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 魔物の森で出会ったドラゴンはまだ幼体の小さなドラゴンだった。だが、小さくてもファイアドラゴン。戦闘能力は高く森の中に逃げた襲撃犯を数分で捕獲した。

 メイソンと連絡を取っている間にルーシーはサラと何か話をしていたが、その後から彼女の様子が可笑しい。声を掛けると青ざめた表情で何かを考えている様子が伺えた。
 サラと俺が話をしていると再び黙り込んだ彼女は一瞬だけ表情を強張らせる。その後は微かに震えながらも、サラに諭させないように話を続けていた。彼女の表情は明らかに何かを恐れている。何に怯えているんだ?

 暫くしてメイソンが試作品の魔道馬車で森まで駆けつけ、襲撃犯を全てその馬車に乗せる。ドアを閉めた後、ニヤニヤと笑うところを見ると、あの馬車は何も改良していないようだ。

「お前、わざとこの馬車で来たな」

「分かってんじゃねぇか。コイツらにはお仕置きが必要だろう?」

「……それもそうか」

 メイソンの言葉に納得して頷くと、ルーシーが俺達を呆れた様な表情で見ていた。

「二人とも、やり過ぎじゃないかしら?」

「そうか?」

 思わず首を傾げる俺達に彼女は呆れた様な表情で肩を竦める。普段と変わらない会話に見えて彼女の震えは止まっていなかった。

「ちょっといいか?」

 メイソンがルーシー達から離れて話をしたいと言い会話が聞こえない程度の距離を取る。ルーシーに視線を向けたメイソンは眉間にシワを寄せた。

「何があった?」

「お前と通信機で話している時、ドラゴンと何か話をしていたが内容は分からん」

「は?ドラゴンっての何の話だ」

「ルーシーから、ファイアドラゴンを助けた話を聞いているか?」

 黙って首を横に振ったメイソンに俺は彼女から聞いた話を簡潔に話す。そして、ドラゴンから貰った皮と鱗の話をしている時、サラの叫びが聞こえた。

「ルーシー!」

 視線を向けると自分を抱き締める様に腕を回した彼女がガタガタと震え、髪が徐々に赤く染まる。焦りの滲むその表情から彼女の意思とは無関係に魔力が膨れ上がっている様だった。

「……なにコレ……とま……ら……ない」

 慌てて駆け寄るが彼女は冷静さを失い目の焦点が合っていない。魔力が多い人に時々現れる制御不能状態か。

「落ち着けルーシー!今、過剰魔力を外に流す」

 言葉が聞こえたのか虚ろな眼差しが俺を捉えた。ルーシーが口を動かすが言葉に成らず空気だけが漏れる。彼女の腕を掴み自分の体を媒体に地面へと魔力を放出し始めた。騎士団の団員と同じ様に魔力を外に流しても、彼女の震えは止まらずサラが俺達の回りを飛び回っていた。クソ!団員ならこれで治まるがルーシーの魔力が多すぎて間に合わない!

「ルーシー!ルーシー!しっかりしてよ!ルーシー!!」

 サラの悲痛に叫び声が胸に刺さる。ルーシーの為にも、サラの為にも早く止めないと……

「ルーシー!聞こえるか!」

「あ……あぁぁぁ……」

 震えて言葉に成らないが瞳には少しだけ理性が戻った様に見える。彼女に今の状態を説明と確認をする。

「今、魔力が制御不能状態になっている。制御不能はこれが初めてか?」

 僅かに頭を縦に動かす彼女に内心焦りを感じた。初めてなら原因は何だ?サラと話をしていただけのはずだ。魔力が不安定なせいか?いや、それだけでは……

 うだうだと考えいる間にも彼女の魔力は増え続けた。このままでは自分で自分の体を傷つけてしまう。仕方ない一度、強制的に止めるか……

「た……け……」

「すまん」

 聞こえるか分からない彼女に一言謝ると、首の付け根に手刀を当てて気絶させる。傾く彼女の体を支えると、溢れた魔力が止まる。サラがルーシーに近づくと、ポロリと一粒の涙が溢れた。

「ルーシー大丈夫?」

「気絶しただけだから大丈夫だ」

「良かった~」

 安堵したのかポロポロと涙を流すサラの足元に、涙が結晶となって降り積もる。気が付けば貴重なはずの“ドラゴンの涙”が回りに溢れていた。参った……これを持って帰れば大騒ぎだな。

「マーク……そのチビッ子が……」

「チビッ子じゃないやい!僕はサラだよ。ルーシーがつけてくれた大事な名前があるんだから!」

 一部始終を見ていたメイソンは呆けた顔でサラを見ていた。そりゃ、幼体とは言えドラゴン……うん?

「ルーシーが名前をつけてくれた?」

「そうだよ~」

「契約したのか?」

「うーん、多分してないよ。仮契約だと思う」

 サラの言葉が正しければ仮契約で中途半端な状態の上に、魔力が不安定が重なったから……恐らく正式な契約をしなければまた、何かが切っ掛けで制御不能に陥る。連れて帰った後でどうなるか分からんな。

「分かった。サラはルーシーと本契約したいのか?」

「したいよ!僕はルーシーが大好きだからずっと護りたいんだ」

 これは俺の予測だが、ルーシーは契約を知らずに名前をつけた。サラは幼体で上手く契約が出来ない上に、契約相手である彼女が認識していないから完了出来ずにいる。煩いがハリーに補助を頼むしかないな。

「そうか……明後日、本契約が出来る様に手伝いをしてくれる人間を連れて来ても良いか?」

 「本当?手伝ってくれたら契約出来る?ルーシーと一緒に居られる?」

「あぁ、一緒に居られる」

 幼い子供がはしゃぐ様に喜ぶサラに自然と笑みが浮かぶ。恐らく魔法が不安定な原因も仮契約でサラと中途半端に魔力が繋がったせいだろう。サラを宥めた後、メイソンは聞きたい事が有りすぎとぼやきながら襲撃犯を城に護送する為に出発した。
 俺はルーシーを抱え直すとシュバルツと共に自宅へ向かった。


「……仕方ないとは言え……怒らないでくれよ」

 自宅に戻ったは良いが彼女をマーシャと同じ部屋で寝かす訳にもいかず、しかし、他にベッドのある空き部屋もない。彼女が目を覚まして再び制御不能になる可能を考えると、一人にも出来ず自分の部屋のベッドに寝かせた。
 窓から差し込む月明かりの下で穏やかな寝息をたて休む彼女は、普段より幼く見える。顔に掛かる髪を避けると少しだけ身動ぎ胸元が露になる。一晩、徹夜するくらいなんともないが、自分の部屋にしかも無防備に寝ている彼女の姿に、ゾクリと認識してはいけない感情が駆け抜ける。
 布団を掛け直すとほの暗い感情を吐き出す為、冷たいシャワーで頭を冷やしてからテラスに出て外から彼女の様子を伺った。

「本当に参った……渇きを覚えるほどとはなぁ……」

 腹の奥底から彼女を求めんとする本能的衝動と思い直せと止まる理性が衝突する。理性が勝っているうちに彼女を手放さないと、自分が何をするか分からなかった。


 飢えた獣に成り下がる前に全てを終わらせないといけないと分かっていても、もう少しだけ側に居たいと願う気持ちが消えなかった。

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