16 / 23
閑話 陛下のボヤキ
しおりを挟む
書類の修正を終え議会提出用の箱に入れると、椅子の背もたれに体を預けて天を仰ぐ。目を閉じるとギルドマスターと楽しげに話すシュミットガル令嬢の顔が浮かんだ。
……安心した顔をしていたな……その聡明さから忘れそうになるが、彼女はまだ十七歳。次男と同じ歳だ。年相応の笑顔を見た事はなかったな。
「シュミットガル令嬢、ギルドマスターとは仲が良さそうでしたね」
「あぁ、あれでは二人は脈なしだな」
弟はまだ良い。問題は息子に何と伝えるか。脈なしと言った所で納得するとは思えん。だが、あの笑顔を見ればギルドマスターに心を開いていると分かる。我々、王族と言うより、自分を利用しようとする貴族が嫌なんだと気付かされた。ローランド先生から話を聞いた時と、面会した時の印象が変わっていたのも、幼いながらに大人の裏に気付いていたのかもしれない。
魑魅魍魎が蠢く大人の世界に入るには幼過ぎた少女に、これ以上、大人の都合を押し付けるのは酷な事だと分かっていた。
「陛下、お呼びですか?」
ノックと共に廊下から聞こえてきたのは歳の離れた弟。両親と共に可愛がってきたが、聡明な弟は貴族達が陰で『不要品』と言っている事を理解し表舞台に出ることを止めた。
「入ってくれ」
部屋に入ってきた弟に先ほど二人に見せた書類の問題点を話す。罰則についての話では、方眉を上げて考え込んでいた。
「罰則ですか……些か大袈裟な気がしますが」
「不正に保証金を請求する者が必ず現れる」
「書類審査で発覚しませんか?」
「シュミットガル令嬢の意見では、医師が協力する可能性があると言った」
シュミットガル令嬢の名前を聞いて態度を変えた弟は、腕を組み考える仕草をみせた。
「医師が偽の診断書を出すか……成る程、では詐欺罪と同じ罰則、若しくは不正に受け取った金額の三倍で返すのはどうでしょう?」
「金は金で償う。良いかもしれん、事務方の話も聞くとしよう」
「そうですね。不正受給額に事務処理の経費を上乗せしましょうか」
「さて、仕事の話はここまでだ。彼女との婚約の件だが」
「断られましたか?」
「まぁな。結婚はせず養子を迎えたいそうだ」
私の言葉を聞いた弟はゆっくりと息を吐き出すと、了承の返事だけ残して部屋を出ていった。
あの時……シュミットガル令嬢の最初の婚約の時に、私がもっと粘って二人を婚約させていたらアイツも初恋を拗らせて独身を貫く事もなかったかもしれんのにな。今更、過ぎた話か……さて、もう一人の婚約者候補だった息子は……
「コリンは今、何している?」
「コリン殿下は部屋に籠って数日、まともに食事を取っていないようです」
「……バカタレが。そんな事だから婚約の話が消えたのに、また体調を崩す気か」
「繊細なんでしょう」
王族が繊細で済むはずはない。王族としての責務も果たせない様では切るしかないか。それとも鍛えなおすか……
「辺境伯に連絡してくれ。一から鍛えさせる。預け先は……ガーランド辺境伯だ」
「え……宜しいのですか?あそこは馬車で半月程掛かりますよ」
「それぐらい離さんとアイツは諦めんよ」
側近の一人が了承の返事をすると通信機を繋いだ。事情を話し相手から了承が得られると、早速、息子を呼び出し事を伝えた。彼女の言った通り俯き肩を震わすだけで何も言わぬ息子を見て、思わず深いため息を吐き出した。
「そうやって何時も回りが察してくれるのを待つのか?」
「……」
「黙っていては何も伝わらん。彼女は自分の意見を言葉にしたぞ。彼女の意思とは関係なく最初の婚約で振り回された。だから結婚はしたくないと、養子を迎えるとハッキリ言った……お前は何かを言ったのか?自分の気持ちを伝えたのか?」
「ッ!!しかし!自分の意思を押し付けたくはないです!」
「話さなければお前の意思も彼女の意思も分からんだろう。物理的に距離を置き、お前の事を知らぬ土地で一から勉強しなおせ」
「物理的とは、何処ですか?」
「ガーランド辺境伯の所だ。向こうには連絡もしてある」
私の言葉をどう受け取ったのか息子は、グッと拳を握り締めると力強く頷いた。
「分かりました。もっと出来る男になってから帰って来ます」
部屋に入って来た時の暗く落ち込んだ雰囲気は消え、何かを決意した強い意思をその目に宿している。息子の成長に期待しながら部屋を出て行くその背中を見送った。
さて、彼女は本当に結婚しないのか。それとも……
……安心した顔をしていたな……その聡明さから忘れそうになるが、彼女はまだ十七歳。次男と同じ歳だ。年相応の笑顔を見た事はなかったな。
「シュミットガル令嬢、ギルドマスターとは仲が良さそうでしたね」
「あぁ、あれでは二人は脈なしだな」
弟はまだ良い。問題は息子に何と伝えるか。脈なしと言った所で納得するとは思えん。だが、あの笑顔を見ればギルドマスターに心を開いていると分かる。我々、王族と言うより、自分を利用しようとする貴族が嫌なんだと気付かされた。ローランド先生から話を聞いた時と、面会した時の印象が変わっていたのも、幼いながらに大人の裏に気付いていたのかもしれない。
