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魔物と魔女編
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「リュカ様」
「どうした?」
名前を呼ぶと何時もの様に笑顔で返事をした彼に、騎士様は目を見開いて驚いた様子だった。驚いて動かない騎士様は甲冑を着込み、まるで戦闘前を思わせる姿で食事の乗ったトレイを両手で支えていた。体の大きな人に怯える子供の前で甲冑を着て来るなんて何を考えているのかしら?
「あの子は喉を傷めていて声が出ないので、今日はこれ以上の話しは無理です」
「そうか。喉が痛むなら食事はお粥だろうか?」
「そうですね。スープも固形物が無い方が良さそうです」
私の言葉に頷いたリュカ様は再び騎士様に視線を向けると、もう一度戻る様に促す。
「子供は普通の食事が出来ない。それは下げてノリス支部長にその旨を伝えてくれ」
「そんな子供の話、信じられるか!」
子供って誰の事を指しているのか分からず首を傾げたけど、騎士様は私を睨んでいた。……私の話?あー、私も未成年で子供ですね。
「彼女は大魔法使いソフィアの弟子だ。貴殿より立場が上だが理解しているのか?それに先程から大きな声を出しているが中の子供が怯えるから止めろ」
私が何か言う前にリュカ様が騎士様に注意した後、ハヤト室長の元へ行こうと言い出した。理由を聞けば患者の食事管理も彼の仕事で、詳細は連絡しておいた方が良いらしい。私達が帰った後も治療が続く可能性もある事を考えて頷いたら、リュカ様は騎士様から庇う様に肩に手を回すと廊下の先へを促した。
「おい!まだ話は済んで!?」
叫ぶ様な大声で呼び止めようとした騎士様を、リュカ様は一睨みで黙らせると黙って歩き出した。妙な沈黙の中、廊下の角を曲がると直ぐに騎士様が追い掛けて来る足音が聞こえたけど、廊下に出てきたハヤト室長を見て止まったみたい。
「おや、君は訓練中に怪我でもしたのかい?そんな仰々しい格好では治療出来ないし、患者の食事はこちらで準備するんだから君の分だよね?邪魔だよ」
「あ、いえ……その」
言葉に詰まる騎士様から視線を私達に向けたハヤト室長は、大袈裟なほど大きく首を傾げてみせた。
「リュカ隊長殿とお弟子殿、また魔物でも出ましたか?」
「いや」
リュカ様の一言で何か悟ったのか頷いたハヤト室長は、騎士様に呆れた様な視線を向けた。
「おや、おや。連絡がきていなかったのかな?お弟子殿が浄化してくれたから魔物の心配は要らないよ」
「は、はい」
「それとお二人に話があるから君は持ち場に帰りなさい」
「承知致しました」
ハヤト室長にまで戻る様に言われた騎士様は、眉間に深いシワを刻んだまま頭を下げて何処かへ言った。はぁ……なんか緊張した。
「すまないね。ただでさえ私がご迷惑掛けたのに、あの騎士は龍人に否定的なんだ」
最初に会った時の軽薄そうな態度は成りを潜め、丁寧に頭を下げて謝罪したハヤト室長は私達を医務室へ迎え入れ椅子をすすめた。
「本当にご迷惑をお掛けしました。さっきまでこの数日間の仕事を再確認していた所ですよ」
ハヤト室長は瘴気やられのせいで記憶が曖昧になっていて、患者さんに適切な処置をしたか心配していたらしい。他の医療班の人達の補助もあって今の処は問題なしだったとか。
「しかし、一番重症の子の処置を……」
言葉に詰まったハヤト室長は一度俯いた後、直ぐに顔を上げたけどその表情は後悔の念が浮かんでいた。
「あの子は商家に奉公に行っていたんだ。恐らく奉公先で何かあったんだろうね」
「背中の傷は鞭で打たれた傷でした」
「やはり行方不明の原因は、虐待で逃げ出したかな?」
「虐待と一言で言って良いのか分からないほど彼は酷いです」
ハヤト室長の息を飲む音が聞こえたけど、私はそのまま話を続けた。診察した子供は何日もまともに食事をしていない様子で、喉も傷めているから助けも呼べなかったはず。そんな状態で自力で逃げられたのか疑問が残るけど、私情は挟まず診察した結果だけを伝える様に言葉を選びながら話した。
「そうか喉も」
「はい。食事は暫く固形物を避けた方が良さそうです。今のままでは回復魔法の力に耐えられないんです」
「先ずは体力をつける所からか」
「そうですね。今日は一番酷い背中を治療しました。明日は喉の治療を予定しています」
私の言葉にしっかりと頷いたハヤト室長は、書類に子供の状態や食事の指示も書き込んでいく中、部屋が静かな事に気づいて首を傾げた。何か変だわ……何が……あ、双子の姉弟がいないわ。
「あのララさんとラークさんはどうされたのですか?」
「あぁ、二人なら薬品庫に行っているよ。後はギルドマスターに浄化薬を渡すだけだから、もう直ぐ戻るはずだよ」
そういえば領内から魔法使いが居なくなったと言っていたから、ギルドにも浄化薬は少ないのかもしれない。あの数で揉めないか心配になった時、ドアの外で人の声が聞こえ始めた。徐々に近づくその声は一人は女性でララさんだと思うけど、男性の声が二人以上聞こえて首を傾げた。来客予定でもあったのかしら。邪魔になるなら早くソフィア様の元に戻った方が良さそうね。
「食事の件はお願い致します。来客があるようですし明日、改めて伺いますね」
「いや待って!今、外に出たら」
椅子から立ち上がった私達を引き留める声に驚いて動きを止めたと同時に開いたドアの向こうには、姉弟と騎士様を引きずる様に歩き動物の様に毛むくじゃらの男性がいた。
「浄化薬を作ったのはアンタか!!」
大きな声とその姿に目が点になったけど、取り敢えず頷いた私を見てニカッと白い歯を見せながら笑うと更に近づいてきた。
…………怖いから逃げても良いですか?
「どうした?」
名前を呼ぶと何時もの様に笑顔で返事をした彼に、騎士様は目を見開いて驚いた様子だった。驚いて動かない騎士様は甲冑を着込み、まるで戦闘前を思わせる姿で食事の乗ったトレイを両手で支えていた。体の大きな人に怯える子供の前で甲冑を着て来るなんて何を考えているのかしら?
「あの子は喉を傷めていて声が出ないので、今日はこれ以上の話しは無理です」
「そうか。喉が痛むなら食事はお粥だろうか?」
「そうですね。スープも固形物が無い方が良さそうです」
私の言葉に頷いたリュカ様は再び騎士様に視線を向けると、もう一度戻る様に促す。
「子供は普通の食事が出来ない。それは下げてノリス支部長にその旨を伝えてくれ」
「そんな子供の話、信じられるか!」
子供って誰の事を指しているのか分からず首を傾げたけど、騎士様は私を睨んでいた。……私の話?あー、私も未成年で子供ですね。
「彼女は大魔法使いソフィアの弟子だ。貴殿より立場が上だが理解しているのか?それに先程から大きな声を出しているが中の子供が怯えるから止めろ」
私が何か言う前にリュカ様が騎士様に注意した後、ハヤト室長の元へ行こうと言い出した。理由を聞けば患者の食事管理も彼の仕事で、詳細は連絡しておいた方が良いらしい。私達が帰った後も治療が続く可能性もある事を考えて頷いたら、リュカ様は騎士様から庇う様に肩に手を回すと廊下の先へを促した。
「おい!まだ話は済んで!?」
叫ぶ様な大声で呼び止めようとした騎士様を、リュカ様は一睨みで黙らせると黙って歩き出した。妙な沈黙の中、廊下の角を曲がると直ぐに騎士様が追い掛けて来る足音が聞こえたけど、廊下に出てきたハヤト室長を見て止まったみたい。
「おや、君は訓練中に怪我でもしたのかい?そんな仰々しい格好では治療出来ないし、患者の食事はこちらで準備するんだから君の分だよね?邪魔だよ」
「あ、いえ……その」
言葉に詰まる騎士様から視線を私達に向けたハヤト室長は、大袈裟なほど大きく首を傾げてみせた。
「リュカ隊長殿とお弟子殿、また魔物でも出ましたか?」
「いや」
リュカ様の一言で何か悟ったのか頷いたハヤト室長は、騎士様に呆れた様な視線を向けた。
「おや、おや。連絡がきていなかったのかな?お弟子殿が浄化してくれたから魔物の心配は要らないよ」
「は、はい」
「それとお二人に話があるから君は持ち場に帰りなさい」
「承知致しました」
ハヤト室長にまで戻る様に言われた騎士様は、眉間に深いシワを刻んだまま頭を下げて何処かへ言った。はぁ……なんか緊張した。
「すまないね。ただでさえ私がご迷惑掛けたのに、あの騎士は龍人に否定的なんだ」
最初に会った時の軽薄そうな態度は成りを潜め、丁寧に頭を下げて謝罪したハヤト室長は私達を医務室へ迎え入れ椅子をすすめた。
「本当にご迷惑をお掛けしました。さっきまでこの数日間の仕事を再確認していた所ですよ」
ハヤト室長は瘴気やられのせいで記憶が曖昧になっていて、患者さんに適切な処置をしたか心配していたらしい。他の医療班の人達の補助もあって今の処は問題なしだったとか。
「しかし、一番重症の子の処置を……」
言葉に詰まったハヤト室長は一度俯いた後、直ぐに顔を上げたけどその表情は後悔の念が浮かんでいた。
「あの子は商家に奉公に行っていたんだ。恐らく奉公先で何かあったんだろうね」
「背中の傷は鞭で打たれた傷でした」
「やはり行方不明の原因は、虐待で逃げ出したかな?」
「虐待と一言で言って良いのか分からないほど彼は酷いです」
ハヤト室長の息を飲む音が聞こえたけど、私はそのまま話を続けた。診察した子供は何日もまともに食事をしていない様子で、喉も傷めているから助けも呼べなかったはず。そんな状態で自力で逃げられたのか疑問が残るけど、私情は挟まず診察した結果だけを伝える様に言葉を選びながら話した。
「そうか喉も」
「はい。食事は暫く固形物を避けた方が良さそうです。今のままでは回復魔法の力に耐えられないんです」
「先ずは体力をつける所からか」
「そうですね。今日は一番酷い背中を治療しました。明日は喉の治療を予定しています」
私の言葉にしっかりと頷いたハヤト室長は、書類に子供の状態や食事の指示も書き込んでいく中、部屋が静かな事に気づいて首を傾げた。何か変だわ……何が……あ、双子の姉弟がいないわ。
「あのララさんとラークさんはどうされたのですか?」
「あぁ、二人なら薬品庫に行っているよ。後はギルドマスターに浄化薬を渡すだけだから、もう直ぐ戻るはずだよ」
そういえば領内から魔法使いが居なくなったと言っていたから、ギルドにも浄化薬は少ないのかもしれない。あの数で揉めないか心配になった時、ドアの外で人の声が聞こえ始めた。徐々に近づくその声は一人は女性でララさんだと思うけど、男性の声が二人以上聞こえて首を傾げた。来客予定でもあったのかしら。邪魔になるなら早くソフィア様の元に戻った方が良さそうね。
「食事の件はお願い致します。来客があるようですし明日、改めて伺いますね」
「いや待って!今、外に出たら」
椅子から立ち上がった私達を引き留める声に驚いて動きを止めたと同時に開いたドアの向こうには、姉弟と騎士様を引きずる様に歩き動物の様に毛むくじゃらの男性がいた。
「浄化薬を作ったのはアンタか!!」
大きな声とその姿に目が点になったけど、取り敢えず頷いた私を見てニカッと白い歯を見せながら笑うと更に近づいてきた。
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