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しおりを挟む「うぉぉぉぉ!」
言葉にならない叫びと共に団長さん目掛けて走り出したダイは、両手の長い爪に風を纏わせ右手を突き出した。シュッと風を切る音がして爪と同じ形の風の塊が飛んで来る。その塊を長剣で斬った団長さんは、魔力を剣に溜めて間合いを取った。
「おや?逃げるだけかいオッサン」
「歳上に対して礼儀がなってないなクソガキ」
「ケッ、知らないねぇ~……何者だ」
「知りたきゃ俺を倒してみろ」
向かい合い互いに牽制する二人。当事者の私を無視して何をやっているのかしらねぇ?私は大人しく待っている様な性格じゃないわよ!
「全解放」
抑えていた魔力を解き放てば髪と瞳はルビーの様に赤く光りだした。一瞬にして辺りに私の魔力が広がり森から顔を出していた魔物が一斉に逃げ出した。
「私抜きでズルいわねぇ」
「ルーシー、それは違うだろう」
「あら、模擬戦で負けて悔しがっていた人のセリフじゃないわね?」
クスクス笑うと団長さんがムッと眉間に皺を寄せる。
「ルーシー……どうして笑っているのさ」
団長さんとの会話が気にくわないダイが私を睨み付ける。変な事を言うわねぇ……私が笑ったらいけないのかしら?
「何時までも泣いているような性格ではないのよ犯罪者さん」
「どうして……どうして僕の名前を呼ばないんだよ」
「どうして?変な事を聞くわね。貴方は私を殺そうとした犯罪者じない」
「……違う……」
戦いの途中なのに腕をダランと下ろしたダイは、俯いてボソボソと何か言っている。団長さんの魔力が徐々に上がっているわ……時間稼ぎした方が良さそうね。
「何が違うのよ。私の心臓を取ろうとしたじゃない」
「違うよ!僕達が一つになる為に必要なんだよ。僕達は永遠に一緒になれるんだよ」
「は?意味が分からないわね。私が何時、そんな事を望んだかしら?」
立ったまま向かい合う私とダイの間に沈黙が落ちる。私がダイの気を引いている間に、ギルマスが魔法で捕獲用の檻を作り上げた。
私を見詰めているダイは小さな声でブツブツとまた何か言っているけど、やっぱり聞き取れない。今更、何の話があるのかしら?……まぁ、関係ないわね。
「貴方の言いたい事なんてどうでも良いわ」
ブツブツ言って動かない彼に向かって双剣を構えると、剣に魔力を流し炎を纏う。以前より火力を上げて、炎で鳥を作り出した。
「来ないなら私から行くわよ。さぁ、私達前から消えて頂戴」
ユラユラと体を左右に揺らし、動きの可笑しいダイの様子に迂闊に近付けば危険な気がして炎の鳥を飛ばした。
ダイは正面から向かってくる炎の鳥を、両手の爪で突き刺し引き裂いて消した。ウソでしょう……火系魔法に弱かったのに……
「ルーシー……ルーシー……僕と一緒に行こう」
「お断りよ。何処だろうと貴方とは絶対に行かない」
ダイの言いたい事なんてよく分からない。でも彼が何故か私に執着している様で、拒絶すると顔を歪めて走り出した。
「ウソだ!ウソだ!ウソだぁぁぁぁ!!」
私の目の前に来て、なりふり構わず爪で斬りかかる。本来、中間距離の風魔法を使う彼には不得意な接近戦。左右の剣で爪を交互に受け流し払い除けると、開いた腹部に剣の柄を叩き込んでから後ろに飛び退いた。
「ガハッ……ハァハァ……痛いなぁ」
爬虫類の様なゴツゴツとした肌に見えるが、腹部に柔らかい所があるらしい。口の端から紫色の液体が滲んでいた。俯いたダイがその液体を手の甲で拭うと、顔を上げて私を見る。その目に何の感情も見られなかった。
「全く……血が出たじゃない。酷いよルーシィィィィ!」
ダイが奇声を上げると魔力が爆発的に上がり髪の毛を伸ばして攻撃してくる。襲ってくる毛束を剣と魔法で捌いていると、地面が盛り上がり毛束が飛び出して来た。それをジャンプして回避するも、今度は正面から針のような鋭さで髪の毛が飛んで来る。全ては避けられない!
皮膚を薄く切る感触と共にヌルッとした物が肌を伝う。髪の毛に毒があるのか、傷口から焼ける様な痛みを感じた。
「ルーシー!」
団長さん、集中しなきゃダメじゃないの。熱い……解毒……の前に……
「ッ……ハァ……“土石流”」
「へ?」
ダイの間抜けな声の後、地面が盛り上がり濁流となって彼を飲み込む。足止めにしかならないけど、解毒薬を飲む時間を作れた。あー苦い……帰ったら薬の味を変えられないか調べてみようかしら。
「ゴホッ、ゴホッ」
咳込みながら泥だらけになったダイが立ち上がる。解毒は出来たけど傷口を塞ぐ余裕はないわね……
「……酷いじゃないか相棒」
「誰の事かしら?私の相棒は死んだわ」
まだ私を相棒と呼ぶダイは肩を震わせ笑い出す。底知れない不気味さで私に向かって手を差し出した。
「一緒に行こうよルーシー。魔力だって上がるし、魔物を食べるんだからの駆除にも役立つだろう?人助けさ」
「お断りよ。私は人間を止める気は無いわ」
ハッキリ断るとダイが動きを止めた。真っ直ぐに私を見ているはずの彼の目から光りが消えて、赤い目が真っ黒な闇色に変わった。私の後ろで誰かの息を飲み込む音が聞こえる。本能的にダイが危険な状態だと感じて一歩後ろに下がった。
「僕だけの赤い宝石。これで最後だよルーシー……一緒に行こう?」
「絶対に嫌よ。一緒に行かないわ……さよならダイ」
「そう……じゃあ死んで心臓をちょうだい」
そう言うとダイは地面を蹴るように走り出した。出血が気持ち悪いわねぇ……でも、ダイの動きは遅い……
爪で斬りかかる彼を躱して、すれ違い様に膝を曲げて腹部に剣の刃を向ける。スッと軽い感触に入りが浅いと感じて、曲げた膝をバネに飛び退いた。
「……殺す……」
ポツリと呟くダイの目は魔物の様にギラギラと獲物を狙う目をしていて、私の中から躊躇いの気持ちが消えた。
「私の邪魔をするなら潰してあげるわ。さぁ、いらっしゃい犯罪者さん」
私の挑発に乗ったのかダイが雄叫びを上げながら真っ直ぐに走って来る。私は剣を構えて正面から受けて立つ事にした。
「ルーシー!」
団長さんが苦し気な声で私を呼ぶ。横目で確認すると、長剣が白く光り魔力が溜まった事が分かる。アレならダイを一撃で潰せるわねぇ……それなら私がする事は一つ、ダイの足止めだわ。
「団長さん、後は宜しくね」
団長さんに聞こえたか分からないけど、そう言ってから私はダイの爪を屈んで躱すと二本の剣を腹部に強く突き刺した。
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