魑魅魍魎が蠢く大人の世界に入るには幼過ぎた少女に、これ以上、大人の都合を押し付けるのは酷な事だと分かっていた。
「陛下、お呼びですか?」
ノックと共に廊下から聞こえてきたのは歳の離れた弟。両親と共に可愛がってきたが、聡明な弟は貴族達が陰で『不要品』と言っている事を理解し表舞台に出ることを止めた。
「入ってくれ」
部屋に入ってきた弟に先ほど二人に見せた書類の問題点を話す。罰則についての話では、方眉を上げて考え込んでいた。
「罰則ですか……些か大袈裟な気がしますが」
「不正に保証金を請求する者が必ず現れる」
「書類審査で発覚しませんか?」
「シュミットガル令嬢の意見では、医師が協力する可能性があると言った」
シュミットガル令嬢の名前を聞いて態度を変えた弟は、腕を組み考える仕草をみせた。
「医師が偽の診断書を出すか……成る程、では詐欺罪と同じ罰則、若しくは不正に受け取った金額の三倍で返すのはどうでしょう?」
「金は金で償う。良いかもしれん、事務方の話も聞くとしよう」
「そうですね。不正受給額に事務処理の経費を上乗せしましょうか」
「さて、仕事の話はここまでだ。彼女との婚約の件だが」
「断られましたか?」
「まぁな。結婚はせず養子を迎えたいそうだ」
私の言葉を聞いた弟はゆっくりと息を吐き出すと、了承の返事だけ残して部屋を出ていった。
あの時……シュミットガル令嬢の最初の婚約の時に、私がもっと粘って二人を婚約させていたらアイツも初恋を拗らせて独身を貫く事もなかったかもしれんのにな。今更、過ぎた話か……さて、もう一人の婚約者候補だった息子は……
「コリンは今、何している?」
「コリン殿下は部屋に籠って数日、まともに食事を取っていないようです」
「……バカタレが。そんな事だから婚約の話が消えたのに、また体調を崩す気か」
「繊細なんでしょう」
王族が繊細で済むはずはない。王族としての責務も果たせない様では切るしかないか。それとも鍛えなおすか……
「辺境伯に連絡してくれ。一から鍛えさせる。預け先は……ガーランド辺境伯だ」
「え……宜しいのですか?あそこは馬車で半月程掛かりますよ」
「それぐらい離さんとアイツは諦めんよ」
側近の一人が了承の返事をすると通信機を繋いだ。事情を話し相手から了承が得られると、早速、息子を呼び出し事を伝えた。彼女の言った通り俯き肩を震わすだけで何も言わぬ息子を見て、思わず深いため息を吐き出した。
「そうやって何時も回りが察してくれるのを待つのか?」
「……」
「黙っていては何も伝わらん。彼女は自分の意見を言葉にしたぞ。彼女の意思とは関係なく最初の婚約で振り回された。だから結婚はしたくないと、養子を迎えるとハッキリ言った……お前は何かを言ったのか?自分の気持ちを伝えたのか?」
「ッ!!しかし!自分の意思を押し付けたくはないです!」
「話さなければお前の意思も彼女の意思も分からんだろう。物理的に距離を置き、お前の事を知らぬ土地で一から勉強しなおせ」
「物理的とは、何処ですか?」
「ガーランド辺境伯の所だ。向こうには連絡もしてある」
私の言葉をどう受け取ったのか息子は、グッと拳を握り締めると力強く頷いた。
「分かりました。もっと出来る男になってから帰って来ます」
部屋に入って来た時の暗く落ち込んだ雰囲気は消え、何かを決意した強い意思をその目に宿している。息子の成長に期待しながら部屋を出て行くその背中を見送った。
さて、彼女は本当に結婚しないのか。それとも……
98
お気に入りに追加
314
あなたにおすすめの小説
王子は婚約破棄を泣いて詫びる
tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。
目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。
「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」
存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。
王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。
【完結】愛してなどおりませんが
仲村 嘉高
恋愛
生まれた瞬間から、王妃になる事が決まっていたアメリア。
物心がついた頃には、王妃になる為の教育が始まった。
父親も母親も娘ではなく、王妃になる者として接してくる。
実兄だけは妹として可愛がってくれたが、それも皆に隠れてコッソリとだった。
そんなある日、両親が事故で亡くなった同い年の従妹ミアが引き取られた。
「可愛い娘が欲しかったの」
父親も母親も、従妹をただただ可愛いがった。
婚約者である王太子も、婚約者のアメリアよりミアとの時間を持ち始め……?
