[完結]思い出せませんので

シマ

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後編

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 引き出し奥にあったのは季節の挨拶と共に近況を知らせる内容の普通の手紙だった。届いた傍から引き出しに入れたのだろう。手前の手紙を開けば侍女が代筆したのか角ばった別人の字へと変わっていた。

『季節も巡り仕事にお忙しいと思っておりましたが、他の女性とお会いする時間はあるのですね。愛人希望の方からデートに出掛けたと報告が御座いました。こんな回りくどいやり方せずとも私に直接、仰ってくだされば宜しいものを……キャロラインさんとオリビエさんの二名以外にいらっしゃるのでしょうか?』

 手紙に書かれていた名前は生徒会の庶務を勤める二人。婚約を申し込まれたが当然、断ったし二人きりで出掛けた事もない。他の手紙を見ても『別の誰かに破棄を迫られたので事実確認がしたい』とか『怪我をして入院した』等、大事な内容の手紙が次々と見付かった。

「……なぜ……」

『貴方様の態度が招いた結果です』

 彼女は確かにそう言った。他に原因がないか手紙を次々と開けば、エスコートを依頼する内容や誕生日が過ぎたと書いてあるものあった。
 エスコートの依頼は半年前。彼女の誕生日は……それも半年前。他にもお茶会や休日に出掛けたいと誘いの手紙も半年以上前。半年前を境に彼女からの手紙の内容は事務的になり季節の挨拶も近況を知らせる内容も失くなった。

 いや、それ以上前から会っていない。いずれ結婚するのだからと適当に相手していた。結婚すれば毎日、相手をするのだから今だけでもと自分に言い訳しながら……
 他の手紙には『不仲の噂が広がっている』『婚約解消はいつするのか』年下の婚約者にこんな内容の手紙を書かせてまで勤しんだ学園生活に何の意味があるのか。

「……なんて事をしてしまったんだ……」

 やっと気付いた婚約者からの助けを求める声。不仲の噂が広がっている事にも気付かず誕生日のパーティーすら出席しない。不仲を肯定するような自分の行動に吐き気がした。ノロノロと立ち上がり送られてきた婚約解消の書類にサインをする。“婚約破棄”ではなく“解消”なのは彼女の最後の優しさなのかもしれない。謝罪の言葉を書いた手紙を同封して書類はその日のうちに実家へ返送した。



『もう顔も思い出せませので』

 最後に言った彼女の言葉が胸を抉る。周囲が心配するほど仕事に集中し、庶務の二人は女性から男性へと変更した。
 副会長にだけは婚約者とのやり取りを説明していたが、彼女達は自分の婚約者だけでなく生徒会役員男性全員の婚約者に嫌がらせしていた事が発覚した。学園の長にまで報告が行く事態となったが調べれば簡単に分かる事を半年以上放置していた自分には何も言えなかった。


━━半年後━━


「卒業おめでとう」

 その一言で始まった卒業パーティー。卒業生と在校生の最後の交流の機会にホールは笑顔と泣き顔が溢れていた。その会場に元婚約者の姿は無い。最新の治療方法がみつかり、彼女は卒業を待たずして隣国へ行ってしまった。隣国へ向かう数日前にどうしても話がしたくて彼女に会いに行くと、杖は失くなり真っ直ぐ立てる様になっていた。手紙の件を改めて謝罪すると、彼女は苦笑いしながらこう言った。

「婚約を解消する前に気付いて頂きたかったですわ」

 紛れない彼女の本音に、改めて頭を下げた自分は隣国でも以前の様に近況を教えて欲しいと頼んだ。

「今更だとは分かっているが、私はもう一度チャンスが欲しい」

「……本当に今更ですわ……一度だけは手紙を書きます。返信が無いなら次は御座いません」

「ありがとう!」

 喜ぶ自分に侍女の冷たい視線が刺さったが気にする事なく帰宅した。いつか目が治り彼女から手紙が届く事を期待して。




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