16 / 28
2001年12月・風冴ゆる頃、恋は花咲く
風冴ゆる頃、恋は花咲く
しおりを挟む
そして、舞台が始まる。
暗闇に流れる『くるみ割り人形』の小序曲は管弦楽専攻の生徒による演奏だ。
華やかなクリスマスの情景。
舞台のセットは美術系の生徒が担当し、大掛かりな舞台装置は使い回すがメンテナンスを施し、経年劣化した装置は新たに作り直すのだ。
舞台のど真ん中に鎮座する巨大なクリスマスツリーは初演から受け継がれているが、てっぺんに飾る星は毎年異なるという。
クリスマスツリーの周りで子供に扮した生徒が舞い歌う。
舞台芸術専攻の生徒のみでは足りないので、音楽系で声楽を専攻する者は半ば強制的に、果ては学科の枠を超えて希望者を募り、厳正なる審査の上で演者として駆り出されていると蘭は『慧ちゃん』から聞いている。
女の子役はふんわりとした膝下丈のワンピースをそれぞれ着ており、動く度にスカートの裾が跳ねる。
男の子役はスーツだった。ハーフパンツもいればフルレングスのスラックスの者もいたが、いずれも女の子と比べて落ち着いた色味である。
クララとフリッツがくるみ割り人形を取り合う。
主役だけにクララの髪型と衣装が一際目立った。
普段ならできない、リボンで飾った縦ロールのツインテールに赤を基調としたワンピース。
ワンピースの素材は、ベルベットだろうか。
至るところから「衣装、かわいい」と聞こえる。
決して安価では済まない材料を衣装に使うあたりに、この舞台には一切の妥協が見受けられない。
ここまでの時点で『慧ちゃん』はいなかった。
クリスマスパーティーが終わり、夜にネズミの王様が現れる場面になると騎士の衣装を纏い仮面を被った『くるみ割り人形』が文字通り躍り出た。
舞台の上手からバク転をしながら現れ、スミレ色の衣装を翻して舞い、剣を手に華麗に戦う。
くるみ割り人形とネズミの王様との戦闘だ。
客席から黄色い歓声が轟く。
寝巻き姿のクララがスリッパを投げ、ネズミの王様と子分が退散すると舞台が暗転した。
暗闇にセリフだけが響いた後、スポットライトに照らされた王子が舞う。
バレエ作品のくるみ割り人形に登場する『王子のバリエーション』を模した動作で、美しい王子は長い手足を自由に繰り出し舞台を駆け巡る。
「慧ちゃんだ!」
声の大きさをを抑えつつも、その声は興奮を隠しきれない。一哉は自身の右側へちらりと視線を移す。
隣には、目を輝かせる蘭がいた。
蘭の黒い瞳に映るは、片足を振り上げながら舞台の中央で回転を繰り返す男装の麗人。
クララの手を取り、伸びやかに歌う凛々しい王子はどこか蘭に似ていた。
暗闇に流れる『くるみ割り人形』の小序曲は管弦楽専攻の生徒による演奏だ。
華やかなクリスマスの情景。
舞台のセットは美術系の生徒が担当し、大掛かりな舞台装置は使い回すがメンテナンスを施し、経年劣化した装置は新たに作り直すのだ。
舞台のど真ん中に鎮座する巨大なクリスマスツリーは初演から受け継がれているが、てっぺんに飾る星は毎年異なるという。
クリスマスツリーの周りで子供に扮した生徒が舞い歌う。
舞台芸術専攻の生徒のみでは足りないので、音楽系で声楽を専攻する者は半ば強制的に、果ては学科の枠を超えて希望者を募り、厳正なる審査の上で演者として駆り出されていると蘭は『慧ちゃん』から聞いている。
女の子役はふんわりとした膝下丈のワンピースをそれぞれ着ており、動く度にスカートの裾が跳ねる。
男の子役はスーツだった。ハーフパンツもいればフルレングスのスラックスの者もいたが、いずれも女の子と比べて落ち着いた色味である。
クララとフリッツがくるみ割り人形を取り合う。
主役だけにクララの髪型と衣装が一際目立った。
普段ならできない、リボンで飾った縦ロールのツインテールに赤を基調としたワンピース。
ワンピースの素材は、ベルベットだろうか。
至るところから「衣装、かわいい」と聞こえる。
決して安価では済まない材料を衣装に使うあたりに、この舞台には一切の妥協が見受けられない。
ここまでの時点で『慧ちゃん』はいなかった。
クリスマスパーティーが終わり、夜にネズミの王様が現れる場面になると騎士の衣装を纏い仮面を被った『くるみ割り人形』が文字通り躍り出た。
舞台の上手からバク転をしながら現れ、スミレ色の衣装を翻して舞い、剣を手に華麗に戦う。
くるみ割り人形とネズミの王様との戦闘だ。
客席から黄色い歓声が轟く。
寝巻き姿のクララがスリッパを投げ、ネズミの王様と子分が退散すると舞台が暗転した。
暗闇にセリフだけが響いた後、スポットライトに照らされた王子が舞う。
バレエ作品のくるみ割り人形に登場する『王子のバリエーション』を模した動作で、美しい王子は長い手足を自由に繰り出し舞台を駆け巡る。
「慧ちゃんだ!」
声の大きさをを抑えつつも、その声は興奮を隠しきれない。一哉は自身の右側へちらりと視線を移す。
隣には、目を輝かせる蘭がいた。
蘭の黒い瞳に映るは、片足を振り上げながら舞台の中央で回転を繰り返す男装の麗人。
クララの手を取り、伸びやかに歌う凛々しい王子はどこか蘭に似ていた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
体育座りでスカートを汚してしまったあの日々
yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
少年、その愛 〜愛する男に斬られるのもまた甘美か?〜
西浦夕緋
キャラ文芸
15歳の少年篤弘はある日、夏朗と名乗る17歳の少年と出会う。
彼は篤弘の初恋の少女が入信を望み続けた宗教団体・李凰国(りおうこく)の男だった。
亡くなった少女の想いを受け継ぎ篤弘は李凰国に入信するが、そこは想像を絶する世界である。
罪人の公開処刑、抗争する新興宗教団体に属する少女の殺害、
そして十数年前に親元から拉致され李凰国に迎え入れられた少年少女達の運命。
「愛する男に斬られるのもまた甘美か?」
李凰国に正義は存在しない。それでも彼は李凰国を愛した。
「おまえの愛の中に散りゆくことができるのを嬉しく思う。」
李凰国に生きる少年少女達の魂、信念、孤独、そして愛を描く。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる