがとう、ございます」

 みっともなく震えてしまった声にナルキーサスは「私は優秀な治癒術師だからな」とだけ言った。
 一路はドアを閉め、逃げるように隣のエドワードの部屋に飛び込む。部屋には誰もおらず、ドアを閉めずるずるとその場に座りこんだ。なんとか朝食を傍らに置いて、両手で顔を覆った。その手は、ガタガタと震えている。

「おねがい、真尋くん……ぼくを、ひとりぼっちにしないでね……っ」




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