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本編
第二十九話 向かった男
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早朝、出かけ際、部屋で仕度をしていた真尋達の前に現れたエドワードに一路とリック、ジョシュア、ティナが、あんぐりと口を開けて固まっていた。
「随分と男前になったじゃないか」
真尋は、くくっと喉を鳴らして笑い首を傾げた。
エドワードは何故か傷だらけで頭には包帯が巻かれ、腫れた頬には湿布が貼られている上、もう片方には大きな切り傷がある。それに騎士の制服では無く、私服姿だった。
「な、ど、どうしたんだ?」
リックが慌てて相棒に駆け寄った。
エドワードは、バツが悪そうに視線をずらした。
「……あー、ちょっとその、まあ、喧嘩して……謹慎的な?」
「喧嘩? 誰と? 謹慎? というか何で?」
リックが矢継ぎ早に尋ねる。エドワードは、答えにくそうに視線をあっちへやり、こっちへやり、時折、助けを求めてちらりと真尋や一路に視線を寄越す。一路が真尋を見上げて、助けてあげてと目で訴えてくるので仕方がない、とエドワードの胸倉を掴んで揺さぶって居るリックの肩をぽんと叩く。
「リック、追及は後にしろ。エディ、謹慎中なのにわざわざここに来たのには、訳があるんだろう?」
「はっ、そうだ! 謹慎中なのになんでここに!?」
「これを! これを届けに来たんです!」
渡りに船と言わんばかりにエドワードは頷いて、リックから逃げ出してこちらにやって来るとウェストポーチから紙の束を取り出した。それを受け取り、表紙の文字を目で追った。
「報告書?」
「はい。マヒロさんに言われた通り、過去の事件を洗い直したんです。これは、類似事件を纏めたものです」
「ほう……なるほどな」
真尋は、パラパラと紐で綴られた報告書の束を捲っていく。その間にエドワードが事件の類似点を皆に説明する。経営の傾いた商家を突然現れた素上の知れない男が立て直していくこと、その際、従業員の殆どが入れ替わること、業績は向上するがピークに達して暫くすると男が主人を殺し、自殺するということ。
真尋はそれを聞きながら似顔絵のページを見つけて、速度を落とし、エイブと同じ狐顔を見つけて手を止める。
「あれ? エイブか?」
横から覗き込んで来たジョシュアが首を傾げる。ティナが背伸びをして一生懸命覗き込もうとしているのに気付いて、真尋は手を降ろして資料の位置を下げた。ティナは本当に小さい。その顔を見たティナも「エイブさんですね」と目を瞬かせた。
「エイブに似ていますが、別人です。それは、今から百二十年前に王都の武器屋で起きた店主殺人事件の犯人でありその場で自殺した男で名はメイルといいます。事件の年代はどれもバラバラです。遡り切れていない分ももしかしたらあるかもしれませんが、今の所、もっとも古いのは三百年前のウルグスという王都の南にある町で起きた事件です。これらを調べて行く中で、裏社会でモルスと呼ばれる男が浮上しました」
「モルス? 名前ですか?」
一路が首を傾げてエドワードに問う。
「エルフ族の古い言葉で、死神を意味する言葉だそうです」
「死神、か言い得て妙だな。死神は命を狩る存在だ。ある意味、死の象徴でもある。確かにこれらの事件を見れば、そう言いたくもなる」
「はい。ただ、モルスの正体を知る者は誰も居ないんだそうです。名前も年齢も種族も全て不明。モルスの息がかかった人間が商家に潜り込んでいるのか、モルス自身が姿形を変えて潜入しているのかも不明です」
「でも長生きなんですよね。だとするとエルフ族かドワーフ族が竜人族というところでしょうか?」
ティナが言った。
「だが、竜人族は有り得んだろ。あいつらはそもそも里から出て来ないし、商家なんぞに欠片も興味が無い。それに竜人族は、殺しはしない」
「そうなのか?」
ジョシュアの言葉に真尋は尋ねる。
「ああ。あいつらは、ドワーフ族やエルフ族から色々盗んだり勝手に奪ったりはするが、これまで殺しだけはしたことがない。竜人族は自分たちの強さを誇りにするからな、あいつらにとって自分達より弱い存在である他の種族を殺すことは矜持に反するんだろう。長い歴史の中、この三つの種族が戦争を起こさなかったのは、ある意味、その竜人族の高すぎる矜持と長命故に気の長いドワーフ族とエルフ族の性質のお蔭だ」
成程、と納得して報告書を一路に渡す。一路が資料を捲って目を通す。
「でも謹慎なのにこんなところに出て来たのがバレれば、お前、謹慎処分に加えて減俸だって……」
リックが心配そうに言った。
騎士団での謹慎処分がどういうものかは分からないが、エドワードは三級騎士で寮生活をしている半人前の騎士だ。それが謹慎処分を受けたとなれば、寮の外に出ることは禁止されるのでは無いだろうか。真尋達の通っていた高校でも謹慎処分を受けた場合は、自宅待機が原則だ。
「あー、それがさ……」
エドワードは、がりがりとボルドーの髪を掻きながら、苛立たし気にため息を吐きだした。いつも飄々としている彼にしては珍しい。
「喧嘩した相手って言うのが、同じ第三中隊所属の第一小隊のアーロン二級騎士っていういけ好かない五つ上の先輩なんですが」
「お前、またアーロン先輩と喧嘩したのか」
リックが呆れたように言った。口ぶりから察するにエドワードとそのアーロンという騎士は、日ごろから仲が悪く、喧嘩もこれが初めてではないようだ。
「……問題はそこじゃないんです。アーロンの野郎は大嫌いだし、どうしてあんな性根のひん曲がったやつが騎士なのかも全く分からないですが……リヨンズが俺達第二小隊が担当していたクルィークの密猟・密売事件を、あいつの采配だけで第一小隊に権限を移しやがったんですよ」
「はぁ!?」
リックが声を上げた。
真尋と一路も顔を見合わせる。ジョシュアやティナでさえも驚き顔だ。
「俺達が押さえていたクルィークの脱税の証拠資料から狩人たちの素行調査書、ありとあらゆる証拠や資料が没収されて、俺達、第二小隊は暫く町の警邏のみという命令が下されたんだ」
「なっ、どっ」
リックは怒りと呆れと混乱と色んな感情が溢れて言葉もまともに出せない様だった。
「無論、カロリーナ小隊長は、そんなことは認められないと抗議したんだが、リヨンズは無視した。カロリーナ小隊長は、その上の大隊長に直談判に行ったんだが、大隊長はどちらかと言えばリヨンズ側の人間だからな……リヨンズが正当だとしてカロリーナ小隊長の意見を却下したんだ。運悪く、副大隊長は第三大隊のほうに出かけていて留守だしな」
「その上の師団長や閣下は?」
真尋の問いにエドワードは力なく首を横に振った。
「副団長と第一師団長は、領主様の護衛として第二大隊に同行していて留守ですし、副師団長は彼自身が王宮に呼ばれている身分なので同じく留守です。それにこの話を団長まで持っていけば、団長の命を受けて秘密裏にリヨンズ本人のことを調べている別の隊に要らぬ火の粉が降りかかりかねません。団長は捜査権限を俺達に戻すように言ってくれるでしょうが、リヨンズ側の連中が何を言い出すか……」
「……お恥ずかしい話、中隊長でありながらリヨンズは騎士団内で一大勢力を築いているんです」
リックが頭を抱えながら言った。
「だが、閣下は領主殿の弟君なのだろう? 格下の伯爵家をのさばらせて置くなど……」
辺境伯ともなれば、侯爵と同等の爵位である。リヨンズの実家である伯爵家は辺境伯にしてみれば、格下の相手だ。
「以前も申し上げましたが、団長自身は子爵位及び騎士爵しか持っておりませんので貴族としての立場はそれほど強い訳ではありません。それに団長は、間違いなくジークフリード様の実の弟ですが……ジークフリート様は次男で、団長同様側室の子です」
「普通、家督を継ぐのは、正室の子か、長男じゃないんですか?」
一路が問う。それをエドワードが肯定した。
「勿論。王国の法律にもそう定められている。長男が病弱であるとか障害があるとか家督を継がせるに相応しくない余程の理由がある場合を除いては、原則、爵位を継ぐのは、長男、或は、正室との間に出来た第一子男児だ。我がオウレット男爵家だって、一番上の兄上が……まあアルゲンテウス家とは比べられないほど小さな領地と爵位だけど兄上が継いでいる。次男は運が良ければ家督を継ぐこともあるが……三男以下は俺みたいに自分で身を立てるか、どこかに婿入りするかだな。俺の二番目の兄上は学者として、北の町にいるしな。我がオウレット男爵家は領地も小さいし貧乏過ぎて争いも起こらない平和な家だよ」
エドワードが冗談めかして言ったあと、苦笑を零した。
「でも、金も権力も地位も名誉もあるアルゲンテウス辺境伯家は……まあ、色々とあるんだ」
「あまり深くはお話しできませんが……側室の子である領主様も団長も、足元の地盤は脆い物なのです。アルゲンテウス家の嫡男で侯爵家の姫君である正室の御子であった、セオフィラス・クリフォード・フォン・アルゲンテウス様が十数年前に不慮の事故で若くしてお亡くなりになってしまったことが発端です。本来であれば、セオフィラス様が領主となり、次男で側室の子であったジークフリート様がこのクラージュ騎士団の団長になる筈で、団長は和平のために隣国の侯爵家に婿入りする予定だったんです。側室のコーデリア様は子爵家の出身で権力のある家では無いのですがリヨンズ伯爵家が後ろ盾となって、アナスタシア様が亡くなった後にコーデリア様は嫁いでこられたのです。王国の派閥争いの一つの駒として。まあそもそもアナスタシア様も同じく派閥争いの一つの駒だったのですが……その辺は非常にややこしい話なので割愛しますが、リヨンズ伯爵家はセオフィラス様亡き後、ジークフリート様を取り込んで、アルゲンテウス家を自分たちと同じ派閥に引き込もうとしたのです」
「でも、領主様は父君の計らいでリヨンズ伯爵家とは真反対の派閥の伯爵家と縁を結びました。その上、側室は置かないと宣言されています。リヨンズにしてみれば、大誤算です。ウィルフレッド団長も兄の結婚を機に反対派閥の子爵家の姫君と婚約してしまいましたし、辺境伯以上じゃないと側室は持てません。王国は基本的に一夫一妻制ですからね。つまりリヨンズ伯爵家は十数年単位で練っていた計画がパァになって、怒り狂い三男のパーヴェル・リヨンズをクラージュ騎士団に放り込んで来たんですよ、ウィルフレッド団長からどうにかその団長の席を奪おうと。全くもって迷惑な話です」
「何かしらの爪痕でも残そうと必死なんだろうな」
真尋の言葉にリックとエドワードは何とも言えない顔で頷いた。
「今回、領主様は嫡男のレオンハルト様と姫君のシルヴィア様、そして奥方様のアマ―リア様を初めて連れて王都に行っておられるのですが……それはレオンハルト様とシルヴィア様の婚約を通して有力貴族との繋がりを作るのを目的としているんです。ご自身の地盤を固めて、このアルゲンテウスを守るために。だからこそ、普段は同行しない師団長や副団長まで同行しているんです。いつどこで何が有るか分かりませんので」
「反対勢力が襲って来るかも知れない、と?」
「……はい。嫡男のレオンハルト様は、まだ五歳ですから……領主様に万が一のことがあればこれほど可愛い人形も居ないかと」
どうやらこのアルゲンテウス領は思っているより色々と厄介な事情を抱えている様だった。リヨンズにウィルフレッドが強く出られないのは、おそらく時期尚早だからだ。領主である兄が戻って来るまで彼はこの地を守り続けなければならない。リヨンズを糾弾したくても今の彼には、まだ出来ないのだ。
「貴族って厄介なんですねぇ」
一路がしみじみと呟いた。
エドワードが、ふっと笑って自身の胸に手を当てた。
「非常に厄介だとも。この身に流れる血は、繁栄と衰退を幾度となく繰り返し、血生臭く仄暗い歴史を内包しながらも今に至るまで絶えることなく受け継がれてきた。その血をますます強くし、子々孫々へと繋いでいくことが貴族にとって生き残る術だ。貴族にとって、この身に流れる血こそが何よりの財産であり、誇りだ。俺だって、我が身に流れるオウレット男爵家の血を騎士である事と同等の誇りだと思っている」
エドワードのスカイブルーの双眸は、強い光を宿していた。そこには、彼の言葉通り、その身に流れる血への誇りが垣間見えた。
水無月家もまた古い歴史のある家だ。エドワードの言う事は分からないでもなかったが、頭の痛い話だった。平成の時代にあった水無月家にだってお家騒動は少なからずあった。自分が死んだ今、向こうは間違いなくややこしい話になっているだろう。社交界でそう言った話を聞くこともあったし、某大手家具屋の老舗メーカーでも騒ぎはあった。財と権力有る所なら、必ず存在する問題なのだろう。
「……まあ大体の事情は分かったが、それで何がどうなってお前は謹慎なんだ?」
真尋の問いにエドワードは、凛々しかった表情を情けない者に変えて追及の魔の手から逃げるように再び視線を逸らした。
「エディ、マヒロさんが聞いてるんだから、答えろよ」
リックが言った。
「……いや、だから……廊下でな、アーロンが俺に嫌味を言って来て……その、あいつ……俺のことならまだしも、お前のこととかカロリーナ小隊長のこととか、その上、オウレット男爵家のことまで馬鹿にしてきやがってっ」
エドワードの握りしめた拳が震えている。
一路が気遣う様な眼差しを向け、声を掛けようとした時、エドワードはばっと顔を上げた。
「そりゃあ確かにアーロンの実家に比べればうちはドがつく貧乏で!? 兄上も父上も領民と一緒になって毎日畑仕事に精を出してるし!? 母上と義姉上は毎日針仕事と節約に余念がないし、マヒロさんの屋敷より家小さいけども! そもそも使用人も執事とメイド二人の計三人だけだけど!だからこそ自分の事が自分出来る訳だから! 遠い昔の隣国との戦争時は、アルゲンテウス辺境伯家と共に戦いに出た由緒ある忠実な家系なんだっつーの!! ただ! 少しお人よしが好きで手柄を全部とられて今の地位に甘んじているだけだ! そもそもうちのご先祖さまから手柄を横取りしたのは、憎きアーロンのご先祖だっつーの! ちょっと鉱山で金が出るようになって貧乏脱出したからっていい気になりやがって! あいつだって二世代前はうちと変わらん貧乏だったくせに!!」
うがーと一気に吐き出したエドワードに一路は頬を引き攣らせ、リックは呆れたようにため息を吐きだした。ジョシュアとティナは苦笑いだ。
「それでカロリーナ小隊長殿にでも拳をもらってここに来たのか」
アーロンは将来絶対に禿げると呪っていたエドワードがぴたりと口を閉じた。胸の前で指をくっつけたり話したりしながら、おずおずと再び口を開く。
「……小隊長に……二級騎士への昇級試験が受けたいなら、神父殿のところで我慢と忍耐と謙虚の意味を学んで来いと、ちなみにこの頬の腫れはカロリーナ小隊長に貰いました。……それでその、謹慎は謹慎なんですが騎士団内に一週間、立ち入り禁止命令がですね、その……お手紙です」
エドワードがそっと差し出したのは、真尋宛ての手紙だ。綺麗だが勇ましさを感じる文字がカロリーナの名を刻んでいた。真尋は、蝋封を開けて中身を取り出す。一枚は真尋宛て、もう一枚はリック宛だった。リックに渡せば彼は深緑の瞳をぱちりと瞬かせて、それを受け取った。
『マヒロ神父殿へ
まずは一般人である神父殿に面倒事と馬鹿を押し付ける形になってしまうことを心からお詫びさせて頂きたい。
エドワード・オウレットという男は、貴族としての誇りを良い意味で持ち、仕事に対しても真摯な姿勢で臨む騎士なのだが、少々、後先考えない愚かな所がある。どうかその辺を厳しく躾て頂ければと思う所存であるが、今回、エドワードをそちらに向かわせたのは、彼自身を守るためだ。
エドワードは、ウィルフレッド団長が目を掛けている才能ある騎士だ。我が第二小隊に限らず騎士団の多くの仲間たちがその優秀さを認めている。故に少々、向こうが不穏な動きを見せている。第二小隊がクルィークの件から任を解かれたのも団長殿の戦力を殺ぐためだ。だからこそ一度、騎士団から彼を出したい。彼とリックを失うことは、団長にとって間違いなく痛手となる故の苦渋の決断だ。
領主様が戻られれば、領主様の立場も団長自身の足場も確かなものとなる筈だ。どうかその時まで、この馬鹿を預かって欲しい。無論、こき使ってくれて構わない。寧ろ馬車馬のように働かせてくれ。そして、余裕があれば躾もし直して欲しい。
神父殿には、様々な迷惑を掛けてしまい心苦しいことこの上無いが、どうか私の大切な部下たちのことをよろしく頼む。
カロリーナ
追伸 向こうが神父殿の存在に注視し始めている。くれぐれもお気をつけて。』
真尋は、ふむ、と一つ零して手紙を封筒に戻し、懐にしまうふりをしてアイテムボックスにしまった。
「……エディもリックも素晴らしい上司を持ったな。よし、カロリーナ小隊長の想いに免じて仕方が無いからお前の面倒も見てやろう。ベッドは……しかたがない、俺のベッドの上を片付けるか。俺は一路と寝てるしな」
「マヒロさん、お気遣いありがとうございます。ですが大丈夫です、我々騎士は野営訓練も受けていますので、エディは床で充分です」
「リック! 同期だろ? 親友だろ? 一緒に寝ようくらい言えよ!」
「後でソニアさんに毛布と枕だけもらってきますね。寧ろ、馬小屋でも良いんですけど」
カロリーナからの手紙を懐にしまったリックが微笑みながら言った。エドワードが抗議の声を上げるが、リックはさらっと無視した。何となく二人の力関係が垣間見えた瞬間だった。普段は控えめなリックがエドワードに引っ張られているのだが、いざという時には、リックの方が強いらしい。
真尋はちょいちょいと指でエドワードを呼ぶ。リックに抗議を申し立てていたエドワードがこちらにやって来て首を傾げた。彼の切り傷に手を当てて治癒呪文を唱えた。一瞬身構えたエドワードだが、治癒だと分かると体の力を抜いた。ついでに頭の傷も治してやる。どれだけアグレッシブな喧嘩をしたのだろうか。
「頬の腫れは自力で治せ。カロリーナ小隊長の愛が込められた拳だからな」
「……はい。ありがとうございます」
エドワードは頭の包帯を外しながら頷いた。
「俺達は今、ミアとノアという孤児を探している。今日は、生憎の雨だが墓地の方に行ってみようと思っているのだ。そこでエディとリックには、別に任務を与える」
「はい」
エドワードが姿勢を正す。リックは少し不安そうだが真尋を見つめて指示を待っている。真尋は、よしよしと頷き鞄から紙を一枚取り出して、さらさらとペンを走らせた。書きあがったそれをエドワードに差し出す。
「……いつものパンをお願いします……パン?」
「ああ。リックの実家のパン屋で毎朝、パンを買っているんだ。孤児たちが集団で暮らしている家に毎朝、届けていてな。そこに届けてくれ。リックが場所は知っているから」
パンの代金もエドワードに渡した。
「分かりました! その後はいかがいたしますか?」
「その後は、屋敷に戻ってプリシラ達を手伝ってくれ。リックが大体のことは分かっている。俺も昼を目安に戻る」
分かりました、とリックとエドワードが頷いた。
では行こう、と声を掛けて部屋を出るように促す。部屋を出る時、大丈夫だ、とリックの肩を叩けば、リックは驚いたような顔で振り返った後、困ったように笑った。
プリシラとジョン、リースとティナの四人を屋敷まで送り届けて、そこでリックとエドワードと別れて真尋は、ジョシュアと一路と共に南門を目指す。屋敷には既にルーカスとクレアが居た。雨の日はルーカスは庭ではなく温室の手入れをしてくれている。それに今日は、ロークが臨時休業のため護衛が休みのジョシュアが手伝いを申し出てくれたのだ。
南門は有事の際にしか開門しないが、墓地に行く時だけは商業ギルドに行って許可証を貰ってくれば大門の脇にある小門から出入りできるのだ。葬儀の際もこの門を通って、葬送行列は墓地へと向かう。真尋もダビドの葬儀の際に通った。
「良く降る雨だ」
蹄の音が雨の音と混ざり合う様にして町中に響く。
晴れている日は賑やかな通りもシトシトと弱くなって尚も降り止む気配の無い雨のせいで閑散としていた。こんな雨の日にわざわざ墓に行く人間も居ないのだろう。門の前に人はおらず、見張りの騎士が欠伸を零していた。
真尋たちが門に近付くと騎士が漸くこちらに気付いた。
「許可証を」
慇懃な態度で騎士は言った。真尋は、やれやれと呆れながらも朝、リックが貰って来てくれた許可証を三人分、騎士へと渡した。
リックもエドワードも、これまで真尋が出会った騎士たちは背筋が伸びているだけではなく、身形も綺麗に整え、身だしなみには人一倍気を使っていると一目で分かる者ばかりだったが、目の前の男は髭のそりの残しが有る上に、ペンを落としてしゃがんだ際には頭に寝癖までついていた。それに制服もよれっとしている。首元のスカーフタイはシミがついているのを無理矢理に誤魔化しているからか、変に曲がっている。ダビドの葬儀の時は、前を通っただけなので前もこういった人間がここにいたかは覚えていない。
「二時間で戻るように」
「ああ、分かった。ところで……貴殿の名前を頂戴しても? 私はその許可証にある通り、神父の真尋と言う者だ」
