称号は神を土下座させた男。

春志乃

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本編

第十話 歓迎を受けた男

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 欠伸を一つ零して、ぐっと伸びをする。
 開け放した窓からは、町の中を駆けまわり少しばかり煙の臭いを纏った風が入って来て、カーテンを揺らしている。その向こうからは、馬車の行き交う音、人々が挨拶をする声、森の中には無かった町の人々が営む生活の音が聞こえてくる。
 掲げたロザリオのガラス玉の中で青にも銀にも見える液体がティースプーン一杯分、ゆらゆらと揺れて陽の光を反射している。どうしようか暫し悩んだが、腰にぶら下げたままにする。ボックスからローブを取り出して、腕に掛ける。

「真尋くん、行くよー」

「ああ。すぐに行く」

 真尋は、洗濯籠を手に廊下へと出て部屋の前に籠を置く。

「あ! またぐしゃぐしゃのまま!」

「どうせ洗うんだからいいだろう。それより行くぞ、朝飯だ」

「まったくもう! 大体真尋くんは、」

 まだ何か文句を言おうとしている一路の脇を通り過ぎ、真尋は階段へと向かう。隣の部屋の前を通り過ぎると中から獣の唸り声と女のヒステリックな声が聞こえた。内容から察するに痴話喧嘩のようだった。
 階段を降り切れば、朝の静けさなんて見当たらないほど賑やかな食堂に到着する。冒険者たちが一日の活力となる朝食を胃に納め、ダンジョンへ行くか、それともクエストにするか、と一日の予定を話す声や笑い声、怒鳴り声、上げればきりのないほど、様々な声が賑やかな喧騒を生み出している。

「マヒロお兄ちゃん、こっちこっち!」

「あ、ジョンくん! おはよー!」

 椅子の上に立って両手を振るジョンを見つけて、一路が手を振り返した。
 給仕たちと同じようにテーブルの間を縫うようにして、彼らの元に行く。

「マヒロお兄ちゃんはこっち、イチロお兄ちゃんはこっち!」

「ありがとう」

「席を取っておいてくれたんだね」

 ジョンを真ん中にして、真尋と一路は席に着く。
 向かいには子供用の椅子に座るリースを挟んでジョシュアとプリシラが座っている。

「おはよう、マヒロさん、イチロさん。ゆっくり眠れましたか?」

 リースの口元に木製のスプーンでスープを運びながらプリシラが尋ねて来る。

「夢も見ないほどぐっすりと」

「おかげで元気いっぱいです!」

「ははっ、そりゃあ良かった。朝は、セットしかやっていないから、それを頼んであるが大丈夫か?」

 ジョシュアが言った。真尋と一路は、勿論、と頷く。

「朝飯を食ったら、早速冒険者ギルドへ行こう」

「ジョシュアの予定は大丈夫か? 町の生まれなら実家に顔を出したりするんじゃないのか?」

 真尋の言葉にジョシュアは、盛大に顔を顰めた。

「実家に帰れば姉さんにこき使われるのは火を見るより明らかだ。前回は、姉さんに買い物に付き合わされたんだ。俺だって荷物持ちは別に構わないが婦人服の店に二時間も拘束された上に、どのスカーフが良いか、どのブラウスが良いか聞かれて返事をすればセンスが無いと怒られるんだ。シラの服を選ぶなら俺だって意欲的にもなるが、姉さんのデート服なんかこれっぽちも興味がない。今日も理不尽な目に遭うに決まってる! それに義兄さんも俺を見るとすぐに剣の稽古をしようと騒ぎ出すから、マヒロたちの案内役をしている方が平和だ、絶対にな!」

 力強く宣言するジョシュアに真尋は一路と顔を見合わせた。

「ふふっ、心配しないで、仲は良いんですよ」

 プリシラがくすくすと笑いながら言った。
 真尋には弟、一路には兄しかいないのでよく分からないが、姉を持つ後輩がジョシュアと同じようなことを言っていたのを思い出した。

「お待たせしましたー、朝の満足セットプレートです」

 軽やかな少女の声が聞こえて、目の前にふわりとプレートが降りて来る。顔を上げれば、紅い髪の少女が指を振ってプレートを浮かばせ運んでいる。彼女が指を振り下ろせば、プレートは客の前にふわりと降りて来る。
 プレートの上には、半熟の目玉焼きにカリカリに焼いたベーコンが二枚と焼き立てのクロワッサンが二つ、他にグリーンサラダにマグカップに入った野菜のスープが乗っている。どれもこれも美味しそうだった。

「ジョシュアさん、プリシラさん、お久しぶり!」

「ああ、おはよう、ローサ。マヒロ、イチロ、その子は、サンドロとソニアの愛娘のローサだ」

 少女がこちらに向き直り、紅茶色の瞳をぱちりと瞬かせて固まった。
 母親であるソニアによく似た少女だった。たっぷりの紅い髪をポニーテールにして、この食堂のウェイトレスの制服を着ている。頭には、大き目の猫の耳が二つぴょこんと生えていて、背後では長い尻尾がぴんと立ったまま動かない。
 勝気な印象を与えるアーモンド形の瞳は、綺麗な紅茶色で真尋を見つめたままだ。真尋が訝しむ様に首を傾げれば、見る見るうちに手入れされた白い頬がじわじわとその髪と同じ色に染まっていく。
 真尋は、少々、困ったなと思いながら助けを求めてジョシュアに視線を送った。ジョシュアは、肩を竦めてやれやれと言った様子で、プリシラがまあと可笑しそうに笑っている。

