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番外編 2
神父様、風邪を引く。 後編2
しおりを挟む洗面器から絶えず湯気が上り、パチパチと薪の爆ぜる音が静かな夜に響く。
目を開ければ、ほんの少し眠っている間に雨は止んだのか夜空に薄らと残る雲の合間から月の光が部屋の中に差し込んでいた。
ふぅと息を吐きだして、胸の重みに顔を向ければ愛娘が丸くなって眠っている。ベッドの傍に置かれたソファでは愛息子が膝を抱えて眠っていた。テディは暖炉の前で眠っているようだった。息子に腕を伸ばそうとするとカランと音がして、点滴の管が自分の腕に繋がっていることに気付いた。
真尋は支柱からぶら下がる点滴のガラス瓶が空になっていることを確認して、針をそっと抜き取った。微かに溢れた血ごと覆うように手を翳し、治癒呪文をかける。大怪我を自分で治すことは出来ないが、これくらいなら平気だ。針の処理をしてから、ミアの額と自分の額に触れて体温を比べてみる。ピーク時よりは下がったような気がするが自分ではよく分からなかった。
カチャリとドアの開く音がして顔を向ければ、燭台を片手に一路がやって来た。
「気分はどう?」
真尋が起きていることは想定内だったのだろう。驚いた様子もなく、一路は首を傾げた。
「大分すっきりした」
「そう? なら良かった。かなり汗かいたでしょ、着替える?」
「ああ」
「じゃあ、着替えを出すからこれ飲んで、汗かいた分はちゃんと水分補給しないと」
一路はこちらまでやって来るとサイドテーブルに乗せられていた水差しからグラスに中身を注ぐ。その間に真尋はミアを自分の隣にそっと下ろす。
はい、と渡されたグラスを受け取り、喉を潤す。良く冷えた経口補水液はレモンの香りがしてとても美味しかった。レシピは渡してあるからクレアかティナが作ってくれたのだろう。
「ミアちゃんもサヴィも結局、寝ちゃったんだねえ」
ふっと笑いながら一路はクローゼットに行き、着替えを用意してくれる。真尋は体を起こし、クッションを自分の後ろに入れてよりかかる。熱を出すのなんて何年かぶりだ。少なくともここ二、三年は風邪を引いた記憶はない。
ミアの隣の布団を捲り、風の魔法でサヴィラを浮かび上がらせてそっと下ろす。サヴィラは少しだけ身じろいだが起きる様子はなく、丸くなったまま穏やかな寝息を立てる。目にかかった淡い金の髪をそっと払って、二人の頭を撫でてから布団を掛け直した。
何度か自分の部屋に戻れと言ったのだが二人とも言うことを聞かず、梃子でも離れなかったミアが先に寝落ちしてしまい、サヴィラもうとうとしていたので、隣においでと言ったがこっちもこっちで頑なにソファから離れず、やはり寝落ち。そのあどけない寝顔を見ていたら流石の真尋も少しの間、眠ってしまっていたのだ。
「はい、これ」
膝の上にシャツとズボンが置かれた。ベッドから降りてズボンを脱いで着替え、シャツを脱ぐ。一路が渡してくれた温かい濡れ手拭いで体を拭くとそれだけでも随分とさっぱりした。一路の手が額に触れる。
「んー、大分下がったね」
「薬が効いたんだろう。咳も治まった」
「そういえば、咳でないね。まあ聖水育ちの特別な薬草で作った薬だしねぇ。僕の魔力も付加してみたし」
背中、拭くよと差し出された手に手拭いを渡し、真尋は体を半分一路に向けて座り、足を片方ベッドから下ろす格好になる。一路は一度、手拭いを湯気の出る洗面器に放り込むと指を振って浮かび上がらせて魔法で搾り、熱々のそれで背中を拭いてくれた。じんわりと心地よいぬくもりが広がっていく。
真尋は、一路に背中を拭いてもらいながら子どもたちに顔を向ける。あどけなく愛しい寝顔には、涙の流れた痕がある。
「……俺は父親としてまだまだだな」
「そりゃあまだ父親になって数か月だもん」
一路の声は柔らかい優しさが込められている。
起こさないようにそっとミアの髪を撫でる。子ども特有の柔らかく細い髪の毛はさらさらと心地よい。
「まさか……ミアとサヴィが雪乃を連れて来るようにティーンクトゥスに頼むとは思っていなかった。それに……二人が俺に置いて行かれるかもしれないということに怯えているとは、愛が足りなかったか?」
「そんなことはないと思うけど? 君の愛情はいつでも過剰供給じゃん。……はい、終わったよ」
「ありがとう」
礼を言ってシャツを着る。汗で濡れたそれは一路が回収して、入り口の傍に置かれた籠に入れるとまたこちらに戻って来るとサヴィラが眠っていたソファに腰掛けた。
シャツのボタンを留めながら、口を開く。
「……向こうの世界にいたとして、絶対に得られなかったであろうものが、我が子という存在だ。……雪乃は子どもが産めんからな」
一路は少し驚いたように目を瞠った。それでも幼馴染として十三年間、入退院を繰り返す彼女の姿を見ていたのだから予想できなかったことではないのだろう。驚愕と共に寂しそうで悲しそうな複雑な表情こそその顔に乗せたが、どこかで納得もしているようだった。
「水無月家というものの中で生きるにあたって、俺は実子以外は持たないつもりだった」
一路はどう言葉を挟んでいいのか分からない様子で森色の瞳でじっと真尋を見つめている。
「俺と雪乃の結婚ですら蛆虫共が五月蠅かった。それでも結婚を表面上認めたのは、どうせ雪乃がすぐに死ぬだろうという失礼千万な考えがあったからだ。もしそうなれば俺に自分たちに都合の良い後妻を据える気だったんだろう」
「……無駄なことを考えるもんだねぇ、水無月家の人ってのは。ちゃんと見てれば真尋くんが雪ちゃん以外を奥さんにする訳がないのにねぇ」
一路が呆れたように笑って、足を組んだ。真尋は、全くな、と小さく笑って頷く。
それでも真尋の父方の一族は、何も見えていなかったのだ。真尋が雪乃と結婚するといったのは、同情だとか気まぐれだとか考えているものが大勢いた。子どもが産めないことを公言したことはないが、入退院を繰り返す雪乃の姿に彼らの中では、それが真実となっていたのだ。大叔父に至っては「欠陥品は愛人として置いとけばいいだろう。結婚は健康でまともな女としろ」と宣った。当時、十五歳だった真尋はにっこり笑って「地獄に落とす」と宣言してから、色々と手を回し大叔父とその妻と馬鹿息子二人を水無月家と日本から追放した。アフリカの某国に置いて来たので生きているかどうかも定かではない。以来、真尋に面と向かって雪乃の悪口を言う馬鹿はいなくなったが、子どもが産めない、体が弱いという彼らにとっての問題点を色んなオブラートに包んで、助言と称してあれこれ言って来る馬鹿は絶えなかった。
「あんな環境で養子を取るなどと言えば、こぞって我が子や自分の娘や息子の子を差し出す馬鹿がいただろう。一族に何の関係も無い施設や団体から子供を迎えたとしても、いらぬ苦労を背負わせることになるに違いなかった。だから養子も取らないつもりだったし、雪乃も養子は無理だということに関しては納得してくれていた」
手に温かなものが触れて顔を向ければ、ミアが真尋の手を小さな両手でぎゅうと握りしめていた。起きているわけではなさそうで、無意識にぬくもりを求めているのだろう。サヴィラもいつの間にかミアを抱え込むようにして眠っている。
愛しいその姿にもう片方の手で愛おしむように二人の髪を撫で、柔らかな頬に触れる。
「もちろん向こうで紡ぐ未来において子がなくとも俺は幸せだっただろう。最愛の人がいて我が子のように可愛い弟たちがいて、お前や海斗が居てあの馬鹿も居て……でもこの世界だからこそ、水無月真尋ではなく、神父のマヒロだから俺は俺の意思だけで子を持てたんだ。……だが、雪乃はここにいなくて、この子たちの存在を知らない」
「……うん」
「……彼女は、俺との子を望んでくれていた」
「でも……無理、だったんだよね?」
一路が躊躇いがちに言った。
「……妊娠自体は出来るが母体が妊娠と出産に耐えられないんだ。だからまあ代理母出産とかならそれも可能だっただろうが、日本人がそれを利用するとなると色々と壁があるし、結局、そういった治療は女性の負担が大きい。……雪乃は、無理をしてでも産みたいと言ったが、どの医者に聞いても無事に出産に至る確率が限りなくゼロ、奇跡的に出産までこぎつけたとしても、母の命も子の命も保証できないと言われた。俺に雪乃を切り捨てることが出来る訳もなくて……俺は、諦めて欲しいと雪乃に願った」
病室で真尋は、子どもについては諦めて欲しいと雪乃に言った。雪乃に悪いところは一つもない、問題があるのは水無月の家なのだと言葉を重ねたが、いつも笑みを絶やさない彼女がぽろぽろと涙を零して、何度も何度も「ごめんなさい」と謝罪を口にしたのだ。
真尋の人生において、誰より傍に居た彼女は、真尋が子供好きだということを知っていたし、真尋自身、雪乃に言ったことはなかったのに真尋が父親になることを望んでいたのを彼女は知っていた。男である真尋にはきっと全てを完璧に理解することは一生出来ないのだろうが、彼女は愛する夫の子だからこそ、欲しいと願っていてくれたのかもしれないし、子どもを宿せないことも女性として悲しかったのかもしれない。だが、それらは全て真尋の推測でしかなく、正解かどうかは分からなかった。
あの日、彼女が零した涙の意味だけは、未だに分からない。
「彼女に俺の愛しい我が子の存在を教えることができたなら……彼女は、喜んでくれただろうか、愛してくれただろうかと悩むこともある。だが、俺の中で雪乃はいつも笑っているんだ。穏やかに優しく笑って「あなたの子なら、私の子ね」という彼女しか想像できないんだ。でもこれはどうやっても想像で、俺がそうであれば良いという願望の表れなのかもしれない」
一路は黙ったまま真尋の言葉に耳を傾けている。
「だから、ミアが雪乃をママと呼んでくれた時は……嬉しかったんだ」
ミアは自発的に「パパのお嫁さんだからママ」という理論で雪乃をママと呼びだしたんだ。それ自体はその通りなのだがミアの中でお母さんとママは似て非なるものらしい。その辺の線引きの基準は、正直、よく分からない。
「サヴィには母親がいないから、よければ呼んで欲しいと頼んだら、母様と呼んでくれるようになった」
サヴィラは母親を知らないから、そう呼ぶときにくすぐったそうにしているのが可愛い。
母親との思い出があるミアはそうでもないがサヴィラは、二人きりの時に雪乃の話をこっそりとねだって来る時がある。嬉しそうに雪乃の話を聞くサヴィラは母親に対して、多分、憧れのようなものがあるのだろう。
「俺の息子と娘がそう呼んでくれると、純粋に嬉しかった。だから、二人から聞かれた時には雪乃の話をしたり、この写真を見せたりしたが……あんなに不安がるならそれはしないほうが良かったのかもしれないな」
ふっと苦笑を一つ零して胸元のロケットをなんとなく握りしめた。
「僕はそうは思わないけどなぁ」
意外な言葉に顔を向ける。一路は、にこにこと柔らかに笑っている。
「大好きなパパが大好きなママだから、二人は雪ちゃんのことを知りたかったんじゃないかな。雪ちゃんの話をしている時の君って昔から凄く優しい顔をしてるんだよ。誰が見ても分かるくらいにね」
「その自覚はある」
「はいはい、ご馳走様」
くすくすと可笑しそうに一路が小さく笑った。
「多分、君が雪ちゃんを好きとか愛してるとかは別として、ミアもサヴィも年齢にそぐわない苦労を重ねて、哀しい思いをしてきた子たちだから、今の幸せがすごくすごく尊くて大事なものだって知っているでしょ。それに死というものが遠い世界の無関係な存在ではなくて、ドア一枚隔てただけの隣人だということを二人は知ってしまっている。大好きな君が風邪を引いて、また幸せが壊れちゃうんじゃないかって怖くなったんだと思うよ。月並みなことかもだけど、幸せ過ぎるとそれが怖くなる時もあるから」
寂し気な微笑みがその唇に浮かんで、伏せられた睫毛が白い頬に影を落とす。
「きっと人は、喪うことに慣れることはないんだよ。だから繋ぎとめられるのなら、失わずに済むのなら何かしたいって思うのは当たり前のことなんじゃないかな。愛していれば愛しているだけね」
彼の言葉はすんなりと心に沁みた。真尋は一路から視線を外して我が子に顔を向ける。
「君たちは、まだ親子として新米なんだもん。一つ一つゆっくりと時間をかけて解決していけば良いんじゃない? 僕とティナみたいにさ。でもミアもサヴィも君からの愛情を疑って、神様に雪ちゃんのことを頼んだ訳じゃないよ。だって、ミアもサヴィラも君からの過剰供給の愛情の中で誰が見たってそれはもう幸せそうだもん。それを疑ったら逆に怒られるよ」
隣で眠る我が子たちに優しい森色の眼差しが向けられる。
「……僕も雪ちゃんがもしもここにいれば、ミアとサヴィラをこれでもかっていうくらいに愛していたんだろうな、って思うよ。養子なんて繊細な問題だし、彼女の了承は得ていない訳だから怒ったって不思議はないのに、どうしてか僕は雪ちゃんが二人を拒絶する姿なんてこれっぽっちも想像できないんだよねぇ。君が言うように「真尋さんの子なら、私の子ね」って二人を抱き締めて笑ってるんだよ」
その言葉に真尋は目を閉じる。
真尋の中にいる彼女も恥ずかしがって慌てるサヴィラと無邪気に甘えるミアを目一杯の愛情と共に抱き締めて、柔らかに笑っている姿が簡単に想像できた。
彼女は、そういう人なのだ。愛情深く、無償の愛を人に与えることに躊躇いがない。
流石に記憶には無いが真尋は雪乃が産まれる前、雪乃が彼女の母の胎の中にいたころから雪乃に執着していたと真尋の母が教えてくれた。当時妊娠七か月くらいだった雪乃の母が近所に散歩にいった帰り、真尋の家の前で具合が悪くなってしまい、偶然、幼い真尋を連れて通りがかった母が隣の家まで送り届けたのだが、その日から黛家に行きたいと強請ることが多々あったらしい。生まれてからは、それこそ毎日のように病院に通いつめようとするのを説得するのが大変だったというのは、家政婦の時塚さんの言葉だ。