騎士の眠たげな目がぱちりと瞬いて真尋に差し出していた許可証に視線を落とした。許可証には名前の他に職業と年齢、性別、種族が書かれているのだが、どうやらこの男はろくすっぽ見ていなかったようだ。真尋たちも雨避けのローブのフードを目深に被っているから顔が見えていないのに、この男は顔を見せるようにと言わなかった。
「ああ、町で噂のレイを倒したって言う神父があんたか」
「倒してはいませんよ」
真尋はフードの下で軽く笑って肩を竦めた。
「まあ、俺にしてみりゃ何でもいいがね。俺は、第三中隊のアビエルだ」
「ありがとう。では、アビエル、二時間後に」
真尋は軽く手を挙げて馬の腹を蹴った。一路とジョシュアも真尋に続いて門を潜る。
門からは東の方へとあぜ道が続いている。この先に墓地があるのだ。長い時間をかけて人々が通った後が踏みしめられて出来た道は、舗装されていないから泥が跳ねる。
「何か気になったの?」
横に並んだ一路が尋ねて来る。
「リックやエディと比べると随分とだらしのない騎士だな、と思ってな」
「そりゃあそうさ」
反対側に並んだジョシュアが言った。
「南門の門番って言うのは、左遷された騎士ってことなんだ。門番は三級以下の騎士が交代で受け持つんだが、それは東西門と北門だけだ。葬送行列と墓に行くもんしか南門は通らないからな、はっきり言って暇だ。だから、あそこにいるのは、何かやらかして干された連中なんだ。町の奴らはみんな知ってるよ。あいつは制服を着ているだけまだマシな方さ」
「辞められないのか?」
「その辺は俺にもよく分からないが……騎士団は籍が置いてあればとりあえず衣食住が保証されるからなぁ」
そう言ってジョシュアは、前へと出た。林に入って道幅が狭くなったのだ。一路に前に行くように促し、真尋が最後尾へと下がる。真尋は、きょろきょろと辺りを見回す。人影はなく、どこか不気味な気配を湛えた林が広がっているだけだった。
コトコトとミルクの中でパンが煮える音がして、甘いミルクの香りが粗末な家の中に広がる。ネネのスカートにまとわりつく様にして子供たちが、つまみ食いをしようと隙を伺っていた。
「だめよ、これはノアのものだから」
ネネは、羊の耳とくるりと丸い角を生やした少女の頭を撫でた。三歳になるコニーは、拗ねたように唇を尖らせる。他の子どもたちも同じような顔になる。
このミルクは、昨日の朝、あの美しい神父がパンと一緒に届けてくれたものだ。朝食の時にコップに一杯ずつ分けたのだが、甘いミルクの美味しさにチビ達はすかり虜になってしまったようだった。
「ノア、たべないよ。コニーたべてあげる」
「……だめよ。これはノアのなの」
言い聞かせるように言って、ネネはサヴィラが廃材を削って作ってくれた木製の器にミルク粥をよそう。
「ほら、皆で雨漏りの桶の水が溢れていないか確かめて来て。そうしたらご褒美にいいものあげるわ」
ネネの言葉に子供たちは、顔を輝かせると嬉しそうに台所を出て行く。今日みたいに酷い雨の降る日は、雨漏りが酷いのだ。屋根が落ちている部分もあるから、一階でも雨漏りをする。子どもの「あふれてるー」とはしゃぐ声が聞こえて来た。ネネは背中に背負った赤ん坊を背負い直して、賑やかな声を聞きながら二階へと上がる。下から三段目は、腐っているからひょいと飛び越えた。
一番奥のサヴィラの部屋に入る。
「ノア」
声を掛けても返って来るのは、荒い呼吸だけだ。薄暗い部屋の中は雨音がやけに大きく聞こえる気がする。
ぽつりと置かれたベッドにはノアが横たわるばかりで、傍に小さな兎の少女の姿は無い。ほんの一瞬、目を離した隙にミアはどこかへと行ってしまった。今、サヴィラとルイス、レニーの三人が探しに行って居る。
ネネは、ベッドへと近づいていき、覗き込む。小さく薄い胸が忙しなく上下している。枕元にミルク粥を置いて、ネネは傍にあった桶にノアの額に乗っていた手ぬぐいを浸して絞り、小さな額に細い首筋に滲む汗を拭ってやる。
ノアは、全く良くならない。後ろを振り返って子どもらが誰もついて来ていないことを確認してから、布団を捲った。ノアの左脚は真っ黒で下の敷布に膿や血が滲んで腐ったような酷い臭いを放っていた。そして、塞がることの無い傷口からは黒い霧のようなものが滲むように溢れている。
じわじわと毒が染み込む様にノアの脚の黒い痣は広がっている。今はおへその下、右脚の太ももの半ばまで広がってしまっていた。幾ら拭いても、冷やしても何をしても治らない。
その痣は、見ているだけで不安になる。ノアの命を吸い取って広がっているようにネネには思えた。
布団を戻して、ネネはノアに声を掛ける。
「ノア、ノア」
小さな肩を叩くが反応は無い。
「ノア……ノア」
ミアが仕事に行っている間、ネネがノアを預かっていた。ノアは、寂しがり屋でいつもネネのスカートにくっついているような子だった。控えめで臆病で、でも笑うと可愛いノアはネネにとても懐いてくれていた。夕方になってミアが迎えに来るととびきり嬉しそうに笑って、幼い足音を響かせながらミアの所に向かうのだ。
でも今は、ノアはただただ苦しんでいる。ミアは、ノアはグリースマウスに噛まれたのだと言っていたが、あんな小さな魔獣に噛まれたからと言って、こんな風になるのだろうか。
ネネは祈るようにノアの頬を撫でる。こけた頬は、直に骨の感触を感じる。
ノアの小さな手を握りしめて、ベッドに腰掛ける。
ミルク粥からゆらゆらと上がる湯気に目を細めて、顔を俯けた。
神父だという美しい人は、家の前で騒いだあの日から三日間、毎朝、パンを届けてくれた。紙袋の中には白パンやバケットの他にジャムパンやクリームパンと言った甘いパンが入っていて、子どもたちは初めて食べるご馳走に子供らしい無邪気な笑みを浮かべていた。お腹いっぱい食べられることがあんなにも幸せだったということをネネも久しぶりに思い出した。
何度も何度も神父にノアやミアのことを言ってしまおうと思ったけれど、ネネにはそれが出来なかった。サヴィラがそれを良しとしなかったのもあるかも知れない。でも、それだけでは無い。
信じ切ってしまうのがネネは、怖かった。
サヴィラに言った通り、ネネは、神父のくれるパンに込められたものが同情でも優しさでも何でも良かった。
でも毎朝出会う度に心に迷いが生まれた。神父の銀に蒼の混じる不思議な瞳はいつも穏やかな優しさを湛えていて、ネネは言葉が見つけられなくなる。その腕の中に飛び込んで、背中に背負うアナみたいに、ただ泣いてしまいたいとそう思っている自分が居ることにネネは気付いた。
心の奥底にネネもサヴィラも身勝手な大人たちに与えられた傷が残っている。辛うじて瘡蓋に覆われたその傷口が開いてしまうかもしれないと思うと余計に怖かった。あんな痛みを一度も二度も知りたくはない。
「……ネネ、ノアは?」
か細い声が聞こえてドアの方に顔を向ける。
薄く開けたドアから顔を出したのは、シェリルとヒース、レニー、ルイスだった。シェリルとヒースは五歳、レニーは六歳。ルイスは八歳になる。皆、サヴィラがどこからか拾って来たのだ。
シェリル達より下に三歳が三人、二歳が一人、そしてネネの背中の赤ん坊が一人いる。彼らは幼過ぎて、まだノアがどういう状態なのかもよく分かっていないから、ノアのミルク粥を羨ましがって拗ねているが、シェリルたちは、幼いながらになんとなく不安に思っているようだ。
「……まだ眠ってる。それより、サヴィは?」
おいで、と手招きすればシェリルとヒースが一番に飛び込んで来てネネに抱き着いて来る。そして、泣きそうな顔でノアを見る。レニーはルイスの腕にしがみつきながらこちらにやって来た。
「まだ帰って来ないよ。……ミア、どこに行っちゃったのかな?」
ネネは、シェリルとヒースを撫でながらルイスの言葉にノアに顔を向ける。
「……分からないけど……きっとすぐ一緒に帰って来るから、皆で待ってよう。ね?」
ネネは彼らをこれ以上不安にさせまいと出来る限り優しく笑った。でも、ルイスたちは、泣き出しそうな顔のまま、うん、と頷いただけだった。
「体調は、どうなんだ?」
久しぶりに行動を共にする相棒に問いを投げた。
脇道の方へと視線を向けて居たリックが振り返る。二人は、馬を貧民街に一番近い詰所に預け、徒歩で孤児たちの家に向かっていた。リックの実家で買ったパンは、エドワードのアイテムボックスに入れられている。
「もう大分良いよ。基本的にマヒロさんの傍にずっと居たから……悪いな、迷惑かけて」
困ったように下がった眉にエドワードは、肩を竦め笑って返す。
「なーに言ってんだよ。俺とあの子を守るためだったんだから文句なんか一つもねぇよ。それに思っていたより元気そうで良かった」
ぱちりと目を瞬かせたリックは、安心したように微笑った。
「そうだな……今はお前の方が痛そうだからな」
揶揄するようにリックは言って、フードの下で頬を指差した。エドワードは、うるせー、と返して形ばかり拗ねて見せた。リックがくすくすと笑う声が雨の中に穏やかに落ちて行く。相棒が笑っていると言う事実に少なからずほっとする。
あの病室のベッドの上で怯えたように蹲っていた彼の姿は今でもはっきりと思い出せる。木の葉で覆われたそれはまるで繭のようで、向けられる根っこや枝は、怯えた子供が手当たり次第に物を投げつけているのに似ていた。リックが暴れる度、自分たちは魔法や剣を駆使して彼に辿り着き、無理矢理に抑え込こんで薬を飲ませることで暴走を止めていた。
だが、マヒロは一切、何もしなかった。鞭のようにしなる枝を避け、葉の刃を躱し、辿り着いた先で木の根に絞め殺されそうになって尚、魔法を使うことは一度も無かった。彼は、葉の繭の中に腕を伸ばして、その中で怯えていたリックを抱き締めた。彼は、たったそれだけのことでリックの魔力暴走を鎮めてしまったのだ。ウィルフレッドでさえ、呆気に取られて固まっていた。
「……お前の魔力暴走を止めた時、マヒロさんだけが何もしなかった」
見上げた先の空は暗く曇っていて、高い塀の所為で貧民街はまだ昼前だというのに陽が沈んでしまった頃のように暗い。
「俺達のように攻撃を防ぐことも、木の枝や根を切り捨てることもせず、ただお前を抱き締めたんだ。俺はその時になって漸く気付いたんだ。怯えている人間に剣を向けることがそもそも間違いだったんだって」
無数に降り注ぐ雨の粒が足元で跳ねる。水たまりを踏めば、泥と水が飛んだ。
「武器を捨てろと叫ぶ人間が、武器を持ってたら……誰だって身を守るために武器を手放す訳が無いんだって。俺はそんな当たり前のことに気が付いていなかった。だから、マヒロさんは凄いな、と心の底から思ったんだ」
「……実は、あの時のことは、よく覚えていないんだ。病院に居た記憶があまり無くて、気が付いたら山猫亭に居て、マヒロさんが傍に居た」
エドワードは、目だけをリックに向けた。リックは真っ直ぐに前を見つめている。
「もう……闇には囚われないと思ったんだけどな」
あと数秒だけ早く辻馬車が横を通り過ぎてくれれば、その呟きは聞こえただろうけど、石畳と鉄の車輪が立てた音に呑まれた言葉はエドワードの耳には届かなかった。ただその言葉を口にしたリックの横顔は、空っぽだったのに深緑の瞳は彼の内側で荒れ狂う感情を滲ませていて、その落差が何だか酷く恐ろしく思えた。
「なあ、今、なんて……」
「ん? ああ……マヒロさんの話だよ」
振り向いたリックはエドワードの良く知る彼に戻っていた。
「不思議な人だなって思って……数日間、ずっと一緒に居てもマヒロさんのことはよく分からないままだよ。イチロさんは、よくあの無表情からあれこれと感情を読み取れるなって感心した回数は数知れない。一緒に過ごして分かったのは、あの人は多分、良い家の出身だってことくらいだよ。かなり高等な教育を受けているのが分かる」
隠されてしまったものは確かにあったのだろうけれど、リックはそれを暴かれることを望んでいない様だった。だったらエドワードはそれに付き合ってやることとしか出来ない。
「それは分かるよ。ウィルフレッド団長もお手上げだったんだ。……団長の“威厳”も利かなかったんだぞ? それにステータスにも隠蔽が掛けられているらしくて、団長ですら解除できなかった。マヒロさんを探る団長にあの人は、覚悟をしろと言ったんだよ。秘密を暴くならそれ相応の覚悟をって微笑みながら言ったんだ。正直、俺はその時、すぐに目を逸らした。もうそれ以上、彼の目を見ていることは出来なかったからな」
「……怖かったか?」
リックはまるでエドワードの心の内を見透かしたように言った。エドワードは、その言葉を肯定することに恥すら覚えずに頷いた。
「美人なら男も女も色々見て来たけど……マヒロさんは、完璧、なんだよな。目の位置も鼻の高さも眉も唇も全てが一番美しい形で美しく見える位置に収まってるんだ、いっそ人間離れしているようにも思う。だからその微笑みは、人を惑わずには十分だと思った。きっと……あの人のあの美しさに堕ちたやつは沢山いるんだろうな」
「そうだろうな……事実、色々と苦労されたみたいだよ。その所為で眠りが凄く浅くて、私は一度もマヒロさんの寝顔を見たことが無いどころか眠っている姿を見たことが無い。十三年も一緒に居るイチロさんでもここ数年はあまり見たことは無いらしい。ここ数日は、三時間眠っていればいい方だと思う」
「それ、体は大丈夫なのか?」
「本人は大丈夫だとおっしゃっているが……イチロさんもこればっかりはどうにも出来ないと言っていた。人の気配に異様に敏感だから、宿屋ではまず眠れないだろうって……旅の最中、森で野宿していた時の方がまだ長い時間、眠っていたらしい」
「美人には美人なりの悩みがあるんだな」
「ああ。だからプリシラさんとかティナさんがマヒロさん達に代わって屋敷の掃除を大急ぎで進めてくれているんだ」
「成程な。じゃあ俺達もこの後戻ったら手伝うか。俺は掃除は得意だからな」
「そんなの当たり前だろ……あ、ほら、あそこだ」
リックが指差した先に顔を向ける。古びた木造の廃墟があった。二階の方は半分屋根が落ちてしまっているのが外からでも分かった。リックは、慣れた様子で廃墟のドアをノックした。
「何人くらい、住んで居るんだ?」
「多分、七、八人くらいだと思うけど……中に入れて貰えたことが無いから詳しくは分からない」
リックがもう一度ノックをした。人の気配はするがなかなか出て来ない。
「おかしいな、いつもは二回目で出て来る、のにっ、あだっ」
その時、ガタンと勢いよく空いたドアにリックが顔をぶつけた。たたらを踏んだリックを受け止めて、エドワードは吹き出しそうになったのをどうにか堪えた。
「ふっ、くっ、だいじょ、ぶふっ」
「……笑いながら聞くな。……めっちゃ痛い……」
リックが両手で顔を覆って呻く様に言った。エドワードは、よしよし、と笑いながら肩を叩いてリックの向こう、開け放たれらドアへと顔を向けた。そこに立って居たのは、小さな人族の女の子と男の子だった。子どもと接する機会が少ないので違うかも知れないが、女の子は五歳かそれに届かないくらいに見える。男の子もそう変わらないが女の子よりは少しだけ大きかった。
「騎士のお兄ちゃん、し、神父さんは?」
男の子が痛みに呻いていたリックの制服を掴んだ。女の子は今にも泣き出しそうだった。異変に気付いたリックが赤くなった鼻の頭を擦りながら首を傾げる。
「マヒロ神父さんは、ミアを探しに今日は墓地の方に行って居るよ。……何があった?」
リックがしゃがみ込んで目線を合わせる。エドワードは家の奥へと顔を向ける。幼い子どもたちが不安そうにこちらを覗いていた。どこの子も痩せ細っているが、この貧民街で見る他の子どもたちよりはまだ健康そうに見えた。
「レニー! シェリル! 勝手に出ちゃだめだって……」
バタバタと足音が聞こえて階段から少女が降りて来た。こちらは十一、二歳くらいの黒猫の獣人族の少女だった。少女は、リックとエドワードに気付くと血相を変えてこちらに走り寄って来ると男の子と女の子をリックから隠す様に間に入った。
「ネネ、何があったんだ?」
「何でもない。何もない。チビ達はいつも神父さんのパンを楽しみにしているから……」
少女は、すぐに首を横に振った。けれど、彼女の背後に隠された子供たちは、不安そうに少女を見上げて、リックに目で何かを訴えている。
「ネネ」
リックがフードを脱いで少女の顔を覗き込んだ。
ネネというらしい黒猫の少女は、小さな唇を噛み締めて逃げるように視線を逸らした。その背に赤ん坊が居るのに気付いた。
「私が信用ならないのなら、神父さんをすぐにでも連れて来る。……君たちの力になれることがあるのなら、私もマヒロさんもイチロさんも全力で応えるよ」
シトシトと降る雨が、リックの茶色の髪を濡らす。
リックの深緑の瞳が真っ直ぐにネネと向き合う。ネネの薄紫の瞳がゆっくりとリックに応えるように彼を見た。投げ出されていた手がスカートをきつく握りしめた。
「……信じることが、怖いの」
弱く降る雨にすら消えてしまいそうなほど小さな声だった。
「だって、裏切るでしょ」
幼い少女が口にするには、酷く乾いた言葉だった。リックの深緑の瞳が僅かに見開かれた。
薄紫の瞳は、哀しげに揺れている。その目に浮かぶものが諦念だと気づいた瞬間、喉が締め付けられる様な想いがした。
そんなことはない、なんて口にすることは出来なかった。きっと、少女は裏切られたからこそ、ここに、こんな所に居るのだ。裏切られる痛みを知ってしまった少女に掛ける言葉がエドワードには見つからなかった。見つけられなかった。
「……でも、神父さんのことは、信じてみたいと思ったの。だって、私達にパンをくれた人は、初めてだったから」
ネネの言葉にエドワードは目を瞬かせる。
「だけど……だけど、どうやって信じたらいいか、分からないのっ」
雨では無いそれが少女の頬を濡らした。リックがスカートを握りしめるネネの手を取って両手で包み込んだ。リックの大きな手にすっぽり収まる小さな手だ。
「……助けて、と一言でいいから言ってくれたら、それで充分だよ」
リックの穏やかな声が鼓膜を揺らす。
「そうしたら、君の大事なものを私たちが必ず守る。この剣もマントもそのためにあるんだから」
ネネの顔がくしゃりと歪んで薄紫の瞳からぼたぼたと涙が零れ落ちて行く。ネネが泣き出したことで周りの子どもたちも、ひくひくとしゃくりあげ始めた。
「も、もう、どしたらいいか、わかんなくて……でも、どうか……ノアを助けてっ」
崩れ落ちた少女をリックが慌てて抱き留めた。
「ノアって確か、マヒロさんが探してる……」
エドワードの言葉にリックが頷いた。リックが、ゆっくりでいいから、と声を掛けてネネの背中をさすり、話すように促す。
「四日くらい前にミアがノアを連れて来て……ノアは、グリースマウスに噛まれて足が腫れて熱を出したの……っ、でも、その傷が見たことも無い色をしてて……真っ黒な痣みたいなものがだんだん広がって、それで」
「ネネ、今すぐにノアの所に案内してくれ」
リックの顔色が変わった。表情に強張りと緊張が広がっていて、エドワードは首を傾げる。ネネもそれに気づいて、恐る恐るリックを見上げた。
「リック、どうした?」
「ネネ、ノアは?」
「……こ、こっち」
ネネが袖で涙を拭って、立ち上がった。子どもたちに下に居るように言って奥の階段へと歩いて行く。エドワードもリックと共にその背に続いて中に足を踏み入れた。
「ネネ! ノアが……っ!」
二階への階段を登りきると同時に八歳くらいの少年が部屋から飛び出してきた。ネネの後ろに居たエドワードたちに驚いたような顔をしたが、それは一瞬のことですぐに縋るようなものへと変わる。
「ノアが、ノアが変なんだっ!」
エドワードとリックは顔を見合わせて頷き合う。
「入るぞ、失礼」
少年が出て来た部屋へと入る。
殺風景な部屋でベッドが一つあるだけだったが、そのベッドの上に小さな小さな砂色の髪の男の子が居た。
だが手足を突っ張り、白目を剥いて、びくびくと震えていた。
エドワードはすぐにベッドに駆け寄り、ノアに触れる。酷い熱が手のひらに伝わって来る。エドワードは、ノアの細い首裏に手を入れて頭を逸らせて気道を確保する。嘔吐をする気配は無いが口端に泡が出ていた。
「多分、熱痙攣だ」
「何で分かる?」
「俺がまだ家を出る前、姪っ子がなったことがある。高熱が出た時に、幼いと起こるんだと……何だ、これ」
毛布を捲り、エドワードは息を飲んだ。リックの目が極限まで見開かれた。
ノアの左脚は真っ黒だった。足先の方は干からびているが、問題はその足を覆う黒が尋常では無いほどに深く色濃い。その上、その傷口から黒い霧のような靄のようなものがじわりじわりと溢れていた。
それに手を伸ばしたエドワードの手首をリックががしりと掴んで止めた。
「エディ」
リックの強張った声が落とされる。
「……今すぐにマヒロさんを呼びに行こう」
緊迫した声にエドワードは、ごくりと唾を飲み込んだ。
リックの深緑の瞳は一瞬たりとも逸らされる事無く、黒い霧と吐き出す傷口へと向けられていた。
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ここまで読んで下さってありがとうございました。
いつも感想、お気に入り登録、励みになっております!!