「マヒロは罪作りな男だねぇ。ローサ、仕事中だよ!」

 からかうように笑いながらソニアがやって来た。母親に背中を叩かれてローサが、はっと我に返ると髪を撫でつけ、スカートの裾を払って居住まいを正す。

「初めまして、あの、ローサっていうの」

「初めまして、真尋だ。こっちは俺の連れの一路。少しの間、世話になる」

「初めまして」

 ローサは、赤い顔を持て余しながらも一路に会釈を返した。
 一路がさりげなく気遣う様な視線を向けて来る。それに首を竦めて返し、ソニアが出してくれた紅茶に手を伸ばす。

「あ、あの! あたし、パパのお手伝いしなきゃ!」

 言うが早いかローサは、スカ―トの裾を揺らしながら奥へ引っ込んでしまった。少ししてキャアキャアと女の子の賑やかな声が冒険者たちの喧騒の合間を縫って聞こえて来た。
 大人たちが面白そうに笑い、ソニアは少々呆れたように息を吐きだしながら苦笑を零す。

「あれは惚れたな」

 ジョシュアが面白がるように目を細める。
 真尋は、勘弁してくれ、と眉を寄せる。

「俺には心に決めた人がいるんだ」

「あら、そうなの?」

 プリシラがぱっと顔を輝かせる。女性は幾つになってもこういった話が大好きなのは、万国共通のようだ。
 真尋は、首に掛けているロケットを服の中から取り出して、中身をプリシラに見せる。彼女の後ろからソニアも覗き込むが、ジョシュアが見ようとしたところでパチンと閉じて、服の中に戻す。

「マヒロ、俺にも見せろよ!」

「駄目だ、減る」

 きっぱりと言い切って、紅茶を啜る。美味しいけれど、もう少し蒸らした方が更に良かっただろうという味だ。忙しい朝に優雅に紅茶を淹れる暇もないのは分かっているので文句は言わないが。それに言ったら多分、一路に怒られる。

「あらあら、マヒロさんったら存外、独占欲が強いんですねぇ」

 真尋は無言でもってプリシラの言葉を肯定した。一路は、何も言わずにクロワッサンを指でつついている。その表情がどこか暗くて、真尋は親友が考えているであろう余計なことを払うようにその頭をぐしゃぐしゃと撫でた。ジョンが不思議そうに自分の上にある真尋の腕を見上げる。

「ま、真尋くん?」

 一路が目を白黒させながら顔を上げる。

「ほら飯を食うぞ。いただきます」

「あ、う、うん。いただきます」

 両手を合わせて挨拶をしてからフォークを手に取る。ジョンも「お腹空いたぁ」とフォークを握りしめて、目玉焼きに齧り付く。プリシラが「お行儀が悪いわ」と眉をひそめて息子を窘める。

「そういえば、マヒロとイチロは、ジョシュたちを盗賊から助けてくれたんだってね」

「通りがかりにお節介をしただけだ」

「あのね、マヒロお兄ちゃん、すごい強いんだよ! イチロお兄ちゃんもね、あっと言う間に悪い奴らをやっつけちゃった!」

 ジョンが興奮した様子で言った。彼の手元は、クロワッサンの滓で凄いことになっている。

「ええ、イチロさんは馬の上から盗賊を落として、あっと言う間に三人ともやっつけちゃったんですよ」

「マヒロお兄ちゃんもね、あの大きい悪い奴を蹴り飛ばしてた!」

「プリシラたちを人質に取られていたら俺も危うかったから、本当に助かったんだ。俺も大分、勘が鈍っているみたいだ。もっと鍛錬しないとな」

 悔しそうにジョシュアが言った。

「ジョシュはあたしにとって大事な家族みたいなもんだから、助けてくれた俺に今日の夕食はサービスをさせておくれよ」

 ソニアの申し出に真尋は「ありがとう」と返す。ここは素直に受け取っておくべきところだろう。それに夕食の品数はいくつあっても良いと思うのだ。
 それからソニアは仕事に戻り、キッチンから出て来たローサがちらちらこちらに視線を寄越すのを受け流し、真尋は食事を終えて、紅茶で一服してから立ち上がり、ローブを羽織る。一路がソニアに朝食代を支払い、ジョシュアも自分たち家族の分を払った。

「じゃあ、行こうか」

「お父さん、僕も行きたい!」

 ジョンが慌てて椅子から降りる。ジョシュアが、困ったように眉を下げた。

「だが、」

「冒険者ギルドは危険な所か?」

「いや、そんなことは無いが……マヒロたちが迷惑じゃないか?」

「まさか。おいで、ジョン」

 真尋が腕を伸ばせばジョンは嬉しそうに飛びついて来た。それを受け止めてひょいと抱え上げる。片腕で抱っこして、もう片方の手でジョンの寝癖の残る金茶の髪を撫でた。

「プリシラさん達は、どうするんですか?」

 ローブに袖を通しながら一路が尋ねる。

「私は、リースと一緒にジョシュの実家に。あと一時間もすれば、義兄さんが迎えに来てくれるんですよ」

「リース、お土産買って来るからね!」

 ジョンが声を掛ければ、リースは、母の腕に顔を隠しながら笑って頷いた。小さな声で「いってらっしゃい」と見送ってくれる声が聞こえて、一行は行ってきますと手を振って、山猫亭を後にしたのだった。





「本当に賑やかな町ですね!」

「この地方で一番の町だからな」

 物珍し気に辺りを見回す一路にジョシュアが誇らしげに答える。一路の頬は片方がぽっこりと膨らんでいる。ここへ来る途中でキャンディを買ったのだ。
 真尋は、一路の隣でジョンを肩車しながら歩いていた。ジョンは、本当によく真尋に懐いてくれて、嬉しい限りだ。
 山猫亭を後にし予定通り、ジョシュア親子と共に真尋と一路は、冒険者たちのギルドへと向かっていた。

