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劇の練習
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家に帰って着替えた私たちは、いつものように水槽の前に座る。
いつもと違うのは、今日はふたりとも「美女と野獣」の台本を持っていることだった。
桃ちゃんから渡された台本には、劇全体の流れはもちろん、セリフや役の動き、表情なども事細かに記入されていた。
「とりあえず、練習がてらセリフ喋っていこうぜ」
「恭介くん、いつもの喋り方が出ちゃわないように気をつけてね。この前も王子なのに返事が『おう』だったし」
「劇なんて初めてなんだから仕方ねーだろ。あんまりいじめないでくれよ」
そう言うと恭介くんは私の頬をぷにっとつついた。
つつかれたあとの頬をさすりながら、ついつい笑みがこぼれてしまう。
なんかこれ、すごくカップルっぽい……!
「そ、それじゃ始めるぞ。えーと、変更があったのは劇の終盤だよな。醜い野獣が倒れて、今にも死にそうなところ」
「うん。それじゃ、ベルが駆けつけるところから読むね」
私は台本を目で追いながら、セリフを声に出していく。
「ダメよ。死んでしまってはダメ!」
恭介くんも咳をしてから、少し遠慮がちにセリフを言い始めた。
「あ、ああ……ベルか。もう来てくれないと思っていた。死んでしまう前に、きみに会えてよかった」
「何を言っているの。死なないで。私、気づいたの。あなたのことを大切な友人と思っていたけど、違うの。あなたを失いそうになって気づいた。私、私……あなたが好き。あなたが死んでしまったら、私は生きてはいけません」
ベルのセリフが前より長くなっている。そのおかげか、このシーンのベルの心情が深く伝わってくる。読みながら自分でも悲しくなってしまうほどだった。
「ベル。それは本当か? こんな醜い僕を……。それとも、それは死んでいく僕への最後の情けかい?」
「私は確かに、あなたをおそろしいと思っていました。だけど、気づいたのです。その心は誰よりも美しい。お願いです。私を妻にしてください。あなたを……野獣のあなたを、愛しているのです」
セリフの下に演技の指示が入っている。
【悲しそうにうつむいたあと、野獣に微笑みかける。そしてもう一度「愛しています」と静かに伝える】
ベルの役に入り込んでしまった私は、自然とその演技をしてしまった。うつむいてから顔を上げると、恭介くんも私を見ていた。
「……愛しています」
「――俺も、愛奈を愛してる」
「え? ベルじゃなくて?」
「あ……」
途端に恭介くんの耳が赤くなっていく。私の顔にも熱が集まっていくのがわかる。
「今のは間違い! いや間違いじゃないな……愛奈を愛してるのはマジだから」
「な、なに言ってるの!」
その言葉に心臓をわし掴みにされたような気分になる。もうっ恥ずかしいのに嬉しい!
「なぁ、愛奈、野獣だけじゃなくて、俺にも愛してるって言ってくれよ」
「でも……そんなの恥ずかしいよ」
「恥ずかしがることないだろ。誰もいないし、聞いてるとしたらブラックゴーストくらいだ」
私はちらりと水槽の方を見る。ブラックゴーストは土管から尾だけを覗かせて、こちらを見ていない。いや、別に見られてもいいんだけど。意を決して、私は恭介くんに伝えることにした。
「恭介くん、愛してるよ……?」
「――あー、可愛すぎ」
恭介くんは優しく私を抱きしめる。
「愛奈からこんなこと言ってもらえるのが俺だけなんて、幸せすぎる」
「ふふ……私も幸せだよ」
恭介くんのにおいがする。爽やかな石鹸の香り……その香りに包まれていると、安心とドキドキが同時に私の体を巡っていく。そう思っていた矢先、恭介くんは名残惜しそうに体を離して、私の顔を見つめた。
顔と顔がすごく、近い。もう少し近づけば、キスしちゃいそうなくらいに……。
「愛奈」
「きょ、恭介くん……」
最近気づいたけれど、恭介くんは水槽を前にしているとけっこう大胆なことを言ったりする。それどころか、今日は大胆な行動まで!?
