[完結]思い出せませんので

シマ

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最後の会話 元婚約者視点

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「お嬢様、本当にお手紙をお書きになるのですか?」

 元婚約者が帰宅後、不服そうな侍女の言葉を聞いて、私は彼女へ顔を向けた。

「直ぐに書くとは言っていないわ」

「は?」

 目を丸くしているだろう侍女に笑みが溢れた。目に傷が出来て霞む視界に首を傾げる仕草がなんとなく分かって答えを伝える事にした。

「向こうに行って……そうね。十年くらいしたら笑って手紙くらい書けるかもね」

「十年……そうですね!治療で忙しいですもの、お手紙を書く暇は早々ありませんね」

 スクスクと小さな声で笑う侍女にお茶のおかわりわ頼みながら、私を階段から突き落とした犯人を思い出していた。彼はやっと気付いた。自分の存在がどれ程影響を与えるか。自分の婚約者の座をどれ程の人間が狙っているか……

「これから大変ね」

 私がポツリと溢した言葉を勘違いした侍女が“自分が傍に居ます!”と意気込んでいる。大変なのは私じゃないわ。

 先程、帰った彼はこの後で実家へ行くと言っていた。きっとご両親から見せられるであろう私が渡した書類。その中身は私が学園で受けた嫌がらせと、その現場を目撃した生徒の対応。事実を知った今、あれを読めば更に衝撃を受けるでしょうね。

 嫌がらせは罵倒から始まり教科書や鞄の破壊程度から今回の大怪我の原因でもある階段からの突き落とし。運良く怪我と打撲で済んではいるけど、一歩間違えば命はなかった。入院とリハビリの後、自宅に戻った私が先ずした事は婚約解消に向けた証拠の裏付けと突き落とした犯人捜し。犯人はあっさり見付かったけど学園内の出来事に証拠集めは難航した。それは学園の生徒達は生徒会役員の彼女達を庇って証言してくれなかったからだ。決定的な証拠が無いまま先に婚約解消の手続きが終わっていた。



━━そして、半年後━━


 婚約が解消されて油断した彼女達と本格的に調査を始めた彼。外からでは見付からなかった証拠は瞬く間に集まり彼女達がやらかした事件は私だけではなかった。他の生徒会役員の婚約者達にも嫌がらせをしていたのだ。放置していたのは彼だけで他の役員の方々は各々で対処していたので、発覚が遅れていただけで調べる程もなく聞けば直ぐに分かる事だった。
 この件で彼の評価は随分下がって人を見る目が無いと言われている。まぁ、あの二人の裏に気付けない様では商売の交渉は難しいでしょうね。



 犯人の彼女達は学園を退学させられ、各家からは慰謝料と治療費が支払われた。結果的にはそのお金のおかげで隣国での最新治療を受ける事が出来るのだけど複雑だわ。
 そういえば、元婚約者様は新しい婚約者が見付かったかしら?信頼していた役員に裏切られた彼は、これから近付く人々の内心を気にしなければならないだろう。そして、目の前の嫌がらせを無視して止めず彼に何も伝えなかった周囲の生徒達。正義感の強い彼には信じられない事でしょうね。侍女の出してくれたお茶を飲みながら、私がフッと思った事は一つ。


疑心暗鬼になりそう。



「さぁ、出国に準備を進めましょう」

「はい!」

 カップを机に置くと元気良く返事をしてくれる侍女に指示を出しながら、私はまだ見ぬ隣国に想いを馳せる。

過去はこの国に捨てて新しい出会いを期待している。



end
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