「町が六つの大きな通りで分けられていると言っただろう? 六つのブロックは広さはそれぞれ大分違うが色で分けられている。赤、青、黄、緑、紫、金だ。山猫亭があるのは、赤の2地区だ。ブロックは、更に大まかに三つに分けられていて、広場に近い所から1、2、3だ。3の地区は必然的に広くなるから、その中でまた呼び名があったり別の呼称があったりするがな。山猫亭は大通りに面しているから、道路を挟んで向こうは青の地区だ」

「成程、なら冒険者ギルドはどこにあるんだ?」

「冒険者ギルドは赤の1地区だ。中央広場に面していて、商業ギルドと職人ギルドも中央広場に面しているんだ。ほら、中央広場が見えて来たぞ」

 ジョシュアが指差した先広場の中央には大きな噴水があった。
 馬車が何台も行き交い、時計回りにぐるぐると円を描く様に広場を巡り、目的の通りへと左折していく。噴水の傍には吟遊詩人や旅の一座がいて、若い女性や物見遊山の男たちの姿があった。

「凄い広場ですね。あのへんな形の建物はなんですか?」

 一路が指差したのは、青の地区の向こうにある地区に立つ建物だが、彼の言う通り確かに変だ。石造りの建物だが二階以上が家を何軒も継ぎ足したかのような不思議な出で立ちなのだ。カクカククネクネしていて、天辺には大きな風車がついていて、羽がぐるぐると回っている。

「あれは職人ギルドだ。職人ギルドは、黄の地区にあって黄の1、2地区は職人街になっているんだ。もっともメインストリートに接しているから、メインストリート沿いは大店が立ち並んでいるけどね。黄の地区とメインストリートを挟んで向かいにあるのは、緑の地区、こっちも通り沿いは負けず劣らず大店が多いけど、その奥の方は騎士団や魔導院があって、3の地区には騎士や魔導師、魔術師の家が立ち並んでいるんだ」

「金と紫の地区には何があるんですか?」

「紫は赤の地区の北、メインストリートと川に挟まれた地区で川沿いは商家の倉庫がずらりと建っているよ。所謂高級住宅街というやつで、裕福な人々が住んで居る。とくに北の方は屋敷と呼べるような大きな家が多いなぁ。金の地区は、あの向こうにある一番小さな地区だ。他の地区と違って、1と2地区までしかないが1は貴族の家がずらりと並んでいて、2には領主様の町屋敷タウンハウスがある。見ての通り、堀が有って鉄柵があるから一般人は入れない」

 紫と緑の間、他の通りより奥にその地区はあり、ジョシュアの言う通り、奥まったその地区は高い鉄の柵と幅五メートルほどの堀に囲まれていて、一般人が近寄れない様になっていた。
 そういえば昨日も北の地区には近付くなとジョシュアが言っていたのを思い出した。

「緑と金の間にあるあの通りを真っ直ぐに行けば、領主様の城館へと続いているぞ。橋の袂に騎士団本部があるからその向こうには許可が無いと行けないけどな」

「本当に広い町ですねぇ。目が回りそうです」

 一路が、感心した様子で言った。ジョシュアは、だろう?と笑って、こっちだ、といつの間にか止まっていた自分たちを促して歩き出す。

「マヒロお兄ちゃん、あとで市場通りに行こうね! 市場通りには美味しい物がいっぱいあるんだよ!」

 ジョンがはしゃぎながら言った。真尋は、ああと頷いて顔の横にあるジョンの膝をトントンと叩いた。

「二人は、何か冒険者に役立つスキルはあるのか?」

 ジョシュアが首を傾げる。

「僕は弓術、真尋くんは、剣術のスキルがあります。だからそれに見合った武器も欲しいんですが、いいお店を知っていますか?」

 一路の問いにジョシュアは、へえ、と頷く。

「武器屋ならいい店を知ってるよ。初心者向けの安いもんから上級者向けの高いもんまで幅広く取り扱ってて、工房と職人を独自で抱えている店なんだ。俺とサンドロが冒険者だったころはよく世話になってたんだよ。ある程度、ランクが上がったらオーダーメイドで武器を作るのもいい。最も、かなり金がかかるけどな」

「僕も十歳になったら、そこで子供の様の剣を買って貰って鍛錬するんだよ」

 ジョンが言った。

「ジョンは、冒険者になりたいのか?」

「ううん。僕は、お父さんの後を継いで、牧羊魔物を育てたり、畑で野菜を育てたりするのが夢なの。でも、村には時々、魔獣もやって来るからそれを退治できるように強くなるんだ! お父さんは、村の自警団のリーダーなんだよ。昔はすごく強かったんだって、サンドロおじさんが言ってたもん」

 ジョンは父親が何より誇らしいのだろう。言葉の端々に、尊敬や愛情が目一杯に詰め込まれている。一路が「凄いですね」とジョシュアを振り返る。ジョシュアは、照れたように顎を撫でている。

「昔取った杵柄だよ。それに、嫁さんや家族を守るためだ。凄いことじゃないよ」

 ジョシュアは、本当に好ましい人間だと真尋は思う。誠実で謙虚であることは、力があればあるほど難しい。その点、ジョシュアは真尋たちのような得体の知れない人間にも親切にしてくれて、自分の強さをひけらかすことも無い。