幼い頃、雪乃が何度も死にかける度に真尋は病院に泊まり込んで、ガラス越しではあったが絶対に傍を離れずにいた。その内、根負けした大人たちが雪乃に傍にいることを許してくれて、幼稚園に通い出すころには毎日のように雪乃の入院する病院に朝か夕方、顔を出すのが日課になっていた。
ちなみに雪乃が初めて喋った言葉は「まひろ」である。二歳半くらいからの記憶がばっちり残っているので、その時の喜びは今でも覚えている。
「俺が今、ミアとサヴィラを父として愛せているのは、雪乃のおかげだろうな」
ゆっくりと瞼を持ち上げて、親友を見れば森色の瞳と視線が交わった。
「俺の愛情の根源を育ててくれたのは、他ならない雪乃だ。もしも雪乃に出会わなければ、俺は愛を知らぬ人間に育っただろう。両親とは形式上の親子でしかなく、お前や海斗と友情を育むこともなく、遅くに産まれた真智や真咲を愛することも可愛がることもなく、あいつを拾うこともなかっただろう。それこそ水無月家の一つの駒としての人生をただ淡々と利益と繁栄だけを求めて無感情に生きていたのだと思う」
「……なら、雪ちゃんはあっちの世界の神様が君にくれたプレゼントだったのかもね」
「そう、かもな」
ふっと笑みを零して、視線を外してミアとサヴィラに顔を向ける。
あどけない寝顔は、見ているだけで愛おしくて仕方がなくなる。真尋の持つ全てで守り、途方もない愛情の中で、哀しみや不安や恐怖から遠ざけてやりたくて、ただ、健やかに朗らかに育ってくれればと願う。
「明日、子どもたちとしっかり話し合ってみる」
二人の頭を交互に撫でながら心に決める。
「うん。それが良いと思うよ。でも、熱が下がってなかったら却下だからね。……もしかしたら二人にもうつっちゃったかもしれないし、そうなったら君の仕事も調整しないと」
「俺の風邪菌が俺の可愛い我が子を苦しめる訳がないだろう?」
「それ、冗談? 本気?」
一路がジトっとした半目になったので、返事は曖昧に濁して逃げる。
「まあ、あれだ。なにはともあれ……ますます溺愛しようと思う」
「はいはい」
呆れたように肩を竦めて一路が立ち上がった。
「じゃあ、僕は部屋に戻るけど何かあったら呼んでね」
「ああ。夜中にありがとう」
「親友の看病はするに決まってるでしょ。おやすみ」
一路は、ウィンクを一つ投げてよこすとひらひらと手を振って部屋を出て行く。その背を見送ってからミアを抱えるサヴィラごと抱えるようにして抱き締める。サヴィラはいつもひんやりしていて、ミアは逆にいつも体温が高く温かい。
「……おやすみ、俺の愛しい子どもたち」
そう小さく囁いてゆっくりと目を閉じた。
チュンチュンと小鳥のさえずりが眠りの淵を浅く漂っていた意識を緩やかに導き、浮上していく。
ゆっくりと目を開ければ、腕の中にはミアが居て、サヴィラの胸に顔を埋めるようにして丸くなっている。ふあ、と欠伸を一つしてぐっと伸びをするとミアも身じろいで、瞼が震えて珊瑚色の瞳が顔を出す。
「ん? 起きたのか?」
カサリと乾いた音が聞こえてミアと揃って顔を向ければ、マヒロがクッションを背もたれ代わりにしてくつろぎながら本を読んでいた。
部屋の中は、朝日に照らされて開け放たれた窓から清々しい朝の風がふわりとカーテンを揺らしながら入り込んでくる。
「と、さま、熱は?」
「下がった。咳も治まったし、薬が効いたんだろうな」
あっけらかんと答えて父は、読んでいた本を閉じた。革表紙の分厚い本は、父の手の中ですっと消えてしまう。ミアが起き上がり、つられるようにサヴィラも体を起し、父の額に手を伸ばした。ミアも自分の額に手を当てながら、もう片方の手を父の首筋に伸ばす。
昨夜は燃えるように熱かったけれど、手のひらに感じる温度はいつものぬくもりに戻っていた。ミアにも触れたが、獣人族で体温の高いミアよりもマヒロのほうが低いのは、間違いなかった。
あの騒ぎは夢だったかなと思ってしまうくらい、父は元気そうだったが、父の向こうには空の瓶がぶら下がる点滴があったり、サイドテーブルの上には水差しと空のグラスがあったり、革袋と洗面器が名残としてそのままになっている。
「具合は悪くないか? 昨夜、一緒に眠ってしまったからな」
そう言って今度は大きな手が、サヴィラとミアの額に触れた。
「パパ、風邪は?」
ミアがぱちぱちと目を瞬かせながら首を傾げた。
「治った」
よっとマヒロがミアを抱き上げて、膝に乗せた。ミアは、ぱっと顔を輝かせると父に抱き着く。パパと嬉しそうに甘えるミアを抱き締めて、父は柔らかに微笑い、小さな背をとんとんと撫でる。
「心配をかけてすまなかったな」
伸びてきた手にぽんと頭を撫でられた。