漸く、本編が更新できるようになりました。お待ちくださった皆様、本当にありがとうございますm(__)m
次のお話も楽しんで頂ければ、幸いです。
「随分と男前になったじゃないか」
真尋は、くくっと喉を鳴らして笑い首を傾げた。
エドワードは何故か傷だらけで頭には包帯が巻かれ、腫れた頬には湿布が貼られている上、もう片方には大きな切り傷がある。それに騎士の制服では無く、私服姿だった。
「な、ど、どうしたんだ?」
リックが慌てて相棒に駆け寄った。
エドワードは、バツが悪そうに視線をずらした。
「……あー、ちょっとその、まあ、喧嘩して……謹慎的な?」
「喧嘩? 誰と? 謹慎? というか何で?」
リックが矢継ぎ早に尋ねる。エドワードは、答えにくそうに視線をあっちへやり、こっちへやり、時折、助けを求めてちらりと真尋や一路に視線を寄越す。一路が真尋を見上げて、助けてあげてと目で訴えてくるので仕方がない、とエドワードの胸倉を掴んで揺さぶって居るリックの肩をぽんと叩く。
「リック、追及は後にしろ。エディ、謹慎中なのにわざわざここに来たのには、訳があるんだろう?」
「はっ、そうだ! 謹慎中なのになんでここに!?」
「これを! これを届けに来たんです!」
渡りに船と言わんばかりにエドワードは頷いて、リックから逃げ出してこちらにやって来るとウェストポーチから紙の束を取り出した。それを受け取り、表紙の文字を目で追った。
「報告書?」
「はい。マヒロさんに言われた通り、過去の事件を洗い直したんです。これは、類似事件を纏めたものです」
「ほう……なるほどな」
真尋は、パラパラと紐で綴られた報告書の束を捲っていく。その間にエドワードが事件の類似点を皆に説明する。経営の傾いた商家を突然現れた素上の知れない男が立て直していくこと、その際、従業員の殆どが入れ替わること、業績は向上するがピークに達して暫くすると男が主人を殺し、自殺するということ。
真尋はそれを聞きながら似顔絵のページを見つけて、速度を落とし、エイブと同じ狐顔を見つけて手を止める。
「あれ? エイブか?」
横から覗き込んで来たジョシュアが首を傾げる。ティナが背伸びをして一生懸命覗き込もうとしているのに気付いて、真尋は手を降ろして資料の位置を下げた。ティナは本当に小さい。その顔を見たティナも「エイブさんですね」と目を瞬かせた。
「エイブに似ていますが、別人です。それは、今から百二十年前に王都の武器屋で起きた店主殺人事件の犯人でありその場で自殺した男で名はメイルといいます。事件の年代はどれもバラバラです。遡り切れていない分ももしかしたらあるかもしれませんが、今の所、もっとも古いのは三百年前のウルグスという王都の南にある町で起きた事件です。これらを調べて行く中で、裏社会でモルスと呼ばれる男が浮上しました」
「モルス? 名前ですか?」
一路が首を傾げてエドワードに問う。
「エルフ族の古い言葉で、死神を意味する言葉だそうです」
「死神、か言い得て妙だな。死神は命を狩る存在だ。ある意味、死の象徴でもある。確かにこれらの事件を見れば、そう言いたくもなる」
「はい。ただ、モルスの正体を知る者は誰も居ないんだそうです。名前も年齢も種族も全て不明。モルスの息がかかった人間が商家に潜り込んでいるのか、モルス自身が姿形を変えて潜入しているのかも不明です」
「でも長生きなんですよね。だとするとエルフ族かドワーフ族が竜人族というところでしょうか?」
ティナが言った。
「だが、竜人族は有り得んだろ。あいつらはそもそも里から出て来ないし、商家なんぞに欠片も興味が無い。それに竜人族は、殺しはしない」
「そうなのか?」
ジョシュアの言葉に真尋は尋ねる。
「ああ。あいつらは、ドワーフ族やエルフ族から色々盗んだり勝手に奪ったりはするが、これまで殺しだけはしたことがない。竜人族は自分たちの強さを誇りにするからな、あいつらにとって自分達より弱い存在である他の種族を殺すことは矜持に反するんだろう。長い歴史の中、この三つの種族が戦争を起こさなかったのは、ある意味、その竜人族の高すぎる矜持と長命故に気の長いドワーフ族とエルフ族の性質のお蔭だ」
成程、と納得して報告書を一路に渡す。一路が資料を捲って目を通す。
「でも謹慎なのにこんなところに出て来たのがバレれば、お前、謹慎処分に加えて減俸だって……」
リックが心配そうに言った。
騎士団での謹慎処分がどういうものかは分からないが、エドワードは三級騎士で寮生活をしている半人前の騎士だ。それが謹慎処分を受けたとなれば、寮の外に出ることは禁止されるのでは無いだろうか。真尋達の通っていた高校でも謹慎処分を受けた場合は、自宅待機が原則だ。
「あー、それがさ……」
エドワードは、がりがりとボルドーの髪を掻きながら、苛立たし気にため息を吐きだした。いつも飄々としている彼にしては珍しい。
「喧嘩した相手って言うのが、同じ第三中隊所属の第一小隊のアーロン二級騎士っていういけ好かない五つ上の先輩なんですが」
「お前、またアーロン先輩と喧嘩したのか」
リックが呆れたように言った。口ぶりから察するにエドワードとそのアーロンという騎士は、日ごろから仲が悪く、喧嘩もこれが初めてではないようだ。
「……問題はそこじゃないんです。アーロンの野郎は大嫌いだし、どうしてあんな性根のひん曲がったやつが騎士なのかも全く分からないですが……リヨンズが俺達第二小隊が担当していたクルィークの密猟・密売事件を、あいつの采配だけで第一小隊に権限を移しやがったんですよ」
「はぁ!?」
リックが声を上げた。
真尋と一路も顔を見合わせる。ジョシュアやティナでさえも驚き顔だ。
「俺達が押さえていたクルィークの脱税の証拠資料から狩人たちの素行調査書、ありとあらゆる証拠や資料が没収されて、俺達、第二小隊は暫く町の警邏のみという命令が下されたんだ」
「なっ、どっ」
リックは怒りと呆れと混乱と色んな感情が溢れて言葉もまともに出せない様だった。
「無論、カロリーナ小隊長は、そんなことは認められないと抗議したんだが、リヨンズは無視した。カロリーナ小隊長は、その上の大隊長に直談判に行ったんだが、大隊長はどちらかと言えばリヨンズ側の人間だからな……リヨンズが正当だとしてカロリーナ小隊長の意見を却下したんだ。運悪く、副大隊長は第三大隊のほうに出かけていて留守だしな」
「その上の師団長や閣下は?」
真尋の問いにエドワードは力なく首を横に振った。
「副団長と第一師団長は、領主様の護衛として第二大隊に同行していて留守ですし、副師団長は彼自身が王宮に呼ばれている身分なので同じく留守です。それにこの話を団長まで持っていけば、団長の命を受けて秘密裏にリヨンズ本人のことを調べている別の隊に要らぬ火の粉が降りかかりかねません。団長は捜査権限を俺達に戻すように言ってくれるでしょうが、リヨンズ側の連中が何を言い出すか……」
「……お恥ずかしい話、中隊長でありながらリヨンズは騎士団内で一大勢力を築いているんです」
リックが頭を抱えながら言った。
「だが、閣下は領主殿の弟君なのだろう? 格下の伯爵家をのさばらせて置くなど……」
辺境伯ともなれば、侯爵と同等の爵位である。リヨンズの実家である伯爵家は辺境伯にしてみれば、格下の相手だ。
「以前も申し上げましたが、団長自身は子爵位及び騎士爵しか持っておりませんので貴族としての立場はそれほど強い訳ではありません。それに団長は、間違いなくジークフリード様の実の弟ですが……ジークフリート様は次男で、団長同様側室の子です」
「普通、家督を継ぐのは、正室の子か、長男じゃないんですか?」
一路が問う。それをエドワードが肯定した。
「勿論。王国の法律にもそう定められている。長男が病弱であるとか障害があるとか家督を継がせるに相応しくない余程の理由がある場合を除いては、原則、爵位を継ぐのは、長男、或は、正室との間に出来た第一子男児だ。我がオウレット男爵家だって、一番上の兄上が……まあアルゲンテウス家とは比べられないほど小さな領地と爵位だけど兄上が継いでいる。次男は運が良ければ家督を継ぐこともあるが……三男以下は俺みたいに自分で身を立てるか、どこかに婿入りするかだな。俺の二番目の兄上は学者として、北の町にいるしな。我がオウレット男爵家は領地も小さいし貧乏過ぎて争いも起こらない平和な家だよ」
エドワードが冗談めかして言ったあと、苦笑を零した。
「でも、金も権力も地位も名誉もあるアルゲンテウス辺境伯家は……まあ、色々とあるんだ」
「あまり深くはお話しできませんが……側室の子である領主様も団長も、足元の地盤は脆い物なのです。アルゲンテウス家の嫡男で侯爵家の姫君である正室の御子であった、セオフィラス・クリフォード・フォン・アルゲンテウス様が十数年前に不慮の事故で若くしてお亡くなりになってしまったことが発端です。本来であれば、セオフィラス様が領主となり、次男で側室の子であったジークフリート様がこのクラージュ騎士団の団長になる筈で、団長は和平のために隣国の侯爵家に婿入りする予定だったんです。側室のコーデリア様は子爵家の出身で権力のある家では無いのですがリヨンズ伯爵家が後ろ盾となって、アナスタシア様が亡くなった後にコーデリア様は嫁いでこられたのです。王国の派閥争いの一つの駒として。まあそもそもアナスタシア様も同じく派閥争いの一つの駒だったのですが……その辺は非常にややこしい話なので割愛しますが、リヨンズ伯爵家はセオフィラス様亡き後、ジークフリート様を取り込んで、アルゲンテウス家を自分たちと同じ派閥に引き込もうとしたのです」
「でも、領主様は父君の計らいでリヨンズ伯爵家とは真反対の派閥の伯爵家と縁を結びました。その上、側室は置かないと宣言されています。リヨンズにしてみれば、大誤算です。ウィルフレッド団長も兄の結婚を機に反対派閥の子爵家の姫君と婚約してしまいましたし、辺境伯以上じゃないと側室は持てません。王国は基本的に一夫一妻制ですからね。つまりリヨンズ伯爵家は十数年単位で練っていた計画がパァになって、怒り狂い三男のパーヴェル・リヨンズをクラージュ騎士団に放り込んで来たんですよ、ウィルフレッド団長からどうにかその団長の席を奪おうと。全くもって迷惑な話です」
