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2011年12月・帰国
帰国
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―――2011年12月―――
冬の午後らしい、金色を帯びた空だった。
フランクフルト発の飛行機に乗り込んでからどれほどの時間が過ぎたろう。
音澤蘭は両手を組み合わせて腕を伸ばし、窓からのぞく空を見た。
時刻は15時過ぎ。もうすぐ成田空港に着く頃だ。
演奏家志望の蘭はドイツのハンブルク市内にある音楽院に留学中で、翌年には卒業を控えている。
冬休みを利用し一時帰国する最中だった。
実家は東京から新幹線で1時間ほどかけた東北の地方都市にあるが、諸々の手続きを考えれば帰宅時間は夜にずれ込むだろう。
空いた時間に日本に着いたと連絡を入れ、実家や周りで変わったことはないかと聞くと母はこのように返した。
3月の震災で道路にできた凹凸で走らせた車が弾むほどだった、と。
地盤が頑丈な地域ゆえ実家に大きな被害はなかったが、除染作業で取り除いた土は庭の片隅に置いたままで、いつになれば持ち出すのだと不満を漏らしていた。
気に入って育てた鉢植えの行き場がなくなった、母は電話でそう愚痴をこぼす。
母の自慢でお気に入りだった牡丹と藤の鉢植えは、どこへ置いたのだろう。
予想どおり福島に着いた時には夜になり、駅前広場は青いイルミネーションが煌めいている。
駅ビルはクリスマス一色で賑わいを見せ、クリスマスの雰囲気を楽しんでいる人々の様子に蘭は安堵した。
福島。四方を山に囲まれたこの街は蘭の生まれ故郷だ。
街並みと吾妻連峰の取り合わせは壮観で、雪と花の狭間の季節は特に美しいと蘭は疑わない。
実家の部屋の窓からは吾妻連峰が見えるので、朝起きたら見てみよう。そう考えていると名前を呼ばれた。
少女の声。
「やっぱり蘭さんだ! 兄ちゃんから今日帰国するって聞いてたんです!」
二重まぶたの大きな目が蘭を見上げる。
蘭は背が高い。
平均的な身長の女性でも少しばかり見上げねば、170センチを少しだけ超えた蘭との視線は合わないのだ。
「花梨ちゃん? 予備校の帰りなの?」
「はい。今帰りなんです。聞いてくださいよ。今年は冬休みが短くて……」
花梨は高校三年生。
薬剤師志望で連日予備校通いだ。
この女子高生が蘭と親しげに接しているには、理由がある。
「総文祭も会場が避難所になっていたから吹奏楽は中止でした……。しょうがないって頭では分かってはいるんですけど、せっかく福島県内が開催地だったのに。あ、兄ちゃんとはいつ会いますか?」
「明後日だよ。高速バス乗り継いで行くよ」
「医者になった暁には蘭さんと兄ちゃんゴールインなのかなぁ」
含み笑いの花梨。
花梨の兄である一哉は蘭の恋人だ。
いずれ義理の妹になる花梨は素直で愛らしく、蘭にとって本当の妹のようにかわいい存在である。
「女子高生って恋愛の話が好きだよね。まさか花梨ちゃんに会うなんて予想外だったから渡せるのこれしかないけど、ドイツのお土産」
熊を象ったグミを花梨に手渡す。
検疫が済んだ後の空き時間、知り合いに遭遇した時に備えてコートのポケットに忍ばせておいたのだが用意周到にも程がある。
「ミヒャエル・ゾーヴァの本で見てから憧れていたんですよ。ありがとうございます! よし、LINEで兄ちゃんに自慢したろ」
言葉どおり花梨はスマートフォンを取り出して手元を撮影し始める。
その前に通行人の妨げにならないよう壁際に寄るという配慮は忘れていなかった。
「お兄さんにプレゼント用意してあるよ」
「まさか人相の悪いくるみ割り人形ですか?」
「当たり」
「兄ちゃん、人相の悪いくるみ割り人形が欲しいって言ってたんですよね」
変わったセンスだね、と二人は互いに顔を見合せて笑う。
「昔ね、そんなこと言ってたの思い出したんだ」
「大学の時ですか?」
「いや、中学生の頃。くるみ割り人形の公演さ行った時にそう話してたのをふっと思い出してね。通販のくるみ割り人形はどうしてもかわいい寄りだからねえ。
でも人相の悪いくるみ割り人形を探すのは大変。作家物だとおっかない顔はいるけど高いし、蚤の市で探してやっと理想どおりの見つけたの」
冬の午後らしい、金色を帯びた空だった。
フランクフルト発の飛行機に乗り込んでからどれほどの時間が過ぎたろう。
音澤蘭は両手を組み合わせて腕を伸ばし、窓からのぞく空を見た。
時刻は15時過ぎ。もうすぐ成田空港に着く頃だ。
演奏家志望の蘭はドイツのハンブルク市内にある音楽院に留学中で、翌年には卒業を控えている。
冬休みを利用し一時帰国する最中だった。
実家は東京から新幹線で1時間ほどかけた東北の地方都市にあるが、諸々の手続きを考えれば帰宅時間は夜にずれ込むだろう。
空いた時間に日本に着いたと連絡を入れ、実家や周りで変わったことはないかと聞くと母はこのように返した。
3月の震災で道路にできた凹凸で走らせた車が弾むほどだった、と。
地盤が頑丈な地域ゆえ実家に大きな被害はなかったが、除染作業で取り除いた土は庭の片隅に置いたままで、いつになれば持ち出すのだと不満を漏らしていた。
気に入って育てた鉢植えの行き場がなくなった、母は電話でそう愚痴をこぼす。
母の自慢でお気に入りだった牡丹と藤の鉢植えは、どこへ置いたのだろう。
予想どおり福島に着いた時には夜になり、駅前広場は青いイルミネーションが煌めいている。
駅ビルはクリスマス一色で賑わいを見せ、クリスマスの雰囲気を楽しんでいる人々の様子に蘭は安堵した。
福島。四方を山に囲まれたこの街は蘭の生まれ故郷だ。
街並みと吾妻連峰の取り合わせは壮観で、雪と花の狭間の季節は特に美しいと蘭は疑わない。
実家の部屋の窓からは吾妻連峰が見えるので、朝起きたら見てみよう。そう考えていると名前を呼ばれた。
少女の声。
「やっぱり蘭さんだ! 兄ちゃんから今日帰国するって聞いてたんです!」
二重まぶたの大きな目が蘭を見上げる。
蘭は背が高い。
平均的な身長の女性でも少しばかり見上げねば、170センチを少しだけ超えた蘭との視線は合わないのだ。
「花梨ちゃん? 予備校の帰りなの?」
「はい。今帰りなんです。聞いてくださいよ。今年は冬休みが短くて……」
花梨は高校三年生。
薬剤師志望で連日予備校通いだ。
この女子高生が蘭と親しげに接しているには、理由がある。
「総文祭も会場が避難所になっていたから吹奏楽は中止でした……。しょうがないって頭では分かってはいるんですけど、せっかく福島県内が開催地だったのに。あ、兄ちゃんとはいつ会いますか?」
「明後日だよ。高速バス乗り継いで行くよ」
「医者になった暁には蘭さんと兄ちゃんゴールインなのかなぁ」
含み笑いの花梨。
花梨の兄である一哉は蘭の恋人だ。
いずれ義理の妹になる花梨は素直で愛らしく、蘭にとって本当の妹のようにかわいい存在である。
「女子高生って恋愛の話が好きだよね。まさか花梨ちゃんに会うなんて予想外だったから渡せるのこれしかないけど、ドイツのお土産」
熊を象ったグミを花梨に手渡す。
検疫が済んだ後の空き時間、知り合いに遭遇した時に備えてコートのポケットに忍ばせておいたのだが用意周到にも程がある。
「ミヒャエル・ゾーヴァの本で見てから憧れていたんですよ。ありがとうございます! よし、LINEで兄ちゃんに自慢したろ」
言葉どおり花梨はスマートフォンを取り出して手元を撮影し始める。
その前に通行人の妨げにならないよう壁際に寄るという配慮は忘れていなかった。
「お兄さんにプレゼント用意してあるよ」
「まさか人相の悪いくるみ割り人形ですか?」
「当たり」
「兄ちゃん、人相の悪いくるみ割り人形が欲しいって言ってたんですよね」
変わったセンスだね、と二人は互いに顔を見合せて笑う。
「昔ね、そんなこと言ってたの思い出したんだ」
「大学の時ですか?」
「いや、中学生の頃。くるみ割り人形の公演さ行った時にそう話してたのをふっと思い出してね。通販のくるみ割り人形はどうしてもかわいい寄りだからねえ。
でも人相の悪いくるみ割り人形を探すのは大変。作家物だとおっかない顔はいるけど高いし、蚤の市で探してやっと理想どおりの見つけたの」
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