宛名のない手紙を受け取って

城田麻

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 谷津さんへ
 谷津さん、お元気ですか? 私は元気です。最近は花粉がひどいですね。私は酷い花粉症なので、毎日ティッシュとお友達です。もうすぐ結婚しちゃいそうなくらい。
 私のことを覚えていますか? 私は少しの間だけ谷津さんの彼女だった人です。谷津さんが忘れてる訳がないけど、ちゃんと覚えてくれてるかどうかも分からないね。
 私たちがお別れををして2ヶ月が経とうとしています。あっという間でしたね。私たちが付き合ったのだって、3ヶ月ぽっちだったわけだけど。私達は受験生だった。谷津さんは勢いで付き合ってくれただけなのかな。それでも、私は本当に幸せだった。
 私はこのお手紙を谷津さんに出そうなんて思っていません。現にこの手紙を書いてるのだって、ちゃんとした便箋なんかじゃなくてルーズリーフなんです。最初から出す気なんてなければ気楽に書けそうだなーと思ったんです。
 たった3ヶ月だったけど、私はすごく楽しくて、あなたのことが本当に好きだった。
 別れ際にはごねてごめんなさい。ちゃんと気持ちいい別れ方をさせてあげたかったのに、私にはできなかったの。何度も何度も谷津さんに振られる妄想をしてたのにね。でもその甲斐あって、あんまり悲しくはなかったかも。やっぱりかあっていう気持ちが強かったんです。
 私は谷津さんに話してないことがいっぱいあるんです。全部少しずつ言っていきたかったのに、それすらもできなかった。だからお手紙に書いて、そういう気持ちを消化しようと思います。
 まずは私の話から。
 すごくベタな話なんだけど、私が谷津さんのことを好きになったのは、席が隣になって関わることが増えたから。谷津さんは私の左隣の人で、男子とよく騒いでるけど騒ぎ過ぎないような、常に一歩引いてるような人だった(私が見る限りはそうだったの)。それに頭がすごく良くて、私が苦手な数学では助けてくれたし、英語の時間に文章の読み合いや会話をする時、私が少しミスしてもなにも言わずにさりげないフォローを入れてくれた。谷津さんは頭がいいのに気取らなくて、自分自身を見つめて頑張ってたよね。私と谷津さんが話すことはそんなになかったけど、話す時はすごく親切で、面白くて。ずっと谷津さんと喋っていたいくらいだった。
 決して決定的な物事があった訳ではないんだけど、私を肯定してくれて、いつも笑っている谷津さんのことを好きになっていました。それまでろくに好きな人なんていなくて、恋愛に興味のなかった私ですが、谷津さんにはどっぷり浸かってしまった訳です。谷津さんってどんな人なんだろうだとか、谷津さんってどれだけ素敵な人なんだろうとか、夜には色々考えちゃった。
 定期テストが終わった時の事、覚えていますか? 数学ですごく難しい問題が出たよね。学年で数人しか解けなかった数学の問題。
 先生は私たちに定期テストの直しを提出しろと言ってたけど、私はそんなことすっかり忘れてて。2日前に思い出して、焦って解いてもやっぱり難しくて解けなかった。私は焦りで急いで友達にラインをして、ふと谷津さんに聞こうと思い立ったの。でも谷津さんはクラスラインに入ってなかったから、わざわざ友達に聞いて連絡先を教えてもらいました。
 自分が何でそんなに大胆なことができたのか、今でも私はよく分かりません。その時の勢いと雰囲気でえいや!って感じでしたね。
 最初のラインはお互いちょっと堅くて、本当に心の底から申し訳なく思いながらも問題を教えて下さいと私が送ったことから始まったよね。
 いつも忙しい谷津さんはすぐに既読がつくわけでもなくて、数時間したら返事が来たの。ちょっと待ってね、と言って、谷津さんはその十分後くらいに、綺麗に解法がルーズリーフに纏めてある写真を送ってくれましたね。あの分かりやすさと言ったら!
 あんなに悩んでたのが嘘みたいに、数学が苦手だった私でもすぐにわかったの。その節は本当にお世話になりました。
 谷津さんは私に返事をしてくれたことも、少しだけ話せたのも、全部が全部嬉しかった。
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