上 下
9 / 9

第三話 イノセント5

しおりを挟む
「リエ、黒田悠と剛力司を使って戦いなさい!」

「わかりました。」

 司令部から指示が下るとリエ=藤松の頭脳が、剛力司の単調さと黒田悠の変則性を前提に、攻略プランが構築されようとしている。

 先ず多様性無い剛力にはそのまま暴れさせるが、剛力派でチーム性を前提として、腕部や脚部の主に関節を破壊させるか。

 しかし、それ以上に『変則性の高い黒田悠』を、如何にして共同作戦に組み込むかが、現時点の論点として浮上する。

 リエ派のメンバーは既に総動員させて、客員の得意なポジションから得意な戦術で、イノセントの注意を惹いて時間稼ぎ。

 剛力派もプラン通りに剛力を動かせば、活動方針が『関節部にフォーカス』なら、単調な戦術でも効果が期待できる。

 あとは、長距離用スナイパーライフルのゴーグル越しに、『黒田悠』を見つけると、武器を構えないでいることが解らなかった。

「何やってるの、アイツ……。」

 一度ゴーグルから放してぼそりと呟くと、再度見直して拡大してみるとなにか話しているのか、どうにかして聞きたいリエ。

 まさかアイツは回線を初期設定のままなのかと、それも構わないのはオオモノなのか、それともただのアレなのかと思索する。

「誰にも理解されないのは確かに苦痛だ。繊細さも神経過敏も豆腐メンタルなのも、普通には無いからってまるで全否定だしな。」

 自分の弱みとなることを赤裸々に語っては、大胆にも交渉人として立つ呑みならず、歴史的政治観や家庭経営にまで言及する。

「人間の苦悩はひとによって性質が違うだろうし、少数派だからって軽く見られて、親にしても良政を布くやつと悪政を布くやつ。

 歴史でも中世期の王や皇帝によって、施政方針が善政と悪政に分かれるし、そのほとんどが悪政だから余計に絶望する。

 親も政治家も『ルールを規定してコントロール』が可能で、そうある以上は性質的に同じなら、ポリティクスパワーもある。

 一般家庭の親にも立場がありながら、政治的な力を保有する以上は普段の行いに権力の乱用は無いのか、全く問題がないのか。

 子の片方を弱体化しながら力任せにキレたり、独りだけ問題扱いして他は赦される様な、そんなクズルールも栄養だろ?

 だから、ある意味オレもこの場にいる奴らも、オマエの栄養になって余計に苦しませるし、社会や家庭の環境も原因だよな。」

 政治家と親の根本的な本質や政治的な力を指定できる、政治責任や立場有るものとしての行動として、誰もが適切と言えるのか。

 例えば、大黒柱の権限での強行『パンイチ』や、『心配』というある種のブロックワードで、目下の者を圧し潰してないか。

 それ以外にも、手を付けても面倒だからと赦す割に、弱者がいればその独りにだけ強く、徹底しては都合を押し付けてないか。

 社会環境も大分最適化されても、一部の昭和カタギな延命人類が猛威を奮っては、今でも家庭ハラスメントが根を張っている。

 約五百年前の技術発展やAIの化学力で、延命措置に要する経済コストが大幅にダウンして、だれもが割と手軽に手術を行えた。

 だから、古参の擬態型延命人類『ジンクス』が、家庭環境を牛耳って親を通して、旧時代的な化石文化を色濃く残している。

 それもあって、『黒田悠』もその被害に遭っていて、それを汲み取った『裁牙狂』が、今まさに悠の苦悩を代弁している。

「クズルールを圧しつけられるから人間は、あるものはイカりに、またあるものは絶望に呑み込まれて犯罪リスクも高くなる。

 こんな世界の邪魔なもんばっか詰め込まれて、オマエも充分に苦しみ抜いたなら、もう無理しなくていいんじゃねぇのか……。」

『ゔゔゔぅぅぅ……』

 狂を通していても悠の苦悩や苦痛に、根本的な何かがイノセントに通じたのか、戦闘員やその他スタッフも一切の行動を止めた。

 静まり返る戦場にヒヤリとした風が黄昏を魅せて、不気味ながらも不遇の命を与えられた生命体に、悠は何故か似た印象を覚えた。

「もう戦わなくていい! これ以上悪用されるな!」

(悠……、あとは任せろ……。)

 一通り済んだと判断した狂は思い切った悠に、コアの破壊はオレがやると云って、頭が上がらないと謂われても気にはしない。

 アイツは『御霊送り』でもしようと謂うのか、鋭く見据えて謎に思いながらもリエは、それどころか全ての者がなにかに期待する。

『アイツが何かを変えるかも知れない』

 戦闘開始直後の立ち回りやウエポンギミックなど、誰もが『黒田悠』の自由な発想やテクニックに、少なからずも影響を受けた。

 ランク順位は最底辺にして根暗ボッチの中年、剛力派にイジメられてはリエに助けられる、そんな『最弱』が今にして中心に立つ。

 カースト最上位のAランクにして飛び級修士のリエですら、打開策を講じることが出来なかったが、『アイツ』なら…………。

 僅かな可能性として注目される『黒田悠』は、実質的には別人の人格『裁牙狂』への評価に対して、丸々違和感しか無かった。

 見た目が自分であって『二重人格』である事も、誰一人として知らないでいるから、何もしていない悠は現実を思い知る。

 一方、リエ派の揺動と剛力派の無力化もそこそこに、腕部や脚部の関節部を重点的に、破壊しては再生される悪循環に労力を払う。

「もう再生かよっ! クソッ!」

 剛力派は破壊から再生までの時間が短くなっている事に、リエ派では更に悪化している事に、段々とストレスを漏らし始めた。

『ダメ、またつよくなっちゃう……。』

 リエはもはや限界かと諦めかけたその時、イノセントから重黒い聲が絞り出されて、胸部にあたる箇所が開くと核が露出する。

『モウ……オワリニ……シテ……クレ……』

 狂はそれを汲み取ると目を伏せて「そうか」と云うと、粋がるように鎮魂のコトバを、悪夢のような怪物に繰れて遣る。

「ラクになっちまえ!」

 即座にリエがいるへりへ上半身だけ向けて、「撃て!」と狂が叫んで射線から外れると、リエはランチャーに合体させた。

 トリガーが引かれてチャージにはいると、銃口に眩しいナノエネルギーが集束、コアの中心にレティクルを合わせて発射。

 高出力のビーム属性ナノエネルギーが、イノセントのコアに向かって突き進み、それがぶつかると目が潰れそうな光が広がる。

 直後に爆発音が響いて轟音が続くと、煙は晴れて街も剛力の時点から割と変化が無い事を、視認出来たのでリエは地上に降りる。

 戦闘員一同が降りるところへ、「コアには触らせるな。」と所長から指示を受けたリエは、研究員に任せるようにと止めに入る。

 それでも、狂が気になって無意識に取ろうとすると、ローキックが飛んできたので、狂がムキになるとジットリと目線を刺す。

「なんかあったらセキニン、執れんの?」

「うっ……。」

 流石の狂でもリエが提示する責任重大な事実に、蹴られた怒りが微量と刺さる重くも甘い視線は、狂を怯ませるのに充分だった。

 背に掛けた悠の専用武器・合体剣『ブラッドゲイズ』の、その適度な重みを認識しながら、イノセントの遺物に緊張する。

 武器もコアも扱いを間違えれば大惨事になる、そうした最大級のリスクを改めて覚えると、リエは「フンっ!」と背を向けた。

 そうしていると、組織直営研究所のスタッフが適切な処置を講じて、専用の回収機で作業を済ませると、そのまま引き返した。

 今回の件は最終的に『黒田悠』がキーマンで、実質的に闘ったのは狂でも『見た目が悠』だから、本体の主は板に挟まれる。

 最後に、リエはツインテールの後頭部を魅せるように、完全に背を向けて立つと、礼か攻め口か分からん調子で一言を添えた。

『次も成功しなかったら、最大火力で消してやるから……。』

 そのままリエは『黒田悠』を置き去りにして、整然とツインテールを揺らしながら、ヘリが待つ方角へと歩いて行った。


しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...