称号は神を土下座させた男。

春志乃

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本編 2

第十九話 料理する女

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「お昼のご飯は、和風ハンバーグとサラダ、野菜スープとほうれん草のごまあえよ。じゃあ、作りましょうか」

「はーい」

 元気な返事に笑みをこぼして、雪乃は周りを見回す。
 庭に張られたテントの前に簡易の調理台が設置され、真智、真咲、園田、海斗、ミア、サヴィラ、ジョン、リース、レオンハルト、シルヴィア、アマーリア、そして、一路の恋人のティナがエプロンを身に着けて待機している。テディとタマ、ブランカとロビンも傍にいて、おこぼれにあずかろうとしているのか、そわそわしている。
 ブランレトゥで過ごし始めて三日が経った今日、真智と真咲に「雪ちゃんのごはんが食べたい」とねだられ、ミアとサヴィラにもねだられ、こうして庭で料理をすることになったのだ。
 というのも雪乃はまだこの邸のキッチンに入ることは許されていない。領主夫人の口に入るものを作っている場所であるからだ。だが、あまりにも子どもたちがしょんぼりするので庭で子どもたちの分を作るだけなら、とジョシュアとカロリーナが許可してくれたのだ。
 だが、気が付いたら何故かアマーリアとその子どもたちがエプロンを身に着けて参加していた。止めようにもレオンハルトとシルヴィアはすでにやる気満々で、アマーリアも「ここは屋内じゃありませんから!」とやる気に満ち溢れていて、止められなかった。
なので、結局、全員分の食事を作ることになり、ジョシュアとカロリーナ、ジェンヌ、リリーが監視兼毒見をしてくれるのだそうだ。

「では、役割分担を発表いたします。まず、ハンバーグとほうれん草は雪乃様を先生にサヴィラ坊ちゃま、真咲様、レオンハルト様、ティナ様。野菜スープは海斗様を先生にミアお嬢様、真智様、ジョン様。サラダはアマーリア様、シルヴィア様、リース様で、僭越ながら私が講師を務めさせていただきます。そのほか、護衛、侍女などお役目がある方は、各々、対象の傍で手伝うか見守るかなさってください」

 園田の発表に各々テーブルに移動する。
 するとリリーがこそことっと雪乃の下にやって来る。材料を運ぼうとしていた園田も足を止めて首を傾げた。

「ユキノ様、ミツル様、当家の奥様は少々不器用であらせられるので、出来れば刃物の類は……お嬢様もお小さいですし……」

「ふふっ、大丈夫ですよ。ナイフの類は一切使わないサラダですから。基本のお仕事は「手でちぎる」ですから。刃物を使う必要がある時は、充さんが全て行います。シルヴィア様もリースくんもまだ刃物は危ないですからね」

 雪乃の言葉にリリーはあからさまにほっとしたように笑った。
 アマーリアの武勇伝は、すでにプリシラから聞き及んでいる。不器用というよりは、慣れないことに対する緊張による失敗だと雪乃は感じた。本当に簡単な、それこそリースでも出来るくらいのことにまずは取り組んでみるのが良いだろうと思ったのだ。アマーリアは見た目こそ大人だから勘違いしてしまうが、こういった家事というのは初歩の初歩からの積み重ねで上達するものなのだ。無論、雪乃の最愛の夫はその例外に当てはまるのだが、アマーリアは大丈夫だろうと信じたい。

「充さん、よろしくお願いしますね」

「もちろんです、雪乃様。それではリリー様、参りましょう」

「はい。よろしくお願いいたします」

 園田がリリーを促し、サラダのテーブルへと歩いていく背を見送り、雪乃は自分の担当のテーブルへと急ぐ。
 下ごしらえは屋外でして、オーブンはテントの中のものを使う予定だ。

「皆さん、お待たせしました。ふふっ、よろしくお願いしますね」

「うん、母様。でも無理はしないでよ? 具合が悪くなったらすぐに言って」

「ええ。分かったわ」

 優しい息子の頭を撫でて雪乃は笑みをこぼす。
 サヴィラは、いつもこうして雪乃の体を気遣ってくれる。その上、気が利く子なので、日々助けられてばかりだ。

「ユキノ夫人、申し訳ありません。お手伝いをしたいのですが、私は上司と仲間たちに料理には絶対に手を出すなと言われておりまして……」

 雪乃の護衛を務めてくれているジェンヌが申し訳なさそうに言った。
 彼女のこれまでの所業もカロリーナから聞いている。彼女は、騎士団の野外料理で色々とやらかしているらしく、カロリーナたちに料理には手を出すなと言われているそうだ。

「ふふっ、大丈夫ですよ。ジェンヌさんのようにお料理が苦手な方でも出来ることがありますからね」

「ありがとうございます!」

 ぱっと顔を輝かせたジェンヌに笑みを返して雪乃は、まず皆で一緒に玉葱の皮を剝き、ほうれん草の下ごしらえをして、調味料の準備を雪乃は進める。ほうれん草はプリシラが倉庫から提供してくれた。苦みがあるので子どもに不人気で余ってしまっているそうだ。
 下ごしらえが終わったら一人一人に仕事を割り振っていく。

「私とティナさんで玉葱をみじん切りにしますから、サヴィラとレオンハルト様は一緒にお肉をこねて下さい。咲ちゃんは、ジェンヌさんと一緒にできる?」

「うん。ハンバーグをこねるのは、お兄ちゃんでもできたから。ジェンヌさん、僕が教えるので、よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします」

 真咲とジェンヌがお互いに頭を下げ合う姿が微笑ましい。
 
「サヴィラもハンバーグの捏ねかたは分かるかしら? 調味料は用意してあるものを入れればいいだけだから」

「何度かプリシラの手伝いをしたことがあるから大丈夫」

「なら、分からないことがあれば聞いてね。レオンハルト様も頑張ってくださいね」

「ああ! 任せておけ!」

 キラキラと顔を輝かせてレオンハルトが頷いた。
 それぞれジョシュアが大量に買って来てくれたひき肉の山の前にいき、この屋敷で一番大きなボウルにひき肉を入れてこね始める。

「ティナさん、玉葱のみじんぎりをいいかしら」

「はい。よろしくお願いします。あ、あの……ユキノさんって呼んでもいいですか?」

「もちろん。一くんとは兄弟みたいなものだから、貴女とも仲良くなれたら嬉しいわ」

 雪乃の返事にティナはぱぁっと顔を輝かせた。
 ひらひらと舞う花弁は、何度見ても不思議で綺麗だ。彼女の家族だというピオンとプリムが足元で花弁をキャッチして口に詰め込んでいる。
 雪乃はティナと並んで玉葱をせっせとみじん切りにしていく。普段から料理をしているというティナは、手際が良い。
 彼女はずっと仕事で出かけていて、今日は雪乃たちが屋敷に来てから初めてのお休みだ。はじめましての挨拶をした時もはしゃぐ海斗の邪魔をするわけにもいかなかったので、ティナとこうしてゆっくりと話す時間がとれたのは素直に嬉しい。

「ユキノさんのこと、イチロさんから聞いていたんですよ」

 ざくざくと玉葱を切りながらティナが口を開く。

「本当? 一くん、変なことを言ってなかったかしら」

 笑い交じりに尋ねれば、ティナはまさかと首を横に振った。

「優しくて綺麗な人で、料理が上手だって教えてくれました。でも一番、イチロさんがユキノさんを恋しがっていたのは、マヒロ神父さんが無茶した時でしたけど」

「あの人ったら変わらず一くんに迷惑をかけているのねぇ」

「で、でも、マヒロ神父さんの発明した魔道具はとても便利なので、迷惑ばかりではないといいますか……!」

「ふふっ、ありがとう。大丈夫、分かっているわ。真尋さんはね、人に迷惑をかけていないと駄目な人だから。一くんだってそれをちゃんとわかってくれているのよ。彼、とても優しい人だから」

 ティナがぱちりと目を瞬かせて首を傾げている。

「真尋さんは、家事以外、本当に何でも出来る人でしょう? だから実際、誰にも迷惑を掛けずに生きようと思えば生きられるのよ。食事も掃除も出てくる宿に住んで仕事をすれば、それで解決できちゃう問題だもの。でもそうしたらあの人は、本当にひとりぼっちになってしまうから。私ね……真尋さんを失って、一くんまで失って本当に本当に悲しかったの。……いつか私は真尋さんを置いていくと覚悟はしていたけれど、まさか、逆のことが起こるなんてこれっぽっちも思っていなかったんだもの」

 切り終えた玉葱をボウル移し、また次のそれに手を伸ばす。

「……もう本当にどうしたらいいか分からないくらいに悲しくて……。でも、それでもちぃちゃんと咲ちゃんを護らなきゃって思いと同じくらい、一くんが真尋さんの傍にいてくれることは私を支えてくれるものの一つだったの。真尋さんはね、ご両親とうまくいかなかった分、寂しがりやさんだから。私が、抱き締めてあげられないところに行ってしまうことが、私にとって一番、悲しくて、怖いことだったの。……あらあら、困ったわぁ。泣かないで、ティナさん」

 はらはらと涙をこぼすティナに雪乃は慌ててポケットからハンカチを取り出して彼女に差し出す。ティナは「すみません」と言いながら、ハンカチを受け取り、目に当てた。ピオンとプリムが駆けあがり、心配そうにティナの顔を覗き込む。

「母様? ティナ、どうしたの?」

 気付いたサヴィラが声を掛けてくる。

「た、たまねぎが、目に沁みちゃったんですっ」

 雪乃より先にティナが答える。サヴィラは、特に疑問は抱かなかったようで「お大事に」と言って作業に戻った。他から感じていた視線もそらされる。

「ユ、ユキノさんはマヒロ神父さんにとって本当に必要な人で、だからこうして来てくれて、本当に良かったって思ったんです……っ、イチロさんも言っていたから、マヒロ神父さんは、孤独な人だって。きっとサヴィラやミアちゃんもそれを感じ取っていて、とくにミアちゃんは、ユキノさんが来るのをずっとずっと神様にお祈りしていたんです」

「ミアが?」

「はい。だから……良かったです」

 へへっとティナが不格好に笑った。
 ピオンとプリムが彼女の頬に残る涙のあとをぺろぺろと舐める。
 優しい一路にっぴったりの、本当に心優しい素敵な女性だと雪乃は嬉しくなってほほ笑んだ。

「ありがとう、ティナさん」

「い、いえあの、すみません。急に泣いたり……タマネギ! 切らないと」

 ティナがあわあわしながらナイフを手に取り、再びみじん切りに取り掛かる。髪の間に見える耳が真っ赤だ。ピオンとプリムも安心したのか、するするっと肩を降りてロビンの下に行く。

「ふふっ、一くんがティナさんを選んだ理由がなんとなくですけど、分かるわ」

「え、あ、すみません、何か言いましたか?」

 きょとんとしてティナが首を傾げる。

「ええ、指を切らないように気を付けてくださいね、と」

「はい、気を付けます」

 にこにことティナは素直にうなずく。
 撫でたくなってしまう可愛さだが、生憎と雪乃の手は玉葱の香りがするのであきらめる。
 それから玉ねぎを刻みながら冒険者ギルドでの真尋の話を聞かせてもらい、雪乃は一路の子どもの頃の話をティナに教えた。
 玉葱を刻み終えたら、それぞれこね終わった肉に入れてもう一度、こねてもらう。そして完成したハンバーグのタネはしばらくテントの中の冷蔵庫で寝かせて、その間にほうれん草のごまあえとハンバーグにかけるタレを作る。今日はキノコを買って来てくれたので、キノコの和風ソースの予定だ。
 調理台のコンロで大鍋にお湯を沸かして、ほうれん草を茹で、冷水にとって冷ます。

「母様、これなに?」

 サヴィラが小さなボウルにわけた醤油に首を傾げる。

「これは醤油といって豆から作られた調味料なの。私たちの故郷の料理は和食呼ばれるのだけれど、和食には必需品なのよ」

「醤油はね、しょっぱいけど美味しいんだよ」
 
 真咲の言葉にサヴィラたちは顔を見合わせる。

「ショーユ……失礼ですが、念のため、味をみても?」

「ええ、もちろんです。でも、咲ちゃんの言うようにとってもしょっぱいので、指にちょんとつけて舐めるだけにしてくださいね」

 ジェンヌに小皿にわけた醤油を差し出す。
 ジェンヌがおそるおそる薬指を醤油につけ、口に運ぶ。周りでティナやレオンハルト、サヴィラも固唾をのんで見守っている。

「ん……! 確かにしょっぱいですし、独特の風味がありますね……ですが、何かコクと深みがあり美味しいです!」

「俺も、舐めてみたい!」

「あの、私も」

「オレも!」

 ジェンヌの評価に三人が同じように舐めてしょっぱさに目を瞬かせ、次に首を傾げる。

「不思議と……美味しい」

「しょっぱいだけじゃないな!」

「初めての体験です。お塩とは違うしょっぱさですね」

「ふふっ、皆さんも受け入れやす味のようで良かったわ……なら、もう一つ、味見をお願いしていいかしら」

 雪乃は借りた大きな鍋の蓋を取り、だし汁を小皿にいれて、まずはジェンヌに渡す。皆に玉葱を剝いてもらっている間に仕込んだ鰹と昆布の合わせ出汁だ。
 一応、地球で外国人は基本的に海藻を食べないため、お腹を壊すという話は聞いたことがあったので、ティーンクトゥスにミアやサヴィラに昆布は大丈夫かと聞いたが「全然、大丈夫ですよ」という太鼓判は貰っている。

「これは……美しい黄金色ですね。匂いも……何か香ばしい匂いがします」

「これはだし汁といって、醤油と同じくらい和食には大切なものなの。こちらでは、そうね、コンソメスープとかそういうものが近いかしら。これは昆布という海藻と鰹というお魚を加工したものを使っているごく一般的なものです」

「コンブ、カツオ……聞いたことのないものですが……騎士は根性です」

 ジェンヌが小皿におそるおそる口をつけ、そして、一気に飲んだ。
 するとカッと目を見開き、片手で口を押え、ジェンヌが後ずさる。

「ジェ、ジェンヌ!? 大丈夫か!?」

 レオンハルトが慌てたように声をかけ、雪乃もまさかアレルギーか何かかと慌てる。

「お、美味しいです……っ! 今まで飲んだどの液体よりも美味しいです!!」

 ジェンヌが感動に震えながら叫んだ。
 その言葉に「まあ」と雪乃は目を瞬かせる。するとサヴィラたちが自分たちもと小皿を差し出してくるので、雪乃は彼らの小皿にもだし汁を入れる。
 ゆっくりと口に含んだ三人が、驚いたように目を丸くして、空になった小皿を見つめている。

「母様、これすごい、なんかすごく美味しいって感じる」

「お出汁には、そういう成分が含まれているのよ。これにお味噌っていう調味料を溶くと、お味噌汁になるのよ」

「あ、父様の好きなやつだ」

「ええ。お味噌は風味が独特だから、また今度作ってあげるわね」

 うん、とサヴィラが機嫌よく頷く。

「ユキノさん、もしかしてこのダシジルにさっきのショーユを入れるんですか?」

「ええ、そうよ。ハンバーグにかけるタレになるんですよ。さて、キノコを手で裂くのを手伝ってくれますか? 咲ちゃんはレオンハルト様とゴマをすり下ろしてね。すり鉢は、テント中のキッチンの棚に入っているわ」

 雪乃の指示にまた作業が動き出す。
 ブランレトゥでも秋になると周辺の森で採れたキノコを食べるそうだ。見たことのないキノコだが、なんとなくシメジだったりエノキだったりに似ているので、多分、醤油にも合うだろう。