「……本当にもう平気なの?」
「ああ。とはいえ、まだキースに見てもらって合格が出ないと駄目だがな。勝手に起きたら一路に怒られるだろうし」
「そりゃそうだよ、だって父様、昨夜、すごい熱が有って、咳だって酷かったんだよ?」
うんうんとミアも頷く。するとマヒロは、困ったように少しだけ眉を下げる。
「だが、見ての通り、熱も下がったしな……咳もでないし、喉の調子も良い。さっき、シャワーも浴びたが眩暈も起こさなかったぞ?」
そう言って父は、よりかかっていたクッションから体を起して、ミアをサヴィラの隣に下ろした。そして徐にマヒロは、ミアとサヴィラの前にあぐらをかいて座った。
「…………昨日も言ったが改めて言っておく」
月夜色の瞳がサヴィラとミアを順番に捉えた。
やけに真摯なその眼差しに背筋が自然と伸びて、不安に煽られた胸がドキドキと鼓動を速めた。
「今の俺には、お前たち以上に大切で愛しいものはない。神様が何を言おうが、何を要求して来ようが、俺はお前たちを手放す気は毛頭ない」
父の言葉に唇を噛んだ。どう答えれば良いのか分からなくて、ただ茫然と月夜色の双眸を見つめる。ミアも言葉に悩んでいるようで、困り顔でマヒロを見上げていた。
マヒロは、そんな息子と娘の姿に何を思うのか、両手を伸ばしてそれぞれの頭を撫でる。
「……雪乃がここに居なくても、俺がお前たちを置いて行くなんてありえないんだ」
ミアの小さな手がマヒロの頬に伸びた。
「パパは、ママがいなくて寂しくない?」
ぱちりと月夜色の瞳が瞬いて、父の大きな手が自分の頬を包むミアの手に重ねられた。
「……寂しくないと言ったら嘘になる。俺にとって、雪乃は本当に大切で愛しい人だからな」
ほんの少しだけ微笑んで父は静かに告げた。
淡々としているようにも聞こえるのに、その瞳に秘められた熱情はサヴィラがまだ知らないような激しい感情によって産まれているのを肌で感じる程だった。
父にとって、ユキノは本当に何物にも代えがたい大切な人なのだとひしひしと伝わって来る。
「なら、どうして父様は……父様から母様を奪った神様をあんな風に愛せるの?」
サヴィラは逃げるように顔を俯けながら父に聞いた。
「……サヴィ、俺は確かに神様に神父としての使命を与えられて、一路と一緒に故郷を捨ててこの町にやって来た。大事な人もものも全て……遠い遠い故郷に置いて」
シーツを握りしめていた手にふわりと温かな手が重ねられた。
「前にお前に話した通り、後悔しない日はなかったし、雪乃を思い出さない日はない。だが、神様は、俺に俺の命よりも大切で何よりも愛おしい存在をくれた。サヴィ、そして、ミアだ」
そっと優しい力で抱き寄せられる。
「お前たちを得たおかげで、後悔する日がなくなった。毎日が本当に幸せだ。お前たちの声が俺を呼ぶたびに、お前たちが俺の腕の中にこうして納まるたびに、お前たちの笑顔を見るたびに幸せが降り積もる羽根のようにふわふわと心を温かく柔らかに満たしていくんだ」
ぎゅうと抱き寄せられると有鱗族よりも高い体温を感じて、力強い鼓動と息をする音が聞こえる。
抱き締められるというこの行為が、サヴィラは最初のころとても恐ろしかった。魔法では勝てても、純粋な腕力の話になると大人の力にはどうやっても子どもであるサヴィラは勝てなかった。それはまるで逃げ場がなくなるようで、奴隷商の男共に縛り上げられて荷馬車に転がされていた時のことお思い出して、ダビドに抱き締められることすらも苦手だった。自分より弱い子供を抱き締めることは出来るのに、抱き締められることがどうやっても出来なかったのだ。
けれど、今では父の腕の中はサヴィラがこの世で最も安心できる場所になった。この腕の中にいる時だけは、怖いものも不安なことも哀しいことも苦しいことも一つだってありはしない。途方もないほどの安心と幸せがここにはあるのだ。
「ティーンクトゥス神を憎んだことも恨んだこともある。けれど、結局、憎しみや恨みの感情は、何も生み出さない。ただ虚しく、寂しくなるだけだ。お前たちを愛していることのほうが、俺にとっては大切なことだからな」
顔を上げれば、額にキスが降って来る。マヒロは、ミアの額にも同じようにキスをして、穏やかに微笑んだ。はっとするほど綺麗で美しくて、そして愛情がたっぷりと含まれているのが分かる優しい微笑みだ。
「……パパは、どこにもいかない?」
ミアが小さな声で囁くように尋ねる。
「ミアとサヴィ、おいてかない?」
「ああ。絶対に。例えどこかに出かけても、必ず二人のところに帰ってくる。インサニアを殲滅しに出かけた時だって、パパはちゃんとすぐに帰ってきただろう?」
うん、とミアが頷くとマヒロは、よくできましたと言わんばかりにミアの頭を撫でる。ミアは、気持ちよさそうに目を細めて父に擦り寄る。
「……神様は、もう父様から大事なものを奪わない?」
その問いにマヒロは、少しの間をおいて、ああ、と頷いた。
「もう誰にも奪わせない。言っただろう? ミアは嫁に出さんし、サヴィラは嫁を取れ、と」
真顔で言ったマヒロにサヴィラは、へにゃりと笑う。なんだかその親馬鹿丸出しの返事にあれこれ悩んでいるのが馬鹿馬鹿しくなってしまう。だってサヴィラの父は、これをどこまでも本気で言っているのだ。ミアに仄かな恋心を抱いているジョンは苦労するだろうなぁ、と既に皆が思っているし、ジョン本人も覚悟しているのだ。
「そうだね、父様は言い出したら聞かないもんね」
ふふっと笑って、サヴィラもミアを真似て父に擦り寄る。筋肉質で広い胸板は固いけれど、温かくて安心する。ぎゅうと背中に腕を回せばミアもサヴィラの真似をする。背中でミアの手を見つけて握れば、ミアもサヴィラの手を握り返してくる。
「パパ、つかまえちゃった!」
にこーっと笑ってミアが父を見上げれば、多分、愛しいと可愛いが飽和状態になったのだろう父がぎゅうーっと抱き締めて来る。そして、髪や頬にたくさんキスがもらえる。おかえしにサヴィラとミアも父の頬にキスを返した。それだけでマヒロはとても幸せそうで、多分、自分もミアも同じくらいに幸せだった。
次に父が教会に祈りに行く時は、サヴィラもついて行こうと思った。
そして、父に出会わせてくれたことに感謝しよう。あの綺麗な銀色の眼差しで、きっとサヴィラの大切な人たちを守っていてくれるのだろう優しい神様に、ありがとう、を伝えようと力強く愛情にあふれた父の腕の中で、サヴィラはこっそり決めたのだった。
やっぱり父は人間じゃないのかもしれない、とサヴィラは目の前でいつも通りに朝ごはんを食べる父につい思ってしまった。
マヒロの熱は一晩の間に下がり、今朝は既に元気に朝食を食べている。確かに朝、起きた時には元気だったがまさかいつもと変わらない調子で朝ごはんを食べられるほどとは思いもしなかった。
昨夜、容体の急変に備えて泊まってくれたナルキーサスも朝、マヒロの診察をして「本当に人間か?」と訝しむように首を傾げていた。
だって昨夜は咳も酷く、何より熱が上がりきるところまで上がって、点滴までしていたのに朝になったらまるで何事もなかったかのようにケロッとしているのだ。
それともイチロの薬が凄いのだろうか。部屋に、様子を見に来たイチロがぼそっと「原液は効果強いなぁ。でもマヒロくんでしか試せないしなぁ」とかなんとか呟いていたのを聞いてしまったのだが、聞かなかったことにしたい。
ミアは、朝のことと父が今日は大事をとって休むというので父が元気になったことも相まって、ずっとにこにこしている。父と一緒に店に行ってラビちゃんの家(設計・建築 父)のソファやカーテンの材料を選ぶらしい。無論、いつの間にかサヴィラも一緒に行くことになっていたが。というか我が父はドールハウスを建築しただけでは飽き足らずミニチュアの家具や小物まで作る気のようだ。そしてナルキーサスはナルキーサスで「領主様の(略)神父殿が大事をとられるということは主治術師(自称)の私も大事をとって屋敷に滞在しよう!」と図書室に引きこもる気満々だ。
「おはよう、皆」
聞こえてきた声に顔を上げるとジョシュアに手を引かれるようにプリシラが食堂にやって来た。
今朝もまだ元気がないとジョンとリースがしょぼくれていて、朝食の席には降りてこないと思ったので皆が驚いて、けれど、心配そうな顔をしている。
「プリシラさん、体調はいいんですか?」
ティナが心配そうに問いかける。
プリシラはいつもの彼女らしいおっとりとした笑みを浮かべながら、ええ、と頷いて自分の席へと座る。
「とはいってももうしばらく、皆に迷惑をかけてしまうと思うんだけど」
その言葉とは裏腹にプリシラは、なんだかとても幸せそうに微笑んだ。ジョシュアの表情にもしまりがないが、割と溺愛する奥さんを見ている時の彼はいつもこんな顔をしている。
「本当はもう少し落ち着いてからとも思ったんだけど、皆に心配と迷惑を掛けちゃっているから先に説明しておこうと思って」
「お母さん、なんかすごくて怖い病気なの?」
サヴィラの隣に座るジョンが不安そうに母を振り返る。プリシラは、まさか、と笑って首を横に振った。プリシラが隣に立つジョシュアを見上げ、その視線を受け止めたジョシュアが皆の顔を見渡した。皆、朝食を食べる手を止めて夫婦に顔を向ける。
「実は、三人目が出来たんだ」
一瞬、言葉の意味が分からなかったがすぐにプリシラが妊娠したのだと気付いた。
「八週目、まだ三か月っていうところよ。風邪かと思ってたら、つわりだったみたいなの。ジョンの時もリースの時も、ほとんどつわりがなかったから気付かなかったわ」
うふふとプリシラは、まだ膨らんでもいないお腹を撫でながら笑っている。
一気に食卓が賑やかになって、口々に、おめでとうという言葉がプリシラとジョシュアに向けられた。リースはまだよく分かっていないようで、母親のおなかを不思議そうにみている。既にお兄ちゃんであるジョンは、キラキラと顔を輝かせて興奮しすぎて言葉が出てこないようだった。
「やはりそうだったか。おめでとう」
「パパ、知ってたの?」
ミアが驚いたように父を見上げる。マヒロは、ああ、と頷いて返す。
サヴィラは、昨日、父があれだけプリシラにベッドから出るなと厳命したり、イチロが含み笑いをこぼしていたりした理由はこれだったのだと気付いて納得する。
「屋敷の魔力探知にここ最近、極々弱いが見知らぬ魔力が発現したんだ。確認するといつもプリシラがそこにいるからもしかしてと思っていたんだ。プリシラは胃のむかつきや食欲不振を訴えていたしな。ただ繊細な話だから、男の俺がずけずけ言うのも憚られて、口にはしなかったんだ」
なるほど、とみんなが納得する。
「お母さん、いつ生まれるの? 冬になったら?」
ジョンが椅子から降りてプリシラに駆け寄り尋ねる。
「ふふっ、まだまだずっと先よ。来年の花の月の頃かしらねぇ。生まれてみないと性別は分からないけど、ジョンはどっちが良いの?」
「僕、妹が良いって前にお父さんにお願いしたんだ! お父さん、頑張るって言ってたからね、多分、妹だよ! お父さんは凄いから!」
イチロとレイとリックとエディが紅茶を吹いた。マヒロとナルキーサス、ルーカスは可笑しそうに笑っている。ティナやクレアは困ったように笑って誤魔化し、サヴィラは、なんとなく居た堪れなくなって、皿の上のベーコンをフォークでつついた。ジョシュアが赤い顔で「ジョン、勘弁してくれぇ」と蚊の鳴くような声で言って眉を下げた。プリシラは「あらあら困ったわぁ」と恥ずかしそうにジョンの頭を忙しなく撫でる。
「まあ、何はともあれ、無理をしないでくれ。掃除も洗濯も食事の支度は俺たちもこれまで以上に手伝うし」
「パパはなにもしないのが一番だと思うの」
ミアが真顔で言った。周りが、というか特にイチロとリックが力強く頷く。何かを求めてマヒロがこちらに顔を向けたがサヴィラはそっと視線を逸らした。残念ながらこの案件に関してはいくら愛していても父の味方は出来ない。
「マヒロさんからは気持ちだけ受け取っておくわ」
プリシラがにこにこと笑いながら、しかしはっきりと言った。
「私やエディが今まで以上に手伝いますので、プリシラさんももちろんクレアさんもなんなりとお申し付けくださいね」
リックが全てを纏める。プリシラとクレアが「ありがとう」と返す。
「安定期に入るまでは、君も色々と大変だろうから、本当に無理はしないように。俺は手伝えないが、家事は自分たちでなんとかするように頑張る。それに家事以外なら俺だって何でも手伝う」
「ふふっ、ありがとう。なら早速、一つだけマヒロさんにお願いしても良いかしら?」
マヒロは頷きながら首を傾げた。
「ジョシュとも話したのだけれど、もう少し私の具合が落ち着いたらこの子が健やかに無事に産まれるように祈ってもらっても良いかしら」
「もちろん、幾らでも」
即答した父の言葉にプリシラは夫を見上げて、安心したように笑った。
「無敵の神父様に祈ってもらえるなんて、安産間違いなしだな」
「ええ」
ジョシュアは嬉しそうに笑い、プリシラも幸せそうに頷く。
それからプリシラは朝のスープを飲んでパンを食べるとまた具合が悪くなってしまったらしく、ジョシュアが付き添い部屋に戻った。リースは両親についていったがジョンは残った。心配には心配だが弟か妹が出来るのがとても嬉しいらしく、にこにこしている。
「パパ、赤ちゃん楽しみだねぇ。花の月ならミアとお誕生日一緒だよ」
「そうだな」
「ミア、お手伝い頑張るね。パパは何もしなくていいからね」
「……うん」
父はなんだか微妙という感情のこもった返事をした。しかし、やはりこの件に関してはマヒロの味方になるものはない。
「家族がふえるの嬉しいね、ジョンくん」
「うん。ミアちゃん、よしよしするの上手だから、きっと赤ちゃんはミアちゃんもすぐに大好きになるよ」
「ミアも赤ちゃん、抱っこしていいの?」
「もちろん。僕とリースはお兄ちゃんにはなれるけど、お姉ちゃんにはなれないから。ミアちゃんがお姉ちゃんになってね」
ジョンの言葉にミアは、ぽかんとした顔でジョンを見つめた後、みるみるうちにその愛らしい顔に喜びの笑みを咲かせる。
「うん!」
ミアのにこにこが更に増した。ジョンは、本当に良い子で気が利いて優しい子だなぁと思う。
だというのに父はミアの可愛さに悶えながら、ジョンの「お姉ちゃん」という発言をどう湾曲して受け取ったのかヤキモキしているのが見て取れる。ミアのことになると本当にすぐに無表情が崩れ去る。
「ジョン、いいか。ミアは嫁にはやらんからな」
「……なら、僕がマヒロお兄ちゃんちにお婿さんに行けばいい?」
大人げないが極限突破している父の言葉にジョンは、少し悩んだあと至極真面目に返した。今度は父が悩む番だった。父は別にジョンが嫌いなわけでは無い。寧ろ、とても可愛がっているし大事にしているが、ミアのことに関してだけは話が違うのだと思う。大人げないから。
「僕のお父さんは冒険者だったけど、お母さんと結婚したいからってカロル村で農夫になったんだよ。僕には弟がいるし、妹だって産まれるから僕もお婿に行ける」
もうジョンの中で妹が確定している。というか、ジョンは本当にしっかりした良い子だ。
「真尋くん、君は立派な二児の父で大人の男だからね」
イチロが冷たい目をしながらマヒロに釘を刺した。何かを言いかけていた父は、喉まで出かかったその言葉をぐっと飲み込んで、ごほんと咳払いを一つして誤魔化した。
「ジョン、俺は第五次面接までは最低でも設けようと思っている。そもそもミアがその気にならないと絶対に駄目だが、もし、万が一、結婚したいとお互いに想っているのなら、五次面接と最終面接と実技試験を受けて合格した後に許してやらんこともない」
「……父様、大人げないにもほどがあるよ」
「サヴィラ、これは俺の親心だ」
父はどこまでも真剣で本気だと言わんばかりだ。
「君は馬鹿なの?」
イチロが呆れたように言った。ティナがその隣で苦笑していて、ミアはきょとんとして父やジョンを見ている。
「そうだよね、だってお兄ちゃんは家事は出来ないけど、それ以外はすごく格好良いもんね」
しかし根が純粋で良い子のジョンは意を決したように顔を上げた。
「僕、お兄ちゃんやお父さんみたいに大事な人を守れる格好いい男になれるように、お勉強も魔法と剣術の練習も頑張るね!」
「ジョンくんは、今でもカッコいいのよ?」
ミアがちょっとモジモジしながら言った。ジョンが「ありがとう」と照れくさそうに笑う。
「でも、もっと強くなるよ。ミアちゃんは可愛くて綺麗で優しい素敵な女の子になるだろうから、そんなミアちゃんにつり合う素敵な男に僕はなれるように頑張るね」
「……ならミアも素敵な女の子になれるようにお料理とかお裁縫とか頑張るね」
ほんのりと頬を赤らめるミアにジョンは、嬉しそうに笑って頷いた。
これはあれではないか、マヒロに勝ち目はないのではないか、将来的に父は泣きながらミアのウェディングドレスを縫う羽目になるのではないかと確信する。サヴィラとしては、ジョンほど素晴らしい相手はいないと思っている。まだ八歳だが、ジョンは見込みのある男だ。父だってその辺は分かっているのだろうが、ジョンの性別が「男」という一点だけが気に入らないという馬鹿みたいなことを言う父なのでサヴィラは何とも言えない。
「……君の父親は大丈夫か? あれ、風邪がぶり返さないか?」
ナルキーサスが固まる父を指差しながら言った。
お互いに頬を染めて見つめあうミアとジョンの姿は、あまりにショックだったのか石像のように固まる父に、このままでは風邪がぶり返すのではとサヴィラも心配になる。
「キース先生、自称、父様の主治術師なんですよね、あの、なんかお薬とか……」
「サヴィ、私は確かに優秀な魔導師であり治癒術師だ。だがな、恋患いと馬鹿だけは治してやれん」
真顔で返された言葉に何も言えなかったサヴィラは、隣に座るジョンの口を片手で塞いで抱き寄せるくらいしか父にしてやれることはないのだった。
――――――――――――――
ここまで読んで下さって、ありがとうごうございます!
いつも閲覧、感想、お気に入り登録、励みになって、創作意欲を頂いております♪
真尋さんって風邪引くんですね!? 鬼の霍乱! 人間だったんですね!と皆様を混乱させ、驚かせたお話でしたが無事に終わりました!
(まさか後編が二つになるとは思いませんでした)
次はいよいよ第二部に入る予定です!
準備が整うまでもう少しだけおまちいただければ、幸いです!
次のお話も楽しんで頂ければ、幸いです。
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