雪と花の狭間に

雪ノ下 まり子

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2011年12月・大好きなあなたへ

大好きなあなたへ

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 ◇◇◇
 蘭は高校卒業後に新潟の大学へと進学したが、一哉とは異なる私立の女子大であった。

 せいが卒業した詠雪えいせつ館女学院大学の、音楽学部だった。
 大規模校ではないものの附属幼稚園から高校までが併設され、きめ細かい教育方針と卒業後の就職率の高さに定評があるので、両親共々蘭の進学先として賛成してくれた。

 高校入学から大学卒業までを新潟で過ごし、寄宿舎生活を送っていたせい
 昭和期でも首都圏に住んでいれば身近に選択肢が山ほどあっただろうし、ましてやせいは横浜のエスカレーター式のお嬢様学校の出身であった。

 そんな母が中学卒業後の進路としてわざわざ受験してまで新潟の学校を選んだ理由は「故郷からえて離れて見聞けんぶんを広めたいから」。
 表向きではそう語ったが、本心は「雪国に憧れていたから」である。
 前者も偽りではない理由だが、どちらの理由が大きいか、となると圧倒的に後者が勝る。
 好奇心旺盛な母らしい動機だと蘭は呆れつつも思い立てばいざ実行する行動力には感心するほかない。
 真相を知った雪国出身の友人達には雪を甘く見すぎだと怒られたそうだが。

 大学時代のデートコースはもっぱ万代ばんだい橋をのぞ信濃しなの川沿い。
 それにもかかわらず、蘭は飽きたと言わなかった。

 

 蘭はこの景色を愛している。
 柳の枝がたなびく、風薫る初夏。
 川縁かわべりを桜の紅と萌木もえぎの緑に染め上げる春。

 医学部でまだ二年間の大学生活が残っている一哉より一足先に大学を卒業し、瑠璃るり色の振袖に象牙色の袴を合わせた姿で川縁に佇む蘭に、四年間も同じデートコースで飽きなかったかと訊ねた時に蘭は静かに告げた。

「一哉ちゃんの育った、この景色が好きだから」

 そう返して蘭は一哉にもたれて肩に顔を埋めた。
 その時、編み上げた髪に挿した春蘭のかんざしが震えるように揺れたのを彼は忘れはしない。
 ──いつか、またこの街に戻るね。だから、待ってて──

 桜の季節にまだ届かない、忘れ雪の頃に交わした約束。
 一歩ずつ、着実に約束に近づいている。
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