どっくんどっくん。私の心臓の音が、恭介くんに聞こえていたらどうしよう。頭が沸騰しそうだ。恭介くんの鋭い目のなかに、緊張した私が映っていた。
ゆっくりと距離が縮まり、そして、私と恭介くんの鼻がひっついた。
「……は、鼻?」
思わず声に出すと、恭介くんは「ぶはっ」っと吹き出した。
「わるい! なんか笑っちまった」
「ちょ、ちょっともう~!」
せっかく甘い雰囲気だったのに、安心したような、少し残念な気持ちのような……。
そうこうしている内に朋子さんが帰ってきたので、私のファーストキスは守られてしまったのだった。
いつもと違うのは、今日はふたりとも「美女と野獣」の台本を持っていることだった。
桃ちゃんから渡された台本には、劇全体の流れはもちろん、セリフや役の動き、表情なども事細かに記入されていた。
「とりあえず、練習がてらセリフ喋っていこうぜ」
「恭介くん、いつもの喋り方が出ちゃわないように気をつけてね。この前も王子なのに返事が『おう』だったし」
「劇なんて初めてなんだから仕方ねーだろ。あんまりいじめないでくれよ」
そう言うと恭介くんは私の頬をぷにっとつついた。
つつかれたあとの頬をさすりながら、ついつい笑みがこぼれてしまう。
なんかこれ、すごくカップルっぽい……!
「そ、それじゃ始めるぞ。えーと、変更があったのは劇の終盤だよな。醜い野獣が倒れて、今にも死にそうなところ」
「うん。それじゃ、ベルが駆けつけるところから読むね」
私は台本を目で追いながら、セリフを声に出していく。
「ダメよ。死んでしまってはダメ!」
恭介くんも咳をしてから、少し遠慮がちにセリフを言い始めた。
「あ、ああ……ベルか。もう来てくれないと思っていた。死んでしまう前に、きみに会えてよかった」
「何を言っているの。死なないで。私、気づいたの。あなたのことを大切な友人と思っていたけど、違うの。あなたを失いそうになって気づいた。私、私……あなたが好き。あなたが死んでしまったら、私は生きてはいけません」
ベルのセリフが前より長くなっている。そのおかげか、このシーンのベルの心情が深く伝わってくる。読みながら自分でも悲しくなってしまうほどだった。
「ベル。それは本当か? こんな醜い僕を……。それとも、それは死んでいく僕への最後の情けかい?」
「私は確かに、あなたをおそろしいと思っていました。だけど、気づいたのです。その心は誰よりも美しい。お願いです。私を妻にしてください。あなたを……野獣のあなたを、愛しているのです」
セリフの下に演技の指示が入っている。
【悲しそうにうつむいたあと、野獣に微笑みかける。そしてもう一度「愛しています」と静かに伝える】
ベルの役に入り込んでしまった私は、自然とその演技をしてしまった。うつむいてから顔を上げると、恭介くんも私を見ていた。
「……愛しています」
「――俺も、愛奈を愛してる」
「え? ベルじゃなくて?」
「あ……」
途端に恭介くんの耳が赤くなっていく。私の顔にも熱が集まっていくのがわかる。
「今のは間違い! いや間違いじゃないな……愛奈を愛してるのはマジだから」
「な、なに言ってるの!」
その言葉に心臓をわし掴みにされたような気分になる。もうっ恥ずかしいのに嬉しい!
「なぁ、愛奈、野獣だけじゃなくて、俺にも愛してるって言ってくれよ」
「でも……そんなの恥ずかしいよ」
「恥ずかしがることないだろ。誰もいないし、聞いてるとしたらブラックゴーストくらいだ」
私はちらりと水槽の方を見る。ブラックゴーストは土管から尾だけを覗かせて、こちらを見ていない。いや、別に見られてもいいんだけど。意を決して、私は恭介くんに伝えることにした。
「恭介くん、愛してるよ……?」
「――あー、可愛すぎ」
恭介くんは優しく私を抱きしめる。
「愛奈からこんなこと言ってもらえるのが俺だけなんて、幸せすぎる」
「ふふ……私も幸せだよ」
恭介くんのにおいがする。爽やかな石鹸の香り……その香りに包まれていると、安心とドキドキが同時に私の体を巡っていく。そう思っていた矢先、恭介くんは名残惜しそうに体を離して、私の顔を見つめた。
顔と顔がすごく、近い。もう少し近づけば、キスしちゃいそうなくらいに……。
「愛奈」
「きょ、恭介くん……」
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「……は、鼻?」
思わず声に出すと、恭介くんは「ぶはっ」っと吹き出した。
「わるい! なんか笑っちまった」
「ちょ、ちょっともう~!」
せっかく甘い雰囲気だったのに、安心したような、少し残念な気持ちのような……。
そうこうしている内に朋子さんが帰ってきたので、私のファーストキスは守られてしまったのだった。
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