※HOT最高3位!ありがとうございます!
※『廃嫡王子』と設定が似てますが、別のお話です
※またやっちまった、断罪別ルート。(17話から)
どうしても決められなかった!!
結果は同じです。
(他サイトで公開していたものを、こちらでも公開しました)
ごきげんよう、元婚約者様
藍田ひびき
恋愛
「最後にお会いしたのは、貴方から婚約破棄を言い渡された日ですね――」
ローゼンハイン侯爵令嬢クリスティーネからアレクシス王太子へと送られてきた手紙は、そんな書き出しから始まっていた。アレクシスはフュルスト男爵令嬢グレーテに入れ込み、クリスティーネとの婚約を一方的に破棄した過去があったのだ。
手紙は語る。クリスティーネの思いと、アレクシスが辿るであろう末路を。
※ 3/29 王太子視点、男爵令嬢視点を追加しました。
※ 3/25 誤字修正しました。
※ なろうにも投稿しています。
【完結】思い込みの激しい方ですね
仲村 嘉高
恋愛
私の婚約者は、なぜか私を「貧乏人」と言います。
私は子爵家で、彼は伯爵家なので、爵位は彼の家の方が上ですが、商売だけに限れば、彼の家はうちの子会社的取引相手です。
家の方針で清廉な生活を心掛けているからでしょうか?
タウンハウスが小さいからでしょうか?
うちの領地のカントリーハウスを、彼は見た事ありません。
それどころか、「田舎なんて行ってもつまらない」と領地に来た事もありません。
この方、大丈夫なのでしょうか?
※HOT最高4位!ありがとうございます!
私が死んだあとの世界で
もちもち太郎
恋愛
婚約破棄をされ断罪された公爵令嬢のマリーが死んだ。
初めはみんな喜んでいたが、時が経つにつれマリーの重要さに気づいて後悔する。
だが、もう遅い。なんてったって、私を断罪したのはあなた達なのですから。
忌むべき番
藍田ひびき
恋愛
「メルヴィ・ハハリ。お前との婚姻は無効とし、国外追放に処す。その忌まわしい姿を、二度と俺に見せるな」
メルヴィはザブァヒワ皇国の皇太子ヴァルラムの番だと告げられ、強引に彼の後宮へ入れられた。しかしヴァルラムは他の妃のもとへ通うばかり。さらに、真の番が見つかったからとメルヴィへ追放を言い渡す。
彼は知らなかった。それこそがメルヴィの望みだということを――。
※ 8/4 誤字修正しました。
※ なろうにも投稿しています。
【完結】元婚約者の次の婚約者は私の妹だそうです。ところでご存知ないでしょうが、妹は貴方の妹でもありますよ。
葉桜鹿乃
恋愛
あらぬ罪を着せられ婚約破棄を言い渡されたジュリア・スカーレット伯爵令嬢は、ある秘密を抱えていた。
それは、元婚約者モーガンが次の婚約者に望んだジュリアの妹マリアが、モーガンの実の妹でもある、という秘密だ。
本当ならば墓まで持っていくつもりだったが、ジュリアを婚約者にとモーガンの親友である第一王子フィリップが望んでくれた事で、ジュリアは真実を突きつける事を決める。
※エピローグにてひとまず完結ですが、疑問点があがっていた所や、具体的な姉妹に対する差など、サクサク読んでもらうのに削った所を(現在他作を書いているので不定期で)番外編で更新しますので、暫く連載中のままとさせていただきます。よろしくお願いします。
番外編に手が回らないため、一旦完結と致します。
(2021/02/07 02:00)
小説家になろう・カクヨムでも別名義にて連載を始めました。
恋愛及び全体1位ありがとうございます!
※感想の取り扱いについては近況ボードを参照ください。(10/27追記)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる