上 下
8 / 87
婚約破棄編

8 side ハリソン

しおりを挟む
「クソ!何時になったら出れるんだ!!」

 邪魔な婚約者に破棄を宣言して、これから楽しい夜を過ごすはずがいきなり図体のデカイ騎士に止められたかと思うと捕縛され牢屋に入れられた。貴族用の牢屋はベッドやソファー、目隠しのついたシャワーとトイレも付いている。だが何故自分がここに入れられたのか全く分からない。デカイ騎士は“呪具の不法所持”と言っていたが心当たりがなかった。
 呼べど叫べど誰も来ない事に疲れてベッドに横になると、カビのような臭いが鼻につき顔をしかめた。

 クソ、掃除もしていないのかよ。そう思ってベッドから起き上がろうとした瞬間、パチと小さな音と共に親父から無理矢理押し付けられていた指輪の石にヒビが入った。

「……なんだ急に……!?」

 ポツリと独り言を呟いた直後、身体の中から大きな何かが消え目が回る。身体を起こしていることすら出来ずにカビ臭いベッドへ横になると、次に酷い寒気に襲われた。身体がガタガタと勝手に震え次第に頭まで痛くなる。両手で抑えたくなるほどの頭痛に襲われ耐えていると、カツカツと石畳を踏み鳴らす音が響く。

クソ……頭が……余計に痛む……音が……苦しい

「貴様が呪具の所持者か」

 牢屋の格子の向こう側から聞こえた声に視線だけ向けると、真っ黒い長い髪を一束に纏めた背の高い男がこちらを睨んでいた。誰だ……グッ……痛みで考えられん

「……成る程、呪具の返しの影響で魔力が消滅したか。寝れば治る」

「……は?……しょ……いっ!?」

 痛みで男の言葉が理解出来ずにいると、深いため息を吐いたヤツが勝手に話始めた。

「貴様が身に付けていた指輪は、ルナ・ニールセン子爵令嬢から魔力を奪う為の呪具だ」

 『ルナ・ニールセン』

 その名を聞いて親父が言っていた言葉を思い出した。

『魔力の少ないお前を助けるにはこれしかなかった。絶対に外すな、良いな』

 確か指輪を渡されて直ぐの話だ。あの後から急に魔法のレベルが上がり、習っていない魔法まで使える様になり、侯爵の跡取りに相応しいと、高貴な血筋の人は違うと言われて持て囃された。

「その呪具は皮膚に食い込み精神に干渉し魔法の知識まで令嬢から奪っていた。心当たりがあるだろう?」

 痛みで考えが纏まらない俺に冷めた視線を向ける男は、腕輪の様な物を手に持っていた。さっきから何なんだコイツ。

「呪具の繋がりを断った今、貴様に魔法は使えまい」

「……何を勝手に……ほざくな」

「まだ、言い返す力が残っていたか。まぁ、良い。令嬢を助けねばならん」

 好き勝手言っていた男は最後にそう言うと何処かに消え、その後の事は何も覚えていなかった。気絶するようにベッドに倒れて寝てしまったようだ。魔法の知識だの魔力を奪うだのと言われても心当たりが無いく、痛む頭を抑えながら水が飲みたくて身体を起こしたが見当たらなかった。

 仕方ない。魔法で水を出して……?……水を出す魔法は……魔法陣は……

 何故だ?あれほど簡単に出来ていたはずの水を出す魔法が使えない。飲み水を出す魔法は初歩中の初歩。最初に習う魔法の一つなのに……

 痛みで考えが纏まらないだけだと決めつけて、水を飲むことを諦めた俺はカビ臭いベッドに横になった。

明日の朝にはきっと……元通りに……


しおりを挟む

処理中です...