「何かしらの爪痕でも残そうと必死なんだろうな」
真尋の言葉にリックとエドワードは何とも言えない顔で頷いた。
「今回、領主様は嫡男のレオンハルト様と姫君のシルヴィア様、そして奥方様のアマ―リア様を初めて連れて王都に行っておられるのですが……それはレオンハルト様とシルヴィア様の婚約を通して有力貴族との繋がりを作るのを目的としているんです。ご自身の地盤を固めて、このアルゲンテウスを守るために。だからこそ、普段は同行しない師団長や副団長まで同行しているんです。いつどこで何が有るか分かりませんので」
「反対勢力が襲って来るかも知れない、と?」
「……はい。嫡男のレオンハルト様は、まだ五歳ですから……領主様に万が一のことがあればこれほど可愛い人形も居ないかと」
どうやらこのアルゲンテウス領は思っているより色々と厄介な事情を抱えている様だった。リヨンズにウィルフレッドが強く出られないのは、おそらく時期尚早だからだ。領主である兄が戻って来るまで彼はこの地を守り続けなければならない。リヨンズを糾弾したくても今の彼には、まだ出来ないのだ。
「貴族って厄介なんですねぇ」
一路がしみじみと呟いた。
エドワードが、ふっと笑って自身の胸に手を当てた。
「非常に厄介だとも。この身に流れる血は、繁栄と衰退を幾度となく繰り返し、血生臭く仄暗い歴史を内包しながらも今に至るまで絶えることなく受け継がれてきた。その血をますます強くし、子々孫々へと繋いでいくことが貴族にとって生き残る術だ。貴族にとって、この身に流れる血こそが何よりの財産であり、誇りだ。俺だって、我が身に流れるオウレット男爵家の血を騎士である事と同等の誇りだと思っている」
エドワードのスカイブルーの双眸は、強い光を宿していた。そこには、彼の言葉通り、その身に流れる血への誇りが垣間見えた。
水無月家もまた古い歴史のある家だ。エドワードの言う事は分からないでもなかったが、頭の痛い話だった。平成の時代にあった水無月家にだってお家騒動は少なからずあった。自分が死んだ今、向こうは間違いなくややこしい話になっているだろう。社交界でそう言った話を聞くこともあったし、某大手家具屋の老舗メーカーでも騒ぎはあった。財と権力有る所なら、必ず存在する問題なのだろう。
「……まあ大体の事情は分かったが、それで何がどうなってお前は謹慎なんだ?」
真尋の問いにエドワードは、凛々しかった表情を情けない者に変えて追及の魔の手から逃げるように再び視線を逸らした。
「エディ、マヒロさんが聞いてるんだから、答えろよ」
リックが言った。
「……いや、だから……廊下でな、アーロンが俺に嫌味を言って来て……その、あいつ……俺のことならまだしも、お前のこととかカロリーナ小隊長のこととか、その上、オウレット男爵家のことまで馬鹿にしてきやがってっ」
エドワードの握りしめた拳が震えている。
一路が気遣う様な眼差しを向け、声を掛けようとした時、エドワードはばっと顔を上げた。
「そりゃあ確かにアーロンの実家に比べればうちはドがつく貧乏で!? 兄上も父上も領民と一緒になって毎日畑仕事に精を出してるし!? 母上と義姉上は毎日針仕事と節約に余念がないし、マヒロさんの屋敷より家小さいけども! そもそも使用人も執事とメイド二人の計三人だけだけど!だからこそ自分の事が自分出来る訳だから! 遠い昔の隣国との戦争時は、アルゲンテウス辺境伯家と共に戦いに出た由緒ある忠実な家系なんだっつーの!! ただ! 少しお人よしが好きで手柄を全部とられて今の地位に甘んじているだけだ! そもそもうちのご先祖さまから手柄を横取りしたのは、憎きアーロンのご先祖だっつーの! ちょっと鉱山で金が出るようになって貧乏脱出したからっていい気になりやがって! あいつだって二世代前はうちと変わらん貧乏だったくせに!!」
うがーと一気に吐き出したエドワードに一路は頬を引き攣らせ、リックは呆れたようにため息を吐きだした。ジョシュアとティナは苦笑いだ。
「それでカロリーナ小隊長殿にでも拳をもらってここに来たのか」
アーロンは将来絶対に禿げると呪っていたエドワードがぴたりと口を閉じた。胸の前で指をくっつけたり話したりしながら、おずおずと再び口を開く。
「……小隊長に……二級騎士への昇級試験が受けたいなら、神父殿のところで我慢と忍耐と謙虚の意味を学んで来いと、ちなみにこの頬の腫れはカロリーナ小隊長に貰いました。……それでその、謹慎は謹慎なんですが騎士団内に一週間、立ち入り禁止命令がですね、その……お手紙です」
エドワードがそっと差し出したのは、真尋宛ての手紙だ。綺麗だが勇ましさを感じる文字がカロリーナの名を刻んでいた。真尋は、蝋封を開けて中身を取り出す。一枚は真尋宛て、もう一枚はリック宛だった。リックに渡せば彼は深緑の瞳をぱちりと瞬かせて、それを受け取った。
『マヒロ神父殿へ
まずは一般人である神父殿に面倒事と馬鹿を押し付ける形になってしまうことを心からお詫びさせて頂きたい。
エドワード・オウレットという男は、貴族としての誇りを良い意味で持ち、仕事に対しても真摯な姿勢で臨む騎士なのだが、少々、後先考えない愚かな所がある。どうかその辺を厳しく躾て頂ければと思う所存であるが、今回、エドワードをそちらに向かわせたのは、彼自身を守るためだ。
エドワードは、ウィルフレッド団長が目を掛けている才能ある騎士だ。我が第二小隊に限らず騎士団の多くの仲間たちがその優秀さを認めている。故に少々、向こうが不穏な動きを見せている。第二小隊がクルィークの件から任を解かれたのも団長殿の戦力を殺ぐためだ。だからこそ一度、騎士団から彼を出したい。彼とリックを失うことは、団長にとって間違いなく痛手となる故の苦渋の決断だ。
領主様が戻られれば、領主様の立場も団長自身の足場も確かなものとなる筈だ。どうかその時まで、この馬鹿を預かって欲しい。無論、こき使ってくれて構わない。寧ろ馬車馬のように働かせてくれ。そして、余裕があれば躾もし直して欲しい。
神父殿には、様々な迷惑を掛けてしまい心苦しいことこの上無いが、どうか私の大切な部下たちのことをよろしく頼む。
カロリーナ
追伸 向こうが神父殿の存在に注視し始めている。くれぐれもお気をつけて。』
真尋は、ふむ、と一つ零して手紙を封筒に戻し、懐にしまうふりをしてアイテムボックスにしまった。
「……エディもリックも素晴らしい上司を持ったな。よし、カロリーナ小隊長の想いに免じて仕方が無いからお前の面倒も見てやろう。ベッドは……しかたがない、俺のベッドの上を片付けるか。俺は一路と寝てるしな」
「マヒロさん、お気遣いありがとうございます。ですが大丈夫です、我々騎士は野営訓練も受けていますので、エディは床で充分です」
「リック! 同期だろ? 親友だろ? 一緒に寝ようくらい言えよ!」
「後でソニアさんに毛布と枕だけもらってきますね。寧ろ、馬小屋でも良いんですけど」
カロリーナからの手紙を懐にしまったリックが微笑みながら言った。エドワードが抗議の声を上げるが、リックはさらっと無視した。何となく二人の力関係が垣間見えた瞬間だった。普段は控えめなリックがエドワードに引っ張られているのだが、いざという時には、リックの方が強いらしい。
真尋はちょいちょいと指でエドワードを呼ぶ。リックに抗議を申し立てていたエドワードがこちらにやって来て首を傾げた。彼の切り傷に手を当てて治癒呪文を唱えた。一瞬身構えたエドワードだが、治癒だと分かると体の力を抜いた。ついでに頭の傷も治してやる。どれだけアグレッシブな喧嘩をしたのだろうか。
「頬の腫れは自力で治せ。カロリーナ小隊長の愛が込められた拳だからな」
「……はい。ありがとうございます」
エドワードは頭の包帯を外しながら頷いた。
「俺達は今、ミアとノアという孤児を探している。今日は、生憎の雨だが墓地の方に行ってみようと思っているのだ。そこでエディとリックには、別に任務を与える」
「はい」
エドワードが姿勢を正す。リックは少し不安そうだが真尋を見つめて指示を待っている。真尋は、よしよしと頷き鞄から紙を一枚取り出して、さらさらとペンを走らせた。書きあがったそれをエドワードに差し出す。
「……いつものパンをお願いします……パン?」
「ああ。リックの実家のパン屋で毎朝、パンを買っているんだ。孤児たちが集団で暮らしている家に毎朝、届けていてな。そこに届けてくれ。リックが場所は知っているから」
パンの代金もエドワードに渡した。
「分かりました! その後はいかがいたしますか?」
「その後は、屋敷に戻ってプリシラ達を手伝ってくれ。リックが大体のことは分かっている。俺も昼を目安に戻る」
分かりました、とリックとエドワードが頷いた。
では行こう、と声を掛けて部屋を出るように促す。部屋を出る時、大丈夫だ、とリックの肩を叩けば、リックは驚いたような顔で振り返った後、困ったように笑った。
プリシラとジョン、リースとティナの四人を屋敷まで送り届けて、そこでリックとエドワードと別れて真尋は、ジョシュアと一路と共に南門を目指す。屋敷には既にルーカスとクレアが居た。雨の日はルーカスは庭ではなく温室の手入れをしてくれている。それに今日は、ロークが臨時休業のため護衛が休みのジョシュアが手伝いを申し出てくれたのだ。
南門は有事の際にしか開門しないが、墓地に行く時だけは商業ギルドに行って許可証を貰ってくれば大門の脇にある小門から出入りできるのだ。葬儀の際もこの門を通って、葬送行列は墓地へと向かう。真尋もダビドの葬儀の際に通った。
「良く降る雨だ」
蹄の音が雨の音と混ざり合う様にして町中に響く。
晴れている日は賑やかな通りもシトシトと弱くなって尚も降り止む気配の無い雨のせいで閑散としていた。こんな雨の日にわざわざ墓に行く人間も居ないのだろう。門の前に人はおらず、見張りの騎士が欠伸を零していた。
真尋たちが門に近付くと騎士が漸くこちらに気付いた。
「許可証を」
慇懃な態度で騎士は言った。真尋は、やれやれと呆れながらも朝、リックが貰って来てくれた許可証を三人分、騎士へと渡した。
リックもエドワードも、これまで真尋が出会った騎士たちは背筋が伸びているだけではなく、身形も綺麗に整え、身だしなみには人一倍気を使っていると一目で分かる者ばかりだったが、目の前の男は髭のそりの残しが有る上に、ペンを落としてしゃがんだ際には頭に寝癖までついていた。それに制服もよれっとしている。首元のスカーフタイはシミがついているのを無理矢理に誤魔化しているからか、変に曲がっている。ダビドの葬儀の時は、前を通っただけなので前もこういった人間がここにいたかは覚えていない。
「二時間で戻るように」
「ああ、分かった。ところで……貴殿の名前を頂戴しても? 私はその許可証にある通り、神父の真尋と言う者だ」
騎士の眠たげな目がぱちりと瞬いて真尋に差し出していた許可証に視線を落とした。許可証には名前の他に職業と年齢、性別、種族が書かれているのだが、どうやらこの男はろくすっぽ見ていなかったようだ。真尋たちも雨避けのローブのフードを目深に被っているから顔が見えていないのに、この男は顔を見せるようにと言わなかった。
「ああ、町で噂のレイを倒したって言う神父があんたか」
「倒してはいませんよ」
真尋はフードの下で軽く笑って肩を竦めた。
「まあ、俺にしてみりゃ何でもいいがね。俺は、第三中隊のアビエルだ」
「ありがとう。では、アビエル、二時間後に」
真尋は軽く手を挙げて馬の腹を蹴った。一路とジョシュアも真尋に続いて門を潜る。
門からは東の方へとあぜ道が続いている。この先に墓地があるのだ。長い時間をかけて人々が通った後が踏みしめられて出来た道は、舗装されていないから泥が跳ねる。
「何か気になったの?」
横に並んだ一路が尋ねて来る。
「リックやエディと比べると随分とだらしのない騎士だな、と思ってな」
「そりゃあそうさ」
反対側に並んだジョシュアが言った。
「南門の門番って言うのは、左遷された騎士ってことなんだ。門番は三級以下の騎士が交代で受け持つんだが、それは東西門と北門だけだ。葬送行列と墓に行くもんしか南門は通らないからな、はっきり言って暇だ。だから、あそこにいるのは、何かやらかして干された連中なんだ。町の奴らはみんな知ってるよ。あいつは制服を着ているだけまだマシな方さ」
「辞められないのか?」
「その辺は俺にもよく分からないが……騎士団は籍が置いてあればとりあえず衣食住が保証されるからなぁ」
そう言ってジョシュアは、前へと出た。林に入って道幅が狭くなったのだ。一路に前に行くように促し、真尋が最後尾へと下がる。真尋は、きょろきょろと辺りを見回す。人影はなく、どこか不気味な気配を湛えた林が広がっているだけだった。
コトコトとミルクの中でパンが煮える音がして、甘いミルクの香りが粗末な家の中に広がる。ネネのスカートにまとわりつく様にして子供たちが、つまみ食いをしようと隙を伺っていた。
「だめよ、これはノアのものだから」
ネネは、羊の耳とくるりと丸い角を生やした少女の頭を撫でた。三歳になるコニーは、拗ねたように唇を尖らせる。他の子どもたちも同じような顔になる。
このミルクは、昨日の朝、あの美しい神父がパンと一緒に届けてくれたものだ。朝食の時にコップに一杯ずつ分けたのだが、甘いミルクの美味しさにチビ達はすかり虜になってしまったようだった。
「ノア、たべないよ。コニーたべてあげる」
「……だめよ。これはノアのなの」
言い聞かせるように言って、ネネはサヴィラが廃材を削って作ってくれた木製の器にミルク粥をよそう。
「ほら、皆で雨漏りの桶の水が溢れていないか確かめて来て。そうしたらご褒美にいいものあげるわ」
ネネの言葉に子供たちは、顔を輝かせると嬉しそうに台所を出て行く。今日みたいに酷い雨の降る日は、雨漏りが酷いのだ。屋根が落ちている部分もあるから、一階でも雨漏りをする。子どもの「あふれてるー」とはしゃぐ声が聞こえて来た。ネネは背中に背負った赤ん坊を背負い直して、賑やかな声を聞きながら二階へと上がる。下から三段目は、腐っているからひょいと飛び越えた。
一番奥のサヴィラの部屋に入る。
「ノア」
声を掛けても返って来るのは、荒い呼吸だけだ。薄暗い部屋の中は雨音がやけに大きく聞こえる気がする。
ぽつりと置かれたベッドにはノアが横たわるばかりで、傍に小さな兎の少女の姿は無い。ほんの一瞬、目を離した隙にミアはどこかへと行ってしまった。今、サヴィラとルイス、レニーの三人が探しに行って居る。
ネネは、ベッドへと近づいていき、覗き込む。小さく薄い胸が忙しなく上下している。枕元にミルク粥を置いて、ネネは傍にあった桶にノアの額に乗っていた手ぬぐいを浸して絞り、小さな額に細い首筋に滲む汗を拭ってやる。
ノアは、全く良くならない。後ろを振り返って子どもらが誰もついて来ていないことを確認してから、布団を捲った。ノアの左脚は真っ黒で下の敷布に膿や血が滲んで腐ったような酷い臭いを放っていた。そして、塞がることの無い傷口からは黒い霧のようなものが滲むように溢れている。
じわじわと毒が染み込む様にノアの脚の黒い痣は広がっている。今はおへその下、右脚の太ももの半ばまで広がってしまっていた。幾ら拭いても、冷やしても何をしても治らない。
その痣は、見ているだけで不安になる。ノアの命を吸い取って広がっているようにネネには思えた。
布団を戻して、ネネはノアに声を掛ける。
「ノア、ノア」
小さな肩を叩くが反応は無い。
「ノア……ノア」
ミアが仕事に行っている間、ネネがノアを預かっていた。ノアは、寂しがり屋でいつもネネのスカートにくっついているような子だった。控えめで臆病で、でも笑うと可愛いノアはネネにとても懐いてくれていた。夕方になってミアが迎えに来るととびきり嬉しそうに笑って、幼い足音を響かせながらミアの所に向かうのだ。
でも今は、ノアはただただ苦しんでいる。ミアは、ノアはグリースマウスに噛まれたのだと言っていたが、あんな小さな魔獣に噛まれたからと言って、こんな風になるのだろうか。
ネネは祈るようにノアの頬を撫でる。こけた頬は、直に骨の感触を感じる。
ノアの小さな手を握りしめて、ベッドに腰掛ける。
ミルク粥からゆらゆらと上がる湯気に目を細めて、顔を俯けた。
神父だという美しい人は、家の前で騒いだあの日から三日間、毎朝、パンを届けてくれた。紙袋の中には白パンやバケットの他にジャムパンやクリームパンと言った甘いパンが入っていて、子どもたちは初めて食べるご馳走に子供らしい無邪気な笑みを浮かべていた。お腹いっぱい食べられることがあんなにも幸せだったということをネネも久しぶりに思い出した。
何度も何度も神父にノアやミアのことを言ってしまおうと思ったけれど、ネネにはそれが出来なかった。サヴィラがそれを良しとしなかったのもあるかも知れない。でも、それだけでは無い。
信じ切ってしまうのがネネは、怖かった。
サヴィラに言った通り、ネネは、神父のくれるパンに込められたものが同情でも優しさでも何でも良かった。
でも毎朝出会う度に心に迷いが生まれた。神父の銀に蒼の混じる不思議な瞳はいつも穏やかな優しさを湛えていて、ネネは言葉が見つけられなくなる。その腕の中に飛び込んで、背中に背負うアナみたいに、ただ泣いてしまいたいとそう思っている自分が居ることにネネは気付いた。
心の奥底にネネもサヴィラも身勝手な大人たちに与えられた傷が残っている。辛うじて瘡蓋に覆われたその傷口が開いてしまうかもしれないと思うと余計に怖かった。あんな痛みを一度も二度も知りたくはない。
「……ネネ、ノアは?」
か細い声が聞こえてドアの方に顔を向ける。
薄く開けたドアから顔を出したのは、シェリルとヒース、レニー、ルイスだった。シェリルとヒースは五歳、レニーは六歳。ルイスは八歳になる。皆、サヴィラがどこからか拾って来たのだ。
シェリル達より下に三歳が三人、二歳が一人、そしてネネの背中の赤ん坊が一人いる。彼らは幼過ぎて、まだノアがどういう状態なのかもよく分かっていないから、ノアのミルク粥を羨ましがって拗ねているが、シェリルたちは、幼いながらになんとなく不安に思っているようだ。
「……まだ眠ってる。それより、サヴィは?」
おいで、と手招きすればシェリルとヒースが一番に飛び込んで来てネネに抱き着いて来る。そして、泣きそうな顔でノアを見る。レニーはルイスの腕にしがみつきながらこちらにやって来た。
「まだ帰って来ないよ。……ミア、どこに行っちゃったのかな?」
ネネは、シェリルとヒースを撫でながらルイスの言葉にノアに顔を向ける。
「……分からないけど……きっとすぐ一緒に帰って来るから、皆で待ってよう。ね?」
ネネは彼らをこれ以上不安にさせまいと出来る限り優しく笑った。でも、ルイスたちは、泣き出しそうな顔のまま、うん、と頷いただけだった。
「体調は、どうなんだ?」
久しぶりに行動を共にする相棒に問いを投げた。
脇道の方へと視線を向けて居たリックが振り返る。二人は、馬を貧民街に一番近い詰所に預け、徒歩で孤児たちの家に向かっていた。リックの実家で買ったパンは、エドワードのアイテムボックスに入れられている。
「もう大分良いよ。基本的にマヒロさんの傍にずっと居たから……悪いな、迷惑かけて」
困ったように下がった眉にエドワードは、肩を竦め笑って返す。
「なーに言ってんだよ。俺とあの子を守るためだったんだから文句なんか一つもねぇよ。それに思っていたより元気そうで良かった」
ぱちりと目を瞬かせたリックは、安心したように微笑った。
「そうだな……今はお前の方が痛そうだからな」
揶揄するようにリックは言って、フードの下で頬を指差した。エドワードは、うるせー、と返して形ばかり拗ねて見せた。リックがくすくすと笑う声が雨の中に穏やかに落ちて行く。相棒が笑っていると言う事実に少なからずほっとする。
あの病室のベッドの上で怯えたように蹲っていた彼の姿は今でもはっきりと思い出せる。木の葉で覆われたそれはまるで繭のようで、向けられる根っこや枝は、怯えた子供が手当たり次第に物を投げつけているのに似ていた。リックが暴れる度、自分たちは魔法や剣を駆使して彼に辿り着き、無理矢理に抑え込こんで薬を飲ませることで暴走を止めていた。
だが、マヒロは一切、何もしなかった。鞭のようにしなる枝を避け、葉の刃を躱し、辿り着いた先で木の根に絞め殺されそうになって尚、魔法を使うことは一度も無かった。彼は、葉の繭の中に腕を伸ばして、その中で怯えていたリックを抱き締めた。彼は、たったそれだけのことでリックの魔力暴走を鎮めてしまったのだ。ウィルフレッドでさえ、呆気に取られて固まっていた。
「……お前の魔力暴走を止めた時、マヒロさんだけが何もしなかった」
見上げた先の空は暗く曇っていて、高い塀の所為で貧民街はまだ昼前だというのに陽が沈んでしまった頃のように暗い。
「俺達のように攻撃を防ぐことも、木の枝や根を切り捨てることもせず、ただお前を抱き締めたんだ。俺はその時になって漸く気付いたんだ。怯えている人間に剣を向けることがそもそも間違いだったんだって」
無数に降り注ぐ雨の粒が足元で跳ねる。水たまりを踏めば、泥と水が飛んだ。
「武器を捨てろと叫ぶ人間が、武器を持ってたら……誰だって身を守るために武器を手放す訳が無いんだって。俺はそんな当たり前のことに気が付いていなかった。だから、マヒロさんは凄いな、と心の底から思ったんだ」
「……実は、あの時のことは、よく覚えていないんだ。病院に居た記憶があまり無くて、気が付いたら山猫亭に居て、マヒロさんが傍に居た」
エドワードは、目だけをリックに向けた。リックは真っ直ぐに前を見つめている。
「もう……闇には囚われないと思ったんだけどな」
あと数秒だけ早く辻馬車が横を通り過ぎてくれれば、その呟きは聞こえただろうけど、石畳と鉄の車輪が立てた音に呑まれた言葉はエドワードの耳には届かなかった。ただその言葉を口にしたリックの横顔は、空っぽだったのに深緑の瞳は彼の内側で荒れ狂う感情を滲ませていて、その落差が何だか酷く恐ろしく思えた。
「なあ、今、なんて……」
「ん? ああ……マヒロさんの話だよ」
振り向いたリックはエドワードの良く知る彼に戻っていた。
「不思議な人だなって思って……数日間、ずっと一緒に居てもマヒロさんのことはよく分からないままだよ。イチロさんは、よくあの無表情からあれこれと感情を読み取れるなって感心した回数は数知れない。一緒に過ごして分かったのは、あの人は多分、良い家の出身だってことくらいだよ。かなり高等な教育を受けているのが分かる」
隠されてしまったものは確かにあったのだろうけれど、リックはそれを暴かれることを望んでいない様だった。だったらエドワードはそれに付き合ってやることとしか出来ない。
「それは分かるよ。ウィルフレッド団長もお手上げだったんだ。……団長の“威厳”も利かなかったんだぞ? それにステータスにも隠蔽が掛けられているらしくて、団長ですら解除できなかった。マヒロさんを探る団長にあの人は、覚悟をしろと言ったんだよ。秘密を暴くならそれ相応の覚悟をって微笑みながら言ったんだ。正直、俺はその時、すぐに目を逸らした。もうそれ以上、彼の目を見ていることは出来なかったからな」
「……怖かったか?」
リックはまるでエドワードの心の内を見透かしたように言った。エドワードは、その言葉を肯定することに恥すら覚えずに頷いた。
「美人なら男も女も色々見て来たけど……マヒロさんは、完璧、なんだよな。目の位置も鼻の高さも眉も唇も全てが一番美しい形で美しく見える位置に収まってるんだ、いっそ人間離れしているようにも思う。だからその微笑みは、人を惑わずには十分だと思った。きっと……あの人のあの美しさに堕ちたやつは沢山いるんだろうな」
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男の子が痛みに呻いていたリックの制服を掴んだ。女の子は今にも泣き出しそうだった。異変に気付いたリックが赤くなった鼻の頭を擦りながら首を傾げる。
「マヒロ神父さんは、ミアを探しに今日は墓地の方に行って居るよ。……何があった?」
リックがしゃがみ込んで目線を合わせる。エドワードは家の奥へと顔を向ける。幼い子どもたちが不安そうにこちらを覗いていた。どこの子も痩せ細っているが、この貧民街で見る他の子どもたちよりはまだ健康そうに見えた。
「レニー! シェリル! 勝手に出ちゃだめだって……」
バタバタと足音が聞こえて階段から少女が降りて来た。こちらは十一、二歳くらいの黒猫の獣人族の少女だった。少女は、リックとエドワードに気付くと血相を変えてこちらに走り寄って来ると男の子と女の子をリックから隠す様に間に入った。
「ネネ、何があったんだ?」
「何でもない。何もない。チビ達はいつも神父さんのパンを楽しみにしているから……」
少女は、すぐに首を横に振った。けれど、彼女の背後に隠された子供たちは、不安そうに少女を見上げて、リックに目で何かを訴えている。
「ネネ」
リックがフードを脱いで少女の顔を覗き込んだ。
ネネというらしい黒猫の少女は、小さな唇を噛み締めて逃げるように視線を逸らした。その背に赤ん坊が居るのに気付いた。
「私が信用ならないのなら、神父さんをすぐにでも連れて来る。……君たちの力になれることがあるのなら、私もマヒロさんもイチロさんも全力で応えるよ」
シトシトと降る雨が、リックの茶色の髪を濡らす。
リックの深緑の瞳が真っ直ぐにネネと向き合う。ネネの薄紫の瞳がゆっくりとリックに応えるように彼を見た。投げ出されていた手がスカートをきつく握りしめた。
「……信じることが、怖いの」
弱く降る雨にすら消えてしまいそうなほど小さな声だった。
「だって、裏切るでしょ」
幼い少女が口にするには、酷く乾いた言葉だった。リックの深緑の瞳が僅かに見開かれた。
薄紫の瞳は、哀しげに揺れている。その目に浮かぶものが諦念だと気づいた瞬間、喉が締め付けられる様な想いがした。
そんなことはない、なんて口にすることは出来なかった。きっと、少女は裏切られたからこそ、ここに、こんな所に居るのだ。裏切られる痛みを知ってしまった少女に掛ける言葉がエドワードには見つからなかった。見つけられなかった。
「……でも、神父さんのことは、信じてみたいと思ったの。だって、私達にパンをくれた人は、初めてだったから」
ネネの言葉にエドワードは目を瞬かせる。
「だけど……だけど、どうやって信じたらいいか、分からないのっ」
雨では無いそれが少女の頬を濡らした。リックがスカートを握りしめるネネの手を取って両手で包み込んだ。リックの大きな手にすっぽり収まる小さな手だ。
「……助けて、と一言でいいから言ってくれたら、それで充分だよ」
リックの穏やかな声が鼓膜を揺らす。
「そうしたら、君の大事なものを私たちが必ず守る。この剣もマントもそのためにあるんだから」
ネネの顔がくしゃりと歪んで薄紫の瞳からぼたぼたと涙が零れ落ちて行く。ネネが泣き出したことで周りの子どもたちも、ひくひくとしゃくりあげ始めた。
「も、もう、どしたらいいか、わかんなくて……でも、どうか……ノアを助けてっ」
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「ネネ、ノアは?」
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ネネが袖で涙を拭って、立ち上がった。子どもたちに下に居るように言って奥の階段へと歩いて行く。エドワードもリックと共にその背に続いて中に足を踏み入れた。
「ネネ! ノアが……っ!」
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「ノアが、ノアが変なんだっ!」
エドワードとリックは顔を見合わせて頷き合う。
「入るぞ、失礼」
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ノアの左脚は真っ黒だった。足先の方は干からびているが、問題はその足を覆う黒が尋常では無いほどに深く色濃い。その上、その傷口から黒い霧のような靄のようなものがじわりじわりと溢れていた。
それに手を伸ばしたエドワードの手首をリックががしりと掴んで止めた。
「エディ」
リックの強張った声が落とされる。
「……今すぐにマヒロさんを呼びに行こう」
緊迫した声にエドワードは、ごくりと唾を飲み込んだ。
リックの深緑の瞳は一瞬たりとも逸らされる事無く、黒い霧と吐き出す傷口へと向けられていた。
――――――――――
ここまで読んで下さってありがとうございました。
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漸く、本編が更新できるようになりました。お待ちくださった皆様、本当にありがとうございますm(__)m
次のお話も楽しんで頂ければ、幸いです。
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ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。
しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。
ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。
そんな主人公のゆったり成長期!!
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