鮫嶋くんの甘い水槽

蜂賀三月

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【side:桃】もうひとつの初恋

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 舞台袖から、ふたりのキスを見守る。
 私は祈るように手を組んで、ふたりの主人公の言葉に感動していた。
 自分で作った脚本なのにね。

「桃、大丈夫なの? 泣いてるじゃん」

 飛鳥の言葉で、自分が泣いていることに気づく。

「やっぱり、ふたりを観るの辛い?」

「そんなんじゃないの。それに、今日の劇を観れたことで、完全に吹っ切れたから」

 あたしは思い出していた。鮫嶋くんが私に投票してくれた日。

 あたしが失恋したあの日のことを。

 
      ***


 鮫嶋くんは送り出した私は、ひとしきり泣いた。
 そして先生にベル役を辞退するのを伝えたあと、学校を早退することにした。

 好きになった人の恋を応援することが、こんなにも辛いことだなんて。
 だけど、それでも……あたしは自分でこの結果を選んだ。

 鮫嶋くんも、愛奈ちゃんも、悪い子じゃないもん。そんなこと、とっくにわかっているわけで。

 ふらつきながら学校を出ると、校門前で有名な先輩と出くわした。鈴本玲央……だっけ。愛奈ちゃんと噂になってた人。むしゃくしゃしてたあたしは、文句の一つでも言いたくなってしまった。

「鈴本先輩……でしたっけ? サボりですか?」

「そうやけど。きみ、えらい目腫らしてるけど大丈夫か?」

「大丈夫じゃないです。ていうか、実際先輩のせいでもあるんですからね」

「は? どゆこと?」

「先輩がちゃーんと、愛奈ちゃんを落としていれば、あたしと鮫嶋くんは仲良くなれたかもしれないんです。つまり泣くこともなかった。学校一番のイケメンって言われてるんだから、それぐらいの仕事してくださいよ!」

「なんやひどい言われようやな。ああ……そうか、キミが愛奈ちゃんの言ってた『桃ちゃん』か?」

 お互い存在は知っていたのに、こうやって話すとなると不思議な気分だった。あたしが頷くと、先輩は言葉を続けた。

「ほな、お互いフラれたもの同士やな。あのふたりは、ちゃんとうまくいったで」

「そうですか。それなら良かったです」

 それ以上の会話が続かなく、あたしたちの間には冷たい風しか流れない。いつもなら崩れた髪を整えるけど、そんなことをする気分にもなれなかった。

「……鈴本先輩って、愛奈ちゃんのどこが好きだったんですか?」

 言ったあとに、踏み込んだ質問をしてしまったかと後悔したが、先輩はすっと答えてくれた。

「なんやろなぁ。こっちに転校してきてから、疲れてたんかな。自慢じゃないけど『顔がいい転校生』『イケメン』とか、顔のことばっかり言われて。顔以外のこと言われるときは『関西人だから面白い話して』とか、ふざけた偏見ばっかりや。そんななか、愛奈ちゃんだけは……ぼくのこと“落ち着く“って言ってくれてん。なんかそれが……妙に嬉しくてな。まぁ。フラれた訳やけども」

 ……愛奈ちゃんらしい言葉。

 鮫嶋くんが愛奈ちゃんが好きな理由も、きっと、愛奈ちゃんのそういうところなのだろう。

「ふーん、ウケるね」

「聞いといてお前そりゃないで。フラれたことがバレたら、またほかの子らの誘いがしつこそうやし、ため息出るわ」

「……これも何かの縁だし、面倒だったらあたしが一緒に文化祭を回ってあげてもいいけど」

「フラれたもの同士で文化祭か。その方が気楽に楽しめるかもしれへんな」

「でしょ? あたしも今ほかの男子に誘われても、面倒なだけだから。有名な先輩と一緒なら、手間も減るだろうし」

「そうやな。ほな、そうしよ」

 あたしの初恋は、まだ痛み続ける。
 この痛みをわかってくれる人は、この人しかいない気がした。

「あ、あと先輩のことが好きとかじゃないんで。勘違いしないでくださいね」

「はぁ? そっちもな」

 笑みがこぼれる。こんな風に本音を言うのも、悪くはないのかもね。
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