雪と花の狭間に

雪ノ下 まり子

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2001年12月・風冴ゆる頃、恋は花咲く

風冴ゆる頃、恋は花咲く

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 そして、舞台が始まる。
 暗闇に流れる『くるみ割り人形』の小序曲は管弦楽専攻の生徒による演奏だ。
 華やかなクリスマスの情景。

 舞台のセットは美術系の生徒が担当し、大掛かりな舞台装置は使い回すがメンテナンスをほどこし、経年けいねん劣化した装置は新たに作り直すのだ。
 舞台のど真ん中に鎮座ちんざする巨大なクリスマスツリーは初演から受け継がれているが、てっぺんに飾る星は毎年異なるという。

 クリスマスツリーの周りで子供にふんした生徒が舞い歌う。
 舞台芸術専攻の生徒のみでは足りないので、音楽系で声楽を専攻する者は半ば強制的に、果ては学科の枠を超えて希望者をつのり、厳正なる審査の上で演者として駆り出されていると蘭は『けいちゃん』から聞いている。

 女の子役はふんわりとした膝下丈のワンピースをそれぞれ着ており、動く度にスカートの裾が跳ねる。
 男の子役はスーツだった。ハーフパンツもいればフルレングスのスラックスの者もいたが、いずれも女の子と比べて落ち着いた色味である。

 クララとフリッツがくるみ割り人形を取り合う。
 主役だけにクララの髪型と衣装が一際目立った。

 普段ならできない、リボンで飾った縦ロールのツインテールに赤を基調としたワンピース。
 ワンピースの素材は、ベルベットだろうか。
 至るところから「衣装、かわいい」と聞こえる。
 決して安価では済まない材料を衣装に使うあたりに、この舞台には一切の妥協だきょうが見受けられない。
 ここまでの時点で『慧ちゃん』はいなかった。

 クリスマスパーティーが終わり、夜にネズミの王様が現れる場面になると騎士の衣装をまとい仮面を被った『くるみ割り人形』が文字通り躍り出た。
 舞台の上手からバク転をしながら現れ、スミレ色の衣装をひるがえして舞い、剣を手に華麗に戦う。

 くるみ割り人形とネズミの王様との戦闘だ。
 客席から黄色い歓声がとどろく。
 寝巻き姿のクララがスリッパを投げ、ネズミの王様と子分が退散すると舞台が暗転した。
 暗闇にセリフだけが響いた後、スポットライトに照らされた王子が舞う。

 バレエ作品のくるみ割り人形に登場する『王子のバリエーション』を模した動作で、美しい王子は長い手足を自由に繰り出し舞台を駆け巡る。

「慧ちゃんだ!」
 声の大きさをを抑えつつも、その声は興奮を隠しきれない。一哉は自身の右側へちらりと視線を移す。
 隣には、目を輝かせる蘭がいた。
 蘭の黒い瞳に映るは、片足を振り上げながら舞台の中央で回転フェッテを繰り返す男装の麗人。
 クララの手を取り、伸びやかに歌う凛々しい王子はどこか蘭に似ていた。

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