「ジョン、お前の父は素晴らしい人だな」

「うん! 僕の自慢のお父さんなんだぁ!」

 ジョンの笑顔は、まるで輝く太陽の様だ。一路のくすくす笑う声が聞こえて振り返れば、ジョシュアは茹蛸のように真っ赤になっている。顎を撫でる手が止まらない。

「真尋くんは、滅多に人を褒めないんですよ、ジョシュアさん」

「あ、あんまり揶揄わないでくれぇ……っ」

 しゅーと湯気でも出そうな勢いで真っ赤になったジョシュアが両手で顔を覆って、大きな背を丸めで項垂れる。その様に、ジョンが「照れてるー」と笑った。
 そうして和気藹々としている間に、一行は冒険者ギルドに着いた。
 石造りの五階建ての大きな建物だった。町中の木組みの建物と違い、随分と武骨な印象だがそれが逆に冒険者ギルドらしいと思えた。

「隣の紫地区にあるのが、商業ギルドだ。商売をしたい時や観光したい時、家を探す時、土地を買う時はあそこに行くと良い」

 ジョシュアが隣の地区にある更に大きな木組みの建物を指差した。

「ジョン、おいで。マヒロたちは、これから登録手続きをしなきゃならないからな」

 ジョシュアが腕を伸ばせば、ジョンは素直に父の腕に移動する。それを少々、寂しく思いながら、ジョシュアに続いて真尋と一路は、冒険者ギルドへと足を踏み入れた。

「うわあ……すごい」

 石がむき出しの壁、顔を上げれば吹き抜けの天井は、梁が何本も交差していて太陽の光が降り注ぐ中、紙飛行機が何機も行き交っていて、その梁の上を職員と思われる人々が歩いている。
 真正面にはカウンターがあり「登録・申請」「クエスト」「報酬引換」「講習受付」「昇格試験」などなど様々な看板がそれぞれの受付窓口の頭上の壁に掛けられていた。特に混んでいるのは、クエストと報酬引換の受付窓口だ。他の窓口よりも数も多く設けられている。右奥には階段があり、左奥には「関係者以外立ち入り禁止」の札が掛けられたドアがあった。ギルド内は、多くの冒険者で溢れていて、ひっきりなしに人が出入りしている。入って右手には、軽食が食べられるらしいカフェスペースもあり、受付が近い所の壁にはクエストの貼られた掲示板があった。獣人の男性が三人、どのクエストにするかで揉めているようだ。

「二階は、冒険者ギルド直営の素材屋と雑貨屋があるぞ。武器屋によっちゃあ、自分で素材を持ち込めばそれで作ってくれるところもあるから覚えておくといい。雑貨屋には、傷薬とか簡易テントとか携帯食料とか野営に必要なものも売ってる」

「アイテムボックスはあるのか?」

 真尋の問いにジョシュアは首を横に振る。

「アイテムボックスは、商業ギルドのほうだ。だが、ありゃあかなり高価なもんだぞ。俺のこれはサイズSだが、これだって金貨二枚したんだ。中は三メートル四方の空間になっている。確かにとても便利だがな」

 そう言って、ジョシュアが彼の腰にあった革製のポーチを撫でた。大きさは、縦に十センチ、横に三十センチはあるだろうか。結構大きい。ジョシュアが剣を持っていないのは、そこに入っているのか、と納得する。それと同時に金貨二枚と言えば、中流家庭の年収以上だということにも驚く。
 真尋と一路は顔を見合わせ、お互いの指輪に視線を落とした。ティーンクトゥスがくれたこれは、おそらく値段の付けられないレベルのものだろう。

「そうか、ならば地道に金を溜めよう」

 真尋はもっともらしいことを言って話をまとめる。ジョシュアが「ボックスは、冒険者の憧れで一財産だからな」と笑いながら頷いた。

「二人は、読み書きは出来るんだったな?」

「ああ」

「なら、この紙に必要事項を記入して受付に提出するんだ」

 そう言ってジョシュアは壁際に歩き出す。入り口から見て左側の壁にはカウンターテーブルがあり、羽ペンと共に様々な用紙が置かれている。読み書きが出来ない人の為の代筆スタッフも数名いて、冒険者たちの代わりに羽ペンを走らせたり、用紙の説明をしたりしている。
 冒険者登録申請書、パーティー登録申請書、ランク昇格試験申込書などが並ぶ中からジョシュアは、冒険者登録申請書を二枚引き抜くと、真尋と一路に渡してくれる。真尋は、筒に無造作に突っ込まれていた羽ペンを取り、カウンターで用紙を記入していく。隣で一路が一生懸命、背伸びをして用紙に記入している。壁に備え付けられたカウンターは一路には高すぎるようだ。ジョンが生暖かい目で見守っている。
 ジョシュアが、ごほん、と何かを誤魔化す様に咳払いを一つして口を開いた。

「王国では、十五歳以上で冒険者としてギルドに登録が出来る。ただし、十七歳以下の未成人は冒険者ランクDまでしかランクは上がらない。C以上は、クエストのレベルも上がって命を落とす危険も高くなるからな。パーティーも同様に十七歳以下の未成人が居ると他のメンバーのレベル関係なくクエスト依頼はDランクまでしか受けられない様になってるんだ。パーティーを組めるのは、Dランク以上だしな」

 ここで漸く、この国の成人が十八歳であることを知った。

「クエストもランク分けされているのか?」

 羽ペンを止めて尋ねる。

「ああ。この間言った町人から依頼される壁の補修だとか買い物代行とかそういう雑務クエストにランクは無いが、薬草採取と魔獣討伐、素材採取なんかはランクで分けられている。薬草だってものによっては、レベルの高い魔獣が跋扈するようなところにしか生えていないものもあるんだ。ランクの低い冒険者がそんなものを採りに行けばどうなるかは想像に難くないだろ? 冒険者の世界は実力主義だが、だからこそ己の実力をきちんと見極める能力も必要なんだ。冒険者たちは強ければ強い程貴重な素材を採ってきたり、危険な魔獣を倒してくれたりする。それは各町、引いては国にとって大事な戦力であり収入源でもあるから、その命をむやみやたらに散らせないために決まりがあるんだ。昇格試験はランクが上がれば上がるほど難しくなるんだ。冒険者ギルドに登録されている冒険者の中で、Aランクはほんの一握り。この町にも今は一人しかいない。Bランクもそんなに多くは無い、最も多いのがC・Dランクの中堅どころ、続いてEランクだ。EはすぐにDに上がれるから、中堅どころに比べればずっと少ないがな」

 真尋は、ふむ、と顎を撫でる。
 どうやら冒険者とはいっても、真尋が想像していた程、その仕組みは粗雑なものではないようだ。きちんとルールがあり秩序が守られている。

「だが、クエストを受けずに挑む場合はどうなる? 極端な話、Aランク冒険者向けの討伐依頼をあの受付で手続きせず、個人的に倒しにいくことは可能だろう?」

 真尋の問いにジョシュアは、困ったように眉を下げた。

「冒険者は、字が読めなくても書けなくても、実力さえあればなれる職業だ。ある意味、一攫千金を狙うには最も適した職業でもあるのは分かるな?」

 真尋と一路は、こくりと頷いた。

「王国内のダンジョンは、一番近くにある町の冒険者ギルドが管理していて、入り口には必ずギルド職員がいて入場でギルドカードの提示が求められる。それにダンジョンの危険度によってはランク制限もあるし、中に入ったら中に入ったで、ランクが上の強い者が弱い者の実力に伴わない暴走を止めることも義務付けられている。無論、それはダンジョン外でも適用されていて、ランクが上のものは下のものが無茶をしそうな場合、無茶をしているのを見つけた場合、抑制し、援護及び保護する義務がある。しかし、それは管理下にあるから出来ることだし、広い森の中でそうそうそんな場面に遭遇することは少ない。実力主義であるからこそ、マヒロの言う様に無茶をする奴は必ずいるが、殆どの奴は得にならないことはしないんだ」

「得にならない?」

 一路が首を傾げる。

「ああ。例えばAランクのクエストである中級ドラゴンを討伐したとするだろ? 正当な手続きを踏んだAランク保持者の報酬が金貨三枚だとする。その報酬とは別に、ドラゴンの牙や鱗と言った素材をギルドで買い取ってもらえば、更に金貨五枚つまり最終的には金貨八枚だ。だが、Bランク以下の冒険者がこのドラゴンを討伐しても、無論、クエストが受け付けられていな時点でクエスト報酬は貰えない。それにそうなると、ドラゴンの素材は十分の一の値段でしか買い取ってもらえないんだ。つまり、正当な手続きを踏んだクエストに比べれば、金貨一枚分にもならない。十分の一しか利益が無い。ギルドは大儲けだが当人は大損だ。モンスターの素材は、基本的に冒険者ギルドとギルドが認可している店以外での売買は禁止されている。それ以外で買い取りをするのは、無許可の闇業者だし、それがばれればどっちも捕まる」

 ということは、真尋のアイテムボックスに入っている森で得た素材は、タイミングを間違えたら無価値になる訳だ、と納得する。

「でも、さっき素材を職人に持ち込めば、って言ってましたよね?」

「それは、冒険者ギルドに一度提出してから持っていくんだ。冒険者ギルドで承認されたもの以外の素材で職人が武器や防具をつくることは、犯罪だからな。見つかれば巨額の罰金と罰則があるし、酷い場合には投獄されるし、職人ギルドから追放される。職人たちは無茶はしない。素材を徹底的に管理することも冒険者の暴走を防ぐために大事なことなんだ」

「成程……実力主義の職業だからこそ、徹底的な制約があり、無利益をチラつかせることで浅墓な行動を抑制するのか」

「そういうことさ。一攫千金を狙う冒険者たちは、利益にならないことはしない。中級ドラゴンを倒すのに必要なのは、何も実力だけじゃない。見合うだけの武器や装備、補助アイテムだって用意しなければならないし、単独ソロじゃあまず無理だから報酬は山分けになる。金貨八枚とは言ってもそれは純利益では無い訳だ。それに無茶な行動は、結局、命を代償に払うことになる。二人に実力があるのは知っているが、マヒロとイチロも無茶だけはするんじゃないぞ」

 セピア色の瞳には、真尋と一路を心から心配し、窘める色が浮かんでいて、真尋と一路は素直に頷いて返す。

「ジョシュアは、本当に頼りになるな」

「褒めるのはやめろ!」

 頬を赤くして警戒を露わにするジョシュアに、一路がぷっと吹き出す。真尋も僅かに口元を緩めて、最後の項目を書き込み、羽ペンを元に戻した。

「大人をからかうなマヒロ」

「俺は楽しい」

 恨めしそうにこちらを睨むジョシュアに続き、真尋と一路は受付窓口に向かう。登録申請窓口は二つあり、クエスト関係の窓口に比べれば、どちらも数人ずつ並んでいるだけだった。
 それでもフードを被っていないからじろじろと不躾な視線はひしひしと感じる。ただ、日本に居る頃からそういう視線には慣れているため、真尋も一路も軽くスルーして列に並んだ。その間も、ジョシュアが冒険者について説明してくれる。

「冒険者には、ランクを上げるために昇格試験があるんだが、それはCランクからだ。EからDになるのは、割と簡単なんだ」

「そうなのか?」

「ああ。Eランククエストか雑務クエストを指定された数だけこなせばいい。Eランクは、所謂、見習いみたいなもんだから、冒険者としての心得を身に着ける期間でもある。但し、EからDに上がるまでどれだけ時間をかけても構わないが、病気や怪我などの理由以外で三十日以上クエストを一つも達成しなかった場合、罰則金と冒険者登録が無効になるから気を付けろよ? それでDからCに上がる時に漸く、昇格試験がある。普段のクエストの達成率や人柄も加味される。実技試験はギルドマスターが試験官なんだ。極論、実力があればDからBになることも、DからAになることも出来るぞ。まあそんな奴、滅多にいないし、居たとすれば国中で有名になるがな」

 ははっとジョシュアが笑った。ぐいっと袖を引かれて顔を向ければ、一路が真剣な目で真尋を見上げている。

「真尋くん、駄目だよ?」

「当たり前だ」

 こそこそと小声で返す。真尋だってまだ目立つには早すぎると自覚はちゃんとしているし、どちらかと言えば無自覚で優秀な一路の方が心配だ。うっかりやりかねないのが、無自覚な一路なのだ。

「次の方どうぞ~」

 のんびりした少女の声に列が進む。

「冒険者には、冒険者なりのルールや秩序があるが、そうはいっても荒くれ者も多いからな、特にイチロは小柄だし可愛いから舐められやすいだろうし、気を付けるんだぞ?」

 ジョシュアが心配そうに言った。

「真尋くんから離れない様にするから大丈夫です」

 一路が力強く頷けば、ジョシュアは「絶対だぞ」と心配そうに言って一路の頭をぽんぽんと撫でた。盗賊との一戦も踏まえて一路が、か弱いということは断じてないが、そうは言っても周りを見れば、小柄な一路など一ひねりでどうにかなりそうな、屈強でゴリラみたいな奴らが多い。日本では集団の中で頭一つ飛び出ていた真尋の身長もこの国では頭一つ小さい。女性だって真尋並の身長がざらにいる。一路はさらに小さいのだから色んな意味で心配だ。

「次の方どうぞ~」

 残すこところ、二人の目の前にいる青年だけになった。次が真尋たちの番だ。
 受付に座っていたのは、とても小柄な少女だった。不思議な髪色で、ローズピンクの髪は毛先に行くにつれ白くなっている。その長い髪をハーフアップにしていて、サフィアイブルーのぱっちりとした目が可愛らしい少女だ。彼女が動く度に髪の色と同じ色合いの花びらがひらひらとどこからともなく落ちる。白い丸襟が特徴のブルーのシンプルなワンピースは、どうやら受付嬢たちの制服の様で、皆同じ格好をしている。ただ、胸元のリボンスカーフの色は三色あって、人によって違うから意味があるのかもしれない。

「あの子、どうして花びらが落ちるんですか?」

 一路が受付の少女を見ながら不思議そうに首を傾げる。

「ん? 妖精族を見るのは初めてか? ティナは、妖精族なんだよ。彼らは、草花と共にある一族だから、ああして動く度に花びらや木の葉が落ちるんだ。落ちた花びらや葉っぱは本人が意識しない限りすぐに消えるから幻みたいなもんだがな。女性は花、男性は葉が多いな」

 へぇ、と二人は声を上げる。そういえば、ティーンクトゥスが妖精族について何か言っていたのを思い出した。門の外で見かけた花びらをふわふわと落として歩いていた女性も妖精族なのだろう。

「ところで、ジョシュアさんの属性とかスキルはなんですか?」

 一路が思い出したように尋ねる。ジョシュアが、ああ、と声を出すと、ステータスを出してくれた。一路と二人、それを覗き込む。

カロス村のジョシュア Lv.80 
性別 男 年齢 36 種族 人族
 職業 農夫 自警団リーダー 副村長 冒険者・退
 称号 

 HP 6758/6758
 MP 5943/5944

 属性 火・風
 火系統魔法 Lv.21
 風系統魔法 Lv.20

スキル
 剣術 Lv.24
 槍術Lv.19
 探索 Lv.14 
 農耕Lv.18


「俺の属性は、火と風だ。スキルは、元々剣術と探索で現役時代に槍術を三年くらい前に農耕のスキルを獲得したんだ」

「僕もお父さんと同じなんだよ。スキルも剣術なの」

 ジョンが小さな胸を自慢げに張る。

「もしかして、ジョシュアさんってすごい人ですか?」

 一路がステータスとジョシュアを交互に見ながら言った。真尋は、ティーンクトゥスの取説にあった説明文を思い出す。あれが正しければ、ジョシュアは、冒険者ランクAとして申し分のない実力を兼ね備えている訳だ。

「お父さんは昔、Aランクの冒険者だったんだよ!」

 ジョンの言葉に、やっぱりと真尋は納得する。ジョシュアは、顎を撫でながら口を開く。

「昔は、だよ。今はただのしがない農夫だよ。嫁の実家が代々、村長の家だから婿の俺が副村長なんだ」

 ジョシュアが照れくさそうに言った。
 真尋は、ふむ、と顎を撫でて覗いていたステータスから顔を上げる。
 昨日の騎士たちの様子やあんなに簡単に仮の通行許可証を発行して貰えたのは、恐らく、ジョシュアの人徳あってこそだ。ジョシュアの話からすればギルドにとってAランクの冒険者はとても貴重な存在だ。例え引退したとしても、彼がそれまで築き上げてきたものが無くなる訳ではない。ジョシュアの人柄を鑑みれば、ギルドからも信頼の厚い人だっただろうと推測できる。そんな彼が身元保証人になってくれたからこそ、真尋と一路は簡単に入れたに違い無い。

「そうか……ジョシュアはただのお人好しではなく、その強さがあるから俺や一路を受け入れてくれたんだな」

 ジョンと一路がきょとんとして首を傾げてる。ジョシュアは、困ったように笑っている。真尋は、ふっと口元に笑みを浮かべてジョシュアを見上げる。

「ジョシュアに拾って貰えた俺と一路は幸運だな」

「……もう好きに言ってくれ。俺は知らん」

 ジョシュアがぷいっとそっぽを向いてしまった。ジョンが「お父さん耳赤いよ?」と不思議そうにしている。

「どうして、引退をしたんだ? まだ三十半ばだろう?」

 辺りを見ればジョシュアよりも年上の冒険者が沢山いる。それにジョシュアの戦いぶりを見れば、別段、現役でも不思議ではない様子だった。
 ジョシュアは、ジョンを抱えなおして息子の額にキスをする。

「俺が引退したのは、今から六年前、ジョンが二歳の時だ。……冒険者は確かに実入りが良い。Aランクなんて一つのクエストで数年働かずに食べていける報酬を得られることもある。だが、それはつまり危険が伴うということだ。Aランク冒険者が受けるクエストは、Bランクとは比べ物にならない危険を伴う。俺も一度は死にかけたこともあった。俺は幸い今も五体満足だが、手足を失うことだってある。六年前、大怪我をして家に帰った時、プリシラとジョンが泣いているのを見て、俺は引退を決意したんだ。冒険者は俺のガキの頃からの夢で、未練が全く無かったわけじゃない。でも冒険者としての地位や名声、富よりも俺にとっては家族の方が大切だったんだ。サンドロは俺たちと同じパーティーでBランクだったんだが、あいつも俺が引退する時に同時に引退した」

「夢より愛を選んだ訳だな」

 ふっと口元に笑みを浮かべて真尋は言った。ジョシュアは、ははっと笑うと「そうだな」と頷いた。

「おかげで幸せな夢を今は見ているよ」

 ジョシュアの顔に広がる笑みは、偽りなく幸せそのものを詰め込んだみたいに優しくて温かかった。ジョンが、そんな父親の笑顔につられるようにして嬉しそうに笑って、ジョシュアの鼻先にキスをした。ジョシュアがくすぐったいと声を上げて笑う。

「僕らは本当に素晴らしい人に出逢えたね」

 一路がそんな親子の様子に柔らかに目を細めながら呟いた。真尋はローブの上から腰のロザリオを撫でながら、そうだな、と頷いて返す。きっと、あの愛情深いお人好しの馬鹿な神様がこの親子を見たら、自分のことのように嬉しそうに、彼らのその幸せが愛おしいと笑うのだろうと思った。

「お次の方どうぞ」

「ほら、お前たちの番ださっさと進め!」

 のんびりした声が聞こえたかと思えば、ジョシュアに背を押されて前に進み出た。
 真尋は、一路の手の中にあった紙を抜き取って、カウンターの上に置く。

「登録申請書だ。頼む」

 磨き込まれた木製のカウンターの上を滑らせて出した申請書はなかなか真尋の手を離れず、かといって返事が聞こえる訳でもない。何だ、と顔を向ければ、花びらの少女が、大きなブルーの瞳をぱちりと瞬かせて固まっている。

「大丈夫?」

 一路が、おーいと声を掛ければ、少女は「ぴゃっ」と変な奇声を発して、慌てて申請書を受け取った。

「も、申し訳ありませんっ! ええっと、あの、はい!」

「ティナ、落ち着きなさいよ。気持ちは分かるけど」

 隣の受付窓口の蜂蜜色の髪のエルフの女性が苦笑いをしながら声をかける。ティナ、というのがこの少女の名前らしい。

「ティナちゃんか、可愛いねぇ。本当に妖精さんみたい」

 一路が、にこーっと無邪気な笑みと共に告げれば、花びらの少女・ティナは耳どころか首まで真っ赤になって固まってしまった。

「イチロは、ある意味、マヒロより罪深いな」

 ジョシュアが小声で呟いた。真尋は「無自覚だから性質が悪いんだ」と返して零れそうになったため息をぐっと飲み込んだ。
 ティナは、あたふたしながら申請書に目を通し、受付印を押す。

「あ、あの、ステータスカードの提示をお願いいたします。ステータスカードは」

 頬を赤くしてどもりながらティナに言われて、先に一路がステータスカードを提示する。無論、昨夜の内に、ステータスは真尋の隠蔽のスキルを使って色々と隠したり、数値を誤魔化したりしてある。

※【】内は隠蔽済み或は実際の数値

名前 イチロ【・スズキ】 Lv.34
種族 【高位】人族
年齢 18 性別 男
職業 神父見習い
称号 【神が見守る者】
加護 【守護神ティーンクトゥスの加護】

HP 698/698【6986/6986】
MP 901/902【9023/9024】

属性  水 光【+】【地】【風】
水魔法 Lv.12【23】
光魔法 Lv.10【23】
【地魔法 Lv.21】
【風魔法 Lv.19】

スキル
弓術 Lv.15【26】
鑑定 Lv.7【18】
調合 Lv.8【12】
【体術 Lv.19】
【探索 Lv.15】
【調教 Lv.10】
【農業 Lv.10】
【魔法創造 Lv.10】


「結構、優秀なんだな、イチロ」

 ステータスカードを覗き込んだジョシュアが言った。
 隠蔽のスキルで隠した部分はやはり見えていない様だった。真尋はそれにほっと胸を撫で下ろす。隠した部分が見えていたら、大騒ぎになるところだ。それにジョシュアの反応から察するにこのステータスは常軌を逸脱している様子ではないようだ。森の中で散々、取説の中の少ない情報を基に二人で悩んだ甲斐があったというものだ。

「それにしてもイチロは、神父見習いなのか……マヒロもそうなのか?」

 ジョシュアが、複雑な表情を浮かべて言った。

「……《ステータス・開示》」

 自分のそれを開いてステータスをティナに提示する。

「俺は見習いではなく、神父、だ」

名前 マヒロ【・ミナヅキ】 Lv.39
種族 【高位】人族
年齢 18 性別 男
職業 神父
称号 【神を土下座させた男】 【神が見守る者】
加護 【守護神ティーンクトゥスの加護】

HP 987/987【9874/9874】
MP 1385/1386【13856/13857】

属性 風 光【+】【地】【水】【火】【闇】
風魔法 Lv.15【26】
光魔法 Lv.13【25】
【地魔法 Lv.21】
【水魔法 Lv.22】
【火魔法 Lv.23】
【闇魔法 Lv.18】

スキル
剣術 Lv.18【27】
体術 Lv.13【23】
探索 Lv.10【15】
【槍術 Lv.20】
【弓術 Lv.17】
【隠蔽 Lv.17】
【解読 Lv.12】
【木工 Lv.10】
【魔法創造 Lv.11】

「……神父」

「不都合か?」

 真尋は、目だけをジョシュアに向けた。彼は、真尋の言葉に対し、何も言わなかった。先ほどまで柔和な笑みが浮かんでいたその顔が強張っている。
 ジョシュアのセピア色の瞳が、右に左に揺れて、躊躇う様に真尋を捉えた。ジョンが不安そうに父親を見つめている。周りにも徐々にざわめきが広がって「神父だってよ」「嘘だろ」「何でここに」とあまり歓迎的ではない声がちらほらと聞こえてくる。一路が困惑顔で真尋を見上げて来るのに、真尋は肩をすくめて返す。
 思っていた以上にこの職業は、厄介なものらしい。その辺をちゃんと言っておけ、あの糞野郎と真尋は今頃上で土下座しているだろう馬鹿神に怒りを覚えた。

「ええと……あの、手続きは進めても宜しいですか?」

 ティナがおずおずと問いかけて来る。真尋は、ああ、と頷いて返す。一路も首肯をする。ティナは、カウンターの下に申請書を引っ込めるとごそごそと何かをして、再び顔を上げた。

「ぼ、冒険者登録が完了しました。ステータスを一度閉じて、もう一度、開示願います」

 言われるままステータスを閉じてから一度開けば職業欄に新たに冒険者・Eと表示されていた。
 大分、落ち着いたらしいティナは、ふぅ、と息を吐きだすと改めて顔を上げる。

「これでお二人は本日より、冒険者ギルド、アルゲンテウス領ブランレトゥ支部の冒険者として登録されました。本日より、あちらのクエストボードより、クエストを選んで受けることが出来ます。クエスト受付の窓口で手続きをしてください。クエストに関する説明はそちらで受けられます。そのほか、昇格試験、講習申込なども各窓口で受け付けておりますので、分からないことなどあればその都度、スタッフにお尋ねください。……それでは、此方がお二人の冒険者のギルドカードです」

 小さな手が二人にそれぞれ免許証ほどの大きさのカードを渡してくれる。中心にドラゴンと剣の意匠が薄く浮かび上がり、それ以外に氏名・年齢・ランク・所属ギルド名・パーティー名の項目があり、パーティー名以外は真尋の情報が書き込まれていた。

「こちらのギルドカードは、お二人の身分証明書にもなっています。紛失した場合は罰則がありますので、ご注意下さい。あとこちらは、町の通行許可証と冒険者の心得です。規則や規則を破った際の罰則なども記載されておりますので、必ず目を通して下さいね。……それでは、本日より冒険者としてのご活躍、期待しております」

 差し出された許可証と冊子を受け取ると、ティナがにこりと笑って、ぺこりと頭を下げた。はらはらと花びらが数枚、落ちた。

「ありがとう」

「イチロさんもどうぞ」

「ありがとうございます」

 一路がふわりと笑えば、ティナが再び頬を赤くする。ひらりと落ちた花びらの色も少しだけ濃くなっているような気がする。真尋は、ギルドカードと許可証をポケットにしまう体でボックスにしまい、その場でパラパラと冊子を捲って流し読みをする。規約や罰則が思ったよりもしっかりしている。
 不意に、真尋たちを取り囲んでいたざわめきが止んだ。
 ヒュンと風を切る音が聞こえて、真尋は一路をジョシュアに向かって突き飛ばし、冊子を投げつけた。真っ二つになった冊子が宙を舞い、勢いを殺がれた風の刃は、真尋に届かず儚く消えた。一路たちが驚きに目を瞬かせている。カウンター向こうのティナは、突然のことに完全に硬直してしまっていて、隣の窓口で仕事をしていた先輩のエルフの女性が慌てて飛んで来て彼女を抱き締めている。

「随分と、物騒で不躾な歓迎の仕方だな」

 真尋は、人垣の向こうからやって来る青年に顔を向ける。
 現れたのは、灰色の長い髪に黄緑の瞳の背の高い青年だった。その体はしなやかな筋肉に覆われて、背中に大剣を背負っている。切れ長の吊り目の双眸がナイフのような鋭さを持って真尋を睨め付けている。

「……レイ」

 ジョシュアの掠れた声が静まり返った空間に、ぽつりと落ちた。


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ここまで読んで下さってありがとうございます。
お気に入り、感想、日々の励みになっております!!

ジョシュアの正体?も明らかになりました。
謎の青年も出て来て漸く、ブランレトゥでのお話が動き出す予定です。

また次回もお楽しみいただければ、幸いです!
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