雪と花の狭間に

雪ノ下 まり子

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2001年12月・風冴ゆる頃、恋は花咲く

風冴ゆる頃、恋は花咲く

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 記憶を辿たどれば中一の冬頃だった。
 一哉は小学生の時分に清子さやこが音楽の授業だか合唱部の演目だかで『グリーンスリーブス』を歌った話を夕食時に聞いて「三つの恐ろしい顔を持つ緑色のモンスターの歌」と勘違いしてしまったことを、笑える失敗談として蘭に打ち明けた。
 その上「三つの顔を持つ緑色のモンスター」のイラストを生徒手帳のメモ欄に即興そっきょうで描き上げて蘭に見せたのだ。

 元々、漫画家志望だった一哉はやたら絵が上手かった。
  一哉が描いたのは、ケルベロスのように胴体から三つの首が生え、メデューサのように髪を逆立てた醜女しこめの頭がついているモンスターのイラスト。
 ご丁寧に蛍光グリーンのマーカーで色を塗ってみせた時には蘭は目に涙を浮かべ、腹を抱えて声を引きつらせて笑っていた。

 以来、彼の笑える失敗談を聞くと蘭は困ったことに思い出し笑いが込み上げる。
 そして、えられず笑うしかなかった。

 アンサンブルコンテストのフルート四重奏での演目が『グリーンスリーブス幻想曲』だと話した時にこの失敗談を聞いたはずだ。
 中一の蘭は『グリーンスリーブス』が好きな楽曲なだけになんて酷い勘違いをするのだ、どうしてくれるのだと笑い転げながら一哉に抗議した。

「えー、それ俺が小学生の頃にやらかしたやつでしょう? 面接で『魔王』さドイツ語で歌ったの誰だっけか?」
「『魔王』は中三の時の声楽コンクールだっつーの! 面接で歌ったのは『ローレライ』だ」

 目立つ慧子けいこには数々の伝説、またはガセネタ混じりの噂が存在した。

 中学時代に生徒達の間で度々ささやかれた
「高校には行かないで宝塚音楽学校を受験する」
という噂はガセネタであるが、慧子が舞台女優志望で、部活動には入らずバレエと声楽を習っていたゆえに真に受ける者が出ても不思議ではない。
 そして、慧子は元々は宝塚音楽学校を志望していたが
「せめて高校だけは出て欲しい」
と両親に大反対されたという事実も噂に発展する原因となった……と蘭は慧子の妹から聞いている。
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