「そうそう、レオンくん、上手だねぇ」

「オレは、すごいからな!」

 先がすり鉢を押さえて、レオンがすりこ木でごりごりとゴマを擦っている。楽しそうで何よりだ。
 雪乃は、ほうれん草の水気を絞り、一口大の大きさに切り分けておく。キノコが先に終わったので、大きな深型のフライパンにバターをひとかけら落としてキノコを炒め、だし汁、酒、醤油、砂糖で味付けをしていく。一度、沸騰させてアルコールを飛ばし、塩で味を調整すれば完成だ。
 お次は、擦り終えたゴマに醤油と砂糖を一対一の割合で入れて、ほうれん草を入れてトングで混ぜる。量が量なので苦戦しているとジェンヌが変わってくれた。彼女は混ぜたり捏ねたりは得意のようだ。
 よく混ざったらほうれん草を味見する。香ばしいゴマの香りと醤油の旨味、砂糖がほどよくコクをだしてほうれん草を引き立てている。丁度良い塩梅だ。
 乾燥しないように濡らした布巾をかけて冷蔵庫にしまおうとするとサヴィラがひょいとしまってくれた。お礼を言えば、照れくさそうにそっぽを向いてしまったけれど。
 サヴィラとジェンヌに頼んで寝かせていたハンバーグのタネを出してもらう。

「はい、じゃあ次はお待ちかねのハンバーグです。形を作って、オーブンに入れて焼きましょう」

「ユキノ! 大きいの作っていいか!?」

「ええ、いいですよ」

 はしゃぐレオンハルトは微笑ましい。
 大小さまざまなハンバーグがつくられていく。ジェンヌはどうしてもタネを握り潰してしまったが、他のメンバーは上手にハンバーグを作ってくれた。フライパンで焼き色だけ付けて、テントの中のキッチンにある温めておいたオーブンに入れて焼き上げる。
 オーブンのガラス窓の前でそわそわしている子どもたちに笑みをこぼしながら、雪乃はティナとジェンヌと一緒に洗い物を済ませてしまうのだった。




 庭にダイニングから運び出した長テーブルと椅子を置いて、テーブルクロスを掛けて、料理を並べて食事が始まる。
 本当ならばダイニングで食べたいところなのだが、何でも烈しい夫婦喧嘩があったそうでダイニングはぼろぼろなのだ。真尋が帰って来たら直す予定なので、まだ当分使えそうにない。

「ママ、さむくない? 大丈夫?」

 ひざ掛けをかけてくれながらミアが問いかけてくる。
 雪乃は、ふふっと笑ってミアの頭を撫でる。

「ええ、大丈夫よ。今日は風もないし暖かいわ。ミアは寒くない?」

「うん、ミアはこれくらいならぜんぜん平気よ!」

 隣の椅子に座りながらミアが頷く。
 ほかの席にも続々と皆が席につき、園田は雪乃の後ろにいつも通り、控えている。

「小隊長ばっかりずるいです! 俺たちだって食べたいです!」

「うるさい、これは仕事だ!! こういう甘い蜜をすすりたいなら偉くなるんだな!! ふはははは!!」

 少し離れたところでは、毒見役のカロリーナがなんだか悪役みたいな笑い声をあげている。周りでは休憩中の彼女の部下がずるいずるいと騒ぎ立てている。そんな喧騒の中でも同じく毒見役のジェンヌはすでに美味しそうにハンバーグを頬張っている。
 ほかの毒見役のジョシュアやリリーもすでに仕事を終えていて、アマーリアたちがそわそわしている。
 アマーリアたちが作ったサラダもきちんと形になっている。ただ野菜をちぎっただけだが、アマーリアは達成感に満ち溢れていて、輝いている。リリーや彼女の護衛騎士たちもそんなアマーリアの姿を微笑ましく見つめていた。シルヴィアやレオンハルトも同じ顔をしていて、なんだかほのぼのした気持ちになる。

「お待たせ! はい、お母さん、座って!」

「皆さん、ごめんなさいね」

「ご、ごめんさいっ」

 リースが服に水を零してしまったので着替えに戻っていたジョンとプリシラとリースが戻ってきた。
 プリシラたちが座ったのを見届けて、雪乃は手を合わせる。

「いただきます」

「いただきまーす」

 賑やかな声があがり食事が始まる。
 白米を炊きたかったがあれもやはり好みがあるので、今日はいつも通りパンだ。焼き立てパンを届けてもらっているので、いつもふわふわで美味しい。
 雪乃はまずミアと真智が作った野菜スープに口をつける。野菜の甘い旨味が口いっぱいに広がって、とても優しい味のスープだ。

「ママ、これすごくおいしい!」

 ほうれん草のごまあえを指差してミアが言った。サンゴ色の目がキラキラと輝いている。

「あのね、この緑のはっぱはね、にがいからちょっとにがてだったけど、これはね、すごくおいしい!」

「本当? ならママの分も食べる?」

 小鉢をミアの傍に置けば愛娘は「ありがとー」とそれはそれは嬉しそうに笑った。
 どこそこで聞こえる「美味しい」の声に雪乃は胸がいっぱいになる。
 雪乃は料理が好きだ。
 料理は、愛する人の命を守るものだと雪乃は思っている。自らが手を掛けた料理は愛する人たちの血肉となり、その人を形作る。だからある意味、とても責任のある仕事だ。
 でも、一番はこうして「美味しい」と幸せそうに食べてくれる姿が好きだ。

「あのね、いつものごはんも美味しいけどね、雪ちゃんのご飯は美味しいのと一緒に心が安心するんだよ」

 右隣りに座っている真智がこそこそと言った。
 言わんとしていることはなんとなくわかって、雪乃は「ならいっぱい食べてね」と夫と同じ黒髪を撫でた。うん、と頷いた真智はハンバーグを口いっぱいに頬張った。

「ねえ、ママ」

「なぁに?」

「あのね、ミアにもおりょうりおしえてほしいの。今日はちょっとお手伝いしただけだから、もっとミアだけでつくれるやつがいいの」

 もじもじしながらミアが言った。

「ふふっ、もちろんよ」

「本当? あのね、あのね、ジョンくんがママのつくったおりょり、すごいおいしいって言ってたの。だからね、ミアもね、ジョンくんにつくってあげたいの」

「あら、素敵ねぇ」

「ミアちゃん!」

 野菜スープのおかわりをもらうために通りすがりのジョンが足を止めて会話に入って来る。ジョンの後ろには同じ目的なのかスープカップを持ったサヴィラが立っている。

「あの、すごく気持ちは嬉しいんだよ。ミアちゃんが僕のためにお料理してくれるなんて! でもね、一番はマヒロお兄ちゃんに作ってあげてほしいんだ!」

 ジョンがカップをテーブルの上に置き、ミアの両手を握って力説する。その背後でサヴィラまで力強く頷いていた。

「マヒロお兄ちゃんは、大好きなミアちゃんに一番に料理を作ってもらえたら、きっととってもとってもとーっても喜ぶよ!」

「そうかなぁ? でもママのほうがパパはよろこぶとおもうのよ?」

「ミア、奥さんの料理と娘の料理は全く違う話なんだよ」

 サヴィラが真顔で言った。

「ミアちゃん、僕もジョンとサヴィの言う通り、お兄ちゃんに一番に作ってあげてほしいな!」

「そうです、お嬢様。真尋様はそれはそれはお喜びになるはずです」

 真智と園田まで援護射撃を始める。
 雪乃にも見えていた。ミアが作った初めての料理をジョンに奪われ、大人げなく嫉妬し、大人げなく拗ねまくる夫の姿が見えていた。
 そんな大人げないことしないわ、と言えないのが雪乃の夫・真尋なのである。

「ね、ミアちゃん! 僕は二番目でいいよ! 僕の将来のためにも!」

「よくわかんないけど、ミア、パパも大好きだから、一番はパパにしてあげるね」

「ありがとう、ミアちゃん!」

 ジョンが安心したように笑って、ほっと安堵の息を零す。
 それからジョンは「スープ美味しいね、僕おかわりするんだ」と他愛ない話をして、雪乃に「ハンバーグ、すごく美味しいです」と感想をくれて、サヴィラと共におかわりを求めて去っていく。

「……お兄ちゃん、ジョンにまでけん制してるのかなぁ」

「してらっしゃるのでしょうね。ミアお嬢様はとびきり可愛らしいお嬢様ですから」

 真智が何とも言えない顔をしている横で園田はしたり顔で頷いている。
 雪乃はため息を零しそうになるのをぐっとこらえて青空を見上げた。秋晴れの空は雲一つない快晴だ。

「……帰って来たらお説教ね」

 再び固く心に決意しながら、雪乃はハンバーグへとナイフとフォークを伸ばしたのだった。




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