称号は神を土下座させた男。

春志乃

文字の大きさ
上 下
19 / 173
本編

第八話 平原を駆ける男 ※一路視点

しおりを挟む


 手配した馬車にナディアと共に乗り込むと馬車は動き出した。向かいに座ったナディアに「エルサは私を嫌っている割に、自分から沢山話し掛けて来るのだけど……どうしてかしらね?」と訊ねてみた。


「えっと……多分セラティーナ様に構ってほしいのかと」
「正面から大嫌いって昔言われたわよ? 一応、気にしてエルサにも接触しないよう注意を払っているのだけど」
「エルサ様は素直ではありませんから……」


 素直ではない? とても素直だ。公爵家の娘として思った事をそのまま言葉にするのは頂けないが包み隠さずセラティーナへの敵意を隠さず、真正面からぶつけるエルサが何だかとても可愛い。悪意がないと言われると違うが、両親やセラティーナを馬鹿にする周囲と違って濃度が極端に薄い。悪者ぶっても完全に悪になれない。根が良い子なのだ、元から。

 馬車が街の広場に停車するとすぐさまセラティーナは降り、慌てて降りたナディアに微笑んだ。


「ナディアはオペラを買って来て」
「セラティーナ様は?」
「私は用事があるの。長引くかもしれないから、オペラを買ったら馬車で待っていて」
「いけません、私が代わりに」
「いいえ。私が行かないと駄目よ」


 ナディアが言葉を続ける前に令嬢らしからぬ速度でその場を離れたセラティーナ。お陰で目的地にはすぐに着いた。王国で最も大きな組合ギルド『グレーテル』。確か、初代マスターの名前がグレーテルだからと聞いた。中に入り、カウンターにいる受付嬢に声を掛けた。


「あの」
「どうされました? ご依頼は?」
「帝国の地理に詳しい方を紹介して頂きたいのですが」
「帝国の? 同行者をお探しで?」
「いえ。帝国に用があって、王都から帝都まで定期便があるのは知っていますが帝都の外となるとどう進んだらいいか分からないから……」
「でしたら、同行者を付けた方が宜しいのでは?」


 見るからに裕福な娘が訳アリの空気を醸し出している。組合に入る前、髪の色を茶色に変え、顔も少し魔法で変えたので仕方ないかもしれない。鞄から多目のお金を出して受付嬢の前に置いた。


「代金はきちんと払います」
「そういう問題ではなく……」


 困った。善意で言ってくれているのは承知しているがセラティーナからすると地理について教えてくれるだけでいい。どうしようかお互いに困り果てていると「どうしたー?」と男性の声が飛んで来た。


「ランスさん」


 坊主頭で額に斜め線の傷が入った大柄の男が興味深げに会話に入った。何処かで見たような、と既視感を覚えるも受付嬢を納得させるのが先だ。


「この方が帝国の外へ行く為に帝国の地理に詳しい方をと言われているのですが同行者希望ではないようで」
「そりゃあいけねえ。あんた、どんな事情があるか知らないが一人で行くのは危険だ」


 彼等が親切心から忠告しているのは解しているものの、正直に事情を明かせないのが辛い。


「ところで帝都の外なんてどこまで行くんだい?」
「えっと……帝都から北に二十キロ程離れた森へ行きたくて」
「確かそこは朝の妖精っていう、小さい妖精族が好む森だな。そこに何の用が?」


 ここまで来たら話さないと納得してくれなさそうだ。


「その森に住む魔法使いに会いたくて……」
「それは……ひょっとしてフェレス=カエルレウムか?」
「ご存知なのですか?」
「ああ。知り合いでな」


 フェレスに会いたいのは事実だ。会いたい理由を妖精族の魔力から作られると言われる妖精の粉が欲しいのだと言い、フェレスはやって来る依頼人は大抵受け入れると聞きどうしても会いに行きたいのだと話した。妖精の粉は主に魔力増幅の材料となり、また、非常に美しい代物で婚約者に贈りたいと理由を作った。


「妖精の粉を婚約者にか……立派だがあんた変装魔法を使ってるな?」
「ええ……」
「ってことは、貴族のお嬢さん辺りか」
「お金はきちんと払います。だから、どうか紹介して頂けないでしょうか」
「うーん。お嬢さん一人でっていうのがネックだなあ……」


 やはり、同行者同伴でないと駄目だろうか。腕を組んで悩むランスに受付嬢とセラティーナの視線が集中する。


「あ。でも確か」
「え」
「数日前だったか。フェレスから連絡が来たんだ。四日後に王都に来るって」
「王都に?」
「ああ。何でも王都にしかないものがあるらしくて、それを探しに来るんだと」


 フェレス程の魔法使いが欲する物が王都にある……? かれこれ十八年は王都に住むセラティーナだが見当がつかない。


「王都に来たら顔を出すって言っていたから、あいつが来たらお嬢さんに連絡を入れよう」
「本当ですか?」
「その代わり、あんたの身分を証明してくれ」
「分かりました」


 会いに行こうと思っていた前世の夫が王都に来る。その機会は逃せない。ランスに言われ、セラティーナは変装魔法を解除した。途端に変わる髪色や顔立ちに二人が息を呑む。


「こりゃあ驚いた……あんた、かなりの別嬪さんだな」
「ありがとうございます。私はセラティーナ=プラティーヌと申します」
「プラティーヌと言えば、超大金持ちの。だがプラティーヌ家は魔法が得意じゃない奴が殆どだろう?」
「ええ。でも、私は偶々魔法が得意な方みたいで」
「そうか」
「婚約者も魔法が得意な方なので妖精の粉が欲しくて」


 嘘ではないがシュヴァルツの為に妖精の粉を欲していない。ランスは受付嬢に向き、セラティーナの依頼は自分が受けると言い、受付嬢もそれを承諾。カウンターに置いてあるリストに何やら書き込みをしている。依頼は正式に受理された。


「フェレスが来たら、魔法で連絡を送ろう」
「ありがとうございます。助かります」


 これでフェレスに会える手段が整った。もしも、側に他に愛する女性がいたとしても、一目で良い、彼に会いたい。会ったら王国を去ろう。帝国に移住しても良い。流れ者でも魔法使いなら重宝してくれる。



しおりを挟む
感想 1,482

あなたにおすすめの小説

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

転生チートは家族のために~ユニークスキルで、快適な異世界生活を送りたい!~

りーさん
ファンタジー
 ある日、異世界に転生したルイ。  前世では、両親が共働きの鍵っ子だったため、寂しい思いをしていたが、今世は優しい家族に囲まれた。  そんな家族と異世界でも楽しく過ごすために、ユニークスキルをいろいろと便利に使っていたら、様々なトラブルに巻き込まれていく。 「家族といたいからほっといてよ!」 ※スキルを本格的に使い出すのは二章からです。

悪役令息に転生したけど、静かな老後を送りたい!

えながゆうき
ファンタジー
 妹がやっていた乙女ゲームの世界に転生し、自分がゲームの中の悪役令息であり、魔王フラグ持ちであることに気がついたシリウス。しかし、乙女ゲームに興味がなかった事が仇となり、断片的にしかゲームの内容が分からない!わずかな記憶を頼りに魔王フラグをへし折って、静かな老後を送りたい!  剣と魔法のファンタジー世界で、精一杯、悪足搔きさせていただきます!

スキル盗んで何が悪い!

大都督
ファンタジー
"スキル"それは誰もが欲しがる物 "スキル"それは人が持つには限られた能力 "スキル"それは一人の青年の運命を変えた力  いつのも日常生活をおくる彼、大空三成(オオゾラミツナリ)彼は毎日仕事をし、終われば帰ってゲームをして遊ぶ。そんな毎日を繰り返していた。  本人はこれからも続く生活だと思っていた。  そう、あのゲームを起動させるまでは……  大人気商品ワールドランド、略してWL。  ゲームを始めると指先一つリアルに再現、ゲーマーである主人公は感激と喜び物語を勧めていく。  しかし、突然目の前に現れた女の子に思わぬ言葉を聞かさせる……  女の子の正体は!? このゲームの目的は!?  これからどうするの主人公!  【スキル盗んで何が悪い!】始まります!

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

女神の代わりに異世界漫遊  ~ほのぼの・まったり。時々、ざまぁ?~

大福にゃここ
ファンタジー
目の前に、女神を名乗る女性が立っていた。 麗しい彼女の願いは「自分の代わりに世界を見て欲しい」それだけ。 使命も何もなく、ただ、その世界で楽しく生きていくだけでいいらしい。 厳しい異世界で生き抜く為のスキルも色々と貰い、食いしん坊だけど優しくて可愛い従魔も一緒! 忙しくて自由のない女神の代わりに、異世界を楽しんでこよう♪ 13話目くらいから話が動きますので、気長にお付き合いください! 最初はとっつきにくいかもしれませんが、どうか続きを読んでみてくださいね^^ ※お気に入り登録や感想がとても励みになっています。 ありがとうございます!  (なかなかお返事書けなくてごめんなさい) ※小説家になろう様にも投稿しています

